【聖女視点】第六話 聖女は何としてもお近づきになりたい
「それでは少し休憩をして、お茶でも飲みましょうか」
テントに戻った後、小さな焚き火を囲んでキャンプチェアに座った。
「カタカタ」と音を立てたポットを手に、マグカップにお茶を注いでやる。
森で採れた薬草だが、独特な苦味があってかなり美味いんだ。街では惚れ薬として重宝されている禁断の薬草だがな。
「トオル様、この世界での暮らしはどうですか?」
「そ、そうですね。少しは慣れてきたと言いますか、思ったよりも快適ですね」
「それは良かったです。トオル様の世界は、あのゲイムやカメラの様な魔導具があるところを見ると、ここよりもずっと快適なのでしょうね」
「確かに栄えてはいますが、魔法なんて便利なものは無いですけどね」
「魔法が無い世界ですか……それはとても気になりますね。もしも元の世界へ帰れるとしたら、やはり帰ってしまわれるのですか?」
「え? 元の世界へ帰れるんですか!?」
うっ、しまった。
実の所、大聖堂の地下に眠る秘宝を使えば元の世界へ帰る事ができる。
「以前お話した通り、私にその様な力はございません。ただ……」
「ただ?」
いや、やはり帰す訳にはいかない。
あの帰還の宝珠も一度使えば二度と使えなくなる。
サリエルのハゲジジイも流石に黙ってはいないだろうしな。
「いえ、何でもありません。それでは日も暮れてきましたので、夕飯の支度を始めますね」
「俺も手伝いましょうか?」
「いえ、食事を用意するのも聖女のお役目です。トオル様はいつも通りにしてもらえれば結構ですよ」
「では料理風景を映させてもらいますね」
前回と同じ感じでいいか。
あえて豪快に原始的に作ってやるのも、男の野生本能に訴えることが出来るかもしれない。
「皆様、ご機嫌よう。今日はキャンプをしている事もあり、最近流行りのキャンプ飯を作っていきます。それでは食材のご紹介です」
トオルに料理を作っている姿を見せるのは二回目だが、あたしは昔から皆に注目されてきた聖女だ。
緊張するはずが無い。
「主菜となる食材はこちらです。先ほど森で捕獲したばかりのブラッディベアのお肉です」
やはり美味そうな肉だ。
生のままかぶり付きたいぐらいだな。
「まず、牛肉にお塩と森に生えていたブラックペッパーをたっぷりと振りかけます。よく揉み込むのがポイントですね。フライパンにブラッディベアの牛脂を入れて溶かします」
良い香りだ。
腹がグゥグゥ鳴っているが、肉を焼いている音で聞こえていないだろう。
「フライパンから煙が上がってきたら塊のまま焼きます。全面にしっかりと焼き色を付けて下さいね。ガーリックがあればもっと美味しくできますよ」
やべえ、ヨダレが止まらない。
秒で平らげる自信がある。
「このように綺麗な焼き色が付いたら、一度取り出します。そして、このキャンプ飯に欠かせないハーブのローズマリーとタイムとセージをのせます」
あぁ……美味そうな香りと媚薬効果が相まってムラムラしてくる。
トオルはいつになったら、あたしを襲ってくれるのだろう。
「蓋をして蒸し焼きにします。このサイズだと二十分ぐらいですね。お肉が焼き上がるまでに付け合わせを用意します。まずは湖で採れたジャガイモを鍋に入れて茹でていきます。あ、今回は聖水が無いので、湖の水を使用しています」
湖にたまたま生えていたジャガイモだが、多分食えるだろう。
「ジャガイモが茹であがるまで時間がありますので、次に森で採れたキノコを切っていきます。今回は高級品のマツタケですよ〜」
あたしは自慢気にマツタケを見せつける。
ジュネイル王都でも最高の高値で取引される高級食材だ。このサイズであれば白金貨十枚はくだらない。
「マツタケは包丁やウインドカッターで切るのではなく、このように手で裂くのがポイントです。繊維に沿ってゆっくりと裂くことで、香りも立ちますし、途中で折れる事もありませんよ」
ここまでは完璧な説明だ。
やっぱ、あたしは天才だな。
「お肉をフライパンから取り出したら、一度休ませます。すぐに切ってしまうと、肉汁が溢れ出てしまいますからね。続いて、茹で上がったジャガイモの皮を剥いたら、深めの容器に移して、お塩を入れてから潰します。潰し終わったら、ブラッディベアの牛乳を入れて混ぜ合わせます。ナツメッグがあれば良かったのですが、今回はブラックペッパーを入れます」
ん? 少し酒の匂いがするな。
ジャガイモか?
「付け合わせのマッシュポテトが完成しましたので、火から外しておきます。ここでいよいよ主菜のローストビーフを切っていきます。ほら、美味しそうに焼き上がってますよ〜。ここで一度味見をしてみますね」
あぁ美味すぎる。
ジャガイモの酒の匂いは全く気にならない。
気のせいだったな。
あ、また半分も食ってしまった。
「あ、また美味しすぎて食べ過ぎてしまいましたね。悪い癖は治らないものです。では今回のキャンプ飯の最大のポイントがここですね。深めの容器に松茸以外を入れて、思い切り粉砕して粉微塵にしてから、こねくり回して下さい。素手では大変なので、今回は粉砕魔法ミキシングを使います。すると、この様なピザ生地ができます。このピザ生地を丸く伸ばしてから、上にマツタケとチーズを乗せて、今回はファイアボールで焼き上げます」
惚れ薬と媚薬が入った最高の料理が完成する。
あたしは、ついに結ばれるのだ。
「焼き上がったら、ソースとマヨネーズ、そして青のり
をかけて、最近流行りのマツタケ入りのローストビーフの完成です。ぜひ皆様も作ってみて下さいね」
「はい、オッケーです」
「今回は二回目でしたので、うまく出来たと思います」
「えぇ、完璧でしたよ。やっぱりラーナさんは流石ですね」
「あら、トオル様ったら。さぁ、冷めないうちに食べましょう」
美味え!
自分で作ったし、味見もしていたから予想はしていたが、これはかなり美味い。
だが酒を飲んだ時に感じるこの酔いは何だ?
「ラ、ラーナさん……」
お、媚薬が回ったな。
顔が火照っているではないか。
我慢しなくていいぞ。
あたしの胸に飛び込んで来るといいさ。
「ど、どうされましたか? お顔が赤い様ですが」
「なぜか酔っ払ってきた様で……そ、それになぜか、ラーナさんが、い、愛おし……」
よっしゃ!
作戦成功だぜ!
「トオル様!? こ、こんな所で、そ、その、いけませんわ」
「ヒックッ。もう我慢できないんです……」
だから我慢しなくていいんだ。
ほら、押し倒せ!
「お、お手洗いに行ってきます」
は?
そういえば、あたしもなんだか急にお花摘みが。
まさか、湖のジャガイモに利尿作用があるのか……。
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