第9話 見知らぬ天井

 朝露が香る気持ちの良い風が窓を揺らし、吹き抜ける風で揺れ動くカーテンの隙間から、太陽の光が差し込んだ。眩しさから目を覚ました俺は、光を遮るための手のひらで目を擦りながら天井を見つめる。


 昨日のことを少しずつ思い出しながらも、ふと思いついた有名な台詞を呟いてみた。


「知らない天井だ……」


    ◇


 取り敢えず満足したので、そのまましばらく微睡んでいると、いつの間にか光が眩しくなくなっていた。竜眼が光量を調節したようだ。

 直ぐに対応されなかったのは、気が緩んだ状態だったからだろう。常在の魔法とはいえ、使用者の意思や状態に多少なりとも左右されるのが、この世界の魔法なのだ。魔法とは自動で制御される工程プログラムではなく、自身で操作コントロールする身体制御の一種だといえる。


 俺自身の〝起きる〟という意思に従い、全ての竜魔法が完全に起動したのを感じた。そうして漸く半分人だった竜が完全に竜になった。それはつまり、竜につよくなったとはいえ油断すれば簡単に死ぬということでもある。この世界で自由に生きていく為には、アルマさんに真剣に師事する必要があるだろう。


 こうして俺の異世界での新しい生活が幕を開けた。



『実績が解除されました。報酬が与えられます』



「!! なんだ? 何の実績だよ」


 何の前触れもない突然の通知に驚いたが、取り敢えずスマホを出現させて画面を見る



Magic Listマジックリスト



「リスト……、名簿か?」


 アプリを開いて見ると、思っていた通り名簿のようだ。スマホの連絡先一覧のように一番上に俺の名前があって、あいうえお順に並ぶようになっていた。



  [名簿一覧]

佐渡 丞ススム•サワタリ


◯ アルマ・ニクス・フルワール

◯ ダフル・ヘイマン



 まずは自分の名前をタップして開いてみる。



佐渡 丞ススム•サワタリ

 種族:人竜(劣竜王) 性別:男 年齢:十二歳

 職種:無し

 異能チート実績解除アチーブメントアンロック

    ┗〈Transcend Smartphoneトランセンドスマートフォン

      ┣〈Magic Creatorマジッククリエイター

      ┣〈Magic Storageマジックストレージ

      ┣〈Magic Translatorマジックトランスレーター

      ┣〈Magic Convectionマジックコンベクション

      ┣〈Magic Mapマジックマップ

      ┗〈Magic Listマジックリスト

 [魔法]

【竜軀 ※常在 ━ 竜纏衣 ※具現】

【竜息 ※常在 ━ *** ※発動】

【竜瞳 ※常在 ━ 竜刻眼 ※発動】

【竜腕 ※常在 ━ 竜爪閃 ※発動】

【竜脚 ※常在 ━ 竜天靴 ※具現】



「俺のチートって実績解除アチーブメントアンロックって言うのか。スマホはTranscend トランセンド……超越だったか? 種族は人竜になってるけど……劣竜王? 本物の竜では無いからか? あぁぁ、十二歳になってる……」


 衝撃の事実に思考が止まりそうになったが、なんとか事実を飲み込んでアプリの確認を続ける。


 次はアルマさんの名前をタップしてみた。



◯ アルマ・ニクス・フルワール

  ⚠︎未認証

 種族:??(神使しんし) 性別:女 年齢??歳

 職種:フルワールの神使・巫女

 [魔法]

【?? ※??】

【風霊 ※加護】

【従猫 ※召喚 ┳ 斬山猫ミュール

       ┗ 幸運猫ルーナ



 アルマさんの項目は俺のものとは違い、一部が伏字になっている。何故か種族も伏せられているようだ。魔法の一部が分からないのは、俺が見たことがないものだからだろう。

 名前の真下に「⚠︎未認証」とあったのでタップしてみると、「本人の認証が必要です」と表示された。取り敢えずは後回しにして、村長の項目も開いてみる。



◯ ダフル・ヘイマン

  ⚠︎未認証

 種族:普人 性別:男 年齢:??歳

 職種:レベルタ村の村長

 ??????????



