第16話 新聞部 後編


「さぁ。まずは食リポの練習からしましょうか」


 何事もなかったかのように白石先輩が話を進める。あれだけ撫で回しておいて、よくそのことについてはスルーできるものだ。鋼の精神である。こちらまで、ツッコんじゃダメなのかな……? という気にさせられる。

 

 この新聞部では、購買の新商品なんかを食べて、その感想なども書いているらしい。

 今回は僕もその『食リポ』に挑戦させてくれるという。

 僕に出されたのは何の変哲もないプリンだった。


「見てください! このプリン! ぷりんっぷりんで、まさにプリンって感じです! いやぁ〜立派なプリンだ!」


 僕が渾身の食前リポを披露すると、耳に詰めたイヤホンから無線の音がする。


『こちら2カメ、山中。慎ちゃん先輩の語彙力が酷いです!』

『こちら司令本部、西条。きっとあのきゃわわな頭の中にはプリンが詰まっているんだよ。触れないであげて?」


 くっそ、好き放題、言いやがって。

 見てろよ。最高の食リポで度肝を抜いてやる!


 スプーンでプリンをすくい、一口。


 美味うまっ!


 何これ美味うまっ!


 僕は食リポを忘れて普通にプリンを楽しんだ。


「きゃわわわわわわ❤︎ プリンを夢中で食べる慎一くん、可愛いが過ぎるゥ! 食リポなんてもうどうでもいい! 田中! 撮りなさい! 慎一くんのほっぺについたカラメルもちゃんと収めるのよ!」


 どこから現れたのか、ごついカメラを持った田中なる女子がパシャパシャ僕を撮影し出した。

 何、これ。僕ほっぺのカラメル拭っていいの? それとも付けとかなきゃいけないの?

 とりあえずそのままボケーっと突っ立っておくことにした。



『こちら3カメ 菊池。こちらからでは慎一のきゃわわな顔が見えん。そっちから撮ってくれ。後でデータをくれ』


『こちら、2カメ、山中。ラジャーです。あ、慎ちゃん先輩、カラメルは拭かないでいてくださいねっ』


 君たち本来の目的忘れてない?

 僕じゃなくて新聞部撮れよ。


 写真撮影が終わると、プリンを乗せた皿とスプーンは白石先輩が隣の社会科準備室に運んで行き、僕は田中先輩と2人残された。

 ちなみに部員は他にもいるが、皆ちらちらこっちを伺いながら、各々作業をしており、話しかけてはこない。

 僕は手持ち無沙汰になったので、田中先輩に話しかけてみた。


「田中先輩は3年生ですよね?」


 田中先輩は無言でニコッと笑う。


「田中先輩、写真が好きなんですか?」


 田中先輩はまたニコッと笑う。


「田中先輩、僕この後どうしたいいですかね? 白石先輩帰って来ないんですけど」


 田中先輩はやっぱりニコッと笑う。






 何か言えぇぇええええええ!


 いや。待て、先天性の病気か何かで話せないのかもしれない。だとしたら、責めてはいけない。仕方のないことだ。


 その時、部員の一人がたたたと田中先輩のところまで駆けてきた。


「田中先輩。ここの記事チェックしてもらえませんか?」

「ああ、いいよ。どれ? ああ。ここの文章をこっちに持ってきた方がいいと思うよ。あとここを——」


 普通に喋ってるぅぅうう!

 なんで僕には無言ニッコリなんだよ! 取れよ、コミュニケーション! しろよ、会話!


 僕の呆れ果てた視線に気付いた田中先輩は例の如く、微笑みを返して来る。

 だめだ。田中先輩は頼れない。壁打ちしてるみたいで虚しくなるだけだ。

 僕は白石先輩を追って社会科準備室に向かった。

 社会科準備室の扉を開けて、入室しながら、白石先輩に声をかける。


「白石先輩、僕この後——」


 言いかけて、僕は止まった。

 人はとんでもないものを目撃すると、石のように固まるのだと知った。




 白石先輩は椅子に座っていた。サラサラの髪、大きくてぱっちりした二重、スーッと筋の通った鼻、艶々の唇。そして、ぷるぷる振るわせながらもピンと伸ばした蛇のような赤い舌。

 白石先輩は僕がさっきまで使っていたスプーンに舌を絡ませようとしていた。顔が綺麗なだけに余計に不気味である。妖怪みたい。


 白石先輩と目が合う。

「ぁ」と呟き、先輩も固まった。やはり人は不測の事態に陥ると固まるようだ。固まるにしても、その赤い舌をしまってから固まってくれないものか。


 重苦しい沈黙が僕と先輩にのしかかる。想像してみてくれ。今まさに自分のリコーダーを舐めようとしている女子がいたらキミはなんて声をかける? それが普段から尊敬する先輩だったら?

 答えなどない。沈黙が正解だ。

 案の定、先に沈黙を破ったのは妖怪ペロペロ女だった。


「違う違う! 違うの! これは違うの!」

「いや現行犯ですペロペロ先輩」

「ペロペロ先輩だけはやめて?!」とペロペロ先輩が涙目に懇願する。「ちょっと慎一くんの唾液がどんな味なのか食リポしようと思っただけなの!」

「それ何も違いませんから。正真正銘の変態ですから」






 スキャンダルNo.2 部長が妖怪ペロペロ女



 ♦︎



 変態がバレはしたが、白石先輩はやはりメンタルが強く、何事もなかったかのように優しく上品なお姉さんキャラに戻った。妖怪ペロペロ女から頼りになる先輩に早変わりだ。振り幅がデカい。

 

 社会科室に白石先輩と戻ると、白石先輩は近くにいた部員に耳打ちし、ひそひそと何か指示を出した。

 僕には全く聞こえなかったが、会長たちは超高性能集音マイクで聞き取っていたようだ。


『こちら1カメ桃山。あいつら、社会科室を暖房ガンガンで暑くして、慎ちゃんに服を脱がさせる気です!』

『こちら司令本部、西条。各員、狙撃準備!』

『こちら2カメ山中。でも会長、服脱いだ慎ちゃん先輩をカメラに収めるチャンスですよ? どうか再考を』

『こちら司令本部。狙撃中止! 狙撃中止! 繰り返す! 狙撃は中止する!』



 大型埋め込みエアコンが唸りを上げて温風を吐き出しはじめた。

 暑っ! 真冬でもこんな室温にならんぞ!


 社会科室の室温はどんどん上昇する。

 当然僕だけでなく、新聞部員も暑さで汗だくになっていた。ワイシャツが汗で透けてブラスケ祭りである。

 白石先輩を見ると黒いキャミソールが透けて、腕や胸元は白い肌にワイシャツが張り付いて、非常にエロい。

 それだけではない。部屋中に女子の汗の匂いが充満していた。

 

(ヤバい! 男子の僕には刺激が強すぎる! エロレベル3を優に超えている。狙撃がくるかもしれない)


『こちら3カメ菊池。慎一の汗がエロい! ワイシャツが張り付いてるぞ! ひょぉぉおっ!』

『こちら司令本部。落ち着いて! 薫、落ち着いて! キャラが崩壊してるよっ!』


 ハイテンションの薫先輩にドン引きしつつ、僕は何気なく田中先輩に目を向けた。

 田中先輩とばちんと目が合う。案の定、田中先輩はニッコリ微笑んだ。

 そして、ツーっと鼻血を垂らす。


「え……田中先、輩?」


 田中先輩は、鼻血を垂らしたまま、バタっと倒れた。


「田中先輩ッ?!」と慌てて駆け寄る。田中先輩はほっぺが赤く染まって、まるで酔っ払いみたいだ。この暑さでは無理もない。

 何故か幸せそうに笑っている田中先輩を介抱するために暖房は切り、窓を開けて換気した。

 田中先輩を横にしてその横に座って介抱していると、白石先輩が寄ってきた。白石先輩も鼻血を垂れている。美人が台無しである。


「慎一くん、はぁはぁ、汗、すごいね。私のタオル使って? 是非使って? はぁはぁ」

「いえ、白石先輩。先輩の鼻血の方がすごいです。僕の汗より自分の鼻血拭いてください」




 スキャンダルNo.3 部長と田中は汗フェチ変態



 ♦︎



 僕は体験入部の全課程を終了し、今は向かい合って座り、最後の会談に移っていた。


「今日一日の体験入部はどうだったかな?」白石先輩が尋ねる。

「非常に刺激的でした。色々な意味で」

「ふふっ。そうでしょ? 生徒会で物足りなくなったらいつでも新聞部に来てね」


 白石先輩はイタズラっぽく笑ってから、「慎一くん」と表情を変えた。真剣な諭すような目で先輩は再び口を開く。


「今回のこれ。生徒会の調査か何かなんでしょ?」


 ドキッとした。まさかバレていたとは思わなかった。

 

「……いつから、分かっていたんですか?」

「最初からよ。そもそも活動内容上、うちは体験入部は別室でやるから、本当は」


 確かに体験入部を偽って、記事の内容が洩らされたのでは活動に支障がでそうだ。本来は入部希望者だけ別室で簡単な活動内容の説明を受けて、終わるのだろう。


「それに、あの生徒会役員……だしね」と先輩は苦笑する。

「なんか……すみません」生徒会を代表して頭を下げる。生徒会の悪評はどこまで広まっているのやら。

 

「いいのよ」と先輩は首を振る。「うちは記事にした人たちに恨まれることも多いからね。おおかた調査を依頼でもされたんでしょ?」

「よく分かりますね」

「嫌がらせなら、嫌と言うほど受けてきたからね」

「嫌がらせなんだから嫌なのは当然です先輩」

 

 白石先輩はふふっと笑ってから、今度は真剣な表情で「でもね」と言った。


「でもね、私たちが記事にするのはあくまで不正や倫理・道徳から外れる行為だけだよ。不正じゃないなら、それは個人の自由だから。私たちはそんなことは絶対にネタにしない。それが…………私たち、新聞部だよ」


 先輩の目には強い意志が映っていた。信念を持って、真実を書く。そういうことなのだろう。

 僕は白石先輩が変態であることを忘れ、不覚にも『カッコいい』と尊敬の念を抱いた。



 ♦︎




 数日後。

 僕は生徒会室のいつもの席で足を組んで新聞を広げる。学内の学校新聞だ。本来は掲示するものだが、今回は僕のことが書かれているから、特別に1部、もらったのだ。

 僕は例の記事に目を通す。



『慎一くんの手は陶器のようにすべすべしており、まるで触るものを幸せへと導く、神の如きハンドパワーが——』


『慎一くんのプリンを頬張る様は、この世の全ての"可愛い"を凝縮したかのような愛らしさであり、慎一くんの咥えた唾液のテカるスプーンは甘美な——』


『汗でワイシャツが肌に張り付く慎一くんは——




「——もう、いいわ!」と僕は新聞を机に叩きつけた。


 何だ、この変態を微塵も隠そうとしない記事は! というかスプーンの食リポしてんじゃねーよ、妖怪ペロペロ女!

 

 新聞部は僕らが新聞部の変態性をリークする前に、自ら変態を晒してきた。

 『これバラしたら、ちょっと可哀想だな』とか思ってた自分がバカみたいだ。


 はぁ、とため息をついて、何気なく、文末を見る。

 そこにはこう書かれていた。



 『最後に。慎一くんが遠い存在で私たちには見向きもしない高嶺の花だと、私はこれまでそう思っていた。しかし、それは事実ではなかった。慎一くんも私たちと同じ人間であり、慎一くんは私たちに確かに関心を寄せている。私はそう確信している。

 なぜなら、慎一くんの去り際、椅子から立ち上がる慎一くんを見ると、慎一くんのジョニーもまた、精悍に立ち上がっていたのだから』



 不正じゃないそびえ立つジョニースキャンダル、しっかり記事にしとるぅぅううう!


 話が違うぞ! 話が!

 確かにいい汗かいた白石先輩の匂いがずっと部屋にこもっててエロかったけども! 僕が座ってる間もジョニーはまるで訓練された軍人のように立ち続けていたけども!

 だからと言って、僕の軍人ジョニーを全生徒にリークするやつがあるか! 終いには軍人ジョニーが白い弾丸ぶち込むぞ!



「何?! 慎ちゃん、新聞部見て興奮してたの?!」

「くっ! 新聞部め!」

「慎ちゃん先輩! 私よりも、あんな変態女がいいんですか?!」


 いきりたつ桃山、薫先輩、美咲ちゃん。

 いや、変態度でいったら、どっちもどっちだと思うが……。


 僕が彼女らをどうしずめようか、それともいっそのこと走って逃げようか検討していると、視界の下の方にライトブラウンのアホ毛が見えた。

 ん? と顔を向けると、会長が笑みを浮かべて、僕を見上げていた。——いや、目は笑ってない。嫉妬に燃えている目だ。


 僕は逃げようとしたが、遅かった。

 会長は僕の首に腕を巻きつけ、飛びついて来た。


「違うよねー! 慎ちゃんは私一筋だもんねー❤︎」


 会長がそのぷにぷにの赤ちゃん肌ほっぺを僕の首元にすりすりと擦り付ける。

 最近の会長は僕にブレザーをくんくんされていると知ったことで変な自信をつけ、行動が妙にアグレッシブだ! 最高かよ! いや、違う、危険だ!


「ほら見て! 私の愛で慎ちゃんが下半身キャンプ始めたよ!」と会長が見事なテントを張った僕の軍人ジョニーを指差す。ジョニーズ ブートキャンプである。


「はぁぁあ?! 何してんですか! 慎ちゃん先輩から早く離れてください!」

「智美! いつも自分だけずるいぞ! キャンプはみんなでやるから楽しいのであろう!」

「会長! いい加減にしないと会長の◯毛でキャンプファイヤーしますよ!」


 例の如く、会長は僕から手際よく引っ剥がされ、ドナドナされていく。


「助けてぇぇええええ! ジョニぃぃいいいいい!」


 僕の股間に助けを求められても困る。

 会長の下の毛がコゲコゲにならないことを切に祈る。









 この生徒会のジョニーへの執着がヤバい!







 いや待て。今回はそんなくだらない下ネタがメインではなく、新聞部の信念の話だったはずだ。

 このクソ長くてくだらない話の総まとめが結局ジョニー落ちなんて、そんなことあって良いはずがない。

 もう一度! もう一度だけチャンスが欲しい!

 ちゃんとやるから! 今度は清く正しく簡潔に言うから!

 ゴホン、それでは改めて——。















 ペニスがヤバい!



 











 ペニスがヤバい!


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