2:先輩とただいま

今日の買い出しは無事に完了

大荷物を抱えつつ、家への道を歩いていく

俺の家は学校から徒歩十分圏内に存在しているマンションの最上階に存在している


「渡辺君、渡辺君」

「なんでしょうか、先輩」

「斉藤さんから連絡はありましたか?」

「ええ。今は二回目の新婚旅行を楽しんでいるところだと。今はハワイにいるそうですよ」

「ハワイ!いいですねぇ」


斉藤さんは元々俺の家で家政婦をしてくれていた方だ

つい一ヶ月ほど前に、仕事の関係で付き合いがあった社長さんと結婚をしていたりする

今後は再び得た「家族」との生活を大事にしてほしいと願い、家政婦としては暇を出している


俺が七歳の時から家政婦をしてくれているので、その間柄は親子に近いものだ

メッセージアプリには、そんな斉藤さん・・・いや、今は白鷺さんか

彼女からは毎日のように旅行先で見た景色の写真と、日々の生活に対する心配ごとが送られてくる


「写真、見ます?さい・・・白鷺さん。昨日も送ってくれているので」

「いいんですか?」

「ええ」


白鷺さんとのメッセージ画面にしてから先輩にスマホを手渡す

彼女は目を輝かせながら、白鷺さんが送ってくれた異国の風景を眺めていく


「海がとっても綺麗です!」

「ええ。それから料理もいくつか」

「お腹を空かせているのではないかと心配されているのでは?」

「そこはほら、先輩がいるので。俺の胃袋の心配はされていないかと」

「そこまで信用して頂いていますかね?」


確かに、先輩が白鷺さんに出会ったのは三ヶ月前だ

その間はほぼ毎日会っていたとはいえ、出会いは酷かった

先輩が、白鷺さんからの信用があるかないか不安になる気持ちはわからないことはない


「むしろ先輩が俺の家政婦アルバイトを始める事。それが白鷺さんから出された「退職を受け入れる条件」の中に含まれていました。信用されていないわけがありません」


むしろ俺の方が、白鷺さんからの信用がない気がする

「俺の面倒を見てくれる後任がいないと、自分は安心できない」と、遠回しに言われているようなものだから


「そうですか。なんだか、嬉しいです」

「そうですか。それはよかったです・・・」


嬉しそうにスマホを握りしめる先輩の横で、俺は遠い目をしていたと思う

信用されているって、羨ましい・・・


「信用されているのは嬉しいですが、渡辺君」

「どうしてです?長年一緒の、お母さんみたいな存在から信用ゼロなんですよ?どこが羨ましいと」

「このメッセージとか」

「これ?」


先輩が表示してくれたメッセージを覗き込む


『坊ちゃん。きちんと食べていますか?規則正しい生活をしていますか?』

『香夜さんに我が儘を言っていませんか?あまり無茶をさせないよう、気にかけてあげてくださいね』

『後、誰もいなくても「ただいま」は必ず言うこと!』

「・・・お小言だと思うのですが?」


「心配だから、こうして色々と送ってくださるんですよ。信用よりも羨ましいと私は思います」

「そうですかね」

「ええ。遠く離れていても心配すると言うことは、白鷺さんの心の中には常に渡辺君がいると言うことです。誰かの心の中に住めるというのは、羨ましいことだと私は思いますよ」


先輩は若干違和感のある表情を必死に繕いながら、俺に笑いかける

羨ましい・・・か

先輩は自分が心配なんてされていない・・・とか思っているのだろうか


確かに生徒会長としての彼女は完璧な優等生。非の打ち所なんてものはない

失敗なんて言葉は辞書に載っていないとか、勝手にささやかれている始末だ

しかし先輩だって普通の女子高生

失敗もするし、間違うことだってある


それに彼女が抱えている体質は、一つ間違えば命を落としかねない危険な代物だ

心配が羨ましい?まるでされていないかのような口ぶりをして

俺はあんたのことが心配で心配でたまらないのに

変な事はすぐに反応するのに

こういうところはなぜ気づかないのだろうか・・・


「そうですか。その理屈で言えば、俺の心の中には先輩が住んでいますね」

「へ?」

「なに驚いた声を出しているんですか。先輩は自分が思っている以上に「ポンコツ」なんですよ?」

「それはそうかもしれません。よく転びますし、怪我だって同様に・・・失敗も、取り繕ってはいますが結構多かったりしますし」

「まあそれもありますけど、一番は貴方の体質です」

「・・・」

「先輩がいつか「取り返しのつかない選択」をしないか、俺は心配です」

「そう、でしたか・・・」


体質のことを話に出すと、先輩はいつも口淀む

それで痛い目を見てきた人だ。体質が心配と言われたら、色々と思うところがあるのだろう


「だから、先輩は羨ましがることなんて無いんです。俺が十分心配していますので」

「はい。渡辺君が心配してくれたら、百人力ですね」

「ええ。そうです。百人力なんですよ、先輩」


エレベーターで最上階まで上がり、突き当たりの部屋

先輩に鍵を預けると、彼女は慣れた手つきで鍵を開け、誰もいない家に立ち入る

そして、入口から顔を出して・・・


「渡辺君、おかえりなさい」

「・・・何をしているんですか?」

「帰ったら「ただいま」が鉄則です。もちろん「おかえり」も」

「そうですか」


両親と暮らしていたときも、白鷺さんと暮らしていたときも・・・これだけは必ず毎日行っていた

帰ったらただいま。誰かが帰ってきたらおかえり

周囲から誰もいなくなって、一人きりの家

その流れも終わりかなと思ったのだが・・・まだ、おかえりは存在してくれているらしい


「先輩」

「はい」

「・・・ただいま」

「ええ、おかえりなさい、渡辺君!」


おかえりがある生活に安堵しながら、俺は玄関へ足を踏み入れる

外での一日が終わり、家の中での落ち着いた時間が来たことを・・・実感しながら

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