第2話 二度目の目覚め

 目を覚ますと、俺は鉄の味のする赤い水たまりの中にいた。


 目の前には頭の無い黒いドラゴンが横たわっている。首の断面から赤い液体が流れ出て大きな水たまりを作っている。


 赤い水たまりの中には、黒いドラゴンの千切れた頭部が沈んでいる。少し離れた位置には白いドラゴンも倒れ臥しているようだ。

 美しかった白いドラゴンの体は、胴体に大きな穴が空き、引きちぎれた下半身と共に真っ赤に染まっていた。


 俺は赤い水たまり、いや、ドラゴンの血溜まりからなんとか起きあがろうとしてみるが、体に力が入らず中々動かない。自分の体から少しずつ命がこぼれ落ちていくのが嫌でも分かってしまう。


 その時、混乱と絶望の中ふと気づいた。


 黒いドラゴンの、その手前にある俺の右手、そのに、あれだけの激しい衝撃でも失われる事も、傷付くことも、血で汚れることもなくスマホが存在していることに……。


 画面は「因子抽出」のカメラ状態のまま、血溜まりと黒いドラゴンを写し出していた。先程気を失う前に[因子抽出]を試した時とは違い、ボタンの上には『抽出可能』の文字が表示されている。


 ボタンを押すと、目の前にあった血溜まりごと黒いドラゴンが白い粒子のようなモノに変わり、スマホに吸い込まれていった。血溜まりに沈んでいた俺の身体にベッタリとついていた血まで吸い込まれたようだ。


 幻想的な光景の中、黒いドラゴンが居なくなると、カメラの中には白いドラゴンの一部が写っていた。表示は『抽出不可』と記されている。


 痛む体を無理矢理動かし、ほんの少しカメラを傾けドラゴンの全体が写るようにすると、先程と同じように『抽出可能』の文字が表示される。

 逸る気持ちを抑えボタンを押すと、白いドラゴンも先ほどと同じように白い粒子へと変わり、スマホへと吸い込まれていった。


 もしかしたら助かるかもしれない。急いでアプリを操作して「因子一覧」を開いた。


 そこには画面一杯に「竜」を冠した様々な因子が溢れていた。前回とは違い恐怖と焦りではなく、興奮と歓喜で震える指で[魔法創造]を開く。



 [魔法創造]

【SLOT1-(空き)】

【SLOT2-(空き)】

【SLOT3-(空き)】

【SLOT4-(空き)】

【SLOT5-(空き)】



 SLOT1を開いて魔法創造を開始する。どの様な魔法を創れば、生き延びることが出来るのかを必死に考えた。


 現状、因子は「竜」関連と二体のドラゴンが体得していたものと思われる因子しか所持していない。直接的な回復魔法の様なものは、とても創れそうにはなかった。


「竜……ドラゴン……、そういえば、あのドラゴン達は、無数の傷を負っていたはずなのに、死ぬまで出血はあまり無かったような……。ドラゴン、因子、竜の因子……そう、そうだ、いっそのこと! ドラゴンになるにはどうすれば……、なんとなくだが「竜気」の因子が重要な気がする。定番だと強力な力に体が耐えられない、とかもあるな……「適応力強化」……「耐性強化」と合わせれば……」


 死を直前にした狂気により、生き残るための糸口を掴んだ俺は、なんとか設定を終えると頭の中に直接声が聞こえた。


『SLOT1に魔法【竜軀りゅうく】を創造します。よろしいですか?』


 慌ててアプリの画面を見る。頭の中に聞こえたのと同じ文章と『はい』『いいえ』の表記があったので『はい』を押した。



 [魔法創造]

【竜軀(竜気順応・竜鱗障壁・骨格強化)※常在】

【SLOT2-(空き)】

【SLOT3-(空き)】

【SLOT4-(空き)】

【SLOT5-(空き)】



 少し待ってみたが特に変化は無い様だ。多分だが【竜軀】を創るときに動力の部分を魔力から竜気に変更したからだと思う。


 竜気に関しては、SLOT2に思いついている魔法を創ってみれば分かるだろう。想像通りならドラゴンが持つエネルギーが全身を巡るはずだ。


 極度の興奮からなのか先ほどまであった筈の痛みは麻痺していて殆ど感じない。しかし体力や生命力が徐々に失なわれているのが分かる。急がないと危ないのだが、魔法の構築に失敗したら本当に死んでしまいそうで、どうしても躊躇してしまいそうになる。


 慎重に出来るだけ早くアプリを操作する。

 

『SLOT2に魔法【竜息りゅうそく】を創造します。よろしいですか?』


 すぐに『はい』を押した。



 [魔法創造]

