第3話 屑石《チャクル》はひとり愁う
チャクルが
「お前はやはり、成長が遅い。私の
今日も、同じく。カランルクラル様は、チャクルへ
ようやく御前に進み出ることができた喜びも
「も、申し訳ございません……」
カランルクラル様は、責めている訳ではない。純粋に不思議に思われているだけのようで──だからこそ、より辛くて悲しい。肩を流れる
ほかの
「チャクルに御方様の御力は、もったいないです!」
「
みんな、あわよくばチャクルの分の
それは、
御目を損なわれた主のご尊顔を復活させるのが自分の石であったなら、おかしくなるほどの歓喜に満たされるだろう。競争相手を蹴落したいのは、当たり前だ。
(でも、みんな寄ってたかって……)
屑石の身で口答えなんてできなかった。できるのは、縋るような目でカランルクラル様を見上げることだけだ。闇の御方が、たかだか
「かつて、お前のように成長が遅い子がいたが、見事な石を育てたものだった。何が起きるか、分からないものだから──」
カランルクラル様の端正な口元が苦笑に綻んだ、かと思うと、その指先がチャクルの額に触れて、
(私の水晶が、綺麗に育ってくれますように。我が君様の御力を秘めた、守り石になってくれますように……!)
美しい御方の
(本当に……どうして私の石は成長が遅いの?)
胸もとを押さえて俯くチャクルには構わず、カランルクラル様は
「皆の健やかな健康を願っている。また、宮殿の外には出ぬように。──《
カランルクラル様の声を潜めた囁きに、
《
(我が君様に石を捧げられずに砕かれるなんて……!)
無為に命を散らせることは、抱く石の貴賤に関わらず、
* * *
(お庭にも綺麗なものがいっぱいあるから良いもん……!)
美しいものを見て育った
迷信かもしれないけど、できることがあるならやっておきたいのが
ううん、続いてはいけないかもしれない。調度やら彫刻やら、宮殿を彩る宝石の多くは、カランルクラル様の目になれなかった
だからより正確には、宮殿を彩る宝石よりもずっともっと美しく、と念じているのだろう、みんな。
(宝石も綺麗だけど……太陽の光、花弁、噴水の飛沫──どれも素敵じゃない?)
混ぜてもらえない
一秒ごとに色も形も変える自然のものたちは、宝石が放つ光に劣らず美しい。
屑石だから、貴石の輝きに気後れしているわけではなくて。素朴な愛らしさに勝手に肩入れしているわけではなくて。本当に、心からの思いだった。
(私が見たものが私の石に宿って、我が君様に使っていただけたら……!)
カランルクラル様の目は高望みだとしても、衣装の裾や
「砂利石だって、ここでは宝石ばかりだけれど、ね……」
チャクルの爪先がかき回す泉の水の中、万華鏡のような煌めきが躍っている。
そんな宝石の欠片は、こうして泉の底に振り撒かれることもあるし、宮殿の床や壁面を彩るモザイクに使われることもある。
美しく希少な宝石は、しばしば硬度も高いもの。泉の底には、チャクルの水晶の欠片もいくらかは沈んでいるはずだけど、ほかの貴石とぶつかり合ううちに砂粒のように小さく砕かれているだろう。
小さく溜息を吐いたチャクルの視界が、ふと
鴉が飛び込んだのは、宮殿の主の御座所。
「カランルクラル様の、
チャクルの主は、下僕や崇拝者と同じくらいに敵も多い。
『《
けれど、先ほど賜ったお言葉が蘇って、チャクルは嫌な予感に襲われた。
そっと泉から足を引き抜くと、用意していた布で水気を拭い、宮殿の中へと急ぐ。
(私が襲われても、カランルクラル様は悲しまないと思うけど……!)
それでも、ほかのみんなといれば安心だろう。臆病な屑石だと嗤われたって構わない。
なんだかんだで、ずっと一緒に育った同族なのだから。本気で嫌い合っているわけではない──呆れながらでも、チャクルを宥めてくれると思いたかった。
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