第11話 生徒会相談

 桃山がまた一つ書類に判子を押して、バインダーに挟んだ。

 美咲ちゃんはノートパソコンのキーボードをカタカタと叩き、薫先輩が電卓を凄まじい勢いで弾いていた。

 生徒会の仕事は多い。

 普段から遊んでばかりいるイメージが強いかもしれないが、意外にもこの生徒会は仕事はきっちりこなす。個々の能力の高さが、この仕事量の処理を可能にしていた。この生徒会メンバーは有能なのだ。僕を除いて。



 生徒の相談窓口も、この生徒会が受け持っている。生徒の悩みに寄り添い、解決の糸口を共に探し、生徒だけで解決できそうになければ、教師に引き継ぐ。生徒会長の仕事の一つだ。

 今日はその相談の予約がみっちり入っていた。

 基本的には会長が一人で相談者の対応をし、他の生徒会メンバーは各々黙って自分の仕事をこなしながら、相談に耳を傾けていた。


 今は3年生の女子生徒の相談を受けているところだった。

 相談者がテーブルに両手をついて、前のめりに言った。「私、慎一くんのことが好きなんです! 好き過ぎるんです! 夜も眠れないくらいに! 耳たぶをハムハムしたいくらいに! どうしたらいいですか?」


 本人横にいるのに何耳たぶハムハムとか言ってんのこの人。

 もうそれ告白と同義なんですけど。

 女子から男子への告白を禁止されてるからって、この生徒会相談を利用しないで欲しい。

 隣の桃山の席から、ベキッと音がしたと思ったら、鉛筆の上半身がコロコロと僕の方に転がってきた。下半身は桃山の手の中で未だミシミシ悲鳴をあげている。

 だめだ。このままだと桃山が人を殺す。会長、早く追い払ってくれ。

 僕が祈っていると、会長はどうでも良さそうに相談者に言った。


「あーそうですか。無理なんで諦めてください。はい、次の人ー」


 強制終了。会長の荒技が唸る。相談者はすごすごと退室していった。あんなに興奮していたのに、文句一つ言わずに大人しく帰っていく姿は、逆に不気味である。会長の強制終了すげー。


 この後も同様の相談が続いた。

 マジでこの学校の生徒は色ボケが過ぎる。まともな相談が一つもない。耳たぶはむはむだの、顎をしゃぶしゃぶだの、まぶたをぴしゃぴしゃだの、変態みがすごい。てか瞼をぴしゃぴしゃってどんな状況だ?!

 その都度、会長が機械のように同じ文言で追い出し、強制終了をかける。もはや会長が『無理なんで諦めてくださいマシーン』と化している。


「次の人ー」


 ノックもなしに扉が勢いよく開いた。

 のしのしと入ってきたのは髪の毛をツンツンとヤンチャに固めている3年男子だった。

 男子の相談というのは珍しい。

 ほとんどの男子は女子を下に見ているので、生徒会なんかに相談しない。ならば、生徒会の唯一の常識人である僕に相談がくるかと言えば、そんなこともなかった。まぁ僕はほとんどの男子に「裏切り者」「ビッチ」と嫌われているから仕方がない。男なのにビッチと言われるのがこの世界なのだ。


 相談者が男子であると見て、会長も「おっ?」と声を漏らした。

 会長が話を向ける前に男子生徒が話し出した。自信に満ち溢れた声が生徒会室に響く。


「知ってると思うが、俺は坂上・・ 大地だ。相談に来た」

矢鏡やかがみくんか。面白い名前だね」


 会長以外の生徒会メンバーが同時に『え……』という顔をする。矢鏡ではない坂上である。

 会長は至って真剣な顔で堂々と名前を間違えていた。


「いや。坂上さかがみだ。坂上。え、というか、俺のこと知らない? 同じ学年だよね? 俺イケメンだよね? 知らない?」


 坂上先輩が会長に詰め寄る。

 『俺イケメンだよね?』じゃねーよ。うぜぇ。

 確かにイケメンではあるけど。でも、うぜぇ。


「いやぁ、あはは。ごめんね」


 会長ははっきりと『知らない』とは言わず、笑って誤魔化す作戦に出た。流石会長、処世術を心得ている。これならば相手を傷つけることなく、かつ、『知ってるよ』とも言っていないので嘘をつくこともない。

 会長の『笑って濁す』が効いたのか、坂上先輩は調子を取り戻した。


「ふん、まぁいい。今日から嫌でも忘れられない名前になる」


 坂上先輩がニヒルに笑う。ベジー◯を意識してそうな笑みである。そのうちスーパー坂上になったりしないだろォな?

 というか、どうでもいいけど、早く相談しろよ。

 坂上先輩はたっぷりと尺を使って、顎を少し上げて会長を見下すように指差した。会長はちっちゃいのでそんなことしなくても十分見下ろせるのだが。


「相談とは言ったが、それは建前だ。今日は西条 智美。お前に言いたいことがあって来た!」


 いや、相談じゃないんかーい。

 僕は厄介事に巻き込まれるのは嫌なので心の中で叫びながら、無言で隣の桃山にズビシと手の甲を当てた。桃山は頭上にハテナマークが見えそうな顔で首を傾げていた。


「え。相談じゃないなら帰ってほしいなぁ」と会長が応じた。

「え゛?! あ、いや、その。相談と言えば相談だ! 見方によっては! ほら、『相談』って人によって形を変えるというか」坂上先輩はしどろもどろと謎理論を展開する。人によって形を変える相談ってなんだ。変形ロボットが何かなのか。

