第13話 盗賊たちの処分

「あら、思ったより早く片付いたんですのね」

アレックスが執務室に来て事の経緯を話してくれた時、同席していたミシェルはあっけらかんと答えた。

「奥様…今回は結構時間がかかったのですよ?大義名分を得るために3回も商隊に同行したんですから」

「まぁ3回も!レイ君、ちゃんと褒賞出さないとダメですよ」

ちょっとくたびれつつ答えたアレックスにミシェルが褒章の話をしたおかげで、彼はちょっと顔色を持ち直した。

「あぁ約束する。軍団で今回の作戦に参加した者にはタリム男爵家から特別給与を出そう」

「ありがとうございます」

「レイ君、それとは別に軍団宿舎へ捌きたての鶏肉と卵を別途供給しましょう」

「うん、それがいい」

タリムの鶏肉と卵は騎士たちにも好評だからな。

干し肉ではない肉が食べられるというのは豊かな証だからか、士気も高く、最近体が大きくなったと聞いている。

ミシェル曰く、訓練をした後にささみ肉や卵などをしっかり食べることで筋肉が付くとのこと。

私も同じようにしているのだが、兄や父の様に筋骨隆々になりにくいのか、あまり筋肉が付かないとミシェルにぼやいたらこれ以上筋肉をつけるなと文句を言われた。

ちなみに騎士団で人気なのは素揚げだそうだ。

塩コショウで下味をつけた鶏肉を薄く引いたオリーブオイルで表面がカリッとなるまで揚げて火を通す調理法だ。

これは今までもあった調理法故べつに目新しさは無いのだが、新鮮な肉で作る素揚げはふっくらとした触感に程よい油分によってくちどけもよく食べやすい。

さらにチーズをのせると絶品なのだ。

ミシェルが考案したディアボロソースも人気だそうだ。


「ところでアレックス、捉えた盗賊たちはどうする予定ですの?」

「どうするとは?」

「もちろん処刑するんでしょ?」

「「え!?」」

ミシェルの口からさらっと残忍な単語が出た。

確かにガリム領の領法には盗賊については厳罰に処すとあるが、それは何も処刑という意味ではない。

強制労働や市中引き回しのうえ刺青を入れ裸一貫で釈放するなどの方法もある。

流石に殺人や強姦、重度の横領ともなれば斬首刑も適応される場合があるが、今回の盗賊騒ぎでは幸い死人は出ていない。

判例を考えれば今回は強制労働刑がいいところだろう。

今までタリムで起こった犯罪と言えば万引きや置き引きといった軽犯罪しか起こっていないので罰金刑で終わっていたんだよな。

「あら、てっきり全員斬首刑にするのかと…だってタリム領には刑務所もないでしょう?」

「牢屋ならあるが…」

「いえ、そうではなく…あーアレックス、ちょっと席を外してくれる?」

「え、あ、はい分かりました。レイノルド様また後程」

「あぁ、申し訳ないが客間で待機していてくれ」

ミシェルがアレックスを追い払うということは何か未来知識を告げるということだろう。

そもそも、ミシェルの元居た世界では死刑という制度自体の議論もされていたというのに随分とあっさり処刑なんて言葉が出てきたな…

「さて、ミシェル。君の口から処刑なんて出てきた理由を教えてくれないか?」

「単純に言うと折角現在スラム街のないタリムにわざわざスラム街を作るような真似をしたくないってことなのよ」

「つまり盗賊たちに強制労働などの仕事だけで終わらせると結果的にスラム街ができると?」

「そうよ、彼らはその刑期がおわったら無一文でタリムで釈放されるでしょ?」

確かにその通りだ、仮に強制労働5年となったところで、その後は無一文で市中に釈放される。

「前科持ちの犯罪者を雇いたいという商家は無いわよね?それに農家だって人手が欲しいと言っても元犯罪者と一緒に住みたいとは思わないわよね?つまり住むところもなければ食うにも困るわけ」

