香夜先輩が世界で一番幸せになる為の「幸色幸福論」
鳥路
1:先輩と後輩
私立海園高校の生徒会長は前代未聞の二年生
新雪の様に白い髪。海のように青い瞳
才色兼備の彼女を、周囲が「海園の白雪姫」なんて例え始めたのは、俺が入学する前のことらしい
「先輩、こんにちは!」
「こんにちは」
「生徒会長、今日も綺麗ですね!」
「ありがとうございます」
どこか近寄りがたい空気を纏う彼女の性格は、朗らかで生真面目
そんな人柄に惹かれ、彼女の周囲は常に人が絶えない
しかし誰も「彼女の素顔」は知らない
それを知るのは、俺だけなのだ
・・
「・・・」
「すう・・・」
「先輩、噂通りに白雪姫化しなくていいので、さっさと起きてください」
「あとごふん・・・」
「そうですか。じゃあ誰もいない学校で一晩お過ごしください。では」
「・・・渡辺君のいじわる」
ふてくされた顔を上げ、俺に抗議をしてくる彼女こそ海園の白雪姫
否「白雪姫(笑)」の
「俺が性格ひん曲がっているのはご存じでしょうに」
「それでも、もう少し・・・優しく起こしてくれるとか」
「寝ている女子に触れたらセクハラって言われたり、変態扱いされるご時世です。自ら触れるわけがないじゃないですか」
「私は怒りませんよ?」
「じゃあ今度からは身体を揺さぶる等させていただきます」
「そうしてください。だからといって、その、デリケートな部分は駄目ですからね?」
「百も承知しています」
「ええ。では、帰りましょうか」
先輩は机の上に広げていた書類と筆記具を片付ける
・・・それから口元についていたよだれの存在に気がついたのだろう
いつ気がつくかなと思っていたが、今らしい
さりげなく、それをハンカチで拭う
「・・・」
「どうしました?」
「気がついていたのなら、教えてくれたらよかったのに」
「なんのことやら」
先輩をからかいつつ、生徒会室を出て・・・戸締まりをして貰う
生徒会顧問の先生に書類を提出したのと、鍵を返却したのを確かめてから、俺たちは今度こそ帰路についた
廊下を歩く中、周囲の視線は彼女に注がれる
同時に俺には「なんでいるんだ・・・?」と言わんばかりの、嫌悪丸出しの視線が向けられていた
「・・・凄い視線を向けられますね」
「先輩の人望が凄いので。今日も凄いですね。白雪姫」
「茶化さないでください。そんな視線を向けられているのは渡辺君の方です。私だって、こうして「見られる」立場になった今。視線には敏感なんですよ。だから、周囲がどう思っているかぐらい理解しています」
「・・・」
「皆、なぜか渡辺君を見ると、害虫を見かけたような目になるのでしょうか。こんなにもいい子なのに」
「先輩。お世辞は嬉しいですが、そういう寝言は寝てから言いやがれください」
「前言撤回。「口が悪いけれどいい子」ですね」
「いい子じゃないですってば」
ひたすらいい子を強調して述べる彼女は、若干俺をからかっているらしい
口に手を当てて上品に笑う姿は・・・外面用の笑い方
しかしそれでも彼女は心の底から笑っているし、同時にまだ彼女の攻撃は終わっていない
「じゃあ、いい子じゃない渡辺君はなぜ生徒会でもないのに私のお仕事を手伝ってくれるのでしょうか?」
「俺の趣味は仕事が終わらないと頭を抱えて居眠りを始める先輩を眺めることなんです。趣味と実益を兼ねているだけです」
「そんな趣味ないでしょう?今日も聞きましたよ。生徒会に任されていた備品チェック。代わりにしてくれたって」
「・・・暇だったので」
「悪趣味を楽しむのなら放置していたらよかったではないですか」
「・・・まあ、その日の気分です」
そんなことないのに、と小声で呟く先輩には全部お見通し
まだ三ヶ月程度の間柄だが、付き合っている時間が長いこともあるせいか・・・色々と把握されている
自分でも把握しきっていない、俺の面倒くさい性格も含めてだ
「じゃあ、なんで私を最後まで待っていてくれたんですか?」
「起こす人がいなかったら先輩、起きられなくて困ると思って」
「そうですね。大困りです。だから、明日も渡辺君が起こしてくださいね」
「・・・仕方ない人ですね。先輩がどうしてもというのなら、起こして差し上げます」
「じゃあ「どうしても」です」
「では、明日も待っていてやりますし、寝ていたら起こしてやります。安心して寝てください」
「はい!」
その威勢のいい返事はどちらに対してだろうか
明日も待つことに対してならいいとして・・・
「てか、眠らないで仕事をしてくれませんか?放課後の事ですし、誰も咎める人はいないでしょうけど・・・夜、眠れなくなりますよ」
「無理です。私とて学生です。必要以上に働くのは疲れますので」
「生徒会の仕事、好きでやっているんじゃないですか?」
「そんなわけないじゃないですかぁ〜。内申点と特待制度の為です。それがなければあんなことしませんって。こんなことに割く時間があるのなら、普通にバイトをしますので!」
「ですよね」
俺が知っている現金な先輩で安心した
雪時香夜は聖人ではない。好き好んで上に立つ人間でもない
どこにでもいる・・・というのはおかしいが、少なくとも感性はどこにでもいる女子高校生のそれだろう
「なぜ好きでやっていると思ったんですか?」
「そりゃあ、三森先輩から立候補をしたと聞いていたので」
「ええ。立候補をしていますよ。なんせ、生徒会長になれば!」
「特待制度のグレードが上がって、学費の割引が免除になる・・・でしたっけ?」
「ええ。そうです。母に楽をして貰うためにも、少しでもお金の不安は解消したいので」
「そうですか。じゃあ、学業もですがバイトも頑張らないとですね」
「ええ。待遇は破格ですし、解雇されないように頑張ります!」
冗談でも解雇なんてしないんだけどな
まあいいか。先輩なりのやる気として受け取っておこう
「ところで、渡辺君。今日の晩ご飯はスパゲッティですが、ソースはなにがいいですか?」
「カルボ」
「またですか・・・」
「いいじゃないですか。好きなんですから。あ、上の卵は半熟でお願いします」
「わかりました。あ、買い出しにお付き合い頂いても?今日はセールですから」
「ええ、もちろん。家のことですし、俺にもきちんと」
「雇い主なんですから、どんと構えてくださいな」
「そんな訳にはいきませんよ。生徒会室で居眠りするほど疲れている先輩を労るのは後輩として、雇い主としての仕事だと思うので」
「ありがとうございますね、渡辺君」
「別に。お礼を言われることはしていませんので」
「お礼は素直に受け取るものですよ?」
「・・・では、受け取っておきます」
俺たちは先輩で後輩。雇われ家政婦と雇用主で、友達
色々な関係性を持つけれど、始まりは「恩人」と「救われた人間」
同じ「特殊な悩み」を持ち、それに対してお互い助け合っている協力者
どうしようもないそれを抱えつつ生きるしかない俺たちは、その悩みに振り回されつつも「どこにでもいる高校生」らしい生活を送り続けている
今日もまた、なんてない一日を終わらせる夕方を過ごそう
そう決めつつ、俺たちは帰り道を歩き出した
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