第7話 笑わせ師 後編
「山中ァ、お前高校でもギャグマシーンやってんの?」
ギャハハハハと品のない笑い声が響いた。
ギャグマシーン?
美咲ちゃんは「ぁ」とか「ぅ」とか小さく漏らしていたが、意味の成す言葉は出て来ない。
「おい、どうなんだよ、早く答えろよギャグマシーン」とギャルが美咲ちゃんを小突いた。ツッコミを入れる程度の軽い小突き。だが、美咲ちゃんの顔に笑顔はない。もう一人のギャルがまたもキャハキャハと笑い声をあげた。
「ぇ、ぁ…………ぅ…………ぅん」
美咲ちゃんは俯き、目を伏せたまま、小さい声で答えた。
美咲ちゃんは、ギャグマシーンだったのか? エロマシーンなら深く頷けるのだが。
「そっちの男子は彼氏?」
「…………ぅぅん。違うよ」
美咲ちゃんの返答を聞いて、ギャルが安堵の顔を浮かべる。
「だよなァ! 山中みたいなギャグ要員に彼氏できるわけないもんな!」
ギャハハハ、キャハキャハ、品のない声が重なる。
美咲ちゃんも「ぅん。ハハ……」と力なく引き攣り笑いしていた。
「ねぇ、キミぃ。私たち北高なんだけどさ、良かったらこの後一緒に遊ばない?」
「山中の
たいして面白くないギャグにギャル達はやっぱりギャハハと爆笑する。
「でもさァ、ホント、冗談抜きで遊ぼうよ」ギャルの1人が僕の手首を掴んだ。
——キタ!
さっきから漂う剣呑な雰囲気を感じて、この流れになることを待っていたのだ。
僕はここぞとばかりに、美咲ちゃんにしなだれかかった。
「いやん。こわい。美咲ちゃん助けて」
そして、さりげなく首筋の匂いをくんくんした。
ハーフさんだからか甘い香りに少しスパイシーな匂いが混ざった女の子の匂い。控えめに言って最高だ!
僕がギャルを撃退することは簡単だ。
土下座するだけでいい。土下座で解決しない事件などない。
だが、それでは美咲ちゃんの香りは得られない。
だから僕は一計を案じた。ギャルの攻撃をいなし、代わりに美咲ちゃんをくんくん出来る方法を。そう、相互くんくん相殺現象を。
ギャルは僕が美咲ちゃんにぴったりくっついているのが、気に食わなかったのか、一回舌打ちをしてから、ニヤァっと悪い笑みを浮かべる。
「仕方がない。これ見てごらん。中学の時の山中。これ見てもまだ山中と一緒にいたいって言える?」ギャルがスマホを僕に差し出した。
「ぃゃ…………ダメっ! お願い止めて!」
美咲ちゃんが取り乱してギャルからスマホを奪おうとする——が、もう1人のギャルが立ち塞がり、美咲ちゃんの動きを止めた。
僕はそれを見ないこともできた。
何も見ない、何も知らない、何もなかった。そういう風に目を背けることもできた。
それが無難だと分かっていた。美咲ちゃんがそれを望んでいることも。
しかし、それでは何も変わらない。
僕はもっと美咲ちゃんのことを知りたい。尊敬できるところも。バカじゃねと笑えるところも。ドン引きするような酷いことでさえも。もっと。
可愛い後輩を知って、助けになりたい。
僕はソレを見た。
それはプリクラをスマホに取り込んだものだった。
お馴染みのギャハハ顔で笑うギャル達に囲まれて、想像を絶する変顔をする美咲ちゃんが写っていた。
美しい顔をこれでもかと歪めている。
一目見て分かった。
これは盛り上げたくてしている変顔ではない。
ギャル達の小馬鹿にした顔がそれを物語っていた。
これは『いじり』と称した『いじめ』だ。
おそらく半強制的にやらされたのだろう。
「ぅぅ…………ぐすっ」
美咲ちゃんが羞恥に顔を真っ赤に染めて、泣き出してしまう。それを見てギャルは一層笑みを深くした。
「どう? 最高に面白いっしょ?」とギャルが僕に顔を寄せ、一挙に距離を詰めようとする。これを見せれば仲良くなれる、と確信しているようだった。
ギャルが口を歪めて笑う。
その笑みは人を見下す汚い笑みだった。
その笑みは人を傷つけることを厭わない残虐な笑み。
その笑みは人を羨む嫉妬の笑み。
僕は——
「ぶふぅっ! あっはははははははっ! もうダメ! ぶはははははっ!」
——吹き出した。
耐えきれなかった。
シリアスな雰囲気を崩すまいと、ずっと我慢していたのに。
いや、むしろこの美咲ちゃんの最強の変顔を前に、我ながらよく耐えたと思う。
しかし、もう限界だ!
ギャルが残虐だ? 笑みが汚い? そんなのどうでも良い!
それより、美咲ちゃんだ! 面白過ぎる!
ギャルの言う通り最高に面白い!
