第11話 食の都?と羽毛の出荷

ミシェルが開いたランチパーティーから半年、タリムの町は大変活気がある


季節は冬。

今年秋のタリム領の収穫は予想以上だった。

男爵家の穀物庫は満杯、特に小麦とトウモロコシの発育がよく質も悪くなかった。

そして、一ヶ月ほど前から開始された鶏肉と卵の出荷。

タリムの市場にはすでに捌かれた鶏肉と卵が並ぶようになった。

生産量も安定したため卵は平民でも購入可能となり、毎日とは言わないまでも毎週日曜日の祝祭の食事において常に食卓に並ぶようになった。

ミシェルが家庭用として調理法を絵で説明した紙を用意したことと、領内にできた金物師の協力を得て作られた錫製の計量スプーンという調味料を測るためだけの器具を開発したことによって領内に空前の料理ブームが起こったのだ。

なにより、ミシェルの依頼によってタリム家の料理人ジャックがお手本として料理教室を開いたことも大きい。

計量スプーンの使い方だけでなく、鶏の塊肉の捌き方などを披露したことで、領民が鶏肉の食べ方にひと工夫を加え始めたのだ。

ミシェルの最近のお気に入りは”焼き鳥”だ。

串に肉を指して塩をして焼いたものだが、部位によって食感も見た目も変わりバリエーションがある。

基本は店内で飲食して、串は店側が回収する。

間違っても食べ歩きはしない。そのための串ではない。

なにより食べ歩かれた日にはその辺に串を捨てられ町の美観を損ねる。

これは私が御触れを出した町の美観に関する条例で串の食べ歩きを禁止したからだ。

町の美観はその土地の評価に直結するからだ。

それに誰もゴミまみれの町などに住みたくはないだろう?

折角上下水道を整備し公衆浴場まである町は常に綺麗に保ちたいのだ。


*****

「高級レストラン兼ホテル、ホテルタリムの経営は順調ですよ」

ミシェルがほくほく顔で報告書を持ってきた。

彼女はちょうどホテルタリムでの打合せを終えて帰ってきたところ。

このホテル業を始めようと言ったのはミシェルだ。

「おかげで父への借金は早めに返せそうだな」

「領都ガリムまでの道の整備も、1ランク上にあげられると思うわ。レンガ引きになれば水はけも気によくなるわね」

ランチパーティーが終わって翌日、ジェニファー様が帰られた後にミシェルから聞かされたのが、この高級レストラン兼ホテルの構想だった。

美味しいコース料理を提供することを目的としたホテルを建設。

高級路線とするため、ガリム伯爵家で使っていなかった家具などを格安で買い取り、伯爵家相当の豪華な内装、ただし一時滞在する程度でのレベルとし、泊まる部屋とは別の個室にてタリムで取れる食材を使った豪華な料理を提供する。

