第3話 馴れ初め話

そもそも、ミシェルとの出会いは貴族学校に入った時のことだった。

これは、ディクトス帝国との戦争が長期化したことでできた学校で、アルミナ王国国内に置ける貴族子女たちは必ず通うことを義務付けられた。

表向きの理由は支配者階級の質の向上と戦力強化のため、裏の目的は人質であったそうだ。

各貴族たちが帝国に寝返らないように子女を王都の学校に預けさせる。

当時は相応に反対意見もあったそうだが、現在の国王陛下が在学したことで貴族たちは溜飲を下げたそうだ。

それに、下級貴族たちからすれば上位貴族でないと受けることができない教育者から学べるということは魅力であり、上位貴族は自らの派閥を広げるための足がかりとなるため、数年すると王国内の貴族たちは肯定的になったそうだ。


そんな王立貴族学校に入学したのは3年前の12歳の時、なお在学期間は3年となる。

このとき私は当然ながらガリム伯爵家の次男坊として入学した。

父からは「良い婿入り先を見つけてこい」なんて言われていたわけだ。

すでに兄であるゲイリーが領地運営を父から引継ぎを始めてており、ここで婿入り先を見つけられなければ最悪平民扱いで兄の下で働き続けることになる。

兄夫妻にはまだ1歳にもならないが息子が生まれたため、私のスペアーとしての価値は激減していた。

まぁ平民落ちをしても元貴族であることからそれほど悪い生活となるわけではないため最悪は仕方がないという気持ちがあったのも事実だった。


*****

貴族学校での専攻は領地経営にした。

卒業後は兄をサポートできればと思ったからだ。

ただ、当時の私はあまり頭が良くなくクラス分けはBクラスとなっていた。

すくなからず伯爵家の教育を受けていたのでCクラスにならなかったことは幸いだが、伯爵家の出でBクラスの人間は数えるほどしかいない。

そんなBクラスのトップがミシェル・シルヴァーナ子爵令嬢だったのだ。

同じクラスの男たちは戦慄した。

彼女がBクラスなのは爵位的な問題でAクラスに入れなかっただけ…

成績だけで言えば同じタイミングで入学された第三王子殿下の次の成績を収めたという才女。

しかも彼女は長女ではあるが、弟がいるらしく跡取りではない為、嫁入り先を探しているという。

もし本当に嫁入り先を探しているならば、彼女の成績は邪魔になるとしか言えない。

これは別に男尊女卑とかではなく、嫁入り先において旦那(当主)よりも妻のほうが出来がよい場合、一歩間違えればお家乗っ取り状態となるためだ。


偶にあることだが、バカな当主のもとに嫁いだ妻が実権を握って領地を回すことがある。

その場合、当然実家に恩義を図るので、旦那の家系が冷遇されるとなれば政治的な問題になる。

このとから、あまり賢い妻をもらいたくはないというのが多くの貴族子息の考えなのだ。

だからこそ私は彼女に興味が湧いた。

どういうつもりでこれほどの成績を収めるたのか?と。

また、この時のミシェルは今と同じように華奢で線が細く、他の貴族令嬢に比べると一般的に細すぎて見劣りする見た目ではあった。

私的にはストライクな見た目だったのだ。

私は一般的な美人像と自分の理想に乖離があったと言っていい。

勉強ができるからだとか表向き色々理由を並べたが、ぶっちゃけて言えばミシェルに一目惚れしていたのだ。


*****

ある日の食堂にて、彼女が珍しく一人で食事を取っていたので声をかけることにした。

あまりの成績の良さに男性陣からは遠巻きにされている彼女であるが、実家が縫製業を営んでいるためか女性の友達が多く、なかなかタイミングがなく声をかけるまでに入学式から半年もかかってしまった。

「私の名はレイノルド・ガリムという。失礼ながらあなたの名をお伺いしても?」

「お声掛けいただき、ありがとうございますガリム伯爵令息様。私、シルヴァーナ子爵家の長女ミシェルと申します」

食事が終わったタイミングで声をかけたため、彼女は立ち上がりきれいなカーテシーで返事を返してくれる。

子爵令嬢としてはあまりにも丁寧な礼にちょっと驚いてしまった。

「とてもきれいな礼をされますね。なにか特別な教育をお受けになっておられるのですか?」

私は思っていた疑問をすぐにぶつけてしまった。

貴族としてはあるまじき行為だとは思うが、このときの私は彼女に対する興味のほうが上回ってしまっていたのだ。

「特にこれと言って特別な教育を受けたとは思っておりませんが…

 よく家庭教師には”お嬢様は出来すぎていて教えることがない”なんて言われますわね」

フフフと笑う彼女はとても同い年とは思えない落ち着き用であった。

同じ12歳の少女に対して大変失礼な話ではあるが…どちらかといえば母の友人のご婦人方と話すような感覚に近いと思ったほどだ。

「そうなのですね、あなたの先程のお返事も礼も上位貴族に匹敵すると言っていい作法でした。

 それに学年でもトップクラスに頭がよい。

 突然お声がけしてしまいましたが、私はあなたの学力が高いことが気になって声をかけさせてもらったのです」

私の言葉を聞いたミシェルはとても驚いた顔をした。

それまでの澄ました顔とは違い、意外と表情は豊かなようだ。

「珍しいですわね?

