第20話 新たな命

「落ち着かないのはわかるが少しは落ち着けレイ」

ゲイリー兄上からの声がけでハッと我に帰る。

ここはガリム伯爵家の応接室、私とミシェルは伯爵家に帰ってきている。

理由はミシェルの出産のためだ。

2ヶ月ほど前、ウィルの妻であるニーナはタリムにて出産したのだが、母からの強い要望で領都ガリムにてミシェルは出産することになった。

こちらで生活するようになって2ヶ月、いよいよミシェルが産気づいたということでこうして応接室で待っているわけだ。

この2ヶ月間、私はタリムとガリムを行ったり来たりしていた。

朝早くに馬でタリムに駆け、日が沈むギリギリでガリムに帰る。

滞るとまずい仕事は馬で持っていっての往復だ。

なるべくミシェルのそばにいようと仕事は早めに切り上げ、夕飯は必ず一緒に食べるようにしていた。

休日はゆっくりお茶(ミシェルは白湯に蜂蜜を溶いたりしていた)をしたりとしっかりとコミュニケーションをとったものだ。

で、今に至っているわけだが、私はあまりに落ち着かなく応接室の中をぐるぐる回っていたらしい。

貧乏ゆすりするよりはよっぽど良いので許してほしいが、兄上はすでに経験済みだし、父は兄と私が生まれるのを経験しているので余裕がある。

母は産婆と共にミシェルにつきっきりだ。

母子ともに無事でいてくれ…兄に窘められてソファーに座った私は両手を合わせることしかできなかった。


*****

「レイノルド様!無事に奥様が出産されましたよ。可愛い女の子です」

「「おぉ!!」」

父と兄が声をあげるが私はそれどころではない。

「ミシェルは!ミシェルも無事か!?」

現れた産婆に詰め寄ってしまったが、産婆は笑って答えてくれた。

「えぇ奥様もご無事ですよ。それに随分大きなお子です。お会いになりますかね?」

「もちろんです」

私が即答すると産婆さんが部屋まで案内してくれた。

「あまり大きな声はお出しになりませんようにお願いしますね」

「はい、わかりました」

産婆が私の代わりにドアをノックすると中からミシェルの声がする。

あぁ、彼女は無事だ。

「ミシェル…よくがんばってくれた」

「レイ君、ほら可愛い女の子よ」

「早速寝ているようだが…」

「そうね、さっきまで大声で泣いていたわよ」

生まれたばかりの赤子は何というのだろう、しわしわとも言えないしぷっくりとも…とにかく私は語彙力を失っていた。

無事に生まれてきてくれた。

それが奇跡のように感じる。

「この子の名前はどうしましょうね」

「両親は2人でつけて良いといっているから、私たちで考えよう」

「そうねぇ…男の子ならシンジ、女の子なららレイにしようかと思っていたのよ」

「…なぜ女の子なら私の愛称をつけるんだ?」

「…しまったこのネタ、この世界では通じないんだわ。

ごめんなさい、今のは冗談なの本気にしないで」

「…あぁ、わかった」

多分ミシェルの前世の知識のネタなんだろう。

何のことだかわからないが、何かあるに違いない。

しかし子供の名前か…一生ついて回るものだからな、良い名前をつけてあげたいが、我が家はあくまで男爵家。

あまり奇抜な名前にするわけにはいかないから悩むところだな。


*****

我が子の名前は、ミリアとなった。

ミリア・タリム。

しばらく2人はガリムで生活することになる。

乳母に育ててもらうようになるのは、タリムに戻ってからとなる。

アルミナ王国では生後1ヶ月程度までは可能な限り母の母乳で育てるのが一般的だ。

可能なら3ヶ月程度までは母の母乳で育てるのが良いと言われている。

実は私は生後1ヶ月しか母乳で育てられていない。

母が体調を崩しその後は乳母に育てられたのだ。

貴族ではよくある話ではあるが、母はそのせいで私の体が大きくならなかったのだと以前打ち明けられたことがある。

「たぶん、あんまり関係ないわよ。遺伝よ遺伝」

とはミシェルの言葉。

母がたの実家である伯爵家の人たちは割と細い方が多いので、そのせいだとミシェルは言う。

そして、私たちの娘であるミリアも多分細く、スラッとした美少女になるだろうとはミシェルの予想だ。

人の性質というのは遺伝する。

ミシェル曰く、それは遺伝子という目に見えないものの力なのだそうだ。

それを応用することで、家畜も品種改良でき、より卵を産む鶏というのが作れるんだという。


そんな話を聞くと、人間も家畜も変わらないのではないかと思ったが、ミシェル曰く根本的には何も変わらない、同じ"動物"という括りだと言われてしまった。

人は神がその姿を模して作られた生き物で、家畜や農作物は人が肉体を維持するために神がもたらした物だというのが常識だ。

だがミシェルの居た異世界では、全ての生き物は進化の末にそのような形になったと言われているそうだ。

レイノルド以外には話してないから安心してと言われたが、確かにこんな話教会でした日には魔女認定されかねない話ではある。


しかし、そんな事を言われると今現在タリムで行なっている養鶏の研究とと畜場は本当に悪魔の所業だな…

毎週日曜の祈りの時間はしっかりと祈ることにしようと心に決めている。

生まれてきた娘に恥ずかしくないように生きなくてはならないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る