タリム復興日誌~新米新婚男爵は養鶏業で復興を目指します!~なんだか妻の知識量が半端じゃないんですが…
@syatines
第1話 ~タリム地区の発展計画~
アルミナ王国は6年前にようやくディクトシス帝国との戦争を終えた。
帝国からの侵略は当初アルミナ王国の辺境伯領を早々に突破し、北の要所の一つであるガリム伯爵領にまで迫った。
我が伯爵領は一部を帝国に蹂躙されたが、ガリム城塞にて敵を足止めできたことで戦線が膠着した。
そこからアルミナ王国軍の反撃が始まり、徐々に戦線を旧国境まで押し返すことができたのだが、今度はアルミナ王国の補給線が限界を迎えてしまう。
お互いの戦線が膠着しきって4年がたったころ、ディクトシス帝国皇帝のガーン・ギマリー・ディクトシスが崩御したことで現在の皇帝マーダ・マトマア・ディクトシスが帝位についたことでようやく停戦となったのだった。
******
私は父に呼ばれ執務室を訪れた。
先日、アルミナ王立貴族学校を卒業し来週には婚約者であり王立学校を成績優秀で卒業した才女と名高いミシェル・シルヴァーナ子爵令嬢と正式に婚姻する。
「レイノルド、来週にはシルヴァーナ嬢と婚姻するわけだが、お前には以前から伝えていた通りガリム領の再生に力を貸してもらいたい」
「理解しているつもりです。
すでにミシェルと何度か現地を見て回っております」
「うむ、話には聞いている。
必要な物は書面にまとめて提出せよ。適切だと思えば予算を出す。
それと、以前から話していた通り次男のお前には戦争の功績で余っている男爵位を与えることとする」
「承りました」
父が一つのバッジを渡してくれる。
これは国が男爵位の者に送る勲章だ。
「では、よろしく頼む」
父の言葉にしっかりと頷き私は執務室を後にする。
私が任されることになっている領地は、ガリム領タリム地区。
帝国との戦争初期において蹂躙された地域の一つだ。
王都の北に位置するガリム領は主に北部地域の交易品が集まる要所であったが、帝国との戦争において、ガリム領西部地域であるタリム地区以北西部の一時占領状態により人々はほとんど逃げ出し荒廃したままとなっている。
停戦後、農産業が復興するにつれて旧タリム地区は領都ガリムにむかう道中にあることから復興が望まれていたのだが、これまで手付かずだった。
理由は何個かある。
・アルミナ王国北西部に特徴的な産業が無い。
・帝国との貿易は停戦後も停止しており、物流は多くない。
・移動については最悪野宿で何とかなる。
帝国との戦争時は一時治安の悪化により旧タリム地域には野盗のようなもの達もいたが、今は既に討伐されている。
旧タリム地区の住民たちの一部には期間を望む声があり、その者たちを引き連れて再度の開墾を行う必要があることは今までの視察でも理解している。
問題は具体的にどのような街とするのか具体的なことが決まっていないことだろう。
「やはり、ミシェルと相談するしかないか…」
翌週の結婚式を前にすでにガリム城塞の離れに来ているミシェルに先触れをだす。
彼女はとても優秀だ。
私では考え着かないようなことを提案してくれるし、学園の勉強もずいぶん助けてもらった。
最後までミシェルと肩を並べることは叶わなかったが成績上位者といって差し支えない成績を収めることができた。
おかげで婿になることも平民落ちすることもなく男爵を拝命出来た。
シルヴァーナ子爵家もすでに跡取りがいるため、ミシェル自身が平民落ちしたくないという思いから手を貸してくれたのだ。
*****
離れに向かうとすぐにミシェル付きのメイドが応接室に通してくれる。
彼女は黄色のデイドレスを身に着け、その赤茶の長い髪を結い上げていた。
「ミシェル、急に済まない。相談したいことがあるんだ」
「まってたわレイ。男爵を拝命したってことはいい加減タリムの復興計画を決めちゃわないとだものね」
彼女に言われ部屋の応接セットに座る。
ミシェルはすでに用意していたらしい紙の束がテーブルに置かれている。
「こ、これは?」
「これまでにあなたと一緒に遠乗りで旧タリム地区を見て回った時に考えていた開墾計画書よ」
それにしては随分な量がある。
旧タリム地区はこれと言って特徴がある地域ではない。
川があり土地もあるので農産物を作るのにはそれなりに適する地域だが、他の特徴はない。
さらに西は旧ルテーニ子爵領があるが、そちらも荒廃しており現在は王家が管理している土地になっている。
「タリムをレイが思うような領都に匹敵する街にするためには、ちゃんと稼げる産業を興す必要があるわけよね」
「あぁ、そうなるな」
「というわけで、街の整備計画と共に新たな産業を起こそうって訳よ!」
二パっと貴族らしくない笑顔を向けてくるミシェルが可愛い。
彼女はこうしてたまに貴族らしくないふるまいをすることがある。
少々スレンダーすぎるスタイルではあるが、私はそれらも含めて彼女を好ましく思っている。
しかし、新しい産業を起こすなんて簡単なことではない。
「産業を起こすことは賛成だけど、あの土地は小麦は育ちにくいうえに周りは起伏の少ない林しかない。木材を売るにしてもあまり質は良くない場所だけど、どんな産業を起こす気なんだ?」
「ずばり、養鶏とそれに付随する産業よ!」
「!!」
ミシェルは紙束から1枚とりだすと、私の前に置く。
そこには養鶏の利点とそれに付随する産業が簡潔に書かれていた。
「まず卵、残念ながら今は鶏を飼っている家かある程度裕福な人間しか毎日卵を食べることは出来ないわ。
私は、領民が朝食にパンと目玉焼きとスープが食べられるようしたいわけよ」
確かに卵を購入しようと思うと高い。
多くの貴族は自宅に鶏を飼っていることがあり朝食に卵料理を食べることは可能だろうが、平民はそうはいかない程度には高いのだ。
都市部で鶏を飼うことは朝鳴きなどの関係で近所迷惑となる為憚られるため、農村部のほうが卵は手に入りやすいほどだ。
そこで、タリムの街に養鶏場を建設し領都へ卵を輸出することで資金を得ることを提案していた。
「理屈はわかるが、卵を安全に輸送する方法があるのか?
