4月:幸運はいつだって上から落ちてくる

1:生徒会長の襲来

いつだって、始まりは唐突だ

包帯で覆われた両腕を一瞥しながら、小さくため息を吐く

・・・今度は両腕を折ってしまったらしい

今回はまだ指先が動くので、両手を折った時よりはマシな部類か


「・・・あいつ、よく学校来られるよね」

「あの大怪我で動けるとかおかしいよ・・・家にいたらいいのに」

「私さ、渡辺と同中だったんだけど・・・あいつ、中学時代もめちゃくちゃヤバくてさ」

「やばいって、どんな?」

「素行不良?」

「いやいや・・・むしろそっちの方がよかったっていう感じなんだよね」

「どういうこと?」


周囲は俺の怪我と過去にやらかした件に関して

本人がいる前で噂話なんてしないでもらいたい

居心地の悪さを感じ、俺は席を立つ


「・・・深幸」

「構うな、暮人。お前まで巻き込むから」

「でも」


俺の体質を理解した上で付き合いを続けてくれている秋風暮人あきかぜくれとは教室を出ようとする俺について来ようと立ち上がるが、俺はそれを止める

俺についてくれば、暮人もまた巻き込んでしまうから


「平気だ。いつものことだから」

「いつもだからって・・・」

「これ以上、暮人を巻き込んでしまうのは嫌なんだ。できれば、こうやって関わるのもやめてほしいぐらいだ」

「深幸の力になりたいとしても?」

「その気持ちだけで十分だ」


暮人との話を切り上げて、早足で出入口へと向かう

何年も同じことを言ったって、暮人は俺の話を聞いてくれない

暮人の声が聞こえなくなった代わりに、噂話がすべて耳に入ってくるようになる

ああ、苛々する


贅沢な感情を持ちながら、出入口の道のりを歩いた

短いはずのそれは、途轍もなく長い道のりのような錯覚を覚えてしまう

耳を塞ぎたい

けれど、そうしたら逃げていることになる

俺は、全てを受け入れなければならない


「渡辺って、小学校の時からずっとああなんだよ」

「中学の時、真夏なのにずっと長袖だったんだぜ」

「あいつがいると、皆不幸になるってもっぱらの噂だ」

「高校も一緒だって知っていたら進学先変えていたよ・・・」

「秋風の進学先で察せなかった俺が悪いけどさ。そういえば、市ノ瀬も・・・」


俺だけの噂話で済んでくれるのなら、それでいいのだ

俺がいくら悪く言われようとも構わない

でも、俺以外は何も悪くないではないか

こういうことがあるから、俺はたった二人の友人に遠ざかってほしい

二人を失いたくないから、二人を俺の不幸で傷つけたくないから

あの子のように、なってほしくはないから


扉の前で話していたクラスメイトが俺の姿を見て、蜘蛛の子を散らすように遠ざかってくれる

これぐらいがちょうどいい

遠巻きにされている方が楽だ


「・・・あ」


教室から出るために、扉を開けなければならない

両手が使えない今、開けるとしたら足しかない

行儀が悪いが、今回ばかりは仕方がない

足を延ばして扉を開けようとしたとの同時に、それは勢いよく開かれた


「たのもう!」

「・・・・・」


その姿は見覚えがある

たしか、生徒会長だ

腰まで伸びた雪のような白い髪を靡かせて、彼女は目の前に立ち塞がる

入学式の時に在校生挨拶を読んでいたから、先輩でも印象が深い部類

学校内での中心人物、俺には縁遠い人物だ

どうせこのクラスにいる生徒会役員に用があるのだろう・・・

こうして視界の間に映る程度の存在。俺と彼女は住む世界がちがーーーーーーーー


「両腕骨折と診断された渡辺深幸君はいますか!」

「・・・」


生徒会長の問いに、クラスメイト全員の視線が俺に集まる

もちろんそれを生徒会長は見逃さない

生徒会長は笑みを絶やさないまま、俺に近づいてくる

俺は対照的に生徒会長から遠ざかる為、どんどん後ろに下がっていく

それは、俺の背が教室の窓側についた時点で決着がつく

ああ、もう逃げられない


「渡辺君で間違いありませんか?」

「いえ、人違いです」

「・・・両腕、骨折している一年生は他に見ませんでしたよ?」

「休んでいるんじゃないですか。両腕骨折ですし」

「でも、君は・・・」

「カモフラージュです。遊びです。悪ふざけというものです」


痛い腕を振り回し、健常なことをアピールする

・・・こんなのトラックにはねられるより痛くない

頭の中で、これまで痛かった事故のことを思い出しながら「こんなのはマシだ」と言い聞かせて正気を保つ


「顔、真っ青ですよ」


やはりというべきか、折れている腕を振り回すなんて無茶をするだけ・・・それに見合った反動が返ってくる

心配そうな目で俺を見る生徒会長

・・・顔色は相当悪いのだろう

腕もすごく痛くなってきた・・・早く鎮痛剤を飲みたい・・・


「具合悪いので、保健室に行かせてくれますか?」

「連れて行きますよ。クラスの保健委員の代わりぐらい造作もありません。生徒会長に頼ってくださいな」

「探している人がいるんでしょう?一人で行けますから、生徒会長さんはそちらを優先してください」

「まあ、そこまで話せるなら平気でしょうし・・・」

「平気です。一人で行けるぐらいには元気です」

「保健室行かなくてもいいぐらいには元気ではないですか?」

「・・・ちっ」

「あ、今舌打ちしましたね!?」


作戦は失敗。保健室ルートも不可能だろう

いかにして生徒会長を振り切るか、必死に考える

なんだか、この人と関われば凄く厄介そうだ


「もう一度聞きますね。渡辺深幸君」

「違います」


ぼろを出せばこちらの負けだ

返答には気を遣っていかないと・・・この人の思うようになってしまう


しかし、この生徒会長

俺みたいな一介の生徒に何の用が・・・

高校に入学してからまだ二日目だが、先輩に睨まれるようなことは無意識下でもしてないし、先輩と交流が深まりそうなキッカケになるような事もしていない


「まだシラを切る気ですね・・・」

「だって俺は渡辺深幸ではないので」

「じゃあ貴方の名前は・・・」

「あんたには関係ないですよね?」

「しゅん・・・」


やっと折れたと思い、彼女の横を通って教室から出ようとすると背後から肩を掴まれる

まだ諦めていないのかこの生徒会長は・・・・!?


