【聖女視点】第五話 聖女はお近づきになりたい
「明日は私の趣味をご紹介します。あ、泊まりになりますので、そのつもりでいて下さいね」
トオルが目覚めた時に一言だけ声をかけておいた。
街から徒歩で五時間。
目的地に到着したのは、ちょうど昼の十二時。
ここまでは予定通りだ。
「着きましたよ。ここが私のお気に入りの場所です」
美しく広大な森に囲まれた湖畔。
今日は天気も良く、水面に映し出された青い空と白い雲が美しく、嫌になる。
「喉が渇いたと思いますので、こちらをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
あたしはアイテムボックスからグラスと水差しを取ってトオルに手渡す。
聖女はあざといぐらいがちょうどいい。
続けて、バケツと竿も取り出しておく。
「ラーナさんの趣味というのは釣りの事だったんですね」
「いえ、釣りもしますが、巷で人気のキャンプです。何と言っても、自分で釣ったお魚をその場で焼いて食べたり、他にもステーキやカレー、ローストビーフ……人目も気にせずに一人だけで楽しむ絶品料理と、暖かい焚き火は最高の癒しの時間を与えてくれるのです」
あたしたちの距離が近くなれば何でもいいが、
「ソロキャンであれば下手なデートより手っ取り早いから」なんて言えるはず無い。
「テントはここに置いて、後は寝袋とキャンプチェアにテーブル、それからランタンと調理用具と……」
あたしは一通りキャンプ用品をアイテムボックスから取り出していく。
あ、服を忘れていたな。
ついいつもの癖で修道服で来たのはいいものの、アイテムボックスに軽装備を収納するのを忘れてしまった。
ま、聖女のソロキャンなんて滅多に見ないだろうし、巷で言うバエというやつかもな。
適当にテントを張り終えてから、森へ向かう。
「どちらへ行かれるのですか?」
「まずは火を起こさないといけないので、焚き火の原料となる薪を手に入れます」
薪から現地調達なんて、いかにも本格派がするヤツだ。トオルよ、惚れていいんだぞ?
あたしは一本の大木に向かって中級風魔法の詠唱を始める。料理に使用する場合は無詠唱だが、詠唱をすると威力が数倍に膨れ上がるからな。
「ウインドカッター!」
上手く根本から両断できたな。
大木をさらに持ち運びやすい様に風魔法を再び唱える。
「ウインドカッター! ウインドカッター! ウインドカッター!」
これで四等分になったな。
「よっこらっせ」
後は力任せにキャンプ場に持って行けばいいだけだ。
ま、軽いものさ。
この木に火をつければ、ロマンティックな雰囲気が出来上がる。
「ファイアストーム!」
燃え盛る炎が嵐になる。
トオルは感動のあまり驚きながら後退っている。
「ふぅ〜。これでキャンプの準備は整いましたので、次は釣りをしますね」
デートに飯は付きものだ。
トオルには獲れたてピチピチの魚を食わせてやる。
大物を狙うため、まずは餌を獲りに行く。
「ちょっ、ちょっとラーナさん!? 何をするつもりですか?」
「何とは? 餌を捕まえに行くのですよ。少しお待ち下さいね」
あたしは修道服を着たまま潜る。
ま、いつもの事さ。
(良さげなワカサギ発見)
湖からあがった後は、生活魔法「クリーン」を使えば元通り綺麗になる。
「このお魚を餌にして大物を釣ります」
慣れた手付きで、魚を針に付けて糸を垂らす。
この湖にはワカサギしか生息していないからな。
「あ、きましたよ。これは……大物です!」
これは、かなりデカいな。
流石のあたしでも力負けになりそうにぐらいだ。おそらくタイミングよく湖のヌシを引き当てたかもしれない。
だが、あたしは負けない。
「うおりゃああああああああああああああぁッ!!!」
聖女を舐めるなよ。
魚らしく大人しく釣られてりゃいいんだよ。
後は可愛さアピールでもしておけばいい。
「やりました〜♪」
「ラーナさん、この巨大な魚は何というのですか?」
「あ、ワカサギですね。この湖にはワカサギが生息しているのですよ」
「え? ワカサギってここまで大きくなるんですか?」
「先ほどのワカサギは稚魚ですね。成長すると、ここまで大きくなりますよ。それでは早速、昼食にしますね」
ドタバタと活きが良いワカサギを引きずる。
ヌシなだけに身も締まって脂も乗ってさぞ美味いだろう。
「ふぅ〜。ここから捌いていきますね。――大いなる風よ、疾風の刃、ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター」
捌いた身をキャンプファイヤーに投げ入れて、火加減を調節する。
少し火力が足りない。
再度、ファイアストームを唱える。
「もうすぐ完成ですよ」
「こ、この炎の中からどうやって魚を取り出すのですか?」
「簡単ですよ。見ていて下さい」
さぁ、あたしの転移魔法をとくと見よ。
お、香ばしく焼けたな。
「こ、これは一体どういう……」
「転移魔法を使ったのですよ。それでは早速いただきましょうか」
「今日はお祈りしないのですね」
「はい、いつも一人の時はお祈りなんてしないですよ。面倒ですし、何より冷めてしまいますからね」
なぜ祈りを捧げないとならないんだ。
昔の馬鹿なヤツらが変な文化を築き上げたせいだ。
「すごく美味しかったです。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。それでは明るいうちに晩御飯の食材を取りに出かけます」
暗くなってから森に入ってイチャコラするのもいいが、夜行性の魔物が邪魔をして来る。
今のうちに探しておくのがいいのさ。
「あ、見つけました」
「これはハーブですか?」
「はい、これはタイムです。後はキノコがこの辺りに生えていると思うのですが、あ、見つけました」
香り高く媚薬成分があるマツタケの群生地だ。
今日は媚薬成分の配分に気を付けなければな。
「そ、それって食べれるのですか?」
「はい、これはマツタケと言いまして、この世界では高級食材として扱われているのですよ」
「ま、松茸だったんですね。確かに香りは松茸ですね」
「とっても良い香りですよね。さて、もう少し奥へ行きますね」
あ〜、香りだけでもムラムラしてくる。
辺りも薄暗くムードもある。
トオル、あたしはいつでもいいぞ。
「あ、見て下さい。果物をたくさん見つけました。これは木イチゴとブルーベリーにイチジクですね」
果物はハッキリ言ってどうでもいいが、女は果物に目が無いアピールをしておけば、トオルもドキドキするだろう。
とりま、大量の果物をアイテムボックスに入れておく。
「必要な食材は残すところ後一つとなりました」
「後は何を探しているんですか?」
「この果物がここにあるので、ここにいれば向こうからやって来ますよ」
「向こうからとは……まさか、熊とか猪じゃないですよね……?」
「ふふふっ。トオル様は面白いお方ですね。森に熊や猪は出ませんよ。ここに生息してるのは……あ、来ました。牛さんです」
「え? 牛?」
「グゥガアアアアアアアアアアアアアァッッッ!!!」
異常発達した鋼鉄のような体躯。
血にまみれた毛並みは闇夜の如く黒く、鋭い牙と額から生えた二本の角。
何て美味そうな牛だ。
やべえ、ヨダレが止まらねえ。
「ラーナさん! あれはマズイですよ。逃げましょう!」
「不味くありませんよ。肉質も脂のノリも申し分無さそうですよ、トオル様」
あんなに美味そうな牛を見て、逃げるなんて訳が分からない。
「すぐに終わりますよ。ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター」
「モオォ〜…………」
解体も終わった事だし、帰るとするか。
「さてと、ではテントに戻りましょう」
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