「そうなると、そこからスラムが形成されると?」

「最初はホームレスとして勝手に雨宿りできるようなところを作るでしょう、それが発展していけば結果スラム街が出来上がる。それは街の治安の悪化につながるわ」

「ホームレス?」

「”家なき者”よ。あんな逆転人生もののドラマチックな話なんて現実にはないけれど」

あぁあれか、一時はアルミナ王国で大変流行った小説だ。

家なき者と呼ばれるスラム街に住む少年が人々との出会いからのし上がっていき騎士爵を得たことを発端にして最終的には伯爵まで上り詰めるという話だ。

現実にはアルミナ王国において騎士爵の者が伯爵になることなどない。あって準男爵だからこれがファンタジーであると分かる。


「そうか、結果的にゴミあさりや窃盗などでしか生活できない者たちが出るということか」

「犯罪奴隷がアルミナ王国では禁止されてるでしょう?だからそういうもの達が釈放される前にある程度の生活基盤ができるようになるような職業訓練所みたいなものが無い限り、処刑したほうが早いと思のよ」

ほんとうにあっけらかんというな…人の命がかかわっている話なのだが…

あぁそうか別にタリムで刑に服さなくてもいいのかここはガリム領タリムだ。

「ではガリムに送ることにしよう」

「ガリムに?あぁそういうこと」

ミシェルも納得したようだ。

領都ガリムには刑務所があり、強制労働刑が科せられるとそこに収容される。

そこで主に工兵として教育されつつ城壁の補修などの労働を課される。

そろそろタリムにも城壁とまではいわなくとも検問所をしっかりとしたものとしたいところだ。

人手はいくらあってもよいだろう。

「では父に手紙を書くよ。許可をもらったら移送だな」

「レイ君にお任せするわ。あーあ、せっかく処刑が見られると思ったんだけどなぁ」

「まてミシェル、君は処刑を見たことが無いのか?」

たしか一緒に学園に通っていた時には王都で定期的に処刑が実際に行われたことがあったはずだからみに行こうと思えば見に行けたはずだ。

強盗殺人罪や強姦罪などの犯罪者のほかに、1回だけ貴族の処刑があった。

御家乗っ取りを企てようとした婿養子の子爵令息の処刑だ。

あれはかなり話題になったので見に行った人が多かったと思うが…

「例の子爵令息の処刑は見に行ってみたんだけれど、寝坊してすごく後ろの方だったの。何にも見えなかったわ」

「あぁすごい人だったからな。しかし、アレはあまり気持ちのいいものではないよ」

「そうでしょうね。でも貴族の責任としてそういったことも見ておかないといけないと思うのよね」

なるほど、見たことがなかったがゆえにさらっとあんなことが言えたのだ。

そして、それを見る事も貴族の責任であると…確かにその通りだ。

犯罪者を裁くのも領主、つまりは貴族の務め、実際の現場を知らない状態では正しい判断は出来ないものだ。

「だが、そんな機会はないほうが良いんだよ」

ミシェルが私の言葉で頷いてくれた。

彼女には残忍性があるのかと思ったがどうやらそうではなかったようだ。

というか、今回は頭のいい彼女らしくないことを言ったなと思う。

刑法の裁判事例なら彼女の頭の片隅にもあると思うのだが…


1週間後、父から盗賊の受入許可をもらった。

盗賊たちは護送され領都ガリムの刑務所に送られた。

今後タリムで起こった重犯罪は私が判決を下して、ガリムに移送するという形が作られることになる。

わざわざタリムに脱出不能で堅牢な刑務所をこさえるのは無駄になるから正直良かったと思う。

また、コーラシル川に有る領境検問所兼兵宿舎は、簡易要塞化されることが決定した。

これはガリム家としてお金を出してくれるという。

現在の簡易検問から防衛用の検問となれば、仮に帝国の再侵攻があっても食い止められるだろう。

要塞化した暁には常備軍として200名が詰めることになるという。

そこへの食糧供給だけでもタリムの町民は潤うことになるだろう。

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