4:先輩とおはよう
休日を終えて月曜日
学校に行きたくないな。よし、休もう
「おはようございます、渡辺君」
「先輩、俺の部屋に入らないでください。一応異性の部屋ですよ。プライバシーとか考えてください」
「斉藤さんの許可を得て入っています。ほら、布団から出てきてください」
ぐっ・・・登校に関することになると斉藤さんは俺の敵になってしまう。おのれ先輩!
先輩が斉藤さんに無駄な話をしなければ、俺は休みたいときに学校を休めたというのに!
彼女は掛け布団を鷲づかみにして、俺から引き離そうとする
両腕を使用できない俺は布団を奪われないよう、足を使って布団を死守しにかかる
「嫌です。拒否です。俺は布団と結婚しました。先輩は俺と布団の愛を引き裂こうって言うんですか」
「貴方はまだ結婚ができる年齢ではないでしょうに」
「真に受けないでくださいよ」
「隙あり!」
「ううっ・・・」
布団を剥ぎ取られたとこで、俺と布団の幸福な時間は終わりを迎えてしまった。不幸だ
「渡辺君。改めておはようございます」
「おはよう、ございます」
「目覚めはどうですか?」
「先輩のおかげで最悪です!」
「・・・」
「どうしました?」
「台詞はあれですけど、貴方・・・笑えたんですね」
「驚くところそこなんですか?」
「ええ。いつもむすっとしていて、この世の不幸を体現しているような顔でしたから。少し安心しました」
先輩は微笑んだ後、俺の部屋のカーテンを開けに行く
寝起きにはきつい朝の陽光が目に刺さった
「すぐになれますよ・・・おや?」
「先輩?」
先輩は握りしめていた俺の掛け布団を凝視した後、タグを探し始める
・・・布団、気を遣ってはいるのだが、臭かったのだろうか
洗濯方法を探しているのかもしれない
せめて、俺がいないところでやってほしいな。この対応は若干どころかかなり傷つく
「・・・このお布団」
「ひっ・・・」
「ラベンダーのいい香りがします」
確かに、昨日の俺はラベンダーのアロマを焚いて寝た
その匂いが布団についていたのだろう。変な匂いがしないで安心した
「これは安眠の為ですか?」
「まあ、そんなところです。寝るの、好きなので」
「好きなことに全力なのはいいことです。渡辺君にそういう一面があるとは。まだまだ知らないことばかりですね」
「出会って一週間も経たないんですから、そりゃあそうでしょうよ」
「これから、渡辺君のことをいっぱい教えてくださいね?」
「嫌ですけど。恩返しが終わったらもう近寄らないでください」
「も〜。すぐにそんなことを言う」
近寄るなといっても、彼女は俺に近づいてくる
・・・俺自身もそういいつつ、完全に彼女を遠ざけることができていない
斉藤さん以外の人と長い時間を過ごすのは久しぶりだからだろうか
この時間に、心地よさを覚えているのかもしれない
そんなわけないよな。わかっているよな、俺
お前は、一人でいなければいけないことを
けれどもう少しだけ、この恩返しとやらが終わるまでは
・・・この時間を楽しませてほしい
「ラベンダーの香り、先輩はお好きで?」
「ええ。個人的に落ち着く香りだと思っています」
でも、変な香りがしないからと言って、俺の布団に顔を埋めないで貰いたい
なんか、ちょっとやだ
「はぁ・・・部屋中を好きな香りにするの、憧れちゃいますね。羨ましいなぁ」
「そんなに好きなら・・・アロマオイル、分けましょうか?」
「あー・・・うち、そういうの駄目なんです。私、姉と弟二人・・・四人で一つの部屋を使っているので」
「だからこの気にしなさ」
「なにがですか?」
「いえ、なんでも」
先輩が俺の部屋に入っても、なんとも思わない理由がちゃんとあって納得する
確かに弟と一緒の部屋なら気にしないのかも
逆に、先輩からしたら自分の部屋に入ることが異性の部屋に入ることで・・・気にしているのが馬鹿馬鹿しく思えるのかもしれない
「確かに、香りって好き嫌いの個人差が大きいですよね」
「ええ。私が好きでも、三人が好きとは限らないので。お気持ちは嬉しいですが」
「聞いてみては?先輩、その性格なら姉弟と仲良しっぽいですし。会話とか多そう」
「・・・ごめんなさい。あまり、仲良くはないので」
あの先輩が珍しく言い淀む
あまり触れてほしい話題ではないようだ。申し訳ないな
とりあえず話を変えよう
そういえば、引き出しにあれがあったはずだ
俺は引き出しを開けて、あるものを取り出し先輩に手渡す
「そうですか。では、これなんていかがですか?」
「これ、ホットアイマスクですか?しかも、ラベンダーの香り」
「たまに使っているんです。これぐらい小さければ姉弟に迷惑がかかることもないですし、自分だけで香りが楽しめるかと。あげます」
「そうですけど・・・私はなにもしていませんし」
「恩返し、しているではないですか」
「けれど、それは渡辺君にしてもらった事を返しているだけで」
