第10話 ミシェルの正体
「ねぇミシェル。あなたまだ旦那に打ち明けていないの?」
「うん、まぁそうね」
私とジェニファー様でのお茶…もといお酒を飲みながら客間で団らん中。
食後に二人でお話ししましょうと言われて、ジェニファー様がお持ちになったブランデーを紅茶に垂らして飲んでいます。
あんまりこの年齢でお酒は飲みたくないんですけどねぇ。
「侯爵家はあなたのおかげで家名にキズをつけずに済んだのよ。
まさか婚約者だったバナジム伯爵令息があそこまでふしだらだったとはね。
こちらから婚約解消の上、慰謝料請求ができて良かったわ」
「お役に立てて良かったですわ」
「ミシェルから”前世の記憶がある”なんて言われたときには、この子何言ってるのかしらと思っていたけれど」
そういってジェニファー様が随分濃いめにブランデーを入れた紅茶を口に運ぶ。
既に頬は朱がさしているので、あんまり飲ませないようにしないと。
「で、その前世の知識とやらで今日の昼食を出したわけ?」
「出し切ってはいないですよ?あとあからさまにプリンのレシピを要求しないで下さいよ…こっそりなら教えましたのに」
「あら、じゃあ夜まで待てばよかったかしら?」
「ジェニファー様がお屋敷で楽し部分にはですけどね」
「惜しいことをしたわね」
すんっとジェニファー様の目が座る。
こういうところは高位貴族だと言っても普通の女の子よね。
「とりあえずミシェル。いつかはちゃんと彼にも言いなさいよ?」
「えぇわかってるわよ」
とはいってもなぁなんて切り出そう?
切り出すタイミングを逃し続けてるんだよなぁ…
*****
私、ミシェル・タリムは前世の記憶がある。
日本で30代まで生きてきた白銀美貝ミシェルなんていうキラキラネームだった女性だ。
まぁおかげでこっちの世界でも”ミシェル”と呼ばれるので違和感なく過ごすことができたけど。
そして例にもれず、この世界は恋愛シミュレーションゲームの元ネタっぽい世界でして、ファンタジーモノの中では割と硬派な世界観で魔法もなければ魔物もいない設定ながら、伯爵家以上のイケメン令息たちとの恋愛が楽しめるというゲーム…ただし略奪系。
あれなんですかね?男女ともにNTRって流行りなんですかね?
私は純愛系がいいんですけど…それはともかく。
しかし、大変小さいころにこの前世の記憶を思い出した私のこのゲームの知識は、ゲーム配信者がプレイしていた範囲内でしか知らなかったのです。
つまり詳しい内容までは知らないので、幼少期は特に気にせず生活していました。
別にヒロインでもなければ悪役令嬢でもない。
中途半端に中世で不便なこの世界でどう生きていくかを考えて必死に勉強したりしていたわけ。
ただ。各攻略対象者の婚約者の名前はちゃんと覚えていた。
見ていた動画のゲーム配信者は男性で、普段はFPSとか洋ゲーばかりやるのに、何をトチ狂ったかヒロインを虐める悪役令嬢達が好きというドM変態配信を数回にわたって行った。
おかげで、同級生や先輩方に悪役令嬢達がいることを把握できたのが学校入学前。
貴族社会において整っている婚約をほっぽりだす婚約者ってのが、すでにダメンズなんだけれど、家のために寝取ろうとする女を攻撃するは悪手となる場合もある。
何せ彼女たちはみな伯爵家以上の御家。
たしかゲームのヒロインは男爵家なので本気を出せば男爵家ごと消せるが、外聞は悪い。
未来の旦那の手綱を握れなかったと評価されるのも何とも忍びないとおもったのだ。
配信で見た悪役令嬢たちは、この世界においての常識でしか話をしておらず、この世界で生活していれば皆よい子だと分かる。
とはいえ、無駄な軋轢を生む必要もないと考えた私は、実家のコネとレイ君のおかげで知り合うことができた彼女たちを救うべく邁進。
おかげで誰も婚約破棄騒動を起こされることなく婚約解消が成立した。
しかし、あのヒロインと思われるご令嬢、もしかすると転生者だったんじゃないかな?
悪役令嬢たちを救うために調査をした結果、五股はかけるハーレムエンドムーブをしていた。
そんな女性、貴族の御家と結婚は出来ないと思うのよ。
愛人も無理ね…というかほぼやってることが、この世界の娼婦なのよ。
見返りに金品を求めていたから確定ね…そこに愛はあるんかえ?
ともかく、転生者なら転生者らしく現実と向き合って生きる道を見つければいいのよ私みたいに。
*****
私とレイ君が出会ったのは本当に偶然。
運よく?彼から声をかけてきてくれた。
レイノルドは攻略対象者ではなく、伯爵家次男という立ち位置。
そして他の男性陣と違って細身でシュッとしていて第一印象は最高。
髪色も落ち着いた色で金髪碧眼みたいなザ・外国人って感じじゃなかったのもポイント。
唯一の不満は”跡継ぎじゃない”こと。
このままでは平民の暮らしを強いられる可能性があった。
レイ君は伯爵家次男、跡継ぎは当然長男で彼は兄の補佐をするつもりでいるのだけれど爵位にこだわりがなかったのだ。
まぁそれも解決していて私は今、男爵夫人だけど。
レイ君は私の事一目ぼれだというのだ。
はっきり言って私はこの世界において”美人”の枠から外れる。
自分で見る限り顔は良いし、スタイルもスレンダーモデル体型で前世よりも美しいプロポーションをしているんだけど、この世界でのモテる女性って”ちょいぽちゃムチムチボイン系”なんだよね。
悪役令嬢たちはもれずその体系。
なので乙女ゲームなのに悪役令嬢目当ての男性ファンも多いという変なゲームだった。
逆に男性陣も筋肉質な人がモテやすい。
攻略対象者たちはみんなイケメンマッチョ達だった。
うちのお父様だってゴリマッチョ手前って感じだったから幼少期に高い高いされたときの安定感ったらなかったけれど…それはともかく。
なのでレイ君はモテない側なんだけど、現代感覚で言えば”細マッチョ”手前ぐらいの感じ。
義父様も義兄様もどっちもがっちりどっしり体系なのに…きっと義母様に似たんだろう。
私もレイ君の見た目は最高に好きだし、レイ君も今の私のスタイルが良いと言ってくれる。
それに彼、学校生活で私と会うときは常に気にかけてちゃんと大切に扱ってくれた。
徐々に心引かれて、この人しかいないと思ったのは1学年の後半。
私は伯爵家を調べられる範囲で調べ上げて貴族のままでいられる方法を伝授したんだよね。
伯爵家なら爵位余ってるだろうと思ったの。
私の実家は弟がいるせいで跡を継げない。
レイ君を婿養子っててもなくはないけれど、まだまだこの世界では男尊女卑が強い。
私が平民になりたくない理由は、この世界での平民の暮らしが耐えられそうにないからだ。
家にお風呂はなく共同浴場があるのみ、普段は濡れタオルで体を拭くというし、飯も不味いので耐えられない。(※実家が寄進していた修道院基準)
伯爵家の嫡男だからそんなに悪い生活ではないだろうけれど、折角特権階級に生まれたんだから貴族として生活したい!(※その分責任も伴うんだけれど)
レイ君を焚きつけて私と婚約したいなら爵位をゲットして!とお願いして彼はガリム伯爵に直談判。
そしてレイ君の男爵叙爵と私との婚約が調った。
おかげで、私はレイ君と同じAクラスに編入。
これはレイ君がまだ伯爵令息であり、その婚約者ということと私の学校での成績でのこと。
何せ学年次席だからね。
おかげで、ジェニファー様をはじめ”悪役令嬢たち”と繋ぎをつけることができ、彼女たちと友好関係を結ぶことができた。
貴族学校でのすったもんだが落ち着いてから、悪役令嬢ズからお礼をしたいと言われて考えたのが”養鶏業の許可”だった。
なんで養鶏なんてものに手を出したかと言えば、アルミナ王国の食事情にある。
別に普段食べる貴族の食事が特別不味いわけではないのだけれど、味が単調、肉は保存のモノばかり、貴族が食べる野菜の種類も少なめ、日曜日だけは豪華な食事をとるという世界なので、普段から卵食べたいとか、ステーキ食べたといっても出来ないのだ。
じゃあもう自分で何とかするしかないんじゃないかという訳で、もともと養鶏やガチョウ、アヒルの生産が多いべリリム侯爵に養鶏業の許可をもらったのだ。
もちろん、将来的にその技術を共有するという条件付き。
逆に、べリリムとガリムで養鶏業を独占できるとよいかなと考えている。
既に私がやろうとしている屋内での密集平飼いとオスメス別飼い、品種改良についてかなり興味を持ってくださっている。
とはいっても、貨物輸送は馬車か船のみのこの世界で卵の運搬は至難の業。
まずはべリリムと同じように領内の街なら卵が手に入りやすいという状況にしたいと思って今は活動している。
*****
ミシェルが部屋に戻ってきたのであの話を振ってみた。
「・・・というような話を聞いたんだ。荒唐無稽なきがするんだけれど」
「ありゃぁ」
思い切って”テンセイシャ”の話を振ってみると、なんとも間抜けな顔で普段のミシェルからは有り得ない反応が返ってきた。
「えっと、ミシェルそれはどういう反応?」
「やーレイ君から転生者かなんて話をふられるとは思わなかったわ」
「というと…まさかミシェル」
「荒唐無稽と思われるかもしれないけれど、私は違う世界の知識を持っているのよ」
なんとまぁ…本当にそういうのがあるのか。
孫が亡くなった曾祖父母の記憶を持っているなんて話は聞いたこともあるが、よもや別の世界とは…
「私の事嫌いになる?」
「そんなことはない!ミシェルはミシェルだ。
豊富な知識を持っていることの理由の一つが別の世界の知識だとしても、学園内で必死に勉強していた姿だって知ってる。
今のミシェルは僕の知るミシェルだろ?」
「ん、ありがとうレイノルド」
そういうとミシェルがぎゅっと私に抱き着いてきたので抱き返す。
何時抱きしめても彼女は華奢で折れてしまうんじゃないかと思うが、その内に秘める芯の強さというかは、たぶん彼女自身の強さだろう。
しばらく抱擁していると、ゆっくりとミシェルが体を離した。
「レイ君は私の前世とか興味はないの?」
「うーん…無いことはないが、今まで話さなかった理由ってのもあるんだろう?」
「いや、そういうわけじゃないのよ、言うタイミングを失ってただけ。
貴族として生活し続ける事しか考えてなかったから」
「そうなのかい?じゃあ今夜はミシェルの居た世界のことを教えてくれよ」
「きっとレイ君じゃ想像もできない世界よ?」
ミシェルにそういわれながらベッドに入ったわけだが、確かに想像もできない世界の話だった。
100階を超える建物、空飛ぶ乗り物に馬車よりも早く安定して走る車。
何処にいても会話ができる通信機というものだとか…想像が全くできない話だった。
絵で見せてくれないかと頼んだがミシェルからは「オーパーツになるからダメ」と言われた。
確かに過去の世界からの遺物で何故当時の技術でこれを作ることができたのか不明なモノがある。
そういったモノとなってしまうというのだ。
そして、もしかすると歴史を変えてしまうという。
「しかし、すでに今日ミシェルは歴史を変えたんじゃないかい?」
「なんでそう思うの?」
「今日の昼食会の料理は、前世の知識ではないのかい?」
「…まぁそうね。食欲には勝てなかったのよ」
「…」
「いいじゃない、タリム男爵家の為よ!」
「ところでこのことを知っている人は他にいるのかい?」
「今日来たご令嬢方は皆知ってるわね」
「は????」
なんだって?もしかして彼女たちはミシェルの知識を得たいがために繋ぎをつけてるのか?
「レイ君、そんな顔しないでよ。そういった打算が無いとは言わないけれど、ジェニファー様を含め、みんなちゃんとお友達よ?」
今日集まってくれた貴族令嬢達の思惑が何となく見えた気がしたが、彼女はそれだけではないと否定する。
確かに皆裏があるような会話はしていなかった。
皆私の人柄に引かれたんだとミシェルは言うが…まぁ実家以外に伯爵家4家に侯爵家1家が後ろ盾になってくれる男爵家もないだろう…政治的な兼ね合いからもこれ以上の追及をするのはやめておいた。
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