第4話 もみあげ先輩
田村は掲示板の前に立ち、もみあげを整えながら、見出しを舐めるように眺めた。
『可愛すぎるデスギドラ現る!!! 〜正体は須田 慎一くん?!〜』
『抱きたい男子人気投票
第一位 須田 慎一(2-D)
——こんな男子実在したの?!
——漫画から出てきたような神対応
——その優しさに全米が濡れた
第二位 天田 哲平(3-A)——』
『昨日の慎ちゃんのツッコミ:お前はダイオウグソクムシか』
気に食わない。どこを見ても須田、慎一、慎ちゃん、と大してイケメンでもない後輩が載っている。
田村は「チッ」と舌打ちをした後、掲示物を乱暴に剥ぎ取り、丸め潰した。
「田村くん、この須田とかいうヤツ、最近調子のってね?」と山田が言う。
「ああ。そうだな。ここらで一回しめておくか」
出る杭は打たれる。社会の厳しさを教えてやるとするか。
田村は山田を引き連れて、2年の教室に向かった。
2年D組の出入り口から、教室内を見渡した。
どうやら須田はいないようだ。昼休みは他クラスで食べるタイプか。
田村は近くの女に「おいお前」と声をかけた。
女は「はいはい!
「須田はどこに行った?」
「慎ちゃんですか? なんかフラッと教室から出て行きましたァ」
ちっ。運のいい奴め。
できれば、同学年のいる前で恥をかかせたかったが、じきに昼休みも終わる。仕方がない。
「須田に、放課後3ーBに来るように伝えろ。田村 俊平がそう言っていた、とな」
「かしこまりィ」
生徒会副会長だかなんだか知らないが、調子に乗っていられるのも今のうちだぞ須田!
♦︎
昼休みも残り10分となった頃、僕がトイレから戻ると、そこはかとなく見覚えのある女子が「須田くゥん❤︎」と声を掛けて来た。
大丈夫大丈夫。ちゃんと覚えている。僕は女子の名前は忘れない。クラス全員の名前を完璧に頭に叩き込んでいるのだ。
僕は落ち着き払って、『当然知ってるけど?』という余裕を見せつつ、彼女の名前を口に出す。
「おう。何? マン子」
「いきなりとんでもない間違いを犯してるよ須田くん! 私、
細かいやつである。
真子もマ◯コも変わらないではないか。真子にマ◯コ付いてんだし。
改めて用件を聞くと、真ん子は、先輩男子から呼び出しがあったことを僕に告げた。
仕方ない。先輩の呼び出しなら行くしかないか。
僕は
授業開始まであと7分。間に合うかは微妙だ。
まぁ最悪3ーBで授業受ければサボったことにはならないだろう。
筆記用具を手に、3ーBへ向かった。
3ーBの入り口付近にショートカットの活発そうな先輩女子がいた。
僕は「先パぁぁああイ!」と手を振りながら彼女に駆け寄った。
「わ! ぇえ?! 須田慎一くん?! 本物?! ぇヤバ! 可愛い❤︎」
いきなり頭を撫でられた。
初対面で失礼な先輩である。
待てよ……失礼な先輩——ってことは、イコール田村先輩だ! いきなり呼び出すんだからとっても失礼!
