第7話 市場が盛況だ!

今日は朝から市場の視察だ。

住民は順調に増え、300名ほどで落ち着いてきている。

町の中には宿屋や酒場などもでき、街の中央にある市場は賑わいを見せている。

というのも、ようやく街に新鮮な野菜が出回り始めたからだ。

カブや、キャベツなどの葉物野菜は既に収穫時期であり朝一にならぶようになった。

さらには領都からの物流を改善するための道路も整備されレンガを大量に使った舗装路が整備され始めた関係で物流が一気に向上したことも関係している。

ガリム領内で取れる野菜が朝市に並ぶようになったのだ。

地元野菜に比べれば輸送費が追加される分高いが、食が充実したのは言うまでもない。

この道路自体はのちの卵輸送を考えて整備されたため、荷馬車が並んで通れる幅を持っていることも大きい。


*****

「随分にぎやかになりましたね」

「3ヶ月前は閑散としていたからな」

今はミシェルと一緒に市場の視察というなのデートだ。

私は白いシャツに黒のスラックス、ミシェルも白いブラウスに緑のロングスカートという出で立ちだ。

動きやすさを追求し平民に紛れて違和感がない服装としたが、さっきから「領主様」と声をかけられるのでバレバレなのは否めない。

まぁ護衛まで付いてるから当然なのだが。

「領主様!家で朝採れたアスパラガスですよ!ぜひお食べください」

「ありがとう、だがちゃんとお金は払わせてもらうよ」

さっきから領民から度々おすそ分けをされそうになるのだ。

「みんな生き生きしていますわね」

「町が新しいのもあるが、何より税金のやすさが魅力なんだろう。

 農家には小麦かトウモロコシでの支払い、町民たちは家賃での支払いで、それ以外は取っていない。3年間は税率1割りだし…今のうちに稼ごうという人達も多いだろう」

「そうですわね。おかげで3年間タリム男爵家は大赤字ですが」

「仕方がないだろう、上下水道に養鶏場の建設、道路敷設工事の借金、10年以内に返し切れるとよいが」

「まぁほとんどが本家からの借金ですから、最悪踏み倒しましょう」

「それはまずいだろ」

2人で笑い合う。

現在、タリム男爵家の借金の8割がガリム伯爵家からの借り入れだ。

父からも冗談半分に「出世払いだな」などと言われているが、事業が安定しなければ借金は減らないだろうな…

中には領地の借金を増税で賄おうという貴族も多いが、国が定めている最大税率の4割の税金を取り続ければ領民は離れていくものだ。

現在のタリムの住民は半分が元々ガリム伯爵領内に住んでいた人々だが、残りの半分は他の地域からの移住者だ。

残念ながら国内には税率が高い領地もあり、目ざとい商人や引っ越すだけの資金がある農家はこうして移住してきていた。

「それにしてもにぎやかになりましたね。引っ越してきてすぐは閑散としていましたのに」

「農地の整備から3ヶ月、ようやく農作物が取れ始めたというのが大きいだろう」

「あとは卵であふれかえるようにしたいですわね」

「まだ暫く掛かるだろ?」

「いえ、だいぶ軌道に乗ってきていますわよ。

 それでも、毎日出てくるお肉がどうしてもハム類なのが気に食わないのですわ」

「おいおい、新鮮な肉が手に入ることなんて普通はないんだぞ?」

ミシェルが今目指している養鶏は、生の鶏肉を市場流通させることを狙っている。

食肉といえば、どんな家畜でもハムにすることで日持ちさせるのだが、ミシェルは精肉されたものをそのまま出荷することを目論んでいる。

とはいえ、生で鶏肉を供給できるのはガリム領内だけだろう。

他の領地への供給はどうしたってハムにするか、生きたまま出荷するしかない。

「はぁ、早いところ鶏肉を町に供給したいわ。

 そうすれば生肉をその場で調理する料理を出す店をつくってタリムの観光資源にできるのに」

「そういうことか、てっきりミシェルが毎日新鮮な肉が食べたいだけだと思ってたよ」

「まぁ実際はそこなのですけどね…早く唐揚げが食べたい」

「唐揚げ?」

「鶏肉に下味をつけて油であげるんです。ようは鶏肉のフリッターです」

「へぇー鶏肉のフリッターか。基本的には魚介類でやるものだと思っていたよ」

「美味しいんですのよ鶏肉のフリッター。ぜひタリム名物の一つにしましょう」

「そうなると、油の入手が必要だな」

「アルミナ王国はオリーブの栽培が可能な国でよかったと思いますわ」


帝国との戦争は、このオリーブ栽培可能な土地を帝国側が欲しがったのが起点となっている。

アルミナ王国は南沿岸部が温暖な気候のため、オリーブの栽培が盛んな。

植物油の入手は割と簡単なのだが、ガリム領よりも北となるとオリーブが育たない。

植物油はさまざまな利用価値があるため自国生産できた方がよいというのはわかるが…帝国は今現在、海を挟んだ神聖サギニア王国から植物油を輸入しているらしいが、どうもそれ以外にラードなども使うようになったらしい。

現在の皇帝は穏健派らしく戦争の可能性は低いようだが…川沿いの防衛も今後考えないといけないかもしれない。


*****

その日の夕食は購入したアスパラガスやカブと豚ハムのソテーの付け合わせに湯通ししたキャベツが添えられている。

「なかなか美味しいですね今日の野菜は」

「ピクルスと違う味付けで食べられるようになったのは良かったな」

「いっつも保存食ばかりですからね」

私たちがこちらに住むようになってから夕飯はスープと1プレートディナーと呼ばれる形式の食事ばかりを食べている。

伯爵家にいたときは野菜は野菜、肉は肉と別々の皿に盛り付けられていたが、ミシェルが「料理人は伯爵家と違って1人しかいないのだから洗い物は少ない方が良い」といって、全てのおかずを1つの皿に盛り付けるようになった。

まぁ確かに個別にする意味合いは見栄えだけの話で、食べる上では特に問題はなかったので、そのまま採用している。

今日はさらに煮豆もついており、なかなか野菜の量がある。

貴族は肉を食べ、平民は野菜を食べるなんて時代もあったようだが、今ではバランスよく食べることが推奨されており、平民のも肉の需要が拡大している状態だ。

だからこそ"養鶏による鶏肉の量産"が商売になる。

「鶏の繁殖は順調よ。ようやくできた養鶏場で平飼いを始める予定。

 それぞれ成長段階に合わせた部屋を用意しているわ。

 卵を産むためのケージもつくったけれど、そこはどこまでうまくいくかわからないわね」

食事を終えてミシェルが現状報告してくれる。

養鶏に関しては全部ミシェルに任せきりの状態だ。

「餌の方は大丈夫か?」

「小麦をメインに稗や粟なんかをあたえてる。

あとは沿岸部の都市から貝殻を集めているからそれを耐える予定」

「まってくれ貝殻?」

「そうよ!健康な卵を産むためにはカル…えっと必要な栄養になるのよ」

「そうなのか…穀物だけ与えていれば良いわけではないのか」

「人間だっていろんなものをバランスよく食べるでしょう?同じことよ」

確かのその通りだがまさか鳥が貝殻を食べるとは思わなかった。

よく聞けばしっかりと砕いて顆粒状にしたものを与えるらしい。

そして現在は鳥を増やすことを念頭に置いているとのこと。

そろそろ雄鳥の一部は出荷可能だそうで、ミシェルが最近ウキウキしていてい可愛い。

そんなに"唐揚げ"が食べたかったのか…

ハム類でフリッターはしょっぱすぎて作れないからどうしても塩抜きをしたステーキしか食べられないからな。

「上水道の整備も順調ですし、来月には本格的に養鶏を始められると思いますわ」

「なによりだ。上水道は市民も洗濯や公衆浴場にも供給される。

 さすがに人間の飲料用は井戸水を使うことになるが、潤沢に水を使えるようになるだろう」

「もしかすると植物紙の生産も可能かもしれませんわね」

最近は書類と言えばほとんどが植物紙を使う。

長期保存をする契約書など一部の書類に羊皮紙は残っているが、ほとんどが植物紙だ。

「その事業参入は難しいだろう…オスミ侯爵家の一大事業だからな」

「そういえばそうでしたわね。あれより安い紙は作れないでしょうし」

既にアルミナ王国内では植物紙の量産を行っている領地が何個かある。

その中でも一番の生産地は王都南のオスミ侯爵家だ。

アルミナ王国内の植物紙の実に8割を生産しており、王城で使う専用の透かしの入った紙も侯爵領内で生産されている。

貴族向けにもそれぞれの家紋が入った透かし紙を特別価格で生産しており侯爵領の一大産業になっている。

元は農業が主体の領地だったのに今では紙御殿が立ち並ぶ一大都市だ。

「我が領内も鶏御殿が立てばいいですね」

「確かにそうだな」

実際、そうなってくれれば男爵領としての借金は10年もたたずに返済可能だろうな。

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