【リメイク】男女比1:20の異世界。意外に馴染めていると思ったら、この生徒会がヤバすぎる!

途上の土

第1話 僕の日常

「と、いうわけで、だよ」


 生徒会長 西条 智美さいじょう ともみ先輩が机に両手をついた。

 誰も何も喋っていないのに、突如として会長がまとめに入った。いったい何をまとめたと言うのか。脳内か。脳内の妄想をまとめ上げたのか。

 会長の栗色の髪の毛が揺れる。肩口で綺麗に揃えた髪は、純真であどけない印象を与える。しかし、あどけないのは髪型だけではない。会長は高3とは思えない程、童顔でちっちゃいのだ。制服を着ていなければ小学生にしか見えないほどだ。


「男子は女子のお膝で休み時間を過ごす法案を、賛成多数で可決にしようと思う!」


 会長は右手を上げて、高らかに宣言した。

 アホなことを言っているのに表情は真剣そのもの。つまるところ、会長は真面目なのだ。真面目にアホなことを宣っているのだ。アホだ。


「いや。『しようと思う!』じゃありませんから! なんですか! その頭の悪そうな法案は」

「頭の悪そうなとは失礼だなァ! 頭が悪いって言う方が頭が悪いんですゥ」

「いやその返しが既に頭悪いですよ」

「あ、また頭悪いって言ったァ! 慎ちゃんのバカ! えっち! ポークビッツ!」

「誰のアレがポークビッツですかァ!」


 まぁまぁまぁ、と桃山 遥香ももやま はるかが割って入る。


「まぁまぁまぁ。ここはお互いポークビッツということで。ね?」

「私生えてないんだけど……」

「僕はポークビッツじゃない!」


 桃山は僕の同学年で生徒会の書記を務めている。

 ゆるくカールした桃色の髪が赤縁メガネにかかって、少し色っぽい。メガネの奥のとろんとした瞳は、穏やかな人柄を示していた。

 だが、穏やかだからと甘く見ていると、この世界では大怪我をする。

 何故なら彼女はこう見えて僕の専属ストーカーだからだ。専属、とかカッコよく言ってみてもストーカーはストーカー。僕の捨てたゴミを漁ったり、僕を盗撮したり、を生業なりわいとしている。要するにヤバい奴だ。


「いや、そもそもさ。普通に考えてみ? 膝の上だと何するにも丸見えじゃん。スマホ開けば画面も丸見え。これは立派なプライバシーの侵害だろう!」


 常にスマホを監視されるなんて嫌すぎる。

 こんな法案は絶対に通す訳にはいかない。僕は語気鋭く言い放った。

 すると、美咲ちゃんが胸の前で控えめに挙手した。


「先輩。大丈夫です。先輩のスマホは既にハック済みなので、あまり現状と違いありません」


「おいこら、僕のプライバシーの権利どこ行った」


 既にスマホ監視状態にあるだなんて、聞いてねーぞ。僕は無意味だと思いつつ、なんとなくスマホの電源を落とした。

 彼女は広報の山中 美咲やまなか みさき。一個下の後輩だ。

 透き通るような淡いブロンドヘアは彼女が持って生まれたものである。美咲ちゃんはフィンランド人の母と日本人の父を持つハーフなのだ。

 北欧人然とした彫りの深い造形に青い瞳。一方で、桜色に染まった頬は柔らかそうな曲線を描き、美しさの中に幼さを備えている。

 美咲ちゃんはメカ、IT関係に強く、ハッキングだかクラッキングだか危ない用語を乱発するが、実際にやっているのか冗談なのかは不明である。


「慎一。男の子が『おいこら』なんて言葉使うんじゃない!」

「注意するとこそこ?! もっとありましたよね?! 犯罪的な何かがありしたよね?!」咄嗟に椅子を引いて立ち上がって言った。


 トンチンカンな注意を飛ばすのは会計で3年生の菊池 薫きくち かおる先輩だ。

 ワンレングスの黒髪とキリッとした吊り目がどこかクールな雰囲気を醸し出しているが、騙されてはいけない。

 この先輩、ドMである。

 カッコよくて尊敬する先輩に突然「コレで尻を叩いてくれないか?」と言われた時の気持ちが想像つくだろうか? 僕は分かる。絶望だ。




「ま、慎ちゃんは反対ってことでいいから。ね。座ってて」


 いつの間に僕の後ろにいた会長が、背伸びして僕の肩に手を置き、グイッと座らせた。

 それから僕の前までパタパタとやって来ると、『ぴょん』と効果音がつきそうな可愛らしい動作で僕の膝に飛び乗った。

 会長のお尻の感触に息子が起立しそうになるが、鋼の精神で必死に押さえつける。

 今息子が起立すれば、会長のお尻に息子が接敵する。それだけは避けねばならない。メーデーメーデー。あそこがヤバい。

 会長は僕の上で、採決を取り出す。


「じゃ。反対1。賛成4ってことで——」



「「「ちょーっと待ったァァ!」」」


 薫先輩、桃山、美咲ちゃんの声が重なった。


「何、ちゃっかり慎ちゃん先輩の上に座ってんですか? バカですか? ケンカ売ってんですか?」


 最年少の美咲ちゃんが3年生の会長に全く物おじせずズケズケとクレームを入れた。


「そうだ! 智美、生徒会裏ルールを忘れたとはいわせないぞ」


 薫先輩が会長に睨みを効かせながら言う。

 生徒会裏ルール? 何それ。怖い。


「会長! アウトです! レッドカードです! 一発退場です」


 あの穏やかな桃山が怒りで顔を赤らめて、優しそうな目が吊り上がっていた。僕の恐怖ゲージはもうとっくに振り切れている。『激怒するストーカー』、こんなに怖いワードはそうそうないだろう。

 桃山が懐から笛を取り出して、吹いた。ほっぺたが膨らんで可愛い。ストーカーなのに可愛い。


「GO!GO!GO!GO!GO!」


 桃山の掛け声で、薫先輩、美咲ちゃんも動き出す。ところで、何でさっきまで笛とか出して審判風だったのに、急にSWATスワットみたいになった?

 会長は3人に担がれて、「いやぁぁああああああ!」と叫びながらドナドナされていった。

 一体どこに捨てられるのだろうか。それが川とかでないことを祈る。

 僕は一人ポツンと取り残された。




 取り残されてしまったので、僕のここまでの話でもしよう。

 僕はこの世界の人間ではない。

 いわゆる異世界人だ。

 別になんてことない平凡なただの高校生だったのだが、ある日、自動車事故に巻き込まれて、唐突に人生の幕を下ろすはめになった。






 ——はずだった。




 しかし、なぜか目覚めたのだ。天国だとか、神様の住処だとか、チートを授けるだとか、そういう話では全くない。

 そこは見慣れない部屋だった。

 鏡を見れば、眠そうな目をした少年が写っていた。癖っ毛の黒髪と細い体と低い身長。


 誰だコイツ。


 見慣れた自分とはかけ離れた姿に絶句する。まさかまさか、と思いながら僕はギニュー特◯隊のポーズを片っ端から試した。鏡のチビも僕と寸分違わぬ動きを取る。

 バータのポーズをとったところで、ようやく受け入れる——もとい諦める——ことができた。






 コイツは僕だ……。

 






 僕なのだ。






 何故。







 何故イケメンにしなかった。







 許すまじ。






「ウォォオオオオオオオオオ!」




 僕は穏やかで純粋な心と、激しい怒りを燃やした。

 ——が、何も起きなかった。髪の毛が金色になるとかもなかった。

 仕方ないので、僕はこの顔で妥協した。

 リビングに行けば、僕のことを『慎ちゃん』と呼び、やたらと甘やかしてくる自称母と自称姉。

 ここまでくれば、僕は『慎ちゃん』なる人物の体に憑依しているのだと理解できた。


 だが、僕は慌てなかった。憑依ならそのうち剥がれて、元の人格が戻って、僕は天国にでも旅立つのだろう。あるいは神様が『間違えたからお詫びにチートあげる』とか言って現れるだろう。持ち前の前向き思考でのんびり、日常を過ごした。


 そうして日常を過ごすこと、早3年。

 当時中2だった僕は今では立派に高2になりました。

 どうやら憑依は解けないようです。ガッデム!


 日常を過ごして、分かったこと。

 それはこの世界が男女比1:20のアンバランスな人口で、男女の貞操観念が逆転していること。

 男子が女子に対して冷たい人が多いこと。

 僕が憑依する前の慎ちゃんこと須田 慎一すだ しんいちはやたらとツンツンした人間であったこと。

 この世界では一夫多妻も認められており、男性の二股は社会一般的には咎められることはないこと。


 等々。


 どうせ異世界に行くのなら、剣と魔法の世界でチート使って、俺tueeeがしたかった。

 しかも、せっかく女の子だらけの世界に来たのに、顔がイケメンな訳でも、運動神経が良い訳でも、頭が切れる訳でもない。異世界でも平凡な男子だったのだ。正直がっかりだ。慎一くん。君にはがっかりだよ!



 ——にもかかわらず、である。

 2年生に進級した4月のことだ。

 僕は現会長である西条 智美さいじょう ともみ先輩と現会計である菊池 薫きくち かおる先輩に生徒会室に拉致された。

 

西条先輩が後ろ手に扉のカギをかける。

何これ。怖い。


「ちょっとちょっとちょっと! 何ですか?! 何するんですか! 僕トイレ行きたかったんですけど!」

「ちっちっち。トイレなんて野暮用後回しさ。私たちの要件を先に聞いてもらおうか」


 西条先輩は小さな指を振って、ニヤリと笑う。うざいと可愛いが混在している。すごい。

 西条先輩たちは、僕の都合は全く考慮してくれないようだ。トイレ野暮用じゃないんですけど。結構差し迫ってるんですけど。



「キミは今日から生徒会副会長になりました。おめでとう!」と菊池先輩が拍手した。

西条先輩も、

「わーパチパチパチぃ!」

と続く。どうでも良いが、西条先輩がちっちゃな手をパチパチと叩く様は何か微笑ましい。


「………………あの、それ間違いですよ。僕、立候補とかしてないので」


全く人騒がせな。当選者を間違えるなんて、大丈夫なのか、この生徒会は。まぁ、これでようやくトイレに行ける。

だが、そういうことではないようであった。

西条先輩が腰に手を当てて堂々と言う。


「いいえ、間違いではありゅませんー。キミは確かに生徒会副会長に決定したにょですー。これがその証拠」


 会長は自分が噛み噛みなことはないこととして、話を押し進め、校長の公印が押された書類を水戸黄門の紋所もんどころのように自慢げに提示した。

 なんでそんなに噛み噛みなのに、そんなドヤ顔ができるのだろう。謎である。


 突きつけられた書類に目を向ける。

 それは確かに正式な書類であった。



 えぇ?! なんで?! なんでこんな! えぇ?!


「いやいやいやいや、おかしいですよ! 確か生徒会役員は立候補の上、選挙で決定するはずでしょ?!」


 ふっふっふ、と西条先輩が笑う。どこまでもウザい。うざ可愛い。


「確かにキミの言う通りだよ。生徒会は選挙で決める。その通りだ。そう——昨年度まではね!」

「ど、どういうことですか!」

「私達はね、昨年度、ある法案を可決し、正式に決定した。なんだと思うかね?」

「ぇ。えっと……生徒——

「——その法案とはズバリ! 副会長、推薦信任方式法案のことだぁ!」



 質問しておいて、聞く気ねぇーよ! このちびっ子会長!

 菊池先輩が補足する。


「生徒会役員のうち、副会長については、現生徒会役員の推薦で候補があげられ、その信任決議をもって、正式に役員に加えるという内容だよ。私達は昨年度も役員だったからね。キミの名を挙げさせてもらった」


「制度改正に1年使っちゃったから、慎一くんは2年からの抜擢になっちゃったけど、これからよろしくね〜」


 西条会長がちっこい手を差し出してくる。

 僕は『なんで制度を改正してまで?!』と聞こうとして止めた。

 もし、好いた惚れたの話だったらいきなり過ぎて困るし、そうじゃなかったらそれはそれでガッカリだから。


 こうして僕は会長の手を取り、生徒会役員の副会長の座に収まったのだ。

 この生徒会がヤベーやつの巣窟だとも知らずに。








「遅ぇーな、皆」


 待つのにも疲れてきたし……帰るか。

 どうせ、あんな無茶苦茶な法案通るわけがない。

 1人立ち上がり、カバンに手をかけて、扉に向かう——が、途中でふと思いたって、席の方へ戻った。


 ふぅ危ない。大事なことを忘れるところだった。

 ちゃんとやることは、やらねぇーとな。























 僕は最後に会長の椅子に掛かっている会長のブレザーの脇の部分の匂いをすんすん嗅いでから、生徒会室を退室した。



 前屈みの不自然な姿勢で。

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