第18話 美味しいお肉が食べたいの
夜会翌日の朝食に私とミシェルが呼ばれた。
ジェニファー様との朝食会との事。
昨日の残りの料理と残った卵料理が並んでいる。
「…お二人とも大丈夫かしら?」
「お気遣いありがとうございます。さすがに昨日の夜会は疲れました」
ミシェルが素直にぼやく。
ユーリなど気を使いすぎたらしく夜会終了後から寝込んでしまっている。
「そうよね、疲れたわよね…でもおかげで夜会は無事に終わったわ。昨日来てくださっていたギリアム侯爵はクレープが大変気に入ったとの事よ」
「それは、ありがたい限りですね」
昨日は侯爵家が開く夜会だったので、当然同格の貴族もいた。
その中でもギリアム侯爵にはかなり気を使ったのだ。
彼は軍務のトップも務める方だったのだが、今回はわかったのは大の甘党ということ。
それでも何人かの伯爵が甘いクレープを食べていたことから人目がある中でもクレープを体験してくださったのだ。
堅物、冷徹、冷酷などと評されるギリアム侯爵なのだが、クレープを一口ほおばった時のとろけるような笑みは忘れられない…いや忘れたほうが良いのかもしれない。
「ミシェル、そのギリアム侯爵からなのだけど、べリリム家やガリム家の様に毎日でも新鮮な肉が食べられないかと相談されたのよ。あなたなら何か豊作があるんじゃないかしら?」
ジェニファー様はそんな相談をされたのか。
街中で生肉が売っているなんてことはほぼない。
有るとしても生きたままの豚や鶏を購入して家で自分で捌く必要がある。
べリリム家も鶏を王都に卸しているが、流石に住宅地で鶏を絞めるのは厳しかろう…
そのためどうしても保存食としてハムやソーセージなどといった加工肉になってしか王都には運び込まれない。
「なんでもべリリム家の騎士団を視察した際に王国騎士団の平均的な体格よりも皆大きいらしく、その秘訣を聞かれたらしいの。
そしたらミシェルが言っていた訓練後に良質な肉や豆を多くとることで体が作られるというのをお父様が離されたらしくてね…」
「それで王都で新鮮な肉をって話につながるのですか…ジェニファー様本当はそういったことも技術情報の流出ですからね?べリリム侯爵にもお伝えください」
なるほど、何も技術そのものじゃなく、その手法は”情報技術”と見れるのか。
とはいえ、王国騎士団よりも勝手に強化された騎士団を侯爵家が保有するというのは外聞が悪いからやむないことだったのではないだろうか?
「わかったわ。と言ってもべリリム家として王家に謀反を企てているわけじゃないんだからこれらの情報は開示しないわけにはいかなかったのよ」
「それもそうですね…ふむ」
ミシェルがちょっと考え事をするような姿勢をしているが、きっと”と畜場”についての情報を開示するか悩んでいるのだろう。
これは養鶏との直接の繋がりが無いからな…
とはいえべリリム家だって何かしら情報はもうつかんでいるだろう。
タリムからガリムにかけては精肉された生の鶏肉がすでに流通している。
自分で捌く必要が無いということの手軽さで売れ行きはかなり高い。
ハム類の売り上げが落ちるほどだからよほどだ。
「ジェニファー様、一緒に悪魔の所業と言われる御覚悟はありますか?」
「な、え?ミシェル、どういうことよ」
「すでにある程度情報をお持ちでしょうが、タリムには”と畜場”と呼ばれる施設があります」
「と、と畜場ですか?」
「はい、タリムでは鶏を専門に捌くためだけの施設があります。
あまり宗教的によろしくない施設ですから表ざたにしていないだけです。
といっても住民たちはさすがに気が付ついています。捌かれた肉が店頭に並ぶということは誰かが殺しているということですから」
ぐっとジェニファー様が口をつぐんだ。
ミシェルの雰囲気が一気に変わったからだ。
一般的にこれら精肉の仕事は農家が行う。
主に寿命や老化で働けなくなった家畜を捌いて加工するのが一般的だ。
だが、いまタリムでは若鳥を専門で捌く施設がある。
「これは殺生を専門に行う施設です。
無益な殺生を禁ず…この教えに反する設備なのです。
タリムにはこの設備のために併設した教会を建設したほどです。
これは無益な殺生ではない、我々が生きるためである…と牧師には説いてもらっておりますが厳しい仕事であることは変わりません。そして、特別給料もよいのがこの施設です。
今はタリムの商業ギルドが保有し管理しておりますが…どうです悪魔の所業でしょう?」
ごくりとジェニファー様がつばを飲み込む。
まぁ朝飯時に聞く話じゃないよなコレ…私も始め聞いたときはやるべきかものすごく悩んだ。
幾ら豊かさのためとは言ってもだ。
だがミシェルはさも当然というように美味しい肉を食べたいなら必要なことだと言い切った。
そして必要なことだとも。
なにより精肉を各個人に任せるということは鶏そのものの品質を一定にしなければトラブルが起こる。
例えば病気の鶏だったなんて言うのが分かりやすいだろう。
外観から分かれば誰も買わないが、体内の病気では見分けられない。
それに捌くときに内蔵の処理をちゃんとしなければ肉が汚染されてしまう。
それらを適切に管理し一定の品質を保つためにタリムに作ったのがと畜場なのだ。
「これらの設備を王都近郊に作り、そこで精肉を一手に引き受ければいつでもおいしいお肉が王都でも食べられす。
べリリム侯爵家では卵がメインで鶏肉の”量産”まではしておられないと聞いておりまので、無理されずとも好いと思いますが?」
ミシェルが何時も見せる朗らかな表情ではなく、かなり厳しい目線でジェニファー様に迫る。
これはジェニファー様だけでは判断できないだろうよ…ミシェルも酷なことをする。
「ち、父上に上申いたしますわ」
「それがよろしいかと思われますジェニファー様。あなたが一人で背負う必要はございません」
チラリとジェニファー様がこちらを見る。
うん、言いたいことはわかる。
これはミシェルかと言いたいのだろう?
この話をするときミシェルは想像もできないぐらい怖い顔になる。
生き物の命を奪うのだからヘラヘラとは出来ないと彼女は言うが、尋常じゃないぐらい怖いんだよな。
「ジェニファー様、間違いなくミシェルです。私の愛する」
「…のろけなくていいことよタリム男爵」
ジェニファー様はふぅと息を吐き眉間をもむ。
「もう、ジェニファー様は私の事なんだと思ってるんですの」
ぷくっとほほを膨らませるミシェルから先ほどまでの雰囲気は消えている。
「前世の記憶と知識を併せ持つ化け物ですわね」
「まぁ酷い」
「そして命の恩人でもあるとは思っているわ」
そういって二人は笑いあった。
一体この二人の間に何があったんだろうか?
ジェニファー様の命を救うようなことをミシェルがしたというのか?
なんとも謎が深まるな…
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