第五話 聖女の趣味はソロキャンプ
「明日は私の趣味をご紹介します。あ、泊まりになりますので、そのつもりでいて下さいね」
昨夜の彼女のこの一言から始まり、街を離れて徒歩で五時間。
ようやく目的地に到着したのは、ちょうど昼の十二時だった。
「着きましたよ。ここが私のお気に入りの場所です」
ようやく辿り着いた場所は、美しく広大な森に囲まれた湖畔だった。
透き通る水面に映し出された青い空と白い雲。
そして緑に囲まれた修道服の美少女。
何とも言えない画だが、ここで配信をスタートする。
『やっと始まった』
『待ってました』
『ガチ異世界を見に来ました』
『噂が本当か確かめに来た組』
『今日もラーナちゃん素敵』
今日は待機中の人が何と千人以上いた。
たった二日でここまで集まってくれたのは、一重にみんなが拡散してくれたお陰だ。
さあ、これが異世界だ、みんな見てくれ。そう言わんばかりにカメラで周囲を映すが、太陽が二つある以外は俺がいた世界でも普通にある景色だ。
「喉が渇いたと思いますので、こちらをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
彼女は何も無い空間から、グラスと水差しを取り出して手渡してくれた。
『あのマジックってどうやんの?』
『本物だよ』
『CGだろ』
『加工してるだけ』
『みんな、これ生配信だぞ』
『まさか噂は本当だったのか』
『あの映像やっぱガチ……』
『って事は本物のアイテムボックス?』
『『『すげえええええええええええええええええ』』』
コメントが流れ過ぎて弾幕の嵐になっている。
さらに彼女は、釣り竿とバケツを取り出した。
「ラーナさんの趣味というのは釣りの事だったんですね」
「いえ、釣りもしますが、巷で人気のキャンプです。何と言っても、自分で釣ったお魚をその場で焼いて食べたり、他にもステーキやカレー、ローストビーフ……人目も気にせずに一人だけで楽しむ絶品料理と、暖かい焚き火は最高の癒しの時間を与えてくれるのです」
なるほど、ソロキャンか。
俺がいた世界でも人気だったから密着取材もした事あるんだけど、今回は聖女のソロキャン。
聖女がキャンプとか何ともシュールだが、そもそも撮れる機会が無いから貴重ではある。
「テントはここに置いて、後は寝袋とキャンプチェアにテーブル、それからランタンと調理用具と……」
彼女は次々とアイテムボックスからキャンプ用品を取り出していく。
『聖女のソロキャン受けるw』
『衣装が汚れちゃう』
『せめて着替えたらいいのに……』
『あの子、超かわいいな』
『名前何て言うの?』
『『『ラーナちゃん』』』
『『『ラーナ』』』
『カメラ撮ってる男はトオルw』
ラーナさんは早くも人気があるから分かるが、まさか俺の名前を覚えてくれてる人がいるとは思わなかった。
一通り取り出してテントを張り終えると、彼女は森へ歩いて行った。
「どちらへ行かれるのですか?」
「まずは火を起こさないといけないので、焚き火の原料となる薪を手に入れます」
薪から現地調達とは本格的だ。
彼女はキョロキョロと周囲を見た後、一本の大木の前で立ち止まると、目を瞑ってブツブツと独り言を言い始めた。
『地面がうっすら青いぞ』
『魔法陣?』
『魔法に期待』
『銀髪フワフワしてるぞ』
『本物の魔法!?』
「ウインドカッター!」
彼女が大きな声で唱えると、三十メートルはある大木を、なんと根元から切り倒した。
バキバキと豪快に倒れていく大木。
ものすごい映像が撮れてしまった。
「ウインドカッター! ウインドカッター! ウインドカッター!」
彼女は立て続けに魔法を唱えると、大木が綺麗に四等分になった。
俺は驚きのあまり、空いた口が塞がらない。
『『『すげえええええええええええええええええ』』』
『あれがガチのウインドカッターかw』
『あれが本物の風魔法……』
「よっこらっせ」
さらに切り分けた一本を担ぎながら、テントの方へ戻って行った。
『嘘だろ……』
『化け物……』
『地上最強の聖女』
『五輪出場おめw』
『パワー!』
切り分けた木を、ドンッと下ろすと、再び詠唱を始めた。
『今度は赤い魔法陣きた』
『魔法で燃やすんじゃないのか?』
『ファイアボールか』
『ファイアボールで燃やすとかロマンだな』
『さすが異世界』
「ファイアストーム!」
燃え盛る炎が嵐のようになって、俺はあまりの熱さに後退る。
『やばすぎ……』
『リアルファイアストームすげえ』
『確かに火は起こしたが火事だぞw』
『完全に山火事www』
『これがキャンプファイヤー』
『爆炎の聖女』
「ふぅ〜。これでキャンプの準備は整いましたので、次は釣りをしますね」
釣り竿とバケツを湖の前に置くと、何と彼女は湖へ入って行く。
「ちょっ、ちょっとラーナさん!? 何をするつもりですか?」
「何とは? 餌を捕まえに行くのですよ。少しお待ち下さいね」
平然と彼女は修道服を着たまま潜っていった。
それも手ぶらで。
しばらくすると、彼女がびしょ濡れになりながら出てきた。
手にはワカサギのような小さな魚を握りしめていた。
『そのままダイブとか衝撃すぎるw』
『これが素潜り』
『まさかの素手』
『獲ったどー!』
『最強聖女』
彼女が「クリーン」と唱えると、瞬く間に何事もなかったかのように元通り綺麗になった。
『何が起きた!?』
『もう乾いてる?』
『クリーンは生活魔法だよね』
『生活魔法』
『生活魔法』
『生活魔法』
今の魔法は生活魔法と言うのか。
視聴者のお陰で、俺も少しずつだが理解できそうだ。
「このお魚を餌にして大物を釣ります」
慣れた手付きで、魚を針に付けて糸を垂らした。
『もう素手でよくね?』
『糸垂らす意味』
『大物期待』
『木の竿何かで釣れんの?』
『この子なら釣る』
『星を釣る』
『釣られてチャンネル登録した』
「あ、きましたよ。これは……大物です!」
お、引いてる引いてる。
かなり辛そうにしている所を見ると、かなりの大物みたいだ。
「うおりゃああああああああああああああぁッ!!!」
『聖女の叫びw』
『でけえ……』
『三メートルはあるw』
『バケツの意味www』
『木の竿がなぜ折れないのか』
『もう漫画w』
『あれ何て魚?』
『釣りするけど、あんな魚見た事ない』
『湖ならピラルクみたいな?』
『新種だと思う』
『新種というより異世界特有の魚じゃない?』
かなり盛り上がっているが、この巨大魚はみんな見た事が無いらしい。
ま、俺も魚には詳しくないから聞いてみよ。
「やりました〜♪」
「ラーナさん、この巨大な魚は何というのですか?」
「あ、ワカサギですね。この湖にはワカサギが生息しているのですよ」
「え? ワカサギってここまで大きくなるんですか?」
「先ほどのワカサギは稚魚ですね。成長すると、ここまで大きくなりますよ。それでは早速、昼食にしますね」
『いや成長してもならないw』
『これが異世界か』
『ワカサギというよりマグロ』
『ワカサギでワカサギを釣る』
『ワカサギ記録更新w』
『あれが昼飯か』
◇
現在の視聴者1,804人、登録者数1691人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます