第12話 生徒会相談 後編

 

 最後の相談者は三年生の男子、二年生の男子、一年生の女子という変な組み合わせの3人組であった。

 部活動か何かの繋がりなのかな、と僕は脳天気に構えていた。



 三年男子はメガネをかけ、細めの体躯がいかにもモテそうなインテリ系イケメンだった。彼が3人を代表してまず口を開く。



「私は海堂かいどうという。こちらの2年が川田かわだ、一年が長戸ながとだ」



 なんてことはない、ただの簡単な紹介。

 だけど、なんだろう。海堂先輩が僕を見た時、妙な含みのある視線に感じられた。

 それは海堂先輩だけではない。残りの2人、2年の川田と1年の長戸からも僕を睨みつけるような、刺々しさが見られた。



「私たちはこういう活動している」



 海堂先輩が制服の内ポケットに手を差し入れ、革の名刺入れを取り出すと、そこから1枚を抜き取り、会長に差し出した。



(名刺って、なんかカッコいいよな。どこの部活だろう? ボランティア部とか? あるいはもっとビジネスチックなデートレーダー部とかか? 海堂先輩も頭良さそうだもんなぁ。凄いなぁ)





 名刺を受け取った会長が胡散臭うさんくさそうに声を上げる。





反須田勢力はんすだせいりょく取りまとめ協会ぃ?」





「いかにも」と海堂先輩がメガネをクイッと押し上げた。



















 よし、前言は撤回しよう。

 全然凄くなかった。むしろアホだ。

 何? そんなくだらない組織のために名刺作ったの? アホだ。アホ以外の何者でもない。インテリの皮を被ったアホである。





「オイ!」と唐突に2年の川田が机を叩いた。もう我慢ならないといった様相で声を荒げる。「ここは客に何のもてなしもしないのか?! えぇ?! お茶くらい淹れたらどうなんだ、須田ァァ!」



 何故かピンポイントで僕に個人攻撃してくる川田に、「えぇー……」と驚いていると僕よりも先に桃山が立ち上がった。一瞬お茶を入れに行くのかと思ったが、そうではなかった。



「はぁ?! 別にあんたら客じゃないし!」と桃山が反撃にでる。

「客だろォが! ここはお客様用のソファではないんですかぁ?」と川田が下唇を突き出してソファでびよんびよん跳ねた。分かりやすい挑発だ。跳ねるたびに隣の海堂先輩のメガネがずり落ち、その都度クイクイ直しているのが可哀想だった。

「あんたねぇ! 相談に乗ってもらう立場で——」


「——いいよ。桃山。お茶くらい出すよ」



 僕は庇ってくれる桃山を遮り、立ち上がった。

 そして3人の協会員の近くまで移動すると、ポケットからソレを取り出し、両手で丁寧に3人の前に置いてから、これまた丁寧にお辞儀をして、ゆっくりと元の作業スペースに戻った。



「なんだこれ」と川田が摘み上げる。


「ちょっと! これ飴じゃない! 誰が飴くれなんて言ったのよ!」とまず文句を垂れたのは一年の長戸ながとだった。



 なんだ。いちからか? いちから説明しなければダメか?

 仕方ない。教えてやるか。

 自然とため息が漏れた。



「いいか? よく見てくれ。確かにこれは飴ちゃんだ。だが、これは抹茶味の飴ちゃんだ。口に入れた時にミルクの甘さを包み込むような苦味、お茶っ葉の風味。それはもう飴ちゃんであって飴ちゃんではない。ほとんどお茶だ。いや、その表現すらもぬるい。言うなれば、茶畑で汗を拭う農家のおばちゃんだ」


「慎ちゃん先輩、その理屈は無理があります。というか最終的に農家のおばちゃん味になってます」と美咲ちゃんにばっさり切られた。まさか背後から味方に切られるとは……。





「お茶などどうでもいい。俺たちが来たのは生徒会に相談——要求を伝えるためだ」と海堂先輩が、抹茶飴の袋を開けて、口に放り込んだ。



 おい。どうでもいいなら食うんじゃねーよ。

 海堂先輩は美味しそうに飴ちゃんを転がした。



「私たちの要求はただ一つ」と海堂先輩が僕を睨んで言う。「生徒会副会長、須田 慎一の即時の罷免だ」



 生徒会室が静まり返る。

 重い沈黙の中、海堂先輩が口内で飴をコロコロ転がす音が際立ち、シリアスな雰囲気が台無しだった。





 桃山は眼力で海堂に穴を開けようとしているかの如く睨みつけ、殺気だつ。

 薫先輩と美咲ちゃんも作業を止めて、海堂たちを見据えていた。

 なんか剣呑な雰囲気だな、と僕はスティックキャンディを取り出して口に咥える。



「なんで慎ちゃんを辞めさせたいのかな?」と尋ねる会長の顔には笑みが張り付いているが、その笑みは氷のように冷たかった。


「私たち反須田勢力取りまとめ協会員は、そこの須田という男に皆、煮湯にえゆを飲まされてきたのだ。ずっと我慢してきた。耐え難いほどの屈辱を。だが——」



 海堂先輩は手でチョキを作ると、寿司でも握るかの如く、ペシンと机にしっぺをした。そして言う。



「——もう我慢の限界だ」



 なんでチョキ? とは誰もが思っただろうが誰もツッコまない。だから僕も「激昂する時はグーでもパーでも良いけど、チョキだけはないだろ」と言いたいのを堪えた。






 会長はチョキの件はスルーして、「と、言っているけど」と僕に話を振った。



 煮湯を飲ませた覚えは、僕にはない。

 こんなアホな組織を作る人だ。絶対勘違いである。

 僕はスティックキャンディを咥えたまま、無言で首を左右に振った。



「俺たちにあんな仕打ちをしておいて、よくそんな態度を取れるな須田ァ」と2年の川田が立ち上がった。



 なんだなんだ乱闘か? と身構えたがどうやら違うらしい。川田は広いスペースに出ると、手のひらを上に向けて腕を広げ、生徒会室をゆっくりと歩き出した。そして何やら語り出す。



「俺ァ好きな人がいたんだ。2-Dの千葉って子だ。明るくて、可愛くて、話が合ういい子だった。いい子だったんだ」



 言いながら左斜め上に顔を向けて何やら想いを馳せていた。そっちの方に千葉の顔でもイメージしているのか。回想編が始まりそうなウザったい動きだ。

 こいつもアレだ。劇場型ムーブだ。うろちょろするな、鬱陶しい。



「だが、ある日突然、変わっちまった。須田のことしか話さなくなった。口を開けば、『慎一くん』、メールをすれば『慎一くん』、なんで須田のトイレの回数を俺に聞くん? 俺は須田のトイレ話なんかしたくない!」



 何それ怖い。

 僕のトイレ回数はカウントされているの?

 なら僕は今後どこで荒れ狂う息子を鎮めたらいいの?



「あー典型的な慎ちゃん病だね」と会長がコメントする。人を病原菌みたく言わないでほしい。


「だから俺は復讐を誓った」と川田が胸の前で拳を固く握る。まさに復讐に燃える男、といった感じだ。「今後は俺のトイレ回数をお前に随時メール報告してやる! とな」


「それだけはやめろ」




 川田は僕の悲痛の叫びを無視し、そろそろと戻ってきて静かに席についた。川田のターンは終わったらしい。

 何のためにうろちょろしたのか。

 だが、これでやっと腰を落ち着けて話ができる。







 そう思った瞬間だった。






「私はバドミントン部の長戸ォあゆみ、県大会に向け溢れ出るやる気」





 突如、一年女子の長戸ながとが立ち上がる。どうでも良いけど、キミたちなんでさっきからちょっと韻踏んでんの? ラッパーなの?



 長戸はゆっくりと歩きながら語りだす。

 キミたちなんでさっきから絶対うろちょろすんの? 探偵なの?


「ペアの明美と特訓の日々。苦しくも楽しい格別の美味」



 ビートを刻みながら、探偵よろしく背を向けてうろちょろ歩く。

 ラッパーなのか探偵なのか統一してくれないかなぁ、と呆れていると、



「でもある日!」



 と、長戸が顔だけ勢いよく振り返った。どこかで見たポーズだと思ったら、これアレだ。ク○ッシュバンディクーだ。クラッシュバ○ディクーの決めポーズだ。

 長戸が今度はこちらにゆっくり歩み寄りながら言う。



「明美が急に練習をサボるようになった。たまに練習に来たかと思えば『慎ちゃんのトイレを出待ちするから』とだけ言って、しばらく戻って来ない」



 何それ怖い。

 僕のトイレって出待ちされてるの?

 賢者の凱旋をパパラッチされてるの?



「結局私たちは予選であっさり負けて、県大会には出られなかった。だと言うのに、明美はヘラヘラして、『賢者様を撮れたから悔いはないよ』と言う始末。あんなに練習してきたのに! 私の青春を返してっ!」



 撮られてたァァアアア! 賢者タイム撮られてたァァアアア!

 そっちこそ僕の賢者タイム写真返してっ!



 長戸は満足したのか、何事もなかったかのように席に着いた。

 こうなると、次の展開に期待してしまう。

 僕は海堂先輩に期待の目を向ける。



「私はな」と海堂先輩が思い詰めた顔で口を開いた。「自分でいうのもなんだが、女子にモテていたんだ。人気者だった」



 海堂先輩は座ったままだった。

 ぽつりぽつりと静かに話し出す。



「いや立たないんかい!」



 僕はついとっさに、タメ口で先輩にツッコんでしまった。期待を裏切られた激情が抑えきれなかった。

 でも、これは海堂先輩が悪くないか? ここまで来たなら、立てよ! うろちょろしろよ! ラップきざめよ!

 海堂先輩は無言で僕をギロリと睨むと続きを話し出した。

 ちょっと残念な気持ちで話に耳を傾ける。



「それなのに、だ。須田! お前が来てから私は女子にモテなくなった! 私のクラスも、違うクラスも、後輩も、皆須田のことばかりで私に注目する者が激減した! どうしてくれるんだ!」



 くだらねぇぇえええ!

 海堂先輩、あなたが一番くだらない理由です。ナンバーワンです!

 劇場型語りが出来ないのも納得の中身の薄さだ!



 会長は心底呆れた顔でため息をつく。そして僕に目を向ける。『慎ちゃんが責任もってなんとかして』と、会長がそう目で訴えてくる。



 いや、僕だって知らんがな。

 仕方がないので僕は会長たちがいる応接ソファに移動して、会長の隣に腰掛けた。

 どうやったら穏便に帰ってくれるのか、プランもないのに、見切り発車で話し出す。



「皆さんの言いたいことはよく分かりました。納得できるかは別として理解はしました」と劇団3ばかをそれぞれ見やる。川田は僕を睨み、長戸も眉間に皺を寄せ、海堂先輩は飴ちゃんをコロコロしていた。おい真面目に聞けよ海堂。



