3:先輩と奇妙な体質
先輩のバイト先は俺の家
彼女は朝と放課後の時間、うちで家政婦をしてくれている
白鷺に頼まれたから、俺の世話をするのが好きだとか・・・奇妙な理由もあるようだが
一番は「お金」が理由なのだ
生活に困らないレベルの賃金や、他にも福利厚生は充実させている
俺みたいな面倒な男の面倒を見ていただいているんだ
報酬はそれ相応のものに設定をしている
「渡辺君、渡辺君」
「なんですか、先輩」
晩ご飯を食べ終わった後
今日の洗い物当番は俺。家政婦として雇っているが、ほとんど「体裁」状態
基本的に家事は自分でやっている
先輩の仕事は基本的に二つ
「朝に起きられない俺を起こすこと」と「食事の面倒を見ること」だ
食事に関しては好き嫌いがないので苦労はさせていないと思っているが・・・
「・・・また、私の目を盗んでこしょうを大量にかけましたね?」
「味薄くって・・・」
「わかっています。味をほとんど感じない食事にストレスを覚える気持ちも、理解はできます。けれどそれは貴方自身を将来的に苦しめる行為です。「自分で抑えること」も大事ですよ」
「気をつけます」
「私も見かけたら止めるようにしますので」
「お願いします」
味覚に関して、大きな問題を抱えている
味を感じにくくなっている俺はついつい「自分の味覚に反応する味」を作り出すために、調味料を追加する癖がある
「ちゃんと味付けしてくれているのに、壊す真似をしてしまって申し訳ないです」
「事情は理解していますので、お気になさらず」
「ありがとうございます」
洗い物を終えて、先輩が腰掛けていたソファの隣に座る
ふむ。どうやら料理雑誌を読んでいたらしい
「洗い物、お疲れ様でした」
「いえ。ところでそれは?」
「ああ。参考書です。いつかはきちんと「美味しい」と言わせたいですからね」
「そうですか。ところで先輩。俺の為にと色々と手を尽くしてくれているところ申し訳ないのですが」
「はい、なんでしょうか」
「明日から、期末テストですよ」
先輩は目をぱちくりした後、静かに雑誌を閉じる
それから冷や汗をだらだらと流した彼女は、ヒクついた顔を浮かべながら俺に頭を下げてくる
「今日、お泊まりさせてくださぁい・・・」
「構いませんよ。部屋は腐るほど空いているので」
「よし!徹夜するので!今日はここで!」
「待ちやがれください、先輩」
「嫌ですね渡辺君いま腕を掴んだら関節が伸びて大変な事になっちゃいます」
「特待制度を満たすため成績上位十人以内を狙っているとしても、そのテンションだとろくでもない結果を生みます。まずは落ち着きましょうよ。はい吸って!」
「すう・・・」
「吐いて」
「ふー・・・」
「はい、繰り返し」
「すう・・・はあ・・・」
何度か深呼吸をさせて、先輩から焦りを取り除く
彼女が焦る理由ぐらいきちんと理解している
そもそも先輩が俺の家で家政婦バイトをしている理由も「家が貧乏」だからだ
母親が病気で入院中。父親は蒸発済と不幸を煮詰めた家庭環境をしている彼女は家出している長女の代わりに「最年長」として雪時家の稼ぎ頭をしている
弟さん達は祖父母に保護されているけれど、母親に対しての援助は無し。彼女も今、同様・・・の時点でヤバいと思っている
なんなら今も先輩の事情は複雑すぎて、正直関わるべきではないと思っている
けれど俺は、この人を放ってはおけない
「ありがとうございます。落ち着きました」
「そうですか」
この人を放っておいたら、一人にしたら・・・きっと、これ以上酷いことになるだろうから
安堵したように胸をなで下ろし、微笑む先輩を横目で確認した後、目を逸らして話を続ける
「しかし、先輩がそこまで焦るのは珍しいですね」
「今回は少しヤバいんですよね。「前借り」を考えるほどに」
「ばっ!あんたバカですか!それだけは駄目です!あれを乱用しないでください!」
「わかっています。けれど、私にとって「特待制度」がいかに大事なものか、渡辺君はご存じでしょう?」
「学費を浮かせるため。それは重々承知をしていますし、体質を利用したい気持ちも理解できます」
けれど、彼女の体質には大きな欠陥がある
対応方法は勿論決めているのだが、それに対して俺がいつでも対応できるわけではない
「先輩の「運の貸借体質」は願うだけで幸運になれたり、不幸になれたりする力です。しかし、貴方の場合は「代償」がついてくる」
「それも、いつ始まるかわからない代償が・・・ですね」
幸運と不幸の値は、誰しも同じ値ではない
しかし、どんな人間でも・・・幸運と不幸の比率は一緒
それに例外はない
「貴方が自分に有利な幸運を願えば、その後に不幸が降りかかります」
「比率を正すように、ですね。それを仮に「不幸返済」と呼んでいますが、それは直後に始まることもあれば、数日後に始まることもあります」
「ええ。けれどその「不幸返済」は、必ずしも先輩が返済する必要が無い」
「・・・」
先輩は目を細め、申し訳なさそうに俺を見る
わかっている。先輩にとって、自分が救われるために俺を頼ることは一番避けたい事象なのだから
例え自分が不幸になろうとも。その意志は揺るがない
「俺は・・・俺に手を差し伸べてくれた恩人である先輩になら、この体質を上手く利用して貰いたい。俺は平気ですから」
「けれど、渡辺君が不幸になっちゃいます。私の代わりに怪我をしたりとか、考えただけでも・・・」
その不安は杞憂だ。俺に先輩を心配させるような事象なんて訪れない
それが「自分が幸せになるために必要である場合」以外は・・・絶対に
だから先輩の不幸を肩代わりして怪我を負うことなんて、絶対にないのだ
「先輩は俺をなんだと思っているんですか?貴方にその体質を押しつけた神様から「一生分の不幸」を奪われた「誰も味わったことのない最大の不幸」を経験した男です」
「でも」
「言ってしまえば今後、幸運どころか豪運であることが約束されている人間です。貴方の不幸程度、自分の運で相殺してやりますよ」
「それでもです。私の責任を、貴方に肩代わりして貰うだなんて・・・先輩として、友達として、悪いことをしています」
「悪い事なんてしていませんよ。俺がしたくてやっているんです。貴方には、今後も呑気に、今が幸せと言わんばかりにのほほんと笑っていてほしいので」
「へ」
「とりあえず、先輩の体質は使用禁止です。俺は部屋に戻りますので、後は好きにしてください。いつも通り空き室は、先輩の部屋としてご利用ください。それではおやすみなさい」
「あ、は、はい!ありがとうございます・・・渡辺君。おやすみなさい・・・」
そそくさとソファを立ち、リビングを後にして自室に戻る
あの言葉に対して、追求をされると厄介だから
俺は六歳の頃、先輩に「貸借体質」を授けた神様に「不幸」を奪われるという最大の不幸を経験させられた
その影響か、運の比率は大幅に狂っており・・・俺は今後「幸福な未来」が約束されている
神様に祟られた「豪運体質」。それが俺「
怪我もすれば、人間関係に悩まされるときもある
一見不幸に見える出来事だが、その全ては「俺が幸福になるため」に必要な事象
それ以外の手段で、俺に不幸が訪れることはない
もしも、俺が不幸だと思う事象が発生するならそれは・・・恩人である先輩から、あの「のほほんとした笑顔」が消えた時になるだろう
その呑気さに、お節介に・・・かつての俺は救われた
今の関係に落ち着くまで三ヶ月
始まりは四月から
俺が入学した日から、話すことになる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます