第15話 新聞部


 いつもの生徒会室にいつものメンバー。皆それぞれの席について、会長が今日はどんな種類のアホを示すのか、と静観していた。

 会長は大きな木の箱を両手に持って立ち、その柔らかそうな頬っぺたをぷにっと箱に乗せて、バランスを取っている。木箱が大きいのかと思ったら違う。会長が小さいのだ。小学生みがすごい。

 会長はよいしょ、と木箱を机に置くと、ない胸を張って、宣言した。


 「今日は投書箱を開けるよ!」


 投書箱。

 それは生徒たちが自由に意見や要望、苦情などを書いて入れることができる箱だ。生徒会室の前の廊下に設置してある。

 この学校の生徒は勉強はできるが、アホが多いので、入っている意見もアホな意見ばかりなのだが、時折『これは!』という意見が入っていたりもする。

 確かに頻繁に開けるものではないが、別に珍しい仕事でもない。今までだって、投書箱を開けて、意見を記録したことはあった。

 しかし、会長は自分で開けると言ったくせに、一向に投書箱を開けようとしなかった。


「何してんですか? 早く開けてくださいよ」


 投書箱の鍵は会長が持っている。会長以外には誰にも開けることはできない。

 僕は痺れを切らせて、会長を急かすが、会長はちっちっちと人差し指を振って、むかつく表情で煽ってきた。


「普通に開けるんじゃただの生徒会だよ」

「ただの生徒会でいいんですよ。ただの生徒会がいいんです」


 しかし、会長は聞く耳を持たない。このイカれた生徒会を作り上げた大戦犯だけのことはある。


「何か考えがあるのか?」と薫先輩が尋ねると、会長はニヤリとより一層小憎こにくたらしい笑みを深めた。

 そしておもむろに右腕を掲げ上げ、ダァン! と投書箱に手のひらを叩きつけて叫ぶ。


「題して! 王様ゲーム! with 投書箱ぉお!」


 美咲ちゃんはここで発表があると予想していなかったのか、あせあせとカバンからぱふぱふラッパを取り出すと、一度床におっこどし、慌てて拾ってから鳴らした。


 パフパフ


 美咲ちゃんは満足げに目を細めて、ふぃ〜、と額の汗を拭うしぐさをした。

 何、きみ、ラッパ係なの?

 いつもそれ持ち歩いてんの?


「ルールを説明しよう! 投書箱から一枚だけ意見用紙を引き抜き、生徒会はどんな要望でもその意見用紙の要望を全力で叶える、というものであるっ!」


 会長がナレーションの人のように、唐突に解説しだした。

 不安しかない。


「会長、そんな博打みたいなことして大丈夫なんですか?」


 もし、休日を増やしてくれといったような不可能要望だったらどうするんだ。


「大丈夫大丈夫! 私がなんとかするよ」


 会長はへらへらと安請け合いする。

 だが、実際会長ならなんとかしてしまいそうである。それだけ、この人の能力と影響力は凄い。


「もしも慎ちゃんを抱かせてって要望だったらどうするんです?」と桃山。


 というか、それは要望ではなくセクハラである。


「それはなしで」と会長が答える。


「じゃあ慎ちゃん先輩とオーラルさせて、とかだったら?」と美咲ちゃん。ぶっ込むセクハラがエグい。


「それもなしで」と会長がまたも答える。


「じゃあ慎一とキス——」


「——小出しィ! ディアゴスティーニか! もうエロ関係全部なしでいいでしょ!」


 僕は割って入り、不毛な質問タイムを終わらせた。


「えぇ〜! じゃあ『慎ちゃんが会長と子供を作るまで出られない部屋』もダメ?」

「言い訳ないでしょ?!」

 

 どうやって用意すんだその部屋。いや、会長の財力なら本当に作ってしまいそうで怖い。


「もういいです。僕が引きますから、鍵開けてください」


 この生徒会に任せていたら延々と脱線セクハラ地獄で話が進まないので、もう僕自らセクハラ強制終了をかけた。パソコンを強制終了すると壊れるって聞いたことがあるが、この生徒会はもう既に頭が壊れてるから大丈夫だ。


 会長に投書箱を開けてもらい、僕が投書を引く。


 バッと一気に引いて、投書を開いた。

 全員が僕の持つ投書を覗き込む。

 そこにはこう書かれていた。









『新聞部のパパラッチがウザイ。仕返しに新聞部のスキャンダルを暴露したい』







 ♦︎







「どうも〜。よろしくお願いしまぁーす。須田 慎一で〜す」


 各クラスの教室よりも広い社会科室に僕の声が響いた。

 ここは新聞部の活動場所でもある。今も新聞部員たちが大きな用紙を広げて何やら作業をしていた。

 初めが肝心である。第一印象を良くしなくては。


「こちらこそよろしくね」と新聞部部長の白石先輩が跳ねるように言うと、先輩の水色の髪が揺れて、ふわりと良い香りがした。


 白石先輩が続ける。「今日は体験入部ということみたいだけれど、本当の部員だと思って、ゆっくりくつろいで行ってね」


 チェック柄の短い制服スカートから覗く健康的な太ももといい、口角の下にあるホクロといい、白石先輩からは隠しきれないエロスを感じる。僕はテンションがぶち上がるのを必死に抑えた。


 

『こちら1カメ、桃山です。慎ちゃんがだらしなく鼻の下伸ばしています。どうぞ』

『こちら司令本部、西条。慎ちゃんはエロに弱いからね。エロレベルが3を超えたら狙撃して。どうぞ』

『狙撃の件、了解。以上、桃山』


 

 おいこら、物騒な通信してんじゃないよ!

 え。冗談だよね?

 本当にスナイプしないよね?

 本当だとしたら怖すぎる。エロレベル3の基準も分からん。僕の中では白石先輩は既にエロレベル36くらいはある。リザー◯ンに進化できるくらいにはエロい。



「そんなに硬くならないで大丈夫よ。私が一から手取り足取り教えてあげるから……ね? 今日はよろしくね」


 僕が物騒な生徒会メンバーに恐怖しているのを、緊張していると勘違いして、白石先輩が優しく微笑み、手を差し出した。


 や、優しい! そして『手取り足取り教えて』のくだりがもうエロい! そろそろ狙撃が来るレベルである。

 こんなに優しい人がスキャンダルなんて起こすのだろうか。



 僕は白石先輩の手を取って握手した。先輩の手はしっとりとしていて温かい。

 3秒ほど先輩の手を堪能してから、離そうとしたところで、あれ、と気付く。






 ギュッ! と握られた先輩の手は一向に僕を離さない。

 


「白石先輩?」と声をかけるも、反応がなく、その白くて細い手のどこにそんなパワーがあるのか、と思えるような握力で僕の手をガッシリホールドしていた。


「ちょ、先輩?! 白石先生?!」


 白石先輩は、僕の手を硬く握ったまま、もう片方の手でも包み込み、優しく僕の手を撫で回す。

 磨くとご利益がある石を必死に磨いているかのような懸命さでハァハァ言いながら僕の手を撫でる作業に没頭していた。


 どう見てもセクハラです。

 本当にありがとうございました。






 スキャンダルNo.1 部長の握手がやらしい




 後編へ続く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る