卵は壊れやすい…タリムから領都まで馬車で1日ではあるが、馬車では卵が割れないか?」
「たしかに、道の整備と馬車の性能向上も必要かもね。
でもそれをしなくても梱包をしっかりすれば問題なく輸送できるはずよ。これを見て」
自信満々にミシェルが言い放ちもう一枚の紙を差し出してくる。
そこには専用の木箱とその商流について書いてある。
「卵って横から潰すと簡単に割れちゃうけれど、縦の衝撃にはとても強いの。
だから、縦方向に固定されるように木枠に溝を設けて卵の間には藁をつめることで振動に強くするの。最適形状は何度か実験が必要だと思う。
あと、木箱の端に段差を設けることで、箱を綺麗に積み重ねられるようにするのよ」
「その木箱を領都とタリムで循環させるのか…」
「そういうこと。普通の木箱は重ねても縄で固定しないとずれちゃうけれど、これはそういった固定が必要ないの。
荷馬車側にも同じ仕組みをつけてやれば一切の固定が不要になるわ。
固定するにしてもそれほど頑丈な縄じゃなく紐で十分かもね」
こういったことをするすると思いつくのが彼女のすごいところだ。
これは予算をもらって試してみる価値があると思う。
「あとは、卵とは別に鶏肉を領都に下ろすわ。
平民には貴重な肉がちょっと手を伸ばせば買える金額になることを目指すつもり」
「つまり〆た鶏を領都向けに売るのかい?」
「ちがうわよ?ハムにして付加価値を着けるのよ。
そうすれば、羽毛を服職業に使えるもの」
「まってくれ、服職業?鶏の毛をかい?」
「えぇ、私達が使うような羽毛布団は水鳥の羽毛を使っているでしょ?だから高いわけよ。
でも陸鳥である鶏の毛が使えれば安価な羽毛布団が出来るわ。
性能は水鳥より数段落ちるでしょうけれど、羽毛布団には変わらないわ。
うまくやれば、王都にまで販路を持てるわけよ」
「確かにシルヴァーナ家は縫製が盛んな地域だけど…そんなにうまくいくか?」
「これについてはオイオイね。
まずは卵、うまく回り始めたら鶏肉と羽毛製品よ!最悪羽毛を家に輸出することで外貨を稼ぐのもありだと思ってる」
「なるほど、羽毛の輸出か…しかしよくこれだけの案を考えていたなぁ」
「まぁね。だって私が毎日卵とお肉を食べたいから考えたんだもの」
「ははは、それでこそミシェルだね。そういうところが僕は好きだよ」
そういうとミシェルはちょっと頬を赤らめる。可愛い。
「もう、レイはそういうこと不意打ちで言うんだから」
「事実を言ったまでだよ。
でも、これだけ考えてくれていれば父にも話をしやすいな…そうだ、ミシェルも一緒に来てくれないか?細かい話になると僕だけだと説明できないかもしれない」
「いいわよ。予定を開けておくわ」
「少なくとも式の後だな…ミシェルも準備で忙しい中悪かったね」
「平気よ、もうほとんど準備は終わってるもの。
早く私を御嫁さんにしてね」
ミシェルはそういって体を乗り出し私の頬に口づけしてくれる。
私も頬が熱くなるのを感じる。
ミシェルはこういう愛情表現を好むが、貴族令嬢としての線引きはきっちりしている。
「あぁ、僕も早くミシェルを迎えたいよ。今週末が待ち遠しい」
そういって、ミシェルの頬にキスを返す。
これぐらいの触れ合いはぎりぎりセーフだろう。
婚約者なんだし。
「ふふ、じゃあまたねレイ」
「あぁありがとうミシェル。資料詠みこんどくよ」
ミシェルが用意してくれた資料を受け取り離れを後にする。
それにしても、私と数回タリム地域を回っただけなのに、よくこんなにいろいろ思いつくよなミシェルは…
私も彼女に負けないように色々考えないとな…
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