第一話 一日の始まり

 密着生活一日目。


 朝五時に起きて配信チャンネルをチェックする。

 視聴回数3、登録者2人、さらにコメントまでしてくれていた。


『コスプレ聖女可愛いな。ハーフか? 事故に期待』

『異世界という名を使った詐欺チャンネル爆誕w』

『オカルト好きなので登録しましたー』


 理由は何であれ、見られる事は正義だ。

 昨夜カメラを回していると、なぜか自動で配信されている事に気付いたので、切り忘れに注意する。

 こういった不自然な事が起きるのは、異世界の影響だと思う。


 昨日は大聖堂にある空き部屋を貸してくれたのはいいが、ベッドは硬く、夜は冷えてなかなか寝付けなかった。

 ま、タダで一日三食付いてくる居候のような身としては文句は言えない。


 おっと、もう行かなければラーナさんとの待ち合わせに遅れてしまう。


 ◇


 待ち合わせ場所は大聖堂の入口だが、どうやら俺の方が早かった様だ。


 早速、スタートを押して大聖堂を映す。

 壮大な鐘楼と、そびえる尖塔。

 複雑な建築様式と装飾的な柱。

 色彩豊かなステンドグラスが太陽の光を反射して何とも美しい。

 そんな光景を映していると、ラーナさんがやって来た。


「ラーナさん、今日からよろしくお願いしますね」

「え、えぇ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「今からどちらへ行かれるのですか?」

「朝は決まって庭のお花の水やりから始まります」


 カメラを向けながら付いて行くと、早くも視聴者が二名。さらにコメントが流れてきた。


『コスプレJK聖女きた』

『スペインかドイツっぽいね』


 俺はコメントには答えずに撮り続ける。

 あくまでも主役はラーナさんであって、俺の声は邪魔になる時があるからだ。


 広大な庭園には、美しく手入れの行き届いた花壇がある。多種多様な花が植えられているが、どれも見た事がない花ばかりだ。


「ラ〜ラ〜ラララ〜♪」


 彼女は歌いながら水やりをしている。

 今のところ美少女が普通に水やりをしているだけだが、これはこれで絵にはなる。


「よいしょっと……」


 彼女が一通り水やりを終えると、次にバケツを運んで来た。

 何やら黄色がかった液体を花にかけ始めたので、俺は気になって声をかける。


「ラーナさん、それは何をかけているんですか?」

「あ、これは除草剤です」

「除草剤……ですか?」

「はい、こうして満開に咲いた美しいお花を枯らすのが趣味…いえ、修行なのです。ラ〜ラ〜ラララ〜♪」


『枯らすのが趣味って言わなかったか……?』

『修行の聞き間違いじゃない?』

『俺も趣味って聞こえたw』

『通報頼むwww』



 早くもコメントが荒れ始めた気がするが、まだ始まったばかりだ、通報だけは勘弁してほしい。


「な、なぜ枯らすのですか?」

「これも聖女としての修行です。生と死、この世の尊さを知るために必要な行為なのです」


 ドボドボと除草剤をかけながら彼女は笑顔で言った。

 おそらく文化の違いだろう。


「あ、このお花でしたら、明日また蘇生魔法をかけるので大丈夫ですよ」

「蘇生魔法ですか……」

「はい、綺麗に元通りになった所を、何度も何度も除草剤で枯らすのは、たまらなく気持ち良…修行なのです」


『魔法という設定』

『毎日枯らされて復活……花からすればただの拷問』


「次は走りますので、頑張って付いて来て下さいね」


 ランニングか。

 ラーナさんのスタイルがいいのは、毎日走っているからだろうな。


「俺も体力には自信がありますから、気にせず普段通りに走って下さい」

「はい。それでは、いつも通りに走らせていただきますね」

 

 そう言った彼女は腰を落とすと、何とクラウチングスタートの構えを取った。

 ランニングなどではなく、完全に短距離選手の姿勢だ。


「よーい、ドンッ!」


 彼女が大きな声で言うと、鉄柵に囲まれた外周を走り始めた。


『ガチ勢の走りw』

『カメラ追いつけなくて笑う』

『あの聖女速すぎるw』

『いや、速いなんてものじゃない……』


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「もうへばってしまったのですか? それでは後百周してきますね」


 え、もうへばった?

 それは違う、決して俺の体力が無いわけではない。

 彼女が異常なんだ。あの細い体でアスリート以上の速さで鼻歌まじりに全力疾走をしながら走り始めて十分。

 それも後、百周だと言う。


 当然、俺はその場で立ち止まり、彼女を待つ事にしてカメラを向ける。

 風を切って走り去る彼女を、右から左へと素早くカメラを動かす。


『白装束で世界獲れるwww』

『疾走感あふれる映像』

『人類最速は聖女なのか……』

『初めて見に来たけど、何あの子すごい。拡散しよ』

『俺はもう拡散したw』

『陸上界がひっくり返りそう』


「ふぅ……」


 彼女が走り終えると、一息ついて大聖堂の中へと帰って行く。常人離れした身体能力を持つ彼女に、俺は一層興味を抱いた。

 

「水浴びをしてきますので、先に中へ入って待っていて下さい」

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