「じゃあそれは俺の恩返しで疲れが溜まっているであろう先輩を、少しでも労うためと言うことで。今日はそれをつけてゆっくり眠り、明日からキビキビ恩返ししてくださいよ、先輩?」
「そういうことにしておきます。ありがとうございます、渡辺君」
「お礼を言われることなんてしていませんから。ほら、俺は今から着替えるので部屋から出てください」
「一人で着替えられるんですか?」
「一人でできます!」
そう啖呵はきったけれど、いつもは斉藤さんに手伝って貰っている
今、朝食を準備している斉藤さんを呼び出すのは無理だし・・・なんなら先輩も外にいる
呼び出したのが知れたらどうなるかぐらいわかっている
『やだ渡辺君。一人でできるって言ったばかりじゃないですか!』
全力で笑われる。そうに違いない
一人で、頑張ってみるか
包帯が巻かれた両腕を胸元に、寝間着のボタンを一つ一つゆっくりと外して制服に着替えてみた
・・
数分後、着替え終わった俺は部屋の外に出る
時間はかかったが、着替えはできた
問題は・・・
「無事に着替えられたのですね。いつでも手助けする準備はできていたのに」
「ふっ・・・これぐらいできます」
「そうですか。ネクタイは・・・そうですよね。高校一年生ですし、まだ結び慣れていないでしょう。斉藤さんに結んで貰っているとしても・・・それはなんですか?」
「それとはなんでしょう」
「なぜ、腰から手を離さないのですか?」
なんでそんなところを見ているんだ、先輩
確かに、ズボンは現在進行形で危機的状況にある
この腕でネクタイはもちろんだが、ベルトも装着できなかったのだ
なので着替えは中途半端で終わっている
この場は「着用できた」ということで逃げ切り、後で斉藤さんにネクタイと一緒に巻いて貰おうと思っていたのだが・・・
めざといな、先輩
「み、見せびらかす為に当てているだけですけど」
「腕に負担がかかっているでしょう?早く三角巾に戻した方がいいかと。手伝いましょうか?」
「いや結構。さあ朝ご飯を食べに」
「・・・大方、ベルトをズボンに巻けなかったのでしょう?変な意地は張らなくていいので、貸してくださいね?」
「・・・はい」
俺が隠し持っていたベルトを奪い取り、先輩は廊下に膝をついてベルトを巻いてくれる
この上から見る世界の背徳感はなかなかのもので、よからぬ事を考えそうになる
目を逸らし、その光景を見ないように努力する
ここは心を無にして先輩がベルトを巻き終わるのを待とう
そう心に決めたはいいが、俺の腰に先輩の手が添えられた
自分でも触れないような場所に他人の手がある
なんだろう、このもぞもぞした感じは。早く手を離してほしい
俺をこの変な感情から解放してほしい
「っ・・・」
「奥の分に通しますから、少し顔を近づけますね」
「いや!それはまずいので!後ろを向きますから!それでお願いします!」
「まずい?まあいいか。後ろを向いてくれた方がやりやすいですし。ありがとうございます」
先輩の進捗に合わせて、俺がくるくると周り・・・変なことが起こらないよう工夫を凝らす
最後は金具を留めておしまい
この小っ恥ずかしい時間も、やっと終わってくれた
「ありがとうございました・・・」
「いえいえ。これも恩返しですから。しかし、渡辺君は変なところで意地を張りますね」
「そうですかね」
「ええ。今の貴方は怪我をしているんです。できないことが多いのが当たり前ですし、やってはいけない事もあるでしょう?そういう事に直面したら誰かに頼るのも当たり前なのですから、もう少し誰かに頼ることを覚えるように!先輩はいつでも手助けしますので!」
「・・・善処、します」
「そうしてください。さあ、顔を拭いてから朝ご飯にしましょう。今日の朝ご飯は和食でしたよ!」
「へえ・・・先輩はどうされます?」
「私は今日、食べてきましたから」
その割には覇気がないような気がするのは何故だろう
それに、遅刻した日だって呑気に朝食をご馳走になっていたような人だ
すぐにお腹が空くのかな
それとも、俺の世話でエネルギーを消化しているのだろうか
どちらにせよ先輩の学校生活に支障が出てしまうのは避けたい
きちんと食べさせて、元気に過ごして貰わないと
少なくとも、この恩返し期間だけの話だ
俺の面倒を見ると言っている先輩が元気じゃないと、俺の学校生活にも影響がでるからな
あくまで俺の為だ
「明日からは、どうですか?どうせ来るんでしょう?」
「ええ、私の体調不良がない限りは・・・」
「でしたら食べていってください。斉藤さんも喜ぶでしょうから」
「では、お言葉に甘えて。気を遣ってくれてありがとうございます」
「別に、俺は提案しただけですから。斉藤さんには俺から話すので」
「提案だけでもですよ」
本当に、ありがとうございます
小さな声でもう一度お礼を言った彼女は、上機嫌で洗面所の道を先導してくれる
濡れたタオルで俺の顔を拭いた後、二人で斉藤さんが待つリビングへ足を運んだ
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