第16話 王都への旅行
今私とミシェルは馬車に乗って街道を移動中だ。
目的地はべリリム侯爵家王都別邸だ。
ジェニファー様のお誘いを受けたため4日間の旅路についている。
現在3日目、タリム領の仕事はウィルたちに任せている。
「さすがに飽きてきたわね」
外を眺めつつミシェルがぼやく。
ガリム領内は道の整備がかなり進み、石畳かレンガ引きの街道となっているため振動が少なく、移動中に本すら読めるのだが、ガリムを出ると途端に道の状況が変化する。
別に他領が整備を怠っているわけではなく、それぞれの領主の考えから道の整備をしているので統一されていないと言ったほうが良いだろう。
最近は馬車も改良されており振動が少ないがそれでも本は読めない程度の振動がある。
外を眺めていても暇という現状でありミシェルのぼやきももっともである。
結婚前は随分楽しんでいたんだが、今はそうでもないらしい。
実際私も飽きている。
「いっそ暇つぶしにちょっと運動しましょうよ」
「ミシェル流石にそれはダメだ」
ここでいうミシェルの運動というのが普通の体を伸ばしたりのストレッチなどならば何も止はしない。
彼女が言っているのは閨の話なのだ。
一部では馬車でというのが興奮するという話は聞くが私にその趣味はないし何より王都に向かう街道は人通りも他の馬車の通りもある。
幾ら目隠しができると言っても昼からそう盛ってもいられない。
「もう、わかったわよ。せっかく面白いプレイが出来ると思ったのに」
「馬車の中が二人きりだとは言えミシェルはオープンすぎる!」
なんでもミシェルこの旅行の間がちょうどよいタイミングだそうで、初日の晩から宿泊先で随分と頑張っている。
そのせいか新しい刺激が欲しいだとか言いながら彼女の前世の知識を生かした閨をしようとするのだが私は普通がいいのだ。
どうも前世の知識を基に色々試したいらしいミシェルであるが、あまりに奇抜すぎてこういう時困る。
一瞬ムスッとした顔になったがすぐに元にもどりミシェルはまた外を眺めはじめる。
あと1時間もすれば宿場町に着くんだから我慢してもらおう。
*****
道が途中からよくなり宿場町には半時ほどで到着した。
本日泊まる宿で部屋に案内されようやく二人とも落ち着くことができた。
今回は護衛騎士が4名と御者が2名にメイドが1人同行しており馬車2台で王都に向かっている。
そして、彼らは別の部屋に泊まっている。
付いてきてくれたメイドは新人のユーリという平民出のメイドだ。
彼女は新規にミシェルが募集したメイド試験を合格したもので、なかなか頭が良い。
それに料理ができるということで採用となった。
実は当初べリリム侯爵邸へシェフのカシウスを連れていく予定だったのだが、侯爵家のキッチンで菓子を作る名誉に怖気づいてしまい、何とか代理を建てられないかと懇願してきたのだ。
結果、新人のユーリに菓子作りの手ほどき修行を1ヶ月行ってもらい、今回は同行してもらう事となった。
「旦那様、奥様お茶が入りました」
別の部屋に泊まっていると言っても彼女もメイド、私達のためにお茶を入れてくれた。
「ユーリ、明日べリリム侯爵家についたら早速菓子作りをしてもらいますが、問題ありませんか?」
「はい奥様、材料がそろってさえいれば大丈夫です」
「まぁそこが一番心配よね」
そうなのだ、事前にべリリム侯爵家へ用意してほしい食材は連絡済みだが、一番心配なのはそこ。
念のため小麦と砂糖と卵を後続の馬車には積んでいるが、量は少ない。せいぜい10人分程度の量だ。
パーティーで配るには全く足りないだろうな。
「卵も7日は持つだろうと思うけれど、あまり古くなっては使いたくないのよね」
「私もそう思います」
ユーリが心配そうに頷く。
彼女も菓子職人としてかなり鍛えられたようなので心配で仕方が無いのだろう。
「とはいえ心配は尽きるものではないから今日はゆっくり休みなさいね。もう下がって大丈夫よ」
「ありがとうございます奥様」
ユーリが部屋を出ていくと、フンっとミシェルが気合を入れる。
「さてレイ君」
「せめて日が沈むまで待て!」
「そんなぁ明るいほうがレイ君の顔が見られていいのに」
「私だって見たいけどこういうことは…」
「いいのよ!それに今年中に子供を作るんでしょ!」
そういってミシェルに手を取られベッドに押し倒される。
いや、悪い気はしない。だが、時と場所を考えてあっー!
