6:先輩とお昼ご飯
登校した後、先輩は待ち構えていた先生に捕獲されていた
最初こそ生徒会の仕事かなと思っていたが・・・先輩が来たことで席替えしていた女子生徒が俺の隣に戻ってきた事で察した
怒られたな、先輩
どうやら俺の補助をする為、一年教室で授業を受けるという恩返しは未許可だったらしい。そりゃそうだろう
この学校が生徒会長の権力に負けるような学校運営をしていないようで安心した
このまま先輩が居座るなら転校も視野に考えていた程だ。まともでよかった
さて、そんな先輩がいない快適な授業を受けた午前中
問題は昼休みだ。どうせ押しかけてくるはず
俺がやるべき事はただ一つ。全力で逃げることだ
まだ学校の全てを把握しているわけではないが、他の生徒が寄りつかない場所とか色々あるだろう
教室にいるのも何だし、昼休みはそういう穴場な場所を探して穏やかに過ごせたらと思う
授業を終えた後の昼休み
チャイムが鳴って先生が出て行ったタイミングで、俺は弁当を入れた袋を引っかけて教室の外に出る
とりあえず外に出よう
先輩との遭遇を避けるために
・・・と、考えていた時期が俺にもありました
人の少ない草影があったので、その影で昼ご飯を摂ろうと決めた俺はそこで弁当の包みを開けようとしていた
そんな矢先のことだった
さも当然というように、先輩がそこに入り込んできたのだ
「渡辺君。こんにちは」
「なんでここにいるんですか、先輩。ストーカーですか」
「そんなことできませんよ。私、四時間目体育でしたし、ここに来たのは偶然ですよ?」
「じゃあ先輩、もしかしてぼっち飯ですか?」
「違います!昼食を買いに来たんですよ」
「こんなところに?購買は反対側ですよ。疲れているんですか?寝ろください」
「お気遣いありがとうございます。しかし心配はご無用。先輩は疲れていません。入学したてな渡辺君は存じていないことですが、ここに来るんですよ」
「なにがですか」
「知る人ぞ知る、購買のおばちゃんお手製「限定焼きそばコロッケパン」の販売です」
「炭水化物もりもりですね。悪魔のような炭水化物もりもりっぷり。先輩はそんな代物を食べるんですか?栄養大丈夫なんです?育ち盛りでしょ、あんた」
「・・・うっ、確かにあれを食べるとお腹が気になるのですが、あれを確保できれば、安値でお腹いっぱいになれるので」
腹回り的な意味でお腹は気になる一方で、重要視するのは満腹感とお金か
やはりどこもかしこも大事なのは「金」か。嫌になるな
しかし、普通のご家庭事情はよく知らないのでなんとも言いがたいが、昼食代ぐらい親が出してくれるものじゃないのか?
