第12話 魔法と魔術

「なるほど。……冷やす魔導具か。うーんそうだね、そもそも魔導具ってが込められた道具のことを言うんだけど——」


「魔術? 魔法とは違うんですか?」


「そうなのよ。魔法は個人由来の能力で、魔術は学ぶことで得られる術。もう少し説明すると、魔法とは。この世界に生きる者たちの可能性そのもの。それに対して魔術とは、神々の権能まほうの模倣。世界に溶けて遍在している神々の力を利用するためのなの」


 アルマさんの説明によると、この世界の神様とは世界に溶けて遍在することでらしい。

 実体化も可能な上、神になる前の人格のままのため、過去に何度も神々による世界を巻き込む大戦が起きたようだ。その結果として現存する神はごく少数しか確認されておらず、神の力を利用する魔術も衰退気味になってしまったみたいだ。


「私が知る限りこの世に現存する神様は四柱。主神、太陽神メレナフラム様。その妻の大地母神クリムシーナ様。そして、その二柱から生まれた双子神、水と樹木の女神アムルアス様と、私が仕える空と風の女神フルワール様。それぞれの神々が司っている属性は光と火、闇と地、水と樹、雷と風の八種類ね」


 魔術とは神の存在を知ることで初めて使用できるらしく、神が世界に刻んだ権能ちから解析りかいすることで魔術の真髄に至れるらしい。


「私はフルワール様に加護を頂いた弊害で、他の神様の魔術が使用できないけど、魔術であれば難しいけれど水と風の複合魔術で氷を生み出したり、指定した対象を冷やしたり出来るんだけど……。魔導具を作るためには神様が直接司っている属性の術式を刻む必要があるのよ。例えばさっき貰ったギルドカードは、紙で出来たカードの表面を特殊な樹液で覆って作ってあるの。水と樹木を司るアムルアス様の権能ちからを利用しているのね」


 司る属性とはいえ、神の得意不得意は多大な影響を及ぼすようで、水を司るアムルアスは氷などへの性質変化が苦手らしい。難易度は高いが複数の属性を混ぜることが可能なようで、アムルアスと風を司るフルワールの権能ちからとの複合魔術であれば問題なく氷を生み出せるようだ。


「現存する神々の属性に沿わない魔導具は、神造物アーティファクトと呼ばれるの。過去に存在した神々の権能ちからも魔導具に込められてさえいれば使用できるのよ。新しく作れないからとんでもなく希少だけどね」


「つまり、冷やす魔導具はとんでもなく希少ってことですか?」


「そうなのよ。……しかたない。私の魔法を使いましょう。私の【氷華】ならぷりんを冷やすのに不足はないし。あまり使いたくないけど、背に腹はかえられないわ」


「使いたくないのに良いんですか?」


「ススムにはいずれは言わなければいけなかったと思うから言うけど……、私は〝亜神〟なの。フルワール様に選ばれた次代の女神候補。私の権能は『雪と氷河』、【氷華】は雪の結晶を象徴しているのね。権能は使えば使うほど神に近づいていくから……、フルワール様には期待されているのだけど、あまり神には成りたくないのよ」


「亜神……」


「ススムも他人事ひとごとではないのよ? 竜王って〝竜神〟の卵みたいなものだから。竜神に至るためには、数多の竜王を倒す必要があるらしいから簡単ではないけどね。ススムは他の竜王に狙われても撃退できるくらいには強くなる必要があるのよ」


「強くなる必要……、分かりました。よし、じゃあアルマさんさっそく聞きたいことが——」

「ぷりんでしょ! 今、最重要なのは!」


「はい、そうです。……えーと、それでは冷やすのはアルマさんにお願いするとして、プリンの材料は卵と牛乳と砂糖、できれば生クリームやバニラビーンズがあると良いです。あとは泡立て器とこし網があると綺麗に仕上がるんですけど……」


 やる気満々のアルマさんにより、夕方には必要なものが揃った。幸いなことに生クリームはバターの製造のために、バニラビーンズや泡立て器、こし網はクッキーなどに使用するため村にも存在した。


