第6話 町の発展と上水道計画

タリム領に越してきてから2ヶ月がたった。

「現在の人口はおおよそ200名ほど、順調に住民が増えてきています。」

「屋敷前の通りには雑貨屋、パン屋のほかに古着屋が入り、市場も出来上がったな。

 これから町での仕事も増えればより人口も増えていくだろう」

「町の中でも少なからず経済が回り始めてございます」

今はミシェルとウィルを交えて町の現状に付いて再確認中だ。

現在タリムの町はほとんどが農家、少数の商家という構成だ。

その他にはこの屋敷の従業員と警備の者たちが20名ほどといったところ。

現在は自警団として領軍から人を分けてもらっている。

そして、領都ガリム以外からの移住希望者も出てきている。

「鶏研究用の建屋が完成しましたから、鶏の繁殖を始めてもらいましたわ」

「より卵を安定して生む鶏と、成長が早い鶏を作る…だったか。

 ミシェル、それは神の教えに反さないのかい?」

「何を言ってるんですレイ。人々は今までもずっと家畜を改良してきたんですよ?

 それに、家畜以外の生き物を食べるほうが神の教えに背くではないですか」

「そ、それはそうだが…なんだかこう何とも言えない感覚があるんだ」

私が何となく感じる不安をうまく言葉にできないでいるとミシェルが余裕の表情で答える。

「とはいえ、この計画はすぐにうまくいくものではないです。気長な改良ですからすぐに答えは出ませんわ」

フンスと腕を越しに胸を張るミシェルが可愛い。

しかし、彼女はこういった知識をどこから仕入れてきたのだろうか?

学校の授業でもこんな話は聞いたことがない。

「旦那様、現在タリム領内の整備済みの畑は半分がトウモロコシ、もう半分を小麦として作付けが完了しました」

ウィルが続けて報告してくれる。

領内で作付けする作物の指定も領主の仕事の一つだ。

「あら、他の作物はどうしたの?豆類やキャベツなども育てるでしょう?」

そういえば、ミシェルからの案もあって大まかにトウモロコシと小麦の話しかしなかったが、まさかそれ以外の作物を植えてないということもないだろう。

「その他の野菜は農家側に任せております。

 税金としては小麦とトウモロコシを収めてもらう当初の予定通りです」

「そうか、農家の個別の収入源とするのか。

 しばらくすれば市場で新鮮な野菜が手に入るな」

「すぐには収穫できないでしょうから我慢しますけど、やっぱり美味しいお野菜が食べたいです」

「今は保存食か領都からの輸入品ばかりだからな…」

そこから三十分ほどで現状確認の会議を終えた。

「そういえばレイ、上水道はどうするの?」

「上水道?井戸ではだめなのか?」

「飲料用は井戸だけでもいいわよ。

 そうではなく、農業と養鶏につかう水よ。いくらポンプがあっても水はいくらでも必要になるし、井戸水が枯渇したら大変でしょう?」

「それはそうだけど…井戸水は枯れるのか?」

「今すぐここの井戸が枯れることはないでしょうけど、保険は何にでも必要よ。これを見て」

そういってミシェルが地図を広げる。

「タリムは運良くコーラシル川の近くにあるわ。

 ここから水路を引くの。ちゃんと蓋を付けて定期的な見回り管理をすれば、飲水としても使える水を大量に確保できるわよ」

「それを農業と養鶏用に使うのか」

「特に鶏が増えると必要になる水の量は膨大だから、1年以内には欲しいわね。すでに王都なんかで実績があるでしょ?」

「そういえば、王都では井戸以外の水源が最近再整備されたっけ」

「それそれ」

「父上を通じて聞いてみるか」


******

ミシェルの勧めで上水道整備計画が始まることになった。

領都がリムでも最近は水の問題が出てきており上水道の整備計画を立てていたんだそうだ。

タリムはまだ街が出来上がりきっていないので試験的に川からの上水を引くことになった。

タリムはラシル川の支流コーラシル川が町の北部にながれており、上水道を川から引く場合でもそれほど距離は必要がない。

それもあってガリム領の公共事業として試験用という名目で承認された。


かつてこの大陸を支配していた大帝国は都市に必ず上下水道を作っていたという。

その技術は一度失われ、アルミナ王国王都や一部の大都市において、その機能を維持しているだけにとどまっており、農村部や新興貴族の領地は生活用水のほとんどを井戸、又は貯水地に頼っている。

"綺麗な水の確保"というのは難しい問題だったが、近年かつて失われた上水技術が復活した。

アルミナ王国王都の人口増加による水不足解消のため、当時の技術を再現したことから始まり、最古でありながら最新の技術を用いるための土木事業者たちがタリムの街に訪れる事になるため、建設中の住居の一部を割り当てることとした。