僕は撫でられながら、一応挨拶した。
「初めまして田村先輩。僕は須田です。田村先輩、あんまり男っぽく見えないですね。可愛いです」
先輩女子がはてなマークを浮かべている横から、突如として怒鳴り声が上がった。
「その女な訳ねェーだろ! 俺が田村だ! 舐めてんのかコラ!」
僕は突然の男の乱入に震えた。
恐ろしい——
——恐ろしく
縮毛で不自然にストレートになったもみあげと、前髪。切れ長の目。マッキー極細で書いたのかと思うほど細い眉。
間違いない。この先輩、田村先輩だ。もう見た目が
「
「
僕は隣でツッコミを入れる先輩女子にゆっくりと顔を向け、まじまじと見つめた。
「え、何?! 何かな?!」
「田村力……たったの5か。ゴミめ」
「それは悲しんだらいいの? 喜んだらいいの?」
田村先輩が突然、机を叩いた。
カン、と弱々しい音がかろうじて聞こえた。
音に納得がいかなかったのか、田村先輩はもう一度叩いた。
ガン、と鳴る。まだ弱々しいが、及第点だったようだ。田村先輩がようやく怒鳴った。
「バカにしてんのかコルァ!」
「田村くんの名前で遊ぶんじゃねぇよ! ねぇ、田村くん?」と小太りの男が言う。ちょっと待て。あんた誰だ? よく分からないが、付属品っぽいから放っておこう。
「そもそもお前、放課後って言っただろぉが! バカが!」と田村先輩。
「キミ日本語通じる?」と付属品先輩。
息ぴったりだな。
僕は深呼吸をして、自分を落ち着かせた。こういう時は一度落ち着かなくては。自分が落ち着いてこそ、相手も落ち着いて話し合えるというものだ。怒らせてばかりでは、話が進まない。冷静に話し合うためにも、『田村』呼びは今後一切禁止だ。
僕は冷静に口火を切る。
「しかし、ですね。もみあげ先輩」
「誰がもみあげ先輩だ! 殺すぞ!」
いきなり怒らせてしまった。何故だ。
「僕、放課後は生徒会があるんですよ。ご理解ください」
「ちっ。何が生徒会だ。ちょっと知名度が高いからって良い気になってんじゃねぇぞ! どうせ抱きたい男子ランキングも何か不正してんだろ!」
もみあげ先輩が唾を飛ばす勢いで、聞き捨てならないワードを口走る。
え、抱きたい男子ランキングって何?! 僕そんなのにランクインしてんの?
この学校ヤバくね?
だが、話が見えて来た。
確かに、それなら不正を疑われても仕方がないかもしれない。
僕よりイケメンの男子はこの学校にたくさんいるからだ。
もみあげ先輩にしたって、高すぎる田村力は別として、顔は結構整っている。
僕がランクインしているのは、おそらく『あいつに皆で投票してランクインさせようぜ』的な悪ノリなのだろう。本当にタチが悪い。
「それで用件はなんですか? まさかそのランキングについて文句言うためじゃないでしょう?」
僕は面倒くさくなって、先を促した。
もみあげ先輩は「そのまさか、だ」とニヒルに笑う。
そのまさか、だったかぁ……。
終わってんな、この先輩。
僕のドン引きも、つゆ知らず、もみあげ先輩はニチャァっと笑って、床を指差した。
「ランキングで不正してすみませんでした、と謝りな。土下座でな」
土下座させたかったのかぁ……。
やっぱり終わってんな、この先輩。
周りの先輩女子たちが、ガヤガヤと話し出す。
「土下座はあんまりじゃない?」
「え。てか、慎ちゃん不正じゃないでしょ」
「私、慎ちゃんに投票したよ」
「うちもうちも」
先輩女子たちが人気投票談義に盛り上がる。
「うるせーんだよ! ガヤどもがァ!」
もみあげ先輩が怒鳴り散らし、辺りはシーンっと静まり返った。
「そうカッカしなさんな、もみあげ先輩。これでも食べて、落ち着いてください」
僕はポケットからミルク味の飴ちゃんをもみあげ先輩に差し出した。カルシウムが足りてないからカッカしてしまうのだ。
「んなもんいるか! てか、てめぇ! もみあげって呼ぶんじゃねぇ!」
しまった。余計に怒らせてしまった。
落ち着かせようとすればするだけ、激怒していく。何故だ。
仕方がない。
もう面倒くさいし、要求を呑むか。
僕はゆっくりと床に手をついた。
「えぇ?! うそ?! 慎ちゃん!」
「そんなのダメだよ! 土下座なんて」
「可哀想……」
「逃げて、慎ちゃん!」
先輩女子が口々にヤジを飛ばす。
しかし、もみあげ先輩が睨みつけると、皆、一様に口をつぐんだ。
いいさ。見せてやる。
僕の、
完成された、
究極の土下座を!
僕は
教室が静寂に包まれる。
「あ? え、お、お前なにやってんだよ!」と、もみあげ先輩が威勢を保とうとするが、保てていない。
僕は鼻が床についた状態で、不敵に笑う。
「何って土下寝ですよ。土下座よりも床につく面積が広範囲に及ぶ究極の謝罪です。さぁ、もみあげ先輩! 僕の誠意、受け取ってください」
「え゛……あ゛?! ……お前……ふざけんな!」
もみあげ先輩は何故か少し戸惑いながら憤慨していた。
僕はいわれのない罪を謝っているというのに、何だと言うのだ。
「慎ちゃんがこんなところで寝ちゃった!」
「可愛すぎるぅ!」
「毛布! 誰が毛布持ってない?!」
「写真! 早く! 撮影班!」
パシャっパシャっ。パシャパシャっ。
シャッター音の嵐と焚かれ続けるフラッシュに、もみあげ先輩は顔を隠して、一歩二歩と後ずさる。
僕は普段から撮られまくっているから、こんなものは慣れっ子だ。なんなら定点カメラで盗撮されることにも慣れ始めている。言わば盗撮被害者のプロ。
しかし、もみあげ先輩は違うみたいだ。鳴り止まないシャッター音に怯みまくる。盗撮被害者としての研鑽が足りない。
そこへ見知った顔が通りかかった。
「………………慎ちゃん何やってんの?」
会長と薫先輩だ。ここは3年生のエリアなのだから当然と言えば当然である。
僕は床と向き合ったまま答えた。
「見て分かりませんか? 土下座です」
「見て分からないから聞いたんだよ慎ちゃん。というか、それ…………土下座?」
会長が僕の土下座に疑義を呈した。
イチャモンはやめてもらおうか。これは誰がなんと言おうと土下座——もとい土下寝だ! 刃牙でも見て勉強するんだな!
会長とのやり取りの間に、薫先輩が周りの女子から経緯を聞いているようだった。
そして、もみあげ先輩に詰め寄る。
「田村くん。後輩に難癖つけて呼び出すのは関心しないなぁ」
薫先輩、言葉を選びながらも顔は詰問顔である。
男子にこうも強気に出られる女子も珍しい。
「うるせぇ! 女子は関係ないだろ! すっこんでろ!」
もみあげ先輩が薫先輩を殴ろうとした。
——が、薫先輩がいとも簡単にいなして、もみあげ先輩の関節を
「くっ、てめぇ! 女子は男子を守るもんだろォが! ふざけんな、クソが!」
もみあげ先輩、言うに事かいて、情けないことを言う。
薫先輩はもみあげ先輩を解放して、言った。
「そうだとも。私は私の大切な人を守りたい。だから慎一に手を出すのは止めてもらおうか」
か、カッコ良い……!
不覚にも僕は少しときめいた。
長い黒髪をかき上げる薫先輩を見て、何故か、顔が熱くなった。つい目を逸らしてしまう。
「くそがっ! 覚えてろよ生徒会!」
もみあげ先輩がもみあげを揺らしながら去っていった。
付属品先輩はいつの間にかいなくなっていた。薄情な付属品である。全然付属していない。
「慎ちゃん、こんなところで寝ないのっ」と会長が僕を立たせ、ぱっぱっとホコリを払ってくれた。
お礼にミルク味の飴ちゃんを会長に渡すと、会長は嬉しそうに頬張った。可愛い。
「薫先輩。ありがとうございました。助かりました」
「良いってことよぉ」と何故か会長が先に答えた。会長にかかれば全てが自分の手柄となる。
薫先輩が僕に優しい笑みを向ける。
「慎一はモテるからな。一部の男子のやっかみはこれからもあるだろうが、何かあれば私を頼れ」
「は、はい」
何故か返事に緊張してしまう。恥ずかしくて薫先輩の顔をずっと見ていられない。
まさか、これは——恋、なのか?
確かめたくて、僕はもう一度薫先輩を見た。
薫先輩が言う。
「だから…………その……お礼に——って訳じゃないんだが……今度私を鞭で打ってくれると助かる」
ふふっと鼻をこすって薫先輩は、はにかんだ。
僕は悟った。
——あ、これ恋じゃないわ。
鞭で打たれて助かる人を、未だかつて見たことがない。
薫先輩を見て恥ずかしかったのは多分、『でも、この先輩ドMなんだよなぁ』の恥ずかしさだろう。きっとそうだ。
「あとボールギャグも——あっ勿論亀甲縛りもOKだ」と延々と性癖を吐露し続けている薫先輩を見て、ため息が漏れる。
締めるところは締めて、そして最後に全てを台無しにする。
それが、この生徒会なのだ。
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