主にべリリム侯爵を通じて派閥から入手した高級ワインと共に鶏肉をメインとした料理を振る舞う。

コース調理のメニューはランチパーティーで提供したようなものを出しており、デザートのプリンが人気だそうだ。

「高級志向ですが、儲かっている商人ぐらいなら泊まれますから、タリムより北へ行く貴族や商人がメインで使ってくれていますね」

「そうか、商人の宿泊が増えているんだな」

「貴族だけ相手にしていたんじゃ利益に限界があるでしょ?だから一番いい部屋以外はちょっとランクをおとして必要金額も安くしたの。

この街に泊まる人は現時点だとより北へ行く人か帝国から来る人ぐらいだけれど、将来的には”料理を食べるために”来る人たちが出てくるわよ?」

「そうか、ワインのために名産地のディボルトまで行く人たちもいるぐらいだしな」

「そういうこと」

ミシェルはうきうきと自分の執務机に着くと仕事を始めた。

ミシェル・タリムには前世の記憶がある…とわかったが、この半年特に関係が変わったりはしていない。

ミシェル曰く、この世にない未来の技術を知っているとのことだけれど、それを再現するすべがないから披露することはないと言ってた。

私もミシェルの知恵を無理やり使ってまでのし上がると言ったことは考えていない。

何よりジェニファー様達もそういったことは考えていないようだからそれでいいのだろう。


*****

「毎日卵が食べられる幸せ」

最近朝食には必ず卵料理が並ぶ。

今までならパンとスープで済ませるところ1品増えたことなる。

今日は卵のサニーサイドアップだった。昨日はオムレツだ。

他にもスクランブルエッグだとか炒り卵だとかいろいろな卵料理がかならず1品出てくる。

これはミシェルの希望によるもの。

私もおいしいので気に入っている。

「やはり塩コショウで食べるのがおいしいな」

「あぁ愛しの醤油…」

「ショウユ?」

「前世では目玉焼きに味付けする調味料は、いろいろな種類があったのよ」

「それがショウユか」

「前に頼んで、ガルムを取り寄せてみたけれど、それじゃない感がね」

「そのショウユという調味料を作れば売れるんじゃないか?」

俗にいうミシェルの知識にある調味料なら流行るのではないだろうか?

「むりね、流石に私も作り方は知らないわ。それに醤油って独特の味と香りだから流行ればいいけれど失敗したらコケるわよ」

「そうか…たしかにガルムもアルミナ王国ではあまり普及しないもんな」

「鶏の事業で今は精一杯でしょ?なんにでも手を広げるのは良くないわ」

ミシェルの言うことはもっともだな。

何せ今日は初めての”羽毛”の出荷日だ。

シルヴァーナ子爵家の業者が昨日からタリムの宿に泊まっている。

これは精肉処理する際に大量に発生する羽毛を再利用することを目的とした初出荷となる。

これを使ってシルヴァーナ領にて羽毛布団を作って販売する。

水鳥の羽毛と違い鶏の羽毛では防寒の質がおちるが、一般平民でも何とか手が出る価格の羽毛布団が販売可能とのことで、すでに注目を集めているという。


羽毛の質検査を終えた結果はとても良好だった。

「羽毛は、すべて洗浄済して形の悪いものは仕分けしてますからかなり高値が付ついたでしょ?」

「全くだな」

今回、羽毛の質を確認しに来たのはなんとシルヴァーナ子爵本人だった。

ちゃんと連絡をもらえれば我が家に泊めたものをわざわざホテルタリムに泊まりに来から申し出てくださらなかったそうだ。

「ミシェル!なかなか質がいいじゃないか。鶏の羽毛とは思えん」

「ありがとうございますお父様。じゃあもう少し色を付けてくださいませ」

「そうはいかん、甘えるでない」

娘に話しかける顔だった子爵が小売人の顔になる。

「すみません子爵」

「ははは、なぁに全く付けないわけじゃあない。久々に娘の顔も見れたし、羽毛の出来は予想以上だ。

 持って帰っての仕分けも必要ないのがいい。すぐにでも完成品を届けるとするよ」

「ありがとうございます」

私はそう言って子爵…義父に頭を下げる。

ルドルフ・シルヴァーナ子爵、彼は先代の後を継ぎ王都において服飾氏として名をはせる著名人だ。

彼のデザインするドレスはどれも斬新で美しい。

結婚式にミシェルが着ていたのはルドルフさま本人の作だ。

あの式以降、さらにドレスの注文が舞い込んでいるという。

「お父様これを」

「ん、悪いなミシェル」

全ての引き渡しとお金のやり取りが終わった後、ミシェルが何かをルドルフ様に渡していた。


「ミシェル何を渡していたんだ?手紙?」

義父がお帰りになったと気になった私はミシェルに確認してみた。

「あぁ、あれ?ドレスのデザインよ」

「は?」

「父は私のデザインをベースにドレスを作ってるのよ実は。内緒よ」

「…それってお金取れるんじゃないか?」

「もちろんもらっているわよ。大丈夫ちゃんと男爵家に入れるから」

「そ、そうか」

入れてくれるのはいいが、それ使途不明金にならないか?

馬鹿正直に書いていいものかどうか…ちょっと今夜はミシェルに初めて説教が必要かもしれない。

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