 こちらは殆どが伏せられている。やはり知らないことは表示されないようだ。

 確認はここまでにして、認証の件はあとでアルマさんに協力を頼んでみることにしよう。


 あてがわれた部屋から出て一階に降りてみると、アルマさんが朝食の準備をしている。


「あら、おはようススム。丁度、朝食が出来たところだよ」


「おはようございます。何か手伝うことはありますか?」


「大丈夫。これを持っていったら終わりだから。さあ、食べましょう」


    ◇


 アルマさんが用意してくれた朝食を食べ終え、テーブルの側で寝そべっていた山猫ミュールの背中で丸くなる仔猫ルーナの愛らしさに和んでいると、アルマさんが話しだした。


「今日の予定だけど、まずは狩人ハンターギルドにススムの登録をしに行きます。交付されるカードが身分証にもなるからそれが目的ね。どこで作った登録証でも、どの街でも他のギルドでも使えるから作っておいて損はないし。あと、すまほに仕舞ってある魔物の素材を買い取って貰いましょう」


「分かりました。あ、そうだ。さっき起きた直後にまたスマホに新しいアプリがダウンロードされたみたいなんです。出会った人が登録される名簿みたいなアプリなんですけど、登録された人が認証すると新しい機能が追加されるみたいで——」


 アルマさんに、スマホを見せながら説明をして協力を求めた。


「——なので、この『⚠︎未認証』を押せば良いと思います。ただ、伏せられている部分が開示されるかも知れないので、アルマさんの判断でお願いします」


「……分かった。取り敢えず押してみよう」


 アルマさんはそう言って「⚠︎未認証」をその綺麗な細い指で押した。



◯ アルマ・ニクス・フルワール

  ▼連絡

 種族:??(神使しんし) 性別:女 年齢二十四歳

 職種:フルワールの神使・巫女

 [魔法一覧]

【氷華 ※??】

【風霊 ※加護】

【従猫 ※召喚 ┳ 斬山猫ミュール

       ┗ 幸運猫ルーナ



 伏せられていた情報の一部が開示されたが、全部では無かった。本人の意思なのかアプリの能力不足なのかは分からないが、アルマさん本人にとっても知られても大丈夫な範囲のようだった。

 「⚠︎未認証」の部分も「▼連絡」という表記に変わっている。俺はアルマさんに確認してから押してみた。すると俺にとって馴染みのある、電話している時の画面に切り替わった。


「え? え? 頭の中に音が聞こえる!」


 その様子からピンと来た俺は、急いでアルマさんに指示を出した。


「アルマさん、その音はスマホからの通知だと思います。スマホに、その音に繋がるようなイメージをしてみて下さい」


「わ、分かった。えーと、繋がる繋がる……、あ! 『なんか繋がったかも』」


 アルマさんがそう言った言葉が、同時にスマホからも流れてきた。俺はスマホを耳に当てながら、手で口元を隠して小声で会話をしてみる。


「アルマさん聞こえますか?」


「『あ、なんかススムの声が頭の中に聞こえる——』」


 しばらく試してみた結果、スマホからのみ通信出来ることが分かった。距離については試しようがないが、少なくとも一階と二階ぐらいの距離は問題なく通じるようだ。


 アルマさんは一度考えるように俯くと、少し上目遣いでジト目になって呟くように言った。


「やっぱりそのすまほ、神造物アーティファクトとしてもおかしい」


「えーと多分ですけど、このスマホ、俺のんじゃないかと思うんです」


「混ざってる?」


「はい。は元々のスマホと違う部分が多すぎるんです。大きさも元々はもう少し大きかったですし、形も少し違うというか、今みたいにカバー無しだともっと滑って持ちにくかったような気がして……。かと言って完全に違うわけでも無いみたいで、元々入っていたアプリはそのままですし、電卓のアプリとか前に入力した数字がそのまま残っていましたし」


「うーん。そういうこともあるのかも。異世界人の異能についてなんて、公開されている文献にも、名前や大まかな権能以外は殆ど書かれていないから、これ以上は分からないわね」


 スマホとアプリについての話しを切り上げて、当初の予定通り狩人ハンターギルドへ向かうことにした。

 ちなみにアルマさんとアプリについて騒いでる間、山猫ミュール仔猫ルーナは二匹でくっついて丸まりながら、時々欠伸をしながらこちらを眺めていた。終始興味がないようで、山猫ミュール仔猫ルーナを毛繕いしたりしてあやしていた。可愛い。



—————————

▼《Tips》



Magic Mapマジックマップ

 一定以上の大きさの異世界の人工物を、合計10個目視したことに対する実績解除アチーブメントアンロックによる報酬。

 神造物アーティファクトでもあり異能の一部でもあるTranscend Smartphoneトランセンドスマートフォン内にアプリとして付与された。

 地図アプリ。

 アプリ所持者から半径500mの範囲がマップに表示。マッピング済みの場所は変化があるたびに自動で更新される。

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