3:先輩と休日登校

先輩から熱々のコーヒーを顔面にかけられた上で背中から転倒し、頭を強く打ち付けたことで意識を失った翌日


昨日行けなかった整形外科に行って、鎮痛剤をきちんと貰った帰り道のことだ

斎藤さんの話だと、昨日の夕方に学校から「取りに来てほしい書類がある」とのことで連絡があったそうだ

昨日の一件で制服を酷く汚してしまっている俺は、事情を先生に伝えて私服登校の許可を貰った


病院から学校へ

入学して間もないが、こんなに早く私服登校をすることになるなんて思わなかった

まだ新鮮さが抜けない道を、いつもとは違う新鮮さを覚えつつ歩いていると・・・見慣れた雪色が視界の端に映った

・・・ここ最近、毎日会うな


「・・・おはようございます、わたなべくん」


ジャージ姿で、校門近くの花壇の手入れをしている先輩

哀愁と悲壮感を漂わせた彼女のジャージは彼女の顔色と同じく青

確か、この学校のジャージは学年色になっているはずだ

今年の一年が青

今年の二年が緑

今年の三年が赤・・・となっている

で、三年が卒業したら、次に入ってくる一年のジャージが赤になる・・・と言った感じだ


ここで一つ気になることがある

先輩のジャージが青なのだ


目の前にいる先輩の学年は二年。緑のはず

これは・・・俺の恩返しの過程の一つとして体育の授業にも参加するために、一年のジャージを購入したとか、冗談でも大概にしてほしい話なのか?

俺、どちらにせよ怪我の影響で体育には参加できないから見学なのだが・・・そこは先生から聞いていないのだろうか?