 自分よりも高い学力の女性など男性からすれば鼻持ちならない存在ではないかしら?」

「まぁそうかも知れませんね…

 ですが私は伯爵令息とはいえ次男ですから、あまりそのあたりを気にしていません。

 むしろ、シルヴァーナ嬢は長女ではるものの、跡継ぎではないと聞いております。

 嫁入りするのであれば、本来鷹の爪を隠していたほうが良いと思ったのです。

 ですが、あなたはそうせずに優秀な成績を収めらている。

 ですから、どういった方なのか一度お話してみたかったのです」

私は素直に自分の気持ちを伝えることにしていた。

頭のいい彼女に対して卑屈になったり言い繕っても無駄だと思っていたのだ。

私の問に、彼女は少々考えるようなポーズを取るり一拍置くと

「とりあえずお茶をご一緒しませんか?立ったままではお話になりませんでしょう?」

といって、先程まで自分が座っていた席に再度座り直し、配膳係を読んで二人分のお茶を頼んでくれる。

「さて、なんで嫁入を考えているのに優秀な成績で入学したかですが、それは私のことをちゃんと受け止めてくださる殿方を見つけたかったから…というところですわね?」

「なるほど、正しく評価されたいということですか…」

「えぇ、そうです。それに、私の目標は卒業しても貴族に残ることですわ」

「貴族に残る?」

「せっかく貴族に生まれたんですもの、玉の輿とまではいわずともそれなりの生活を送りたいじゃないですか」

そういって、彼女はあまり貴族らしくなく朗らかに笑った。

私は思わずちょっとときめいてしまった。

「シルヴァーナ嬢、できれば今後も交流を深めたいと思うのだが…よろしいだろうか?」

「私に声をかけてきた男性はあなたが初めてだわ。

 しかも伯爵令息に声をかけられるなんて思ってなかったもの。

 ぜひよろしくお願いいたします。

 それと私のことはミシェルと及びくださいな」

「ではミシェル殿、私のことはレイノルドと呼んでくださって構わないですよ」

「ではレイノルド様と、またお話いたしましょうね?」

そういってミシェルは午後の授業に向かっていった。

彼女の選考は領地経営ではなく科学に重きをおいているようで午後の授業は同じではなかったのだ。


こうしてミシェルと接点ができた私は彼女を茶会に誘ったり、茶会に呼ばれたりするようになった。

はじめのうちは彼女の友達も同席していたが、そのうち二人だけでお茶をするようになる。

気があったというのもあるが、どうにも私以外の男性がミシェルを避けているように思う。

彼女の話は知的で面白く、あまり勉強が得意ではなかった私にわかりやすく話してくれるためとても勉強になった。

おかげで、徐々にではあるが成績が上がってきた。

そんなある日のお茶会で、彼女は私の境遇についてこう言い放ったのだ。

「伯爵家なら男爵位ぐらい余って持っているのではないかしら?

 例えば、貴族学校で優秀な成績を収めて、領内で荒廃したままになっているタリムという地域の復興を願い出でれば、伯爵領の代官として貴族を続けられるんじゃない?」

ミシェルの言葉を聞いて、ハッとした。

もし男爵だとしても爵位を得ることができれば、私は貴族のままでいられる。

貴族のままで要られるとなれば、ミシェルを娶り彼女の目標である貴族の生活を送らせることも可能ではないか?と伯爵家相当の贅沢は出来ないだろうが、何もない平民と違い土地を持ち税を徴収できるので、それ相応の生活は出来るはずだ。

あとから聞けば、彼女は他の男子生徒が全く自分と関わろうとしないことから、彼女を認め話しかけてくれた私が”貴族として存続できる”ならば囲い込んでしまおうという気があったと言っていた。


父に確認したところ、伯爵家は戦争の功績をもって男爵位をもらっているが、保有しているだけでその爵位は宙に浮いている状態だった。

そこで、私は父に啖呵を切ったのだ。

「父上、学校を優秀な成績で卒業した暁には、私に男爵位をいただけませんか?

 それを持って旧タリム地区の復興に尽力いたします」

「…そうか、わかった。だがまずは優秀な成績を収めてからだ。

 来年Aクラスに入れなければ、この話はそれまでだ」


父との約束がなった事をミシェルに結果を報告すると、彼女は私の学力向上に協力してくれると願い出てくれた。

見た目が良いと思って声をかけたミシェルであったが、勉強を教えてもらい、また一緒に出かけるするようになると、お互いに心が通じ合ってくるような感じとなった。

女性だからと彼女を下に見るようなことをしない私に、彼女は素直に好意を示してくれるようになる。

そして、2年への進級試験にて私はAクラスに編入できる成績を収めることができた。

私はすぐに父に報告し、約束通り卒業後に男爵位をもらうことを確約してもらう。

「ミシェル!やったよ僕は卒業後に男爵位を賜ることになった!」

「やったわレイ!これで私は少なくとも男爵夫人ね!」

「え?」

「あ」

「えっと、それは…僕と婚約してくれるということで…いいのかな?」

「///もう、みなまで言わせないでよ」

キュッと胸元で両手を握りしめ頬を赤らめるミシェルがあまりにも可愛らしく、私はすぐさま父に向け再度手紙を書くことになった。

父はすぐに了承、シルヴァーナ家からも了解をもらえたことで、ミシェルとともに私はAクラスに編入することとなった。

これは伯爵令息の婚約者だからという特例でのことだ。

ミシェル自体この1年間あまり学ぶことはなかったなんて言い放っていたので、より高等な教育を受けられるAクラスへの編入は妥当な決定だったのだろう。

それから2年間、わたしとミシェルは時間を作っては旧タリム領を視察し、必要な準備を続けながら学校で清らかながら愛を深かめていったのだった。

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