現在タリムの街は人口に対して住居のほうが多くなってきている。

平屋だけでなく、三階建ての住宅なども増え始め、不動産業も回り始めた。

これは、領主代行として私が不動産屋に土地を貸出、不動産屋は決められた区画に合致するタイプの建屋を建てて人に貸すことになる。

住民の家賃はイコール税金となる仕組みだ。

当初は建設についても私達で手配していたが、流石にそれでは仕事が回らない為ミシェルの提案で不動産屋に業務を委託した。

領都でも採用している方法ではあるが、不正な取り立てや脱税がないかなど監視も必要であり難しい業務委託だ。

基本的に領内の土地はガリム伯爵の持ち物だから、このような手段をとるのだが農地に関しては別で直接農家に貸し付けている。

範囲が広大であることと、栽培する農作物の選定は貴族の仕事だからだ。

あくまで農民は従業員という形であり、領主と契約した農家がさらに小作を従える形が本来の農家だ。

そのため今はタリム周辺から歩いて行ける範囲が農地ということになる。

農地をさらに広げるためにも水源の確保が必要ということだ。

初めは古いため池を再整備して済まそうと思っていたが、折角上水を引くのだから、ため池にも綺麗な水いれ、畑だけでなく後に直接の内に住む農家でも使えるようにしたほうがよいだろう。


*****

「ねぇレイ、今夜はいいわよ」

あっけらかんとミシェルが言い放ったのは、夕食をとったあとの二人だけの時間だった。

私は思わず飲んでいた薄めたワインでむせかえってしまう。

ここ数日ミシェルからやんわりと断られていたので今日もダメだと思っていたのだが…

「もう、いつまでも初心ね」

「ミシェルがはっきりしすぎなだけだっ…まぁ誘ってくれるのはうれしいけど」

「私は二人きりの時のレイの話し方好きよ」

「普段は貴族として恥ずかしくないようにしてるから」

「そういう切替が大切なのよ」

「ミシェルは普段でもたまに切り替えがうまく行ってない時があるけどね?」

「あら、そうかしら?ウフフ」

わざとらしくミシェルが扇で口元を隠して笑う。

まったく、そういうしぐさもかわいらしい。

スッと扇を閉じたミシェルが私のソファーの上に乗ってくる。

いつも結い上げている髪を後ろでくくっただけの彼女を支えると、その腰の細さが際立つ。

何せコルセットがいらないぐらいにミシェルは細いからな…まぁ胸もないのだが。

私は好きなのだが一般的な貴族男性にミシェルの体形は受けが悪い。

顔つきも鋭いから余計かもしれないが、私はその吊り目がちだが綺麗な彼女の琥珀色の瞳が好きなのだ。

「ふふ、レイが私のことを好いてくれてうれしいわ」

「ミシェルのために男爵になったんだからね。僕も君を愛するって決めたから頑張った」

「ちゃんと私を愛してくれる人と結婚できてよかったわ」

チュッと私の額に口づけされ、私の心臓が跳ねる。

彼女からする香りが私を満たしてくれる。

私が彼女の胸元へキスを返して見上げれば、彼女は頬を染めて身をよじりベッドへといざなってくれる。


こないだ上水道整備で領都に帰った際に、母から随分とつつかれたものだ。

「子供はまだか?」と。

仮にも男爵を賜った身なので跡継ぎは必要だという認識はしている。

私の子供が次期タリム男爵となるわけだ。

ただミシェル曰く「まだ子を孕むには早い」とのこと。

出来れば後3年は二人だけで過ごしたいと言われている。

三年後は二人とも18歳だ。貴族女性の初産としては少し遅めかもしれない。

ただミシェル曰く、あまり早く子供を産むと母子ともに命の危険が高いとのこと。

ただ、こういったこと自体が嫌なわけではないらしく、許可してくれた日の夜、二人は一つになる。

どういった理由か分からないが、孕みにくいタイミングというのがあるのだそうだ。

それでも子供を授かることもあるとのこと。

「出来たら出来たで」なんてミシェルは言う。


私は学生時代ちょいと悪い友達と夜遊びに出かけたことがあるが、今では只性欲を満たすだけだったああいう店では満足できないだろうと思っている。

ミシェルは俗にいう”床上手”だ。

何処でそういった知識を得たのか知らないが、今の私はもうミシェル無しでは満足できない体にされていることは間違いない。

この日も私たちは疲れ果てて眠ることになったのだった。

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