第17話 べリリム侯爵家王都別邸での夜会
今私たちはべリリム侯爵家王都別邸にてジェニファー様とお茶をしている。
「ちゃんと材料は言われたものを用意しているわよ心配性ねミシェルは」
「しょうがないじゃない、貴族学校でまともな卵料理が食べられなかったから怖かったのよ」
しかし、ミシェルはジェニファー様には随分砕けた話し方をするな。
私は気が気じゃないんだが…
さきほどユーリから食材に問題が無いことの報告を受けた。
べリリム産の卵が専用ケースにきれいに並べられていたとの事。
この卵輸送用ケースもミシェルの発案で作成されたもの。
当然契約があるのでべリリム侯爵家にも伝えたわけだ。
なんでも馬車では時間がかかるからと騎士数名に背負わせて馬で早掛けしたそうだ。
その割に卵は割れなかったというが、このケースがすごいのか騎士達の馬術がすごいのか判断が難しいところだ…
「ところでミシェル、あなた領でまた新しいお菓子を作ったそうじゃない」
「明日の夜会では実演いたしますよ」
「それは重畳」
ジェニファー様が気にしていたのはクレープのことだろう。
明日は立食パーティーだということなので、手でもって食べられるクレープは最適だろうと実は鉄板も持ってきている。
ユーリはそれに実演配布をすることになるのだ。
具材はカスタードクリームにメレンゲ、そして果物のシロップ漬けがメインだ。
甘いものが苦手な人むけに食事クレープも用意している。
豆のペーストに塩気の強いハムとチーズを挟んでくるむものだ。
今これ、タリムの町で食べ歩きの屋台販売品としてかなり流行っている。
食べきればゴミも出ない、軽食としても最適と人気だ。
平民向けではさすがに果物のシロップ漬けのような高級食材は使えないが、その時採れるフレッシュな果物やクリームだけがのった物が食されている。
「あとはクリームパフとプリンアラモードを提供予定ですわね」
「プリンならうちの料理人も作れるわよ?」
「そのプリンに追加の加工を施すんです。見た目も華やかになりますから夜会に最適かと」
「楽しみですわね」
その後ジェニファー様と明日の夜会の打ち合わせを終え部屋に戻った私たちはユーリとの事前準備を終え眠りについたのだった。
*****
翌日は早朝からパーティーの準備だ。
べリリム侯爵家のメイドの手も借りてミシェルは磨かれていく。
私は一人でも礼服を着が得られるが、流石にドレスの着付けは一人ではできないからな。
連れてきたユーリは昨日の夜から厨房に籠りっぱなしで、こちらの手伝いはできない。メイドとは?
「とてもきれいだよミシェル」
「ありがとう、レイ君も素敵よ」
私はミシェルの手を取りキスを落とす。
かなり早いがすでに夜会のためのドレスアップを完了した。
というのも、今回の夜会においてその場で調理を見せるという性質上私たちがユーリのサポートをしなくてはならない。
平民がおいそれと貴族に口を利くわけにはいかないのだ。
なので、注文は私たちが取る。
それをユーリに伝え彼女に作ってもらい私たちが手渡す。
そのための段取りをしていると着替える時間が無くなりそうだったので先に着替えたのだ。
早速侯爵家の大ホールへとお邪魔すれば、料理を並べるためのテーブルたちのほぼ真ん中に硬直しているユーリがいた。
「ユーリ君大丈夫か?」
「だ、だめです」
「シューパフやプリンは大丈夫なのよね」
「そ、そちらは問題ありません。後は配膳を待つだけです。」
提供される菓子類そのものは大丈夫なようだ…まぁ平民である彼女が貴族の前で料理を披露するなんてことはまずないからな…
それにこのパフォーマンス自体ミシェルの発案をジェニファー様が了承したから実現したものだ。
普通貴族の料理でその場で調理したものを食すなんてことはない。
「大丈夫だ、私達が付いている。君は作業だけすればいい」
「レイ君は男爵だけど伯爵家で礼儀作法は学んでいるから大丈夫よ安心しなさいユーリ」
「は、はい。がんば りま す」
うん、頑張ってほしい。
緊張するのは仕方がないが調理ミスだけはしてくるなよ…
ユーリの目の前には丸い鉄板がおいてある。
下には熱した石が置かれており鉄板を温めている。
そこにクレープ生地を注ぎ、専用のトンボと呼ばれるT字の器具で薄くのばし焼き上げる。
焼けて端がめくれて来たらそこをもって皿に移す。
焼けたクレープ生地の上に具材を置いて三角形になるように記事を折りたためば完成する。
ミシェル自ら作ってくれた時はするすると完成するクレープ生地に感動したものだ。
そして、今やタリムの町にはそれなりの数のクレープ屋台がある。
鉄板は良い値がするのだが儲かると話題だ。