姉弟四人で同じ部屋を使っていたり、安さ重視だったり・・・気になることが多いな
「先輩も体重を気にする女子だったんですね。容赦なく食ってそうだったのに」
「そう見えますか?」
「どこを見てそう言えと」
「私、今は痩せている方だと思うのですが・・・むしろ、渡辺君はなんで食べている方だと思ったのですか?」
「先輩、朝ご飯を美味しそうに食べていたので。食べるのが好きだと思ったんですよ」
「そ、そうですか・・・てっきり、身体を見て」
「なっ!女子の身体をじろじろ見たら、周囲から変態扱いされるじゃないですか!」
「そ、そこは気にしているんですね」
「前に「俺の彼女を視界に入れた罪」で不良から殴られた事があるので。厄介ごとを得ないために見ないようにしているんです」
「理不尽すぎません、それ」
「ええ。そういう理不尽も拾う不幸です。ほら、先輩も巻き込まれたくないですよね?今なら」
「いいえ。私は貴方の友達です。そういうのも支えてこそ、友達ですから!」
堂々と宣言をしてくれる姿は、今朝と何も変わらない
本当にこの人は、変わっている
どうしてここまで俺から離れようとしないのだろうか
階段から落ちたところを助けた以外は、何もしていないはずなのに
「変わった人です。どうしてそこまで」
「渡辺君が、私の落ちた幸運だからです」
「落ちてきたのは先輩じゃないですか」
「いいえ。貴方は私に落ちてくれました。私に必要な「幸運」として」
「それはどういう・・・」
「焼きそばコロッケパン〜販売開始だよ〜」
「あっ!販売開始です!行ってきますね!」
「あ、ちょっと!話は途中、なんですけ、ど・・・」
先輩は人混みの中に慌ただしく駆け込んでいく
ぴょこぴょこと白い影が見える。先輩、無事に買えるのかね
・・・落ち込んだ先輩の相手をするのは面倒だし、話の続きもしたいから
今回だけ。今回だけは頼らせて貰う
「・・・無事に、買えるように」
こういう願いは必ず届くのだ
あの時も、全部そうだったから
それに流石にこういう願いは、変なものを引き寄せないだろうから
安心して消費できる
「渡辺君!」
「ああ、お帰りなさい。買えましたよね」
「ええ。買えましたよ」
「よかったですね」
「渡辺君が一緒だったからですね。ありがとうございます」
「俺は何もしていませんよ」
「ただ、いてくれるだけで十分なんですよ。はい、渡辺君」
先輩は焼きそばコロッケパンを一口大にして、俺の口元に向けてくれる
「これは?」
「報酬です。これは二人でつかみ取った勝利ですからね」
「そんなことないですって」
「私、いつもこの時期は買えませんから。渡辺君がいてくれたから買えたんですよ」
不思議な言い回しだ
こんな販売方法だ。俺の情報網が貧弱なのでなんとも言えないが・・・この焼きそばコロッケパンはこの時期の方が買いやすいはずだと思うのだが
情報を得ていない一年生は敵じゃない。情報を得ていたとしても少数になるだろう
もしくは偶然居合わせて興味を惹かれたぐらいの確率。それも多いとは言えないはずだ
今の時期は実質二、三年の戦いになるはずだ。むしろ買いやすさは上がっているような気がするが
それに、俺がいたからって・・・まるで俺の「体質」を知っているような
どこでその情報を手に入れたのだろうか
いや、あれはずっと伏せてきた。誰も知りようがない
先輩は無自覚で言っているんだ
今はそう、信じていたいんだ
・・・そこまで追求すると昼ご飯を食べそびれてしまうだろうし、ここには、触れないでおこう
今は仕方なく、先輩との時間を過ごそう
「どうしてもというのなら・・・じゃあ、一口」
「はい。あーんしてください」
「あー」
仕方ない。これは仕方のないことなんだ
両手を上手く使えない上に、次の通院まで包帯を汚す訳にはいかない状態で、パンを無事に食べる為にはこうして貰うしかないのだ
先輩に、パンを口の中に押し込んでもらう
しかし少しだけ、口を閉じるタイミングが早かったのか
「ひゃっ!」
「んぐっ!」
口の中に、あるはずのない「肉」を感じる
少しだけ冷たいそれは間違いなく先輩の指
ゆっくり口を開けると、先輩は恐る恐る手を引いていく
「で、では!私は教室に戻ろうと思います!お昼ご飯、そんなところで食べちゃ駄目ですからね!」
「あ、先輩・・・」
「次!一人で食べていたら私と一緒に食べて貰いますから!」
真っ赤な顔をした彼女は照れているのだろう
慌てふためきつつ、パンを片手に教室への道を戻って行ってしまった
全く。あんなに走っていたら誰かにぶつかってしまうかもしれないじゃないか
せっかく買えたパンも潰れて無駄になるかもしれない
「・・・少しは考えろよな、まったく」
もう少しだけ、彼女の幸運を祈ってやろう
どうか、彼女が無事に教室へ戻れますように
そう願いつつ、俺は静かになった草陰で一人昼食を摂り始めた
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