5:先輩と通学路
朝食を食べ終えた俺たちは、その後しばらくしてから家を出た
並んで通学路を歩きつつ、先輩は大きく背伸びをした
「ん〜!今日もいい天気ですね」
「小春日和ですね。先輩の頭みたいです」
「それは人がぽけぽけしていると言いたいのですか?」
「ええ。先輩の頭の中は万年春っぽいです」
「そんなことはありません。私はいつだってしっかりしています」
「そういうの、しっかりしていない人がよく言うんですよ?」
「むすー」
先輩の頬がふぐみたいに膨らむ
本当に「頭万年春」扱いは不本意らしい
「すみません。言い過ぎました」
「ええ。言い過ぎです。今回は許しますが、そういう遠慮なしにづけづけいう部分は貴方の長所であり短所だと思いますよ。気をつけないと」
「今は、斉藤さんと先輩以外に言い合う人いないんで。この恩返し期間が終わったら、先輩とも言い合いませんし」
「なんて寂しい・・・もしかしなくても渡辺君は友達がいないんですか?」
「いましたよ。けれど、できる限り縁を切りました」
俺に近づいた人間は皆不幸になる
両親が離婚した原因も、元を辿れば俺にある
父親につれられ、この町に来た
転校した先で友達になってくれた四葉は俺と遊んでいる時に崖から落ちて、今も車椅子生活を送っていると聞く
彼女を助けようとした俺も落ちて、この額の傷を負ったのは・・・記憶に新しい話だ
四葉の一件をきっかけにして、俺は周囲から人を遠ざけ始めた
斉藤さんも、その時に解雇をしようとしたが・・・結果はご存じの通り
俺の近くに残ったのは、今では暮人と朝陽の二人だけだ
「縁を切ったって」
「俺の近くにいたら、皆不幸になるから」
「っ・・・」
「先輩も、何かある前に・・・離れた方が、いいですよ」
ちゃんといつも通り
暮人や朝陽を始め、友達だった人に告げた言葉
これで、二人と斉藤さん以外は離れてくれた
先輩だって、俺の側にいて不幸になんてなりたくないだろう
たとえ恩人でも、たった一時の関係で一生つきまとう不幸を得たくなんてないはずだから
だから彼女もいなくなってくれるはずだ
しかしどうしてだろうか
いつもより言葉が上手く出なかった
理由はなんとなくわかっているが、言葉にはしたくない
「そんなことを、思っていたんですね」
「ええ。嘘だと思われるかもですが」
「嘘ですね。ええ。貴方は不幸な人間でもなければ、誰かに対して不幸をまき散らしているような人ではありませんから」
春風が俺たちの背中を押すように、抱えていたものを吹き飛ばすように強く吹く
先輩は、瞬きすらせず・・・風の影響も気にしないで、俺だけに視線を向けていた
「・・・何を、根拠に?」
「現に今、貴方の近くにいる私が幸せだからです。貴方といて楽しい生活を送れています。ほら、この時点で誰かを不幸にしていませんよ。貴方は私を幸せにしてくれています。どうですか?」
「せ、先輩が階段から落ちたのだって、俺に原因があるかもしれないんですよ」
「それは貴方には関係ないです。階段から落ちた不幸は、私に原因があります」
「断言しますね」
「ええ。私にも色々ありますから。そして同時に「私が落ちた原因」になった事象で、私は貴方を手放せない」
「そういう言い方をされたら、どういうことなのか気になるんですけど」
「私と友達になったら、教えてあげます」
「うわ〜、割高」
「今はそうかもしれませんが、いつかお得に思えるかもしれませんよ?」
お得、か
今後の学生生活を考えると、先輩に知り合いがいるという点は結構大きいかもしれない
口うるさい先輩はついてくるけれど、話す時間は・・・嫌いじゃないし
「今の先輩は、お買い得です」
「自分で言いますか・・・ま、先輩の秘密を知るためです。別に先輩の友達になりたいからなるわけじゃないですから!誤解しないでくださいよ!?」
「はいはい。では、今日から私たちは「恩人と恩返しをする人」から「友達」です」
そうか、友達か
自分から縁を切りにかかったのに、なぜか縁がきちんと結ばれてしまった
友達ができるのは久しぶりだな
「・・・ん」
「・・・いい表情ですね。渡辺君。私と友達になれて嬉しいですか?」
「はっ!そんなわけないって、さっき言ったばかりです!」
「またまた照れちゃって〜」
「照れていませんから!早速、先輩の秘密を教えてください。俺はそれを聞くために、先輩と友達になったんですから!」
自分でもわかっている。素直じゃないと
けれどさっきまで離れてほしいと言っていた男が、友達ができて浮かれているだなんて知れてみろ。一生ネタにされる
「教えませんけど?」
「それは詐欺では?」
「友達になったら教えると言いましたが、「いつ」の指定はしていないので。詐欺ではありません。あら、渡辺君、もしかして騙されやすい?」
「・・・じゃあ、友達クーリングオフでお願いします」
「しかし残念!香夜先輩の友達権利は返品不可で〜す!絶交も受け付けませ〜ん!はい今日から私と渡辺君はズッ友!」
「先輩とズッ友とかやだ。しかもそんな死語をどこで覚えてきたんですか。先輩もしかしなくても高校生二周目?」
「私、普通に十六歳なんですけど!」
「同い年かぁ・・・」
「え?渡辺君は私と同い年?留年ですか?」
「失敬な。留年なんてしたことないです」
「ふふっ。わかっていますよ。これは日頃の仕返しです」
「・・・」
「では、渡辺君は誕生日を迎えているんですか?」
「ええ。4月2日なんで」
「早い生まれですね」
「まあ、そうですね」
「今年は遅めのお祝いを。誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「来年はちゃんと当日にお祝いさせてくださいね」
「・・・待っておきます」
ここは素直に受け取っておくと、先輩がにんまり笑う
「そうですよ。素直に受け取っていてください」
「けれど、惜しいです」
「惜しいとは?」
「この国、4月2日生まれから来年の4月1日生まれの子が同学年になれるじゃないですか。渡辺君が後一年早く産まれてくれたら、同級生だった可能性もあるのにな・・・って」
「そうですか。ところで先輩。俺と同級生になれる方法があるんですけど」
「なんですか?」
「今年、先輩が留年したら俺と同級生です」
「留年してまで同級生になりたくないです!」
「俺と同級生になれるチャンスですし、受験からも逃げられますよ。高校二年生は一番楽しい時期と言われているじゃないですか。ほら、留年チャンス!」
「留年生徒会長なんて恥さらしじゃないですか!渡辺君が早く産まれてください!」
「産まれて十六年経った今!そんなもの覆せる訳がないでしょう!?無茶言わないでください!」
ひとりぼっちで歩いていた通学路は今日からしばらく、できたばかりの友達と歩くことになる
けれどこの人はなんで「俺と一緒にいるのは不幸じゃない。幸せだ」なんて言うのだろうか
それに、あの言葉の意味は本当になんなんだ
雪時香夜。口うるさく面倒見がよくて、押しが強い先輩
けれど彼女にはまだ秘密があるらしい
それは今後、彼女と過ごしながら知ることができるだろう
それまでは聞かない。聞かれたくないこともあるだろうから
彼女が話してくれる日まで、友達でいられるかはわからないけれど・・・待ってみよう
そう心に誓いながら、先輩と通学路を歩く
その道のりはいつもより明るく感じたのは言うまでもない
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