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 要人の行きたいところというのは、鷹羽たかばね自然公園だった。駅から五分ほど歩いたところにあり、その名前の通り、自然に包まれた公園だ。広大な敷地内には、アスレチックやランニングコースなどがあり、バーベキューができるキャンプ場の近くには、幅が五メートル程の川も流れている。

「なんか、公園って意外だね」

「そうかな?」

 木と木にはさまれた小道を歩きながら、私たちは会話を交わす。

「要人はインドア派だと思ってたから」

 プラネタリウムとか博物館とか、そういった静かな場所の方が、彼には似合っているような気がした。

「どっちかっていうとインドア派だけど、自然も好きだよ」

「ふ〜ん。あ、でも私もそうかも。なんか、こういうところ歩いてると落ち着くんだよね」

 色づき始めた葉っぱの隙間から差し込む、木漏れ日の暖かさが心地よい。

「それ、すごいわかる。一緒だね」

 そう言って微笑む要人の笑顔には、やっぱり優しさがにじんでいて、本当に素敵な男の子だと思った。胸の奥の方が、きゅっと縮んだような気がした。

 ――あれ? 私、今……。

 私の恋人は、要人ではないはずだ。だから、彼に対してときめくのはおかしい。

 純粋に、顔の整った男の子に笑いかけられてどきどきしてしまっただけだろう。

 言い訳みたいにして、要人にバレないように、小さく深呼吸をした。

 木々が並ぶ道を抜けると、花がたくさん咲いているエリアに出た。

 コスモス、キンモクセイ、桔梗、ダリア、竜胆。色とりどりの花が咲く花壇の間が散歩道になっていて、犬の散歩をしている人や、大学生らしきカップル、老夫婦などがいた。

「ところで、要人はどうしてここに来たかったの?」

「なんとなく、かな」

 私の質問に、要人は曖昧な答えを返した。

「なんとなく?」

 なんとなくで、デートの行き先として思いつく場所だろうか。

「僕の、思い出の場所なんだ」

 切なさを感じさせる要人の声音に、全然なんとなくじゃないじゃん、とは言えず、私は「そうなんだ」とあいづちを打った。

 公園内を流れる川に沿って歩いていたとき、

「いっ……」

 頭に電気が走ったような痛みを感じ、私は思わず立ち止まる。

「春奈、どうしたの? 大丈夫?」

 突然立ち止まって頭を押さえる私に気づき、要人は心配そうな声で呼びかける。

「ごめん。ちょっと……急に頭が痛くなっちゃって」

 さっきほどの激痛はもうないけれど、ピリピリとした痛みが尾を引いていた。

 大きく、ゆっくりと息を吐いて、めまいと吐き気をやり過ごす。

「ちょっと休んでいい?」

 幸い、近くにベンチがあったので、そこを指さして私は言った。

「うん。歩ける?」

「なんとか」

「つかまって」

 差し出された要人の、細さの割にたくましい腕を支えにしながら、私はゆっくりとベンチに向かって歩く。座ってペットボトルの水を飲むと、だいぶ気分も良くなってきた。

「落ち着いた?」

「うん。ごめんね。もう大丈夫」

 心配そうな表情を浮かべる要人を安心させようと、ほんの少し強がる。

「よかった。でも、どうして頭が痛くなったんだろう。心当たりとかある?」

「心当たりか……。何も思いつかないかな」

「僕がさっき写真とか見せちゃったからかも。ごめんね」

 自分の知らない自分を見て、無意識下で嫌悪感のようなものを抱いた。その可能性は十分にある。忘恋病は、とても厄介な病気だ。

「ううん。もしそうだとしても、私が見たくて見たんだし。それに、もうかなり治ってきたから」

 まだ頭は少しだけズキズキするけれど、普通に歩けるくらいにはなっていた。深い呼吸を意識して、私は立ち上がる。

「無理してない?」

「してないよ。ありがとね。そろそろケーキ食べに行く?」

「うん、行こっか。歩けそう?」

 要人はまだ心配そうな顔をしている。

「もう大丈夫だと思う。でも……ごめん」

「何が?」

「私、要人にすごい迷惑かけてるね」

「迷惑だなんて、全然そんなことないよ。春奈と一緒にいられて、僕はすごく楽しい」

 直球の台詞にびっくりしてしまう。

「……そっか。うん……ありがと」

 もしも、私が彼と両想いだったとして、今までもこういうふうに、真っ直ぐに好意を伝えてくれていたのだろうか。

 私はそのたびに、照れくさくなって、素っ気ない返事をしていたのだろうか。

 そんなことを考えて、一人で勝手に切なくなる。

 私が好きなのは、航哉のはずなのに……。

 私たちは鷹羽自然公園を出て、ケーキ屋『シエル』へと向かう。

 時刻は午後の三時になろうとしていた。

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