第六話 その聖女、森で食材採取をする

「ふぅ〜。ここから捌いていきますね」


 ドタバタと激しくのたうち回るワカサギを、笑顔で引きずりながらテントの前まで運んで行った彼女は、またも魔法の詠唱を始めた。


「――大いなる風よ、疾風の刃、ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター」


『もう捌いた……』

『最速の三枚おろしはウインドカッターw』

『魔法の汎用性すごい』

『これがウインドカッターの正しい使い方』

『キャンプファイヤーに投げ入れてるw』

『ハンマー投げかよwww』

『これが本当の直火焼き』

『追加のファイアストームw』

『また火事w』



「もうすぐ完成ですよ」

「こ、この炎の中からどうやって魚を取り出すのですか?」

「簡単ですよ。見ていて下さい」


 またも彼女は魔法の詠唱を始めると、目の前に香ばしく焼かれた魚が現れた。


「こ、これは一体どういう……」

「転移魔法を使ったのですよ」


 あー、なるほど。それは簡単…とはならないよな。


『転移魔法まで使えるのか……』

『ワカサギを転移させる聖女』

『あれが正しい転移魔法の使い方』

『焼き魚美味そう』

『食べてみたい』


「それでは早速いただきましょうか」

「今日はお祈りしないのですね」

「はい、いつも一人の時はお祈りなんてしないですよ。面倒ですし、何より冷めてしまいますからね」


 全部分かってたのか……。

 今の話し方からすると、ラーナさんも本当はお祈りとか嫌っぽいな。


「すごく美味しかったです。ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。それでは明るいうちに晩御飯の食材を取りに出かけます」


 お腹いっぱいだけど、確か灯りはあのランタンと焚き火ならぬキャンプファイヤーだけだし、今の間に探さないとダメか。

 この辺りだと、やはり森の恵みのキノコや山菜かも。


「あ、見つけました」

「これはハーブですか?」

「はい、これはタイムです。後はキノコがこの辺りに生えていると思うのですが、あ、見つけました」


『巨大キノコwww』

『でかすぎて食べる気しない……』

『それ毒キノコじゃないのかw』

『毒々しい』

『紫と赤と黒とピンクの模様はヤバいw』

『あんなキノコ初めてみた』

『食べたらダメなやつw』


「そ、それって食べれるのですか?」

「はい、これはマツタケと言いまして、この世界では高級食材として扱われているのですよ」


『あれが松茸…』

『いくら品種改良しても、ああはならない』

『完全に毒松茸』

『トオル乙w』


「ま、松茸だったんですね。確かに香りは松茸ですね」

「とっても良い香りですよね。さて、もう少し奥へ行きますね」


 テントを離れて一時間ほど。

 大木が生い茂っているため少し薄暗くなってきた。

 どこまで行くのだろうか。


「あ、見て下さい。果物をたくさん見つけました。これは木イチゴとブルーベリーにイチジクですね」


『紫のいちごに黄色のブルーベリーw』

『ブルーでは無いw』

『イチジクじゃなくてドラゴンフルーツに見える』

『苺もりんごサイズw』

『何もかもが巨大だな』 

『どれも美味しくなさそうw』


 沢山のフルーツをアイテムボックスにどんどん入れていく。それにしても便利な魔法だ。


「必要な食材は残すところ後一つとなりました」

「後は何を探しているんですか?」

「この果物がここにあるので、ここにいれば向こうからやって来ますよ」

「向こうからとは……まさか、熊とか猪じゃないですよね……?」

「ふふふっ。トオル様は面白いお方ですね。森に熊や猪は出ませんよ。ここに生息してるのは……あ、来ました。牛さんです」

「え? 牛?」


「グゥガアアアアアアアアアアアアアァッッッ!!!」


 異常発達した鋼鉄のような体躯。

 血にまみれた毛並みは闇夜の如く黒く、鋭い牙と額から生えた二本の角。


『熊じゃねぇかwww』

『どう見ても熊w』

『超巨大熊』

『グリズリーも逃げ出すw』

『逃げてー』

『早く逃げて!』

『目を合わせたまま、ゆっくり後退しろ!』


「ラーナさん! あれはマズイですよ。逃げましょう!」

「不味くありませんよ。肉質も脂のノリも申し分無さそうですよ、トオル様」


『そういう意味じゃないだろwww』

『勘違いコントw』

『ラーナちゃん逃げて』

『トオル、ぼさっとしてないで、ラーナちゃんをお守りしろ!』


「すぐに終わりますよ。ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター」

「モオォ〜…………」


 ドサッと熊が…いや牛が肉塊となった。

 つまり牛肉か? うーむ、紛らわしい……。


『牛の鳴き声がしたw』

『あれは牛なのか……』

『ラーナちゃん強えw』

『ウインド聖女』

『この子、最強なの忘れてたw』

『すでに解体も終わってるw』


「さてと、ではテントに戻りましょう」


 ◇


「それでは少し休憩をして、お茶でも飲みましょうか」


 テントに戻った後、小さな焚き火を囲んでキャンプチェアに座った。カメラは石で固定して、せっかくなのでテントをバックに俺も顔出しを試みた。


 カタカタと音を立てたポットを手に、マグカップにお茶を注いでくれた。

 森で採った茶葉らしいが、緑茶みたいでかなり美味しい。


「トオル様、この世界での暮らしはどうですか?」

「そ、そうですね。少しは慣れてきたと言いますか、思ったよりも快適ですね」

「それは良かったです。トオル様の世界は、あのゲイムやカメラの様な魔導具があるところを見ると、ここよりもずっと快適なのでしょうね」

「確かに栄えてはいますが、魔法なんて便利なものは無いですけどね」

「魔法が無い世界ですか……それはとても気になりますね。もしも元の世界へ帰れるとしたら、やはり帰ってしまわれるのですか?」

「え? 元の世界へ帰れるんですか!?」


 そう言うと、彼女はうつむいて黙ってしまった。

 ま、仮に帰れたとしても、俺は今かなり楽しいからすぐに帰るつもりは無いけど。


「以前お話した通り、私にその様な力はございません。ただ……」

「ただ?」

「いえ、何でもありません。それでは日も暮れてきましたので、夕飯の支度を始めますね」

「俺も手伝いましょうか?」

「いえ、食事を用意するのも聖女のお役目です。トオル様はいつも通りにしてもらえれば結構ですよ」

「では料理風景を映させてもらいますね」


『トオルってやつ、思ってたよりイケメンだな』

『ラーナさんとイチャつくんじゃねえ』

『二十代後半から三十代前半ってとこか』

『ただ……魔王を倒せば元の世界へ帰れるかもしれないですよパターンか?』

『魔王なんているの?』

『勇者の話してたから一応いるんじゃないかな?』

『それより、あの熊肉気になるな』

『トオル、料理配信頼む』

『私も三分クックまた見たい』


 ◇


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