第7話 湖畔の村

 森を歩いていると、やがて少しずつ木々がまばらになり、その隙間から大きな湖が見えてきた。その湖から少しだけ離れた場所には小さな村落が確認出来る。


 疎らとはいえ森から村を囲むように木々が生え、湖から吹き込む風がその枝葉を揺らしている。雲の間から差し込む光が村の家々を照らし、長閑な雰囲気を醸し出していた。


「あそこがレベルタ村。私の別荘があって毎年一年の半分くらいは滞在してるんだ」


 程なく村まで到着すると、魔物がいる世界だからか意外にもしっかりとした柵で覆われている。村の出入口である門も木材ではあるが頑丈そうな造りになっていた。


 門の側には見張りだろう男性が外側と内側に一人ずついて、こちらに手を振っているのが分かる。それに気付いたアルマさんが手を振り返しながら向かうと、特に問答もなく村の中へと案内された。


 多分、俺の金色の瞳についてだと思うが門番の二人は俺と目が合った瞬間、息を呑むような仕草をして深々と頭を下げたので、アルマさんが言っていた竜王種については、人の世界でも常識なのだろう。恐れられているのかある意味丁重に扱われているのだろうが、遠巻きにされている様で少し疎外感を感じた。


「取り敢えず村長さんのところに行こうか。あなたには成人するまでに一般常識と、戦闘や野営などの技術を教えるつもりでいるから、村にいる時は一緒に私の家に滞在することを伝えないとね」


「分かりました。ありがとうございます」


 緩やかな時間が流れるような村の中をゆっくりと歩いていると、もはや恒例となった通知が脳内に響いた。



『実績が解除されました。報酬が与えられます』



「……アルマさん、またスマホにアプリがダウンロードされたみたいなので、少し待って貰えますか?」


「え? またなの? ……しょうがないか、少しだけだよ」


「分かりました、確認だけにしておきます」


 急いでスマホを取り出し確認すると、やはり新しいアプリが点滅していた。



Magic Mapマジックマップ



 アプリは名前から分かる通り地図アプリだった。前回〈Magic Convectionマジックコンベクション〉のことがあったために少し警戒していたが、名前の通り使えそうな機能のアプリのようで、俺が通過した場所から半径500mの範囲がマップ上に表示されていくみたいだ。


「行ったことのある場所の周りが地図になるアプリみたいです」


「はぁ、それはまた便利な機能ね。神造物アーティファクトの中でも、とびっきりヤバいモノな気がしてきた」


 何故か引き気味のアルマさんに説明を終えると、再び目的地へと歩き出した。

 途中で出会う村人の大半は、こちらに気付くと頭を深く下げるのだが、中には跪いて頭を下げる人までいた。竜王への恐れにしても不思議な気がする。


 やがて、村の中央辺りにある少し大きな家にたどり着くと、扉をノックして誰何を待った。程なくして少し年配の女性が出て来ると、こちらが反応する前に早口で話し始めた。


「あらあら、まあまあ。アルマ様、森から戻っていらしたのですね。さあさあ、中に入ってください。すぐに主人を呼んで参ります」


 女性はそう言って急いで家の中へと招き入れると、こちらの言葉を待つことなく戸主を呼びに小走りで去っていった。アルマさんの後ろにいた為、俺の瞳には気付かなかったようだ。

 アルマさんは少し苦笑すると、勝手知ったる我が家のように真っ直ぐ居間のようなところへ向かい、俺にソファへ座るよう促してからその隣に座った。後ろをついて来ていた山猫ミュールがソファのすぐ裏で丸くなり、仔猫ルーナがその大きな身体に飛び付いて山猫ミュールの毛繕いを始めた。可愛い。


 しばらくすると、身なりのしっかりとした初老の男性が部屋へと入ってきたが、やはり俺を見て驚いたような仕草をする。先ほどの女性は全く気付いていないようだったので、何も聞いていなかったのだろう。


 この村の村長だろうその男性は、こちらを気にしながらもアルマさんに話しかけた。


「アルマ様、お待たせいたしました。ご帰還が予定していたよりも早いですが、何か問題でもありましたか? それと、其方の御方は……」


「村長、それも含めて報告にきました。そうですね、先に紹介を……、この子はススム、見て分かる通り竜に連なる一族の出身で、元は人族ですが先祖返りな上に竜王種へと覚醒してしまったようなのです。森の奥で出会ったのですが、天涯孤独とのことなので私が保護することにしました。少なくとも成人までは一緒に行動しますのでこれから宜しくお願いします」


「なんと!そうだったのですか。儂はこの村を纏めさせて頂いております、ダフル・ヘイマンと申します。ススム様、ようこそお越し下さいました。宜しくお願い致します。」


 思っていたよりも、こちらに謙り深々とお辞儀をする村長に驚いた俺は、立ち上がって同じように頭を下げて挨拶をする。


佐渡 丞ススム・サワタリです。」


「おおおぉ、あ、頭をお上げくだされ、ススム様」


 村長は慌てて頭を下げている俺を止めようとした。〈Magic Translatorマジックトランスレーター〉によるからすると、言葉や文脈からは、竜王を恐れていると言うよりは深い敬意のようなものを感じる。謎ではあったが次のアルマさんの言葉でその原因が分かった。


「土地柄上、あなた達には酷かも知れませんが、村の皆んなにもススムを過度に畏れないようにお願いします」


「し、しかしアルマ様、ススムさ——」

「皆んなには、ススムを見守るように接して欲しいのです。人の世界に不慣れな幼い彼を、村の皆んなで助けては頂けませんか?」


「うーむ……、そう言うことならば……。分かりました。村の者にはススム様の目前で信仰を捧げるのは止めるように伝えましょう」


「ありがとうございます」


 俺はアルマさんと出会った時に、鎮守の森の奥にいた竜骨の谷の主(竜王)はは信仰されていると聞かされたことを思い出す。村人から向けられた感情は『恐れや畏怖』ではなく、『畏れや畏敬』だったようだ。


「さあ、それでは話を戻しましょう。まずは毎年恒例になっていた、鎮守の森の奥での二体の竜王の争いについてですが——」


 俺の扱いに対する話は終わったようで、アルマさんは俺が拝まれるのを阻止出来たので、蒸し返される前に次の話しに移したみたいだ。

 今は俺が取り込んだ二体のドラゴンについて話しているが、事前に予め決めていた通りに、『アルマさんが到着した時には二体は相打ちとなり、死骸は複数の魔物が食してしまっていた。竜王の死骸を食べた魔物が進化する前にアルマさんが殲滅したが、竜王の死骸は回収出来なかった』と、一連の流れの説明をしたようだ。


「——以上です。次に、レベルタ湖の上流の……」


    ◇


 あの後、アルマさんによる鎮守の森の魔物や薬草など様々な分布調査にていての報告が行われた。全ての報告が終わったのは、日が暮れ始めた頃だった。村長からは泊まっていくように懇願されたが、元からアルマさんは自宅へ帰ることに決めていたようだ。


 村の中でも湖に近い外側の区画に、アルマさんの家はあった。一人で住むには少し大きな二階建ての住居。中に入ると、パステルカラーの内装に白を基調としたシンプルな家具が置かれていた。


 俺は二階にある一部屋を自室として使うように言われた。部屋は元々は客間として使っていたらしく、汚れもなく簡単な掃除だけで問題なかった。

 掃除を終えると、アルマさんが用意した夕食を頂く。家には魔道具付きの浴室やトイレまであり、思っていた以上に快適だった。


「ススム、一日中色々あって疲れたでしょう。話しは明日にして、今日はもう休みなさい」


「分かりました。おやすみなさい」


「はい、おやすみ」


 俺はアルマさんと猫たちに就寝の挨拶をすると、与えられた自室で、長かった一日を思い出しながら眠りについた……。




—————————

▼《Tips》



〈空と風の女神フルワール〉

 空を吹く風は世界に遍く届く。空は幾つもの顔を持ち、時には天罰すら与える。女神フルワールの本質は〝嵐〟である。

 フルワールの権能は極端に攻撃系統に偏っており、特に広域を破壊するのに向いている。威力や範囲の細かい調節を苦手としているが、威力や範囲を強化するのは大得意である。

 広域の探索も得意であり、彼女が嫌いな犯罪ことを風が吹くような開けた場所で堂々と行うと、場合によっては街一つ丸ごと天罰の対象になりうると伝わっている。

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