色々と思うところがあるが、先輩は俺の方を悲しそうな目で見てくる

なんだか構ってほしそうな子犬のような・・・

・・・構ってあげないと、いけない気がする

そんな不思議な義務感を持ちながら、俺は恐る恐る口を開いた


「一応聞きますが・・・何をしているんです?」

「昨日の遅刻。罰です・・・」


まあ、そうなるだろうな・・・と薄々は思っていたので、驚きはしない


「そうですか。お疲れ様です。それでは」


これ以上は問題ないだろう

とっとと書類を貰って家に帰ろう


「り、理由ぐらい聞いたっていいんじゃないですか?」


しかし一度話しかけてしまえば最後

今日もまた先輩に構われないといけないらしい

・・・今回は自分から構いに行ったけど


「・・・大方、俺が気絶した後、先輩は普通に登校して・・・俺という遅刻の大義名分がないから通常の遅刻で処理されて罰を受けているってところでしょう?」

「なぜ・・・」

「予想しやすいと思いますけど」

「流石、遅刻と欠席が多いことで中学時代問題児をしていた渡辺君!遅刻のことなら手に取るようにわかると!」

「なぜそれを」

「斎藤さんから」

「・・・・」


「あれ、個人情報が云々言わないんですか?」

「斎藤さんは、実質保護者みたいなものですから」


母親が息子の友達に「あの子は昔、あんなんだったのよ」と伝える感じなのだろう

・・・多分だけど


「そういえば、斉藤さんは家政婦さんなのですよね?渡辺君のご両親は?ご一緒に暮らしているのではないのですか?」

「俺が小学一年生の時に離婚しています。親権は父親ですが、両親が何をしているかは知りません」

「あ・・・なんか、家庭の事情に踏み込んでしまったようで・・・すみません」

「別に。気を遣う必要なんてないですよ」


校舎の方に歩きながら、先輩に背を向けて話を続ける


「両親とは一度もやり取りしていませんし、顔も名前も覚えてはいないんです」

「それはつまり・・・」

「血が繋がっているだけの、他人ですね」

「それは悲しいです」

「そんなことはありません。話はここまでにしましょう。俺はそろそろ職員室に行きます」

「はい。では、また後で」


多少なり話を強引に終わらせて、俺は職員室に向かう

しかしまた後で、なのか

この後もあるのか


「・・・校門は一つしかないですし、壁をよじ登って逃げるなんて芸当もできないので、今回だけですよ」

「そうですね。では、お待ちしています」


そう返事をしたのち、先輩の見送りを受けつつ俺は校舎の方に向かった


・・


先輩と別れてから職員室に寄って、先生から書類を貰う

・・・なんだか、分厚い

鞄の中に書類を押し込んでもらい、再び来た道を引き返す


「渡辺君、渡辺君!」

「先輩?作業はもういいんですか?」

「一時中断です。これを届けに来ました」


先輩の手には、俺の学生証

いつの間にか落としていたらしい


「いつの間に・・・ありがとうございます、先輩」

「いえいえ。私服登校ですし、新入生ですから。部外者だと誤解されたら面倒だと思ったので・・・その様子だと、心配はいらなかったようですが」

「あらかじめ先生には私服登校許可を貰っていましたので」

「理由は、昨日のコーヒーですか・・・制服のシミになったりしちゃいました?」

「昨日の分はクリーニングに出していますのでご安心を」

「お金、使わせちゃいましたね。お支払いします」

「お気になさらず。事故なんですから」


流石に先輩が引き起こした事故。請求するのが被害者としては当然な話だろう

けれど、流石に良心が痛む


「今後、気をつけてくれたらいいので。被害者は俺だけで十分です」

「はい。もう誰も傷つけないよう、気をつけますね」

「そうしてください」


廊下を歩きながら、昨日の話に関して着地点を設ける

これ以上はもう、不要な話

けれどまだ、先輩の方には思うことがあるようで・・・何度も俺の顔を覗き込んでくる


「じぃ・・・」

「・・・なにか、ついていますか?」

「いえ、コーヒーは顔にかかったでしょう?火傷とかしていないかなと。熱々だったので」

「問題ありません」

「本当ですか?」


正面に回って、疑いの眼差しを向けてくる

そこまで信用ならないか


「よく、見せてください」


背伸びをして、顔に触れようと手を伸ばしてくる先輩

まずい。このままでは・・・


「本当に、大丈夫ですから!」

「あっ・・・」


無意識に頭を動かし、彼女が顔に触れるのを阻止する

普段は出さない大声と行動に、先輩も面食らったようで目を白黒させていた


「驚いた。今日は渡辺君の知らない一面ばかりです。そんな大声も出せるんですね」

「その・・・すみません」

「いいんですよ。触れられたくないことは誰もが必ずあるものです」


先輩はもう一度背伸びをして、今度は俺の耳元に顔を近づける

小さな声で、俺以外の誰にも聞こえないように


「・・・前髪に隠されていた額の傷、偶然見えちゃいました。ごめんなさい」

「いえ、顔を振ったから、見えるだろうなって・・・」

「触れられたくなかったのは、それを見せたくなかったからですよね」

「不快にさせてしまったら、申し訳ないです」

「いえ。そんなことは全然思っていませんから!」


慌てふためく先輩は俺の耳元から顔を離し、元の立ち位置へ戻る


「歩きましょうか」

「です、ね」


歩き始めるが・・・気まずい空気が流れたまま

静かな先輩は、こうして関わるようになって短いとはいえ初めて見た

陽光に照らされた新雪

キラキラと輝くそれは気を抜けば見惚れてしまうほど綺麗だ

けれどそんな感想を頂いたなんてこの先輩に知れてみろ

絶対に、間違いなく、確定で調子に乗る


「あの、渡辺君」

「なんですか?」

「今まで私は渡辺君に「前髪長いな〜。うっとうしいなぁ〜。切らないかな〜」と、思っていたのですが・・・」

「滅茶苦茶心象悪かったんですね、この前髪」

「目だって前髪に覆われているのですよ。危険じゃないですか」

「ごもっともなご意見で」


「けれどそれを見たら、切らない理由も理解できました」

「・・・」

「不都合がなければ、それがついた原因を聞かせて頂いても?」

「不都合だらけなので、教えられません」

「そうですか」

「この怪我も、俺が不幸なのが原因なので。先輩も巻き込まれたくなければ、俺にはもう近づかないでください」

「あ、渡辺君!」


先輩の返事を聞く前に、俺は廊下を駆けて校舎を出る

去りゆく時間になぜか名残惜しさを感じつつ、向かう先は自分の家

今日、斉藤さんはご友人と会うのでお休みを取っている

だから家に帰れば一人きり

帰ったら一人で過ごそう

もう誰も、傷つけないように。一人きりで、静かに

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