「逃がしませんよ!せめて貴方のお名前をぉぉぉ・・・・!」

「・・・しつこい」

「貴方の、お名前は!」

「・・・渡辺深幸」


仕方ない

ここはもう、こちらが折れるしかないようだ


「やっぱりあなたが渡辺深幸君じゃないですか!」

「・・・鎮痛剤飲むから少し黙っていてくださいよ」

「あ、はい」


俺はポケットの中から錠剤のシートを取り出し、唾液でそれを飲む

褒められた行為ではないが、今は仕方ない


「・・・腕振り回していましたけど、平気なんです?」

「まあ、自転車の大群に轢かれるよりは痛くないです」

「今までどんな経験されたんですか・・・?」

「色々です。それで、俺に何の用ですか」

「恩返しに来ました」

「ああ、そうですか。俺に関わってくれないのが最大の恩返しなので、自分の教室に帰ってくれますか?」


「流れるように恩返しを拒否する人、初めて見ました」

「恩返しされたくなので。そういえば」

「そういえば?」

「あんた、名前は?」


彼女は俺のことを知っているみたいだが、俺は彼女のことを生徒会長だということ、そして先輩だということぐらいしか知らない


「私ですか?二年で生徒会長な雪時香夜ゆきときかやです」

「二年で生徒会長な雪時香夜ですさんですね」

「雪時香夜」

「わかっていますよ。それで、生徒会長。俺に嫌がらせって・・・俺、貴方に何をしたのでしょうか?」

「名前を聞いた意味もないですし、さらっと恩返しを嫌がらせに変換している当たり、貴方相当性格悪いですよね・・・?」

「性格が悪くないと、誰も遠ざかってくれないでしょう?」

「・・・意味がわかりません。まあ、いいです。とにかく、渡辺君。私は貴方に恩返しに来たのですよ」

「はいはい。しかし、それに至る過程を知らないのですが」

「貴方が両腕を骨折した理由とだけ言っておきます。後は自分で考えてください」

「答えを教えることは、俺の為になるわけですし、一種の「恩返し」になりませんかね」

「ここぞとばかりに恩返しを強調しないでください」


生徒会長の眉間に皺が刻まれていくのを若干面白がりつつ、彼女は理由を話してくれるのを待つ

まだ入学して二日。昨日の出来事と言えば入学式しかない

入学式を終えて帰宅する前の間。その数時間程度の間に、俺はこの腕を骨折したわけだが・・・骨折した理由か

一年の教室は一階に存在しているし、移動に使ったのは廊下程度

下駄箱が倒れたという話も聞かない

家政婦さんから「交通事故に遭った」という話も聞かなかった

本当になんで骨折したんだ、俺


「・・・私は、渡辺君に庇って貰ったんですよ」

「へえ」

「階段から落ちた私を、助けてくれたんですよ」

「・・・はあ」


ヤバい

・・・全然身に覚えがない

その前後の記憶がないから何とも言えない

この人の話は本当の話なのかすら全く分からない


「それで、ちょうど真下にいた渡辺君が私を受け止めて、下敷きになってしまって両腕を・・・」

「・・・」

「覚えていないのですか」

「ええ、覚えていません」

「まさか・・・前後の記憶が?」

「そうですね。落ちた衝撃で前後の記憶がないようです。もしかしたら人違いでは?」

「恩人の顔を見間違うはずがないでしょう?紛れもなく、私を助けてくれたのは貴方ですよ、渡辺君。しかしそこまで重傷だったとは・・・!大変です!ちゃんと恩返しさせてください!」

「結構です」

「手始めに、先生に頼み込んでしばらくこのクラスで授業を受けられるようにしてきました!」


話をくれない上に、更には既に手を打たれている

先生も先生だ。よく許可したな・・・

生徒会長というのは、意外と権力が大きいのかもしれない

権力を乱用する生徒会長・・・そういうのはフィクションの中だけにしてもらいたいものだ


「渡辺君の代わりに板書もしますよ」

「写真撮影の許可は頂いていますので」

「ノートの評価点は、大きいですよ」

「この怪我です。多少は考慮して頂けると思います。生徒会長は自分の教室に帰ってくれませんか」

「譲れないことの一つや二つ、ありますから」

「いい感じの言葉でまとめないでくれますか。生徒会長だって自分の授業があるでしょうに。いいんですか、評価落としても」

「恩返しの為です。致し方ありません」

「ああいえばこういう・・・」


「それから、会長なんて堅苦しい呼び方しないでくださいよ。先輩って可愛くいきましょう。憧れだったんですよね。先輩」

「・・・」


ああ、もう駄目だ

完全に生徒会長のペースに飲まれている


「生徒会長」

「雪時先輩。または香夜先輩って呼んでください」

「生徒会長先輩」

「・・・せめて、どちらか一つに」

「先輩」

「はい、なんですか?」


選択肢の中から選んで調子乗らせたくないので、第三の選択肢を選ぶ

露骨に不貞腐れた生徒会長・・・先輩を見つつ、俺はあるお願いをすることにした

どうせ、恩返しをやめろとか言っても聞いてはくれない

それなら、恩返しが酷になる状況を作り出すしかない


「早速ですが、一つお願いが」

「帰れ以外なら!」

「じゃあ近寄らないでもらえますか?」

「ええぇ・・・・」

「それなら恩返しとやらに付き合ってあげましょう」

「恩返し、させてくれるんですか?」

「・・・近寄らなければ、ですからね」

「やった!」


先輩は喜びながら、空き教室から持ってきたであろう机を俺たちの教室に運び込む

本気で一年の教室で俺の代わりに板書を取るつもりかこの人・・・!


「渡辺君の席は?」

「窓際の、一番後ろ・・・ですけど」

「「わ」たなべですもんね。じゃあ、お隣に失礼しますね」

「・・・・」


俺の隣だった女子生徒は笑顔で先輩に席を譲り渡す

本人がいる前で、あんな噂が流れるような環境だ。この子も俺なんかの隣は死ぬほど嫌だったのかもしれない

そう思うと、俺にとってこの襲来は不幸そのものだが

彼女にとっては、先輩がここに来たことで席替えができ、俺の隣という不名誉から解放された

非常に幸運なことだったのかもしれないな。この件に関しては先輩に感謝しておこう


「ありがとうございます」

「い、いえ!こちらこそ!」


女子生徒はスキップしながら荷物を持って遠ざかる


「貴方、一体・・・」

「俺はあの子に何もしていませんよ。今日初めて顔を見たぐらいですから」

「そうですか」


先輩は自分の荷物を机の上に置いて、俺に手を差し出す


「渡辺君」

「・・・」

「今日から、よろしくお願いしますね」

「はあ・・・」


その手を取らず、俺は自分の席に戻って先輩の様子を窺った

こんな唐突な話が、俺と先輩の始まりとなる

不幸な事故が生んだ一つの出会いは、今後の人生を大きく変える出来事になる

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