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 三森要人と偽物の恋人になってから一週間が経ったけれど、私はまだ、どうすべきかを測りかねていた。

 全部知ってしまっていることを打ち明けるべきか。このまま、知らないふりを続けるべきか。他に何か良い方法はないか。

 考えれば考えるほど、出口が遠ざかっていくように感じられた。

 要人とは、校舎の中で顔を合わせることはなかったけれど、メッセージのやり取りは行っていた。なんでもない朝の「おはよう」や、夜の「おやすみ」といった内容で、一度だけ通話もした。

 そして、要人と二回目のデートをした。美味しいオムライスを食べて、ボウリングに行った。二人ともそれほど上手くはなかったけれど、ストライクを出したときはハイタッチをした。ファストフード店で、ポテトをシェアしながら二時間くらい話した。普通のカップルがするような、普通のデートだった。

「指が筋肉痛になりそう」「わかる」と、なんでもない会話をしながら、少し遠回りをして駅まで歩いた。

「ちょっと涼しくなってきたね」

「そうだね。つい数週間前は夜も暑いくらいだったのに」

 そう言うと、要人は私の手を握ってきた。スッと指が絡められる。要人の手は大きくて、骨ばっていて、包み込んでくれるような安心感がある。

 彼の手をほどくべきだと思ったし、握り返すべきだとも思った。

 矛盾する二つの考えは、どちらも平等に自分のもので。

 私の不安定な心は、ぐらぐらと揺れたまま。

 ほどくことも、握り返すこともせず、私は中途半端な状態で、彼と手をつなぐような形に落ち着いた。

「……これで、ちょっとは温かいでしょ」

「……うん」

 私がうなずくと、要人はさらに手をギュッと強く握る。本当の恋人ではないとわかっているのに、不思議と嫌ではなかった。その事実に、また強い罪悪感を抱いて、だけど私は、彼の手を離すことはしなかった。

 ちらりと横顔を見てみると、要人は私の視線に気づいたらしく、笑みを浮かべる。

 そういった彼のひとつひとつに、どうしようもなく、胸が高鳴ってしまう。

 要人は、私が先月まで五十嵐航哉と付き合っていたことを知ったうえで、恋人のふりをしている。

 私は、要人が偽物の恋人だと知ったうえで、恋人として振る舞っている。

 この噓だらけの恋に、どうやって向き合っていけばいいのだろう。

「今日はすごく楽しかった。ありがとう」

「私も楽しかった」

 自分の言葉が、本音なのか噓なのかもわからなくなる。楽しいふりをしていただけのようにも思えるし、心の底から楽しんでいたようにも思える。

「もう少し、一緒にいたいんだけど、どうかな」

 少しだけ照れたように言う要人に、私はうなずいた。

 

 私たちはチェーン店のカフェに入った。

「決まってるなら、一緒に注文してくるよ」

「ありがとう。じゃあ、抹茶ラテで」

「ん」

 要人は席を立ち、レジへと向かった。

 三森要人は知らない人だ。だけど、ただ単に知らなかったのか、彼に恋をした結果、知らない人になったのかはわからない。

 例えば、五十嵐航哉を好きな気持ちがなくなってしまった私は、新しく三森要人に恋をした。あるいは逆かもしれない。三森要人を好きになって、五十嵐航哉への恋心が消えてしまった。

 どちらにせよ、最低だ。

 考えたくないけれど、二人を同時に好きでいて、五十嵐航哉への恋愛感情だけが失われたというパターンも考えられる。

 自分のことが怖い。恋が怖い。

 過去のことを、自分だけが覚えていない。だからどうしても、自分も人も疑って、心が不安定になってしまう。

 恋の記憶を忘れる代わりに、他人の頭の中が覗けたらいいのに……なんてことを思う。

 先月まで、私の本当の恋人だった五十嵐航哉は、このことをどう思っているのだろう。

 偽物の恋人を演じることになった三森要人には、どういう経緯があるのだろう。

 遠野花蓮はなぜ、私に噓をついてまで、彼に協力しているのだろう。

 私がどうすれば、どんな行動を選べば、みんなが傷つかずにいられるのだろう。

「お待たせ」

 要人の声が鼓膜を揺らす。

 彼とはまだ、知り合って数日しか経っていないのに、その声に、柔らかい微笑みに、存在そのものに、安心感を覚えてしまっていた。

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【試し読み】満月がこの恋を消したとしても 蒼山皆水 @aoyama

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