第10話 聖白母《ベヤザンネ》は愛を語る
「この神殿は、宮殿のようでしょう。最初は、
そして、眼差しだけでなく可憐な声も、うっとりとしてとても甘い。彼女が口にした
「強い御方だったんでしょうね……」
そして同時に、過去形で語られたことにも気付いてしまう。
なのに、
「ええ。そして、とても綺麗で優しい方。大好きだった。だから、私の石だけであの御方のお城を作って欲しいとお願いしてしまったの」
「そ、それは──」
「面白い御方でもあったのかしら。それとも、私を面白がってくれたのかも。
目を丸くしたチャクルに朗らかに笑うと、
「この部屋から始めて、とてもお待たせしてしまったけれど。私はここから出られなくなってしまったけれど。でも、あの御方はずっとここで過ごしてくださったから。幸せだった……」
入室する前に、宮殿の主の居間のようだと感じたのは間違っていなかったらしい。
この神殿を造らせた
ゼヒルギュルと対峙した夜に、エルマシュが語っていたことが蘇る。
(
愛する人と幸せな時間を過ごしたこと、それ自体はとても美しくて羨ましい。
でも。この城の今の主は、その
(
多くの場合は主の気分によって石を収穫する時が決められ、それがすなわち彼または彼女の死を意味するから、チャクルが意識したことはなかったけれど。
だから──これだけの質量の石を生んできた
いったい何があったのか──疑問には思っていても、チャクルが言い出せないでいるのに気付いたのだろう。
「シャファクアレヴ様は……あの、いなくなってしまわれたの。でも、私はこのお城をほかの
「弱い人間と
エルマシュとバイラムから聞いたことを呟くと、
「そう。シャファクアレヴ様のご威光で、遠慮してくれる
ゼヒルギュルに襲われた人間たちは、バイラム経由で神殿のこと、ひいては
あれほどの人間がいれば。そして、長年に渡っていくつもの事件に関わってきたのだとしたら。
大食漢の
「
気が遠くなるような話だった。
この神殿を築くための年月も、注がれた
主である
今、この白い聖母を頂点に、数えきれないほどの弱い人間や
感嘆の声を漏らして絶句したチャクルに、
「しかも、
「そんな。この神殿は、とても綺麗です! あの、私なんて水晶の
首を振りかけて──チャクルは、自らを卑下することの愚かさに気付く。
(主がいなくても、この方は、こんなにも──)
この御方を前にして、抱いた石の価値をどうこう言うなんて、どう考えても間違っている。
「でも、石の種類や価値に関わらず、何ができるか、なんですよ、ね……?」
「あら、言おうとしていたことを言われてしまったわね」
先取りして言ってしまったのは、失礼だったかもしれない。でも、
「シャファクアレヴ様がいなくなられて、どれだけ経ったかしら。でも、私は変わらずあの方のことが好きよ。人間たちが私に捧げる
「……はい」
「
聖母の優しい笑みに促されて、チャクルは大きく頷いた。
「私──エルマシュが好きです。彼は、助けたから、
どうも話が散らかる気配を感じて、チャクルはいったん深呼吸した。
これは、彼女の心の中ではもう確かめたこと。
大事なのは──これからどうするか、のほうだ。
チャクルは背筋を正すと、
「
ひと息に言い切ってから、屑石の
チャクルの力が、本当に神殿に必要なのか。
「えっと。そうさせてもらえたら、嬉しい、です……」
最後には、チャクルの声は自信なくふらついてしまったのだけれど。
「もちろんよ。外の話をたくさん聞かせてちょうだい。みんながいてくれるから、私は神殿の奥にいても寂しいと思わないでいられるのよ」
優しい言葉と温かい抱擁に、チャクルの心の
カランルクラル様の宮殿を出てからずっと、彼女には定まった居場所がなかったのだと、ようやく気付いた。そして、寄る辺がない状態が、どれほど心細かったのかも。
「はい……はい。必ず……!」
今、チャクルは新しい居場所に迎えられて、これからの指針を得た。なんて嬉しくて、そして安心できることだろう。
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