 えせインテリは置いといて、僕は続けた。



「その上で言わせてもらうと、申し訳ないけれど僕は生徒会を辞めません。僕は生徒会が好きだし、生徒会のみんなも好きだから、絶対やめません」



 僕はこの生徒会だけは辞めない。

 無理矢理入らされた生徒会だったけれど、いつからかここは僕にとっても大切な場所になっていた。

 アホばっかで、ぶっ壊れてて、セクハラは絶えないけれど、でも僕はこの生徒会が——みんなのことが大好きなんだ。



「慎ちゃんっ❤︎」



 会長が抱きついてきて、サラサラの髪の毛がほっぺに押し付けられる。

 シャンプーの香りの中に、会長の匂いが感じられて、少しドキッとした。

 ——が、桃山たちが即座に会長を引き剥がし、取り押さえる。まるでアメリカの警察を見ているようだ。動きに無駄がない。



 会長が離れて落ち着いたところで、僕はまた3人に目を向けた。



「ですが、今後も相談にはのります。罵倒でもクレームでも愚痴でも聞きます。話を聞くのは会長ではなく、僕になりますが、いつでも聞きます」



 長戸が目を見張り、「なんで、そこまで……」と呟いた。










 僕は、『何を今更驚いているんですか?』と微笑みかける。










「だって、生徒に寄り添うのが、生徒会ですから」



 協会員の3人は黙って神妙な顔をして聞いていた。川田と目が合うと、彼は顔を逸らした。バツが悪そうに口を結んでいる。




 僕は『だから、とりあえず今日は帰れ。な?』と続けるのが、なんとなく躊躇われて、黙っていた。口に出さなかったのは英断だと思う。

 黙りこくる僕をどう捉えたのか、2年生の川田が口を尖らせて照れながら、言った。



「それは恋愛相談でもいいのか?」


「かまわないよ。僕は千葉とは席が近いから協力できることもあると思うし」



 千葉と川田のために一肌脱ぐのはやぶさかではない。

 僕だって、みんな幸せになれるならその方がいい。

 ただ、『今日はもう疲れたから帰れ』というだけのことである。

 しかし、川田は苦悶の表情でギュッと目を瞑ってから、何かを決断したかのように両手で膝を叩いて立ち上がった。

 そして僕の手を取る。


「須田! いや、慎一!」と言う川田の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。「今まで悪かった! 俺が間違っていた! お前はいい奴だ!」



 こいつ節操ないわ。

 手のひら、くるん、である。

 僕は今度は戸惑っている長戸に笑い掛ける。



「バドミントン部の明美さんにも生徒会が呼び出して、僕の方から、部活動サボらないように指導しておくよ」


「本当ですか?! 須田さん、いえ、慎一先輩っ!」



 長戸は先輩である川田を押しのけて僕の手を取った。

 その目は大好きな芸能人の握手会に来たファンのようにキラキラ輝いている。



 長戸、お前もか。

 チョロすぎる。

 僕は長戸の将来が少し心配になった。変な壺とか買わされないといいが。




「須田! 私には! 私には何か特典はないのか!」



 今度は海堂先輩が長戸を押しのけて、僕に詰め寄った。

 『特典はないのか!』じゃねーよ!

 あんた絶対もとから僕のこと好きだろ?!



「海堂先輩は男を磨いてください」


「くっ。須田すゥだァめぇぇえええ!」



 海堂先輩が僕に掴みかかろうとする。

 ——が、ガシッと両脇から川田と長戸に抱えられると、そのまま出口の方へ引きずられて行った。



「慎一、勘違いで酷いこと言って悪かったな」

「慎一先輩、本当にすみませんでした。一生かけて償います」



 川田と長戸はそう言うと「離せぇぇええええ! 須田ァァアアア!」と暴れる海堂先輩を連れて去って行った。


 マジでしょうもない組織である、反須田勢力取りまとめ協会。

 こうして生徒会はようやく平和な通常業務に戻るのであった。




 ♦︎




(数日後)




「海堂、あれからこの反須田勢力取りまとめ協会も大分だいぶ人が減ったな」と副協会長、もみあげの田村が私に声をかける。今日も今日とて、もみあげが長い。



「ああ。くそっ! 須田め!」



 あれから川田と長戸が抜けたのみならず、川田と長戸にほだされた協会員がどんどんと脱会していって、今では半数以下になってしまった。


 せっかく名刺までたくさん作ったのに!

 有り余った名刺は、現在はメモ紙として使われている。

 せっかくカッコいいのに! 出来る男っぽいのに!



「海堂、俺は諦めないぜ。須田に一泡ふかせるまで一人でも突き進む!」



 もみあげの田村はもみあげを揺らして意気込んだ。

 もみあげが気になって話に集中できないから、できれば切ってほしい。



「ああ。私も同じ気持ちだ。もみあ……田村。須田に思い知らせてやろうぜ! もみあ……田村」


「今『もみあ』って言ったよね。キミ、絶対俺のこと裏では『もみあげ』って言ってるよね」



 だが、やはり須田には注意が必要だ。

 今回、須田を罷免させようと会談に臨んだのに、逆にメンバーを懐柔された。

 あいつは天然の人垂らしだ!

 油断していると協会員を片っ端から持っていかれる。

 生徒会への警戒レベルを最大まで引き上げる必要がありそうだ。





 この生徒会副会長の求心力はヤバい!




————————————

【あとがき】

更新遅くなってすみませんでした。

新連載の


【転生して冒険者ギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です】

https://kakuyomu.jp/works/16818023212482086328


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