ギャルは爆笑する僕に満足げに声をかける。
「ね? こんなギャグ要員と一緒にいると変顔が移るよ? こんな奴放っといて、あたしらと遊ぼうよ」
僕はお腹を抱えて、ひーひーと笑い涙を目に溜めながら、なんとか自分を落ち着かせた。
人差し指で涙袋を拭って、「あ〜面白い」と独り言ちてから、僕ははっきりとギャルに言った。
「でも僕、やっぱり美咲ちゃんが良いわ」
ギャルは聞き取れなかったのか、あるいは想定外の返答だったのか、「は」とだけ間の抜けた声を漏らした。
「だってさァ。こんなに面白い子から離れる訳ないじゃん?」
「……えっ、と……え?」ギャルはまだよく意味を理解できていないようで、目が泳いでいた。
「いや、だからぁ」と僕は説明を重ねる。「こんなに人を笑わせることが上手いんだから、美咲ちゃんといた方がキミたちといるより100倍楽しいって言ってんだよ」
「いや、君。あの醜い顔ちゃんと見た? 一緒にいて恥ずかしいよ?」断られている、とようやく気付いたのか、ギャルは慌てていた。
「見たよ。見た見た! ぷっくくく。最高にイカした変顔だよな! あれ見てますます美咲ちゃんが好きになったよ僕は」
「しゅ、しゅ、
「は、はァ?! キミ本気で——」とギャルが言った時だった。
突如として大声量のハスキーボイスが響き渡り、ギャルの声を塗りつぶした。
「——自分もォ!」
予想外の叫びに全員が固まった。声の発生源は幕末の志士ギャルだった。ここまでずっと黙って様子を見ているだけだったのに、ここに来ての突然の叫び。志士ギャルが続ける。
「自分も、山中さんみたいに、人を幸せにする笑いを起こせるでしょうか!」
志士ギャルの手は震えていた。怯えるような顔で、それでも何かを決意した瞳はぶれることなく、一直線だった。
それだけで、僕は理解した。志士ギャルも同じだったんだな。美咲ちゃんという玩具を無くしたギャルたちの次の玩具が志士ギャル、ということなのだろう。
ギャル2人は志士ギャルを睨み付けて無言で凄むと、志士ギャルが顔を引き攣らせて縮こまった。
ギャルが何か言う前に僕は美咲ちゃんの腕を取って、志士ギャルとギャルの間に割って入った。
そして志士ギャルの問いに答える。
「起こせるさ。そして男を侍らすこともできる。こんな風に」
美咲ちゃんの肩に頭を乗せ、美咲ちゃんの鎖骨あたりに指で『の』の字を書いて甘えた。
「ぁひゃィイ?! し、し、慎ちゃん
美咲ちゃんは顔をゆでだこの如く、真っ赤に染めたまま、カチンコチンに固まっていた。
エロは人を救う。身をもって証明してもらおう。
僕はゆっくりと美咲ちゃんの耳に口を近づけ——
ごくり、と美咲ちゃんが唾を飲む音が聞こえた。
——咥えた。「ひィぁああん」と声が鳴り響いた。
志士ギャルの目に光が灯るのが見えた。
エロは人を救う。エロに勇気をもらったのか、志士ギャルの目にもはや怯えは感じられなかった。
志士ギャルがそっと瞳を閉じ、呟く。
「その汚い笑みを今一度……」
そして、カッ、と目を開いて今度は叫んだ。
「洗濯いたし
「ちょ、はァ?! やめ、やめて! 制服脱がすんじゃない!」
「ばか、や、くそ、ブラホック外すな!」
ギャルに襲いかかり、服をがむしゃらに脱がそうとする志士ギャル。きっと洗濯したいのだろう。
チラッとギャルの黄緑色のブラが見えた。
いいぞ、もっとやれ。
ギャル達は敵わないと見て、一目散に逃げ出した。
志士ギャルは「ひゃっほォォオオオ! ちんぽの夜明けぜよォォオオオ」と叫びながら追いかけて行った。
……僕はとんでもないモノを覚醒させてしまったのかもしれない。
いや、忘れよう。
そうしよう。
その後、落ち着いた美咲ちゃんに謝られた。
なんでも美咲ちゃんは中学の頃は友達がいなくて、あのギャル達に面白半分で仲間内に入れられたらしい。
そして、『お笑い担当』という名のサンドバッグにされていたのだ。
これは僕の推測だが、おそらく美咲ちゃんの美貌に嫉妬して、美咲ちゃんを貶めたかったのだと思う。
僕はその話を聞いて、『それが美咲ちゃんのトラウマである』と承知の上で、
それでもどうしても欲しかった。
どうしても諦められなかった。
美咲ちゃんの変顔が。
だって、奇跡の変顔だよ! アレ!
財布に忍ばせておいて、落ち込んだ時とかに見れたらいいな、と思ったのだ。
一発で暗い気持ちなど吹き飛ぶだろう。
キョロキョロと周囲を見回して、僕はそれを探した。
そして、見つけ出すと、指差して美咲ちゃんに示す。
「ねぇねぇ美咲ちゃん。あれあれ」
指の先には、プリクラ機のコーナーがあった。
「せっかくだから、一緒に撮らない?」
にっこり笑って提案する。
あぁ、良かった。
美咲ちゃんも笑っていた。
♦︎
(数日後)
「あれ?! 何これ! え?! ちょっと会長! これ見てください!」
私は書記である桃山 遥香に呼び止められた。
遥香は床に落ちている紙片を拾い上げて、私に渡す。
どうやらプリクラのようだ。
別にプリクラくらい落ちていても不思議ではないだろう、と思いながらそれを受け取った。
ソレに目を向ける。
そこには慎ちゃんと美咲がいた。楽しそうな2人が並んで写っていた。
普通なら嫉妬で狂うところだろう。
今回も後から
けど、その前に来たのは『爆笑』であった。
「ぷっ! くっ、あはははははははははっ! 何これ! あっはははははっ! なんで2人して変顔してんの!」
堪えていた遥香も吹き出し、爆笑していた。2人してお腹を抱えて笑い転げる。
生徒会室に笑い声が満ちた。
生徒会室はいつも笑いが絶えない。
それは最強の笑わせ師が2人もいるからだ。
この生徒会の変顔はヤバい!
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