【竜軀(竜気順応・竜鱗障壁・骨格強化)※常在】

【竜息(竜核創生・竜気生成・竜気循環)※常在】

【SLOT3-(空き)】

【SLOT4-(空き)】

【SLOT5-(空き)】



 魔法創造を開始すると、竜軀の時とは違い急激に体がエネルギーを帯びていく。


 そのエネルギーが体を巡るたびに、少しづつ身体中の痛みが消えていく。同時に、体を巡るねつが段々と耐えきれない程の高温になっていくのが分かる。


「これは、まずいか?」


 身体中を周り巡っている竜気の量と、魔法を維持するための竜気の消費量が、釣り合っていないのかも知れない。


「熱い、やばい、ほ、他の魔法を創るしかない!」


『SLOT3に魔法【竜瞳りゅうどう】を創造します。よろしいですか?』



 [魔法創造]

【竜軀(竜気順応・竜鱗障壁・骨格強化)※常在】

【竜息(竜核創生・竜気生成・竜気循環)※常在】

【竜瞳(知覚強化・思考力強化・神経強化)※常在】

【SLOT4-(空き)】

【SLOT5-(空き)】



 まだだ……熱い。次の魔法を……。

 

『SLOT4に魔法【竜腕りゅうわん】を創造します。よろしいですか?』



 [魔法創造]

【竜軀(竜気順応・竜鱗障壁・骨格強化)※常在】

【竜息(竜核創生・竜気生成・竜気循環)※常在】

【竜瞳(知覚強化・思考力強化・神経強化)※常在】

【竜腕(腕力強化・体幹強化・爪撃強化)※常在】

【SLOT5-(空き)】



 少し熱がおさまってきたようだがまだ熱い。これは最後の魔法を創った方が良さそうだ。


『SLOT5に魔法【竜脚りゅうきゃく】を創造します。よろしいですか?』



 [魔法創造]

【竜軀(竜気順応・竜鱗障壁・骨格強化)※常在】

【竜息(竜核創生・竜気生成・竜気循環)※常在】

【竜瞳(知覚強化・思考力強化・神経強化)※常在】

【竜腕(腕力強化・体幹強化・爪撃強化)※常在】

【竜脚(脚力強化・平衡覚強化・蹴撃強化)※常在】



    ◇



「危うく怪我じゃなくて高熱で死ぬところだった」


 全てのSLOTに魔法を創ったことで、なんとかバランスが取れたようだ。


 今も使用している竜気より生成される竜気の方が多いが、竜気が身体中をのが分かる。先ほどまでとは違って、過剰な竜気は体外に自然と放出されているようだ。


アプリの「魔法一覧」を見てみると、創った魔法を詳しく解析出来ることが判明する。本当に現状で問題が無いかを軽く調べてみた。


 生成した竜気の過剰分を貯めるために組み込んだ竜核は、竜気が身体中を状態でないと稼働しないようだ。

 竜核が稼働することで初めて竜気の貯蔵が始まり、同時に貯蔵可能量以上の過剰な竜気が体外に自動で排出される。あのままでは竜気が排出されずにやがて高熱で死んでいただろう。


 全ての魔法を創って正解だったようだ。


 ようやく命の危機が薄れた実感がわき、改めて自分の体を確認する。全身が浸っていたドラゴンの血こそスマホに取り込まれ無くなっていたが、汗や泥の汚れはそのままで、服や靴はただの布や皮といった状態だった。


「創ったのは全て常在の魔法だから、発動か具現を追加出来るはず。具現って服とか靴を創れないかな、ドラゴンのせいで全身ボロボロだ。ほとんど服の体をなしてないし」


 次に、周りを見回して見ると、白いドラゴンがいた場所から向こう側と、黒いドラゴンがいた場所から、先ほどまで俺がいた岩の右側10mほどから奥に、抉れて道の様なものが出来ている。


 どちらも道の幅は5mほどで、その先へ1km以上は続いている様に見えた。


「というか、あのドラゴンの死に方と、俺が気絶する前と今の荒れ具合からすると、ドラゴンブレス?の撃ち合いでもしたのか?」


 一時はドラゴンも居なくなり、体が回復した上に竜気の循環による万能感もあり、僅かに高揚感していたのだが、冷や水をかけられたかのように一気に冷静になった。


「魔法を創ってようやく身の安全を得られたかと思ったが、転移して直ぐに命の危機が訪れる様な世界って絶対にヤバいだろ……」


 俺は衣服の確保と、より強力な戦闘手段の構築を最優先することにした。




—————————

▼《Tips》


Transcend Smartphoneトランセンドスマートフォン

 元々は主人公が所有していたスマートフォン。

 異世界転移(穴に落ちたこと)よりも手元のスマホに意識が向いていたことに対する実績解除アチーブメントアンロックによる報酬。

 化学製品スマートフォン異能チートである実績解除アチーブメントアンロック自体が融合し変異した結果、存在そのものが昇華し神造物アーティファクトへと至った。

 実体の無い異能の一部へと変異したことで物質マテリアル非物質アストラルへの可逆性を獲得した。その為、自由に実体化と非実体化が可能であり、主人公以外には使用出来ず、3m以上離れると自動で手元に戻ってくる。

 これ以上の細かい性能については、その都度本編にて語られることだろう。

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