 さて、プリンを作っていこう。


 まずは、手鍋に砂糖と少量の水を入れ茶色くなるまで火を入れる。茶色い飴色になったら追加で水を入れて固さを調整。プリン用の型など存在しないため、マグカップを代用した。マグカップの内側にバターを塗ってからカラメルを流し込み、アルマさんに魔法で冷やして貰う。

 次に手鍋に牛乳と砂糖、バニラビーンズを入れて煮る。鍋肌の牛乳がフツフツとしだしたら火を止めて、こちらもアルマさんの魔法でしっかりと冷ます。

 牛乳を冷ましている間に卵を割り混ぜる。卵に空気が入らないよう、泡だてないように溶いてからこし網で濾した。

 最初に温めた牛乳がしっかり冷めたら、生クリームと牛乳を混ぜ合わせたものを入れて混ぜ合わせる。

 そこに先ほど溶いた卵を入れ、さらに混ぜ合わせてからこし網で濾すとプリン液の完成だ。

 カラメルを入れたマグカップに、泡立たないよう静かにプリン液を流し込んで準備完了。

 

 俺はマグカップの前で、スマホのアプリ〈Magic Convectionマジックコンベクション〉を起動する。

 スチームモードで85℃、加熱時間を二十五分に設定してからマグカップをアプリカメラに映して、スタートボタンを押した。


 スマホから赤色の粒子がマグカップに向けて飛翔すると、粒子はマグカップを包み込むように覆った。

 一度粒子が対象を覆えばアプリの仕事は終わるようで、その後は自由に動けるようだ。


 二十五分が経過すると、マグカップを覆っていた赤い粒子が消える。アプリの説明通り、完成したプリンの表面やマグカップの周りには水滴一つついていなかった。

 プリンをアルマさんの魔法で一時間ほど冷やしたら完成だ。


 プリンを加熱し始めてから冷えるまでの間、アルマさんはプリンの前から微動だにしなかった。猫たちはそんなアルマさんの周りで興味なさげにくつろいでいる。


    ◇


 我慢ができなくなりつつあったアルマさんからの再三の確認を受け流して、ようやく一時間が経過するとプリンの完成をアルマさんに告げた。


「こ、これがプリン。ねえねえ、もう食べて良いの?」


「待ってください。皿に移しますから」


 マグカップの口の部分に小さめの皿を被せてひっくり返すと、飴色の帽子を被った黄色い魅力的なボディが現れた。我ながら上手くできたと満足する俺の横で、アルマさんがその魅惑の物体に釘付けなっている。これ以上我慢させるのも可哀想なので、黙って皿とスプーンを手渡した。

 アルマさんがプリンを食べているのをただ眺めているのも何なので、俺も一緒に食べることにした。

 多分アプリが増えることになるだろう。


「何これ! ぷるぷるしてて甘くて美味しい!!」


 興奮しながらも幸せそうなアルマさんと一緒にプリンを堪能する。食べ終えると予想通りの通知が頭の中に響いた。



『実績が解除されました。報酬が与えられます』



 スマホを取り出してアプリを確認すると、こちらも予想通りのものがダウンロードされている。



Magic Chillerマジックチラー



 予想した通り、冷却水循環式調理アプリのようだ。

 粒子状になった水が対象を覆い循環することで、料理をムラなく冷やすことが可能で、ショックフリーザー機能まであり急速冷凍もできるようだ。

 プリンを作るために使用したアプリ〈Magic Convectionマジックコンベクション〉のある意味対となる代物だろう。

 次回プリンを作る時はアルマさんに頼まなくても作れることになった。


 そうして、アプリの確認を終えると今度は全く予想していない通知が頭の中に響いた。



『おめでとうございます。十個の実績の解除を確認しました。特別な報酬が与えられます』



—————————

▼《Tips》



〈水と樹木の女神アムルアス〉

 水は生命を育み樹木を潤す。樹木は生命を育み世界を支える。女神アムルアスの本質は世界樹である。

 アムルアスの権能は極端に生命系統に偏っており、特に樹木を害するようなことを苦手としている。故に氷や凍結、熱湯といった本来なら水の属性の範疇である性質変化はそれ自体がそもそも不可能である。

 それとは逆に生命を癒す力は絶大で、水も樹木も生命に通じる性質を内包しているため、女神の前では死者すら蘇ると謳われている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る