*****
このホテルでは給仕が部屋まで料理を持ってきてくれるシステムだった。
どうもホテルタリムに影響されたらしく、わざわざ食堂やダイニングへ行かず、家族だけで食事をとれるというのを売りにしているそうだ。
「このハム硬いわね」
「最近、若鳥の柔らかい肉に慣れすぎたな」
味は悪くないのだがボソボソとした触感のチーズハムステーキをほおばる。
ただ、料理の質は並みという感じか…スープなどはおいしくいただけだがやはり肉料理は課題が多そうだ。
私自身も若鳥の柔らかくフレッシュな肉質に慣れすぎた。
食べ始めたころは毎回感動したものだが…まぁ豚肉に関してはいまだにハムやベーコンなどがメインの為変わらないのだが、人は贅沢をすると戻れなくなるものだな。
「あら、デザートにスフレが出るということはこの辺りはまだ卵が購入しやすいのね」
デザートに出てきた菓子を見てミシェルがほっとした顔をしている。
王都に近いこの街で卵が確保できるなら安心できるだろう。
ミシェルやユーリが心配しているのが卵の入手の難しさから来ているのだが、この調子なら安心できそうだ。
王都は人口の関係もあり卵が恐ろしい高級品だったりする。
理由は簡単、王都近くに大規模な養鶏場が建設できないことにある。
騒音、臭いが特に問題だ。
鶏の鳴き声は農家にとっては良い目覚ましなのだが、朝日がのっぼる前から大声で鳴かれるのでかなり面倒だ。
1匹2匹ならいいが商売となれば何百匹も飼育することになるのでなおさらだ。
後は臭いの問題。
鶏糞は良い肥料にもなるが適切に処理しなければかなり臭うし、処理中も臭いがきつい。
タリムではミシェルが考えた管理手法をもって処理している。
そのまま使うと臭いがキツイため発酵させてちゃんと堆肥にしてから農家に引き渡している。
実は生産量がかなりあり堆肥の輸出も始まっている。
臭いがきついため、かなり町から外れた地域で堆肥作りが行われており、下水処理区画そばになる。
当初タリムの下水はそのまま川に流すことが検討されていたのだが、ミシェルの知識から何個かの池を作りゴミや糞尿を沈殿させある程度浄化した水を流している。
沈殿物は鶏糞と共に堆肥として再利用している。
実際農家では肥溜めを作って発酵させた糞尿を肥料にしているので間違ってはいない施策だと思う。
おかげでタリムは養鶏のほかに堆肥輸出で結構儲かっていたりする。
畑にまけばすぐに効果が出ると農民たちを通じてうわさが広まったおかげだ。
問題はやはり臭いなのだが…そこは堆肥だからとある程度我慢してもらっている状態だな。
*****
翌日の昼前、べリリム侯爵家王都別邸に到着した。
思ったより早かったと思う。通常5日かかるところを道の整備状況などから4日で行けると踏んでいたのだが、荷物を減らせば3日で何とかなりそうだな。
「ようこそおいで下さいましたタリム男爵夫妻」
うやうやしく礼をしてくれたのはべリリム家の家令の方だ。
たかだか男爵家と侮った対応をされないのは伯爵家の分家だからかべリリム侯爵家にかなり恩を売れているからか分からないが有り難い限りだ。
「お嬢様がお会いしたいと仰られておりますので一服されましたらご案内いたします」
「はい、わかりました」
「ところでユーリをすぐにでも厨房へ向かわせたいのだけれど良いかしら?」
ミシェルが家令さんに単刀直入に聞く。
うん、心配でならないんだね材料とか。
「タリム男爵夫人、大丈夫でございます。お嬢様からすでに聞き及んでおり材料も用意してございます」
「明日の夜会に間に合わせなくてはなりませんのですぐにでも作業を始めさせますわ」
「はい、よろしくお願いいたします。おい、シェフのユーリ嬢をご案内しろ」
家令さんは後ろに控えていたメイドさんに指示を出しユーリはそれについていく。
今日の彼女はメイド服ではなく料理人…シェフの格好をしている。
幾ら事前に話が通っていると言ってもメイド服では格好がつかないからだ。
「ではお部屋にご案内いたします」
案内された部屋はこじゃれた可愛らしい部屋だった。
「ずいぶんかわいらしい部屋だな」
「ジェニファー様が今は屋敷を取り仕切っているというからそのせいかもね」
なんでも見た目によらずジェニファー様はかわいらしい家具や調度品がお好きだそうだ。
「この部屋でスルのは背徳感があるわね」
「人の家では止めてくれミシェル」
「わかってるわよ」
本当にわかっているだろうか?
今日も寝起きに襲われたんだががっつきすぎじゃないかミシェル。
幾ら私達が若いと言っても限度があるぞ。
一息ついて服を着替えた。
旅用の服からちゃんとした正装だ。
侯爵令嬢に合うのに中途半端な格好ではいけないからな。
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