11
三森要人と偽物の恋人になってから一週間が経ったけれど、私はまだ、どうすべきかを測りかねていた。
全部知ってしまっていることを打ち明けるべきか。このまま、知らないふりを続けるべきか。他に何か良い方法はないか。
考えれば考えるほど、出口が遠ざかっていくように感じられた。
要人とは、校舎の中で顔を合わせることはなかったけれど、メッセージのやり取りは行っていた。なんでもない朝の「おはよう」や、夜の「おやすみ」といった内容で、一度だけ通話もした。
そして、要人と二回目のデートをした。美味しいオムライスを食べて、ボウリングに行った。二人ともそれほど上手くはなかったけれど、ストライクを出したときはハイタッチをした。ファストフード店で、ポテトをシェアしながら二時間くらい話した。普通のカップルがするような、普通のデートだった。
「指が筋肉痛になりそう」「わかる」と、なんでもない会話をしながら、少し遠回りをして駅まで歩いた。
「ちょっと涼しくなってきたね」
「そうだね。つい数週間前は夜も暑いくらいだったのに」
そう言うと、要人は私の手を握ってきた。スッと指が絡められる。要人の手は大きくて、骨ばっていて、包み込んでくれるような安心感がある。
彼の手をほどくべきだと思ったし、握り返すべきだとも思った。
矛盾する二つの考えは、どちらも平等に自分のもので。
私の不安定な心は、ぐらぐらと揺れたまま。
ほどくことも、握り返すこともせず、私は中途半端な状態で、彼と手をつなぐような形に落ち着いた。
「……これで、ちょっとは温かいでしょ」
「……うん」
私がうなずくと、要人はさらに手をギュッと強く握る。本当の恋人ではないとわかっているのに、不思議と嫌ではなかった。その事実に、また強い罪悪感を抱いて、だけど私は、彼の手を離すことはしなかった。
ちらりと横顔を見てみると、要人は私の視線に気づいたらしく、笑みを浮かべる。
そういった彼のひとつひとつに、どうしようもなく、胸が高鳴ってしまう。
要人は、私が先月まで五十嵐航哉と付き合っていたことを知ったうえで、恋人のふりをしている。
私は、要人が偽物の恋人だと知ったうえで、恋人として振る舞っている。
この噓だらけの恋に、どうやって向き合っていけばいいのだろう。
「今日はすごく楽しかった。ありがとう」
「私も楽しかった」
自分の言葉が、本音なのか噓なのかもわからなくなる。楽しいふりをしていただけのようにも思えるし、心の底から楽しんでいたようにも思える。
「もう少し、一緒にいたいんだけど、どうかな」
少しだけ照れたように言う要人に、私はうなずいた。
私たちはチェーン店のカフェに入った。
「決まってるなら、一緒に注文してくるよ」
「ありがとう。じゃあ、抹茶ラテで」
「ん」
要人は席を立ち、レジへと向かった。
三森要人は知らない人だ。だけど、ただ単に知らなかったのか、彼に恋をした結果、知らない人になったのかはわからない。
例えば、五十嵐航哉を好きな気持ちがなくなってしまった私は、新しく三森要人に恋をした。あるいは逆かもしれない。三森要人を好きになって、五十嵐航哉への恋心が消えてしまった。
どちらにせよ、最低だ。
考えたくないけれど、二人を同時に好きでいて、五十嵐航哉への恋愛感情だけが失われたというパターンも考えられる。
自分のことが怖い。恋が怖い。
過去のことを、自分だけが覚えていない。だからどうしても、自分も人も疑って、心が不安定になってしまう。
恋の記憶を忘れる代わりに、他人の頭の中が覗けたらいいのに……なんてことを思う。
先月まで、私の本当の恋人だった五十嵐航哉は、このことをどう思っているのだろう。
偽物の恋人を演じることになった三森要人には、どういう経緯があるのだろう。
遠野花蓮はなぜ、私に噓をついてまで、彼に協力しているのだろう。
私がどうすれば、どんな行動を選べば、みんなが傷つかずにいられるのだろう。
「お待たせ」
要人の声が鼓膜を揺らす。
彼とはまだ、知り合って数日しか経っていないのに、その声に、柔らかい微笑みに、存在そのものに、安心感を覚えてしまっていた。
【試し読み】満月がこの恋を消したとしても 蒼山皆水 @aoyama
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