 面倒くさくなったのか、会長は「まぁいいや。では、相談内容をどうぞ」とさっさと話を進めた。実にどうでも良さそうな顔をしている。坂上先輩に失礼だから、もうちょっと興味を持とうよ会長。


 坂上先輩は唐突に片腕を前に突き出し、「西条 智美! 俺はお前が好きだ! 俺のものになれ智美!」と叫んだ。俺の手を取れ、と言わんばかりである。表情は相変わらずのベジ◯タだ。口角の片側吊り上げるのやめろ。腹立つ。


 坂上先輩の叫びは誰がどう見ても『相談』ではない。『告白』である。

 というか、なんで相談を装う必要がある? 男なんだから普通に告白しろよ。スーパー坂上だろ。根性みせろ。


 会長がゆっくりと口を開く。

 全員の視線が会長に向いた。
















「あ。無理なんで諦めてください」




 でたァァアアア! 伝家の宝刀『無理なんで諦めてください』

 このワードの応用力がすごい! 断るにしてももっとやんわりと言ってあげて!




「何故だ! 何故無理なんだ!」と坂上先輩が激昂する。当然である。余裕のベ◯ータ顔に、辛辣な火の玉ストレートがめり込んだのだ。怒るのも無理はない。

 坂上先輩が確認するように言った。


「え、だって、俺イケメンだよね?」


 でたァァアアア! リーサル・ウェポン『俺イケメンだよね?』

 うぜェェエエエ! イケメンだからって、なんでも上手くいくと思うなよ!


 会長は頬杖をついて、ボールペンを机にコツコツぶつけている。顔に『面倒くさいなァ』と書いてある。頼むから真摯に向き合ってください会長。

 会長は坂上先輩のイケメン確認に答える代わりに爆弾発言を投下した。


「いや。私好きな人いるし」

「なん……だと……! それはイケメンの俺ではなく、という意味か?」


 イケメンはもうどうでもいいよ。どんだけイケメン推すんだよ。

 坂上先輩は興奮した状態で会長に詰め寄った。「誰だ! それはどこの誰なんだ!」


 自覚はある。多分僕だ。

 だが、会長がそれをこんなところで言うはずがない。ここでそれを言えば、獰猛な野獣の手綱を手放すようなものではないか。

 会長はなんだかんだ思いやりのある思慮深い先輩だ。そんなことは絶対に——



「ん」と会長が僕を指差した。

 頬杖ついて、あくびをしながら、何でもないことのように。



 会長ォオオオ! 野獣! 野獣がこっち見てるゥウ!

 案の定、野獣こと坂上先輩はこめかみに青筋を浮かべて、歯をギリギリ鳴らしていた。怖すぎる。


「き、き、貴様ァァアアア!」と恫喝し、「どこまで進んだァ! まさか、こんないたいけな幼女とチョメチョメしたのではあるまいな!」


 おかしいよね。なんで恫喝の次にチョメチョメ確認なんだよ。会長、『幼女』言われて、若干怒ってるから。ほっぺ膨らませて可愛く怒ってるから。

 仕方ない。ここは生徒会唯一の常識人の僕が、会長の怒りを鎮めるしかないか。


 僕は立ち上がって叫んだ。「会長は幼女ではありません! おっぱい大きいですし、めっちゃ柔らかいですから! 立派なレディです!」


 どうだ、と僕はベジー◯顔を会長に向けた。

 会長は顔を耳まで真っ赤にして俯いていた。想定と違う。


「お、お、お…………おっぱい……!」と坂上先輩が食いついたので「感度も良好」と情報を補足しておいた。

 何故か会長からボールペンが飛んできた。何故だ。


「よくも……よくも……よくも智美を汚したなァァアアア!」


 うわァァアア! 坂上先輩が穏やかで純粋な心と、激しい怒りでスーパー坂上先輩になったァ!

 椅子を後ろに吹き飛ばし、突進してくる坂上先輩に僕は椅子ごとひっくり返り逃げ損ねる。



 しかし、坂上先輩は僕に到達する前に動きが止まった。いや、止められた。

 僕は這う這うの体で立ち上がり、前を見ると桃山が僕を庇うように立ち塞がっていた。


「慎ちゃんに手を出さない方がいいですよ」と桃山が言う。「慎ちゃんは多方向から盗撮、盗聴されてますから、簡単に証拠が残ります」

「ぉおおい! 多重盗撮・盗聴とか初耳なんだが! せめて一方向からにしてくれない?!」


 桃山の一言に坂上先輩は動くに動けない様子であった。

 まさか僕はプライバシーと引き換えに、外敵から守られていたとは。複雑である。

 

「ぐっ。くそっ! 須田 慎一ィィイイイ!」と行き場のない怒りを坂上先輩が吐き出した。「こうなったら俺も、あの組織に……あの組織に入ってやる! 覚えてろよ須田ァ!」


 捨て台詞を残して、坂上先輩はズカズカと肩をいからせながら、去って行った。



 あの組織?

 あの組織ってなんだ。



「はい、次の人ー」


 会長は未だ赤い顔を手のひらでぱたぱたと仰ぎながら、何事もなかったかのように、次を呼んだ。


 僕はまだ知らなかった。

 次の相談者こそが、坂上先輩の言う『あの組織』の回し者であるということを。

 


つづく

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あとがき

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