特にガレットのように目玉焼きとハムにチーズを挟むのが朝食として人気だそうだ。
今回は卵の代わりに豆のペーストだが。
「ではユーリ、今のうちに生地を何枚か焼いておいて、絶対注文を受けてから焼き始めると間に合わなくなるわ」
「それほど混むだろうか?」
「混むわよ。貴族の令嬢令息が料理するところを見る事なんてないのよ?珍しいというだけで混むわ」
「そんなもんか…」
普通のご令嬢なんかは街で食べ歩きとかしないもんな、珍しいか。
*****
16時が過ぎ夜会に参加する招待客が次々と到着し始める。
シェフの格好をしたユーリにすでに注目が集まっている。
テーブルの前に私とミシェルが陣取っているのでタリム男爵家の何かだということは皆うすうす気が付いているだろう。
そしてタリムと言えばお菓子だ。
ご令嬢達がすでにひそひそとこちらを見ながら会話をしているのが見える。
「ほら、注目されてるでしょ」
「あぁ、私ですら怖い」
若いご令嬢達の目がギラギラしているのだ。
まだ学生であろう子達だが、明らかに甘味であると理解されている。
男性陣はそうでもないようだが…みなテーブルの前にでかでかと置かれているメニュー表に釘付けだ。
メニュー表にはクレープに挟むことができる果物の名前や食材名が記載されており、好きなものを3つまで頼めるようにしている。
ご令嬢方は今から何を頼もうか相談しているようだ
「皆様ようこそおいで下さいました今宵は・・・」
主催であるジェニファー様が夜会の開始を宣言される。
横にはもうすぐ彼女も婚姻するというメルロン伯爵令息がいる。
彼は次男で婿養子となる。
何度か私にどうすればジェニファー様と仲良くできるか聞いてきたこともあったな。
「それと、本日はタリム男爵夫妻がわざわざ今噂の菓子たちを用意してくださいました。
本日の目玉はクレープというお菓子ですわ。私昨日いただきましたが大変美味でございました。
目の前で調理をしていたけますので是非男爵夫妻にお声掛けくださいませ」
夜会開始の挨拶が終わるや否やご令嬢達がミシェルにたかり始める。
「タリム男爵、そこにあるメニューには甘くないものもあるとか」
「えぇございますよアルベルト伯爵、お勧めはハムとチーズを生地で巻いたものです」
「ではそれをもらえるだろうか…あと甘いものも頼んでよいのだろうか?」
「もちろんでございます」
早速男性陣からの注文も入った。
そして小声で甘いものを頼んでもよいか聞かれてしまった。
男性が甘いものを食べるのは恥ずかしいと思うかたは結構おられるのだ。
私は気にしないのだが、特に騎士の家系にその系統が多い。
ユーリに注文を伝えようとすると、すでに彼女は丁寧に絞り気を使いクリームを生地においていた。
そして指定された果物を並べていく。
両端をたたんで綺麗な三角形を作れば、生地から果物と綺麗にデコレーションされたメレンゲとカスタードクリームがのぞく。
一番最初に注文をしたご令嬢が目を輝かせて受け取っていた。
「これは順番待ちがすごいことになりそうだぞ…」
ユーリに注文を伝えると彼女は素早く食材を巻いていく。
あ、これは確かに生地を焼いている暇はなさそうだぞ…
次から次にクレープを包んでいくユーリだが明らかに焦りの色が見え始める。
みるみる作り置きの生地が無くなっていく。
「では皆さま、生地焼きの実演をいたしますわ」
ミシェルの声ではっと鉄板の方を向けばなんとミシェルがエプロンを着けてボールとお玉を持っている。
まて、まさか君が焼くのか!!
周りの唖然とした顔をもろともせずにバンバン生地を焼き始める。
「み、ミシェル」
「しょうがないじゃないこのままじゃ生地が無くなっちゃうわよ」
声をかけたがお構いなしで焼き続けている。
焼けた生地をさっと指で持ち上げればなぜか歓声が上がる始末。
「ずいぶんにぎやかですわね」
気が付けば私の後ろにジェニファー様が立っており…
「も、申し訳ございません」
「お気になさらないで、ミシェルのことだものきっとこうなると思ったわ」
まってほしい、ジェニファー様はこの状況を予想していたと?
学生時代、私の知らないところで君は何をしたんだ一体…
さまざまな疑問が浮かんだが、注文は私がすべて受けることになったため、本来ゆったりした時間を楽しむ夜会のはずが目が回る忙しさだった。
ほとんどの食事がはけ、会場に落ち着きが戻ってきたのは食材が完全に無くったときだった。
私を含めタリム男爵家からきた3人は疲れ果ててしまい、社交とは?という状況だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます