最終話 屑石《チャクル》は金剛石を抱く
エルマシュはそこにいるはずだと、すれ違った人間の女の子が教えてくれたのだ。
「エルマシュ──」
どこからか聞こえる水のせせらぎの音を聞きながら、チャクルは陽光に髪を煌めかせる、綺麗な同族のもとへと駆け寄った。
チャクルの軽い足音を聞きつけたのだろう、木陰に横になっていたエルマシュは顔を揚げ、輝く金剛石の目で彼女を捉えた。
「
「うん。すごかった」
短い形容に万感を込めながら、チャクルはエルマシュの傍らに腰を下ろした。
「とても綺麗で、強い方。石や
エルマシュとバイラムが、口を揃えてあの方に会わせたがってたのがよく分かった。
(屑石かどうかなんて、小さいことだったんだ)
百の言葉を重ねるよりも、白い聖母のお姿をひと目見るほうが早いから。だから、ふたりともあの御方のことを詳しく教えてくれなかったのだ。
「ああ、俺にもよく分かる」
チャクルの言葉に、エルマシュは頷いた。そして、
「俺がカランルクラルの宮殿を逃れた後も、たぶん、お前と同じお話を聞かせてもらったんだ。……これでも、ご主人様に逆らったのは大それたことなんじゃ、とか考えたんだがな。石を取られて殺されるのが嫌だ、なんて我が儘なんじゃないかと──だが、あれを見ればバカバカしくなるってもんだ」
「そうだね。……ほかのみんなにも、会っていただきたかったな……」
エルマシュが宮殿に乗り込んでくれたのは、そういうことだったのだろう。
美しいけれど閉ざされたあの場所が世界のすべてではないと、
「ああ。ほかの奴らも連れ出したかったんだが。すまなかった」
「ううん! だって……あれは、カランルクラル様がなさったことだから」
エルマシュは太陽のような輝かしい目を
こんなに強くて綺麗なエルマシュも、彼女と同じような悩みを抱いていたらしいと分かったから。
カランルクラル様に傷を負わせたことを、恐れたこともあったのだろう。宮殿を出た当時なら、
みんなのことを気にしているらしいエルマシュを励まそうと、チャクルはわざとらしいほど明るい声を上げた。
「あのね、
「……そこも、もう聞いたのか」
チャクルのうっとりとした声に何を感じたのか、エルマシュは警戒した面持ちで身体を起こした。
(知ってたなら、なんで思い違いだとか言ったの……?)
想いを軽く扱われたようで、そこは少し面白くなかったけれど。でも、だからといって嫌いになったりはしない。チャクルの想いも変わらないと、これから証明していけば良いのだから。
「うん。あと、
彼が何をしているのか。チャクルも一緒にいて良いのか。
これまで、エルマシュははっきりとした答えをくれなかった。でも、ほかならぬ
エルマシュに迫るチャクルの目は、きっと彼の金剛石さながらに輝いていただろう。その圧に屈してか、エルマシュは小さく溜息を吐いた。
「人間の依頼に従って、悪さした
「人間の国……!」
カランルクラル様以外の
(人間の街は、お城はどんな風なんだろう。何を食べてるの?
尽きない疑問をぶつけようと身を乗り出すチャクルを、エルマシュは奇妙なものを見る目つきでしげしげと眺めた。形の良い唇がそっと動く。
「……俺がいて、
「エルマシュ?」
大きな掌が、チャクルの頬を包んだ。
とても綺麗な宝石に対するかのような扱いがなれなくて、くすぐったくて。身を
「それこそ、
「鍛える?」
太陽のような眩しい眼差しに見つめられて、焦がされるような思いをしながら、チャクルは
(匿うよりも、って──それは、一緒に行っても良いってこと!?)
喜びと期待に、チャクルの唇が自然と笑みを形作った。彼女の思いを正しく読み取ってくれたのかどうか、エルマシュははっきりと頷いて答える。
「まだまだ世間知らずだからな。まずは、外の常識を身につけること、から始めないとな。料理とか裁縫とか。人間とのやり取りのし方や、旅するに当たっての知識とか。ここにも人間が大勢いただろう? あの子たちに混ざって勉強だ」
「なるほど……」
「俺もやったことだ。最初は苦労するだろうが──」
「大丈夫。頑張る!」
言われた内容については、もっともなことだから納得できる。でも、一番大切なところを確かめないといけない。
「エルマシュは? どこかに行っちゃう?」
「俺も当分は
鋭く問い詰めると、エルマシュは苦笑した。それから、掌を上に動かして、チャクルの頭を撫でた──そして、すぐに軽く眉を寄せて険しい表情を見せる。
「そもそも、カランルクラルの宮殿に潜入した後は、ほとぼりが冷めるまで身を隠すつもりだったし。……俺の石とお前の石と、
そうだ──毒薔薇のゼヒルギュルは、黒金剛石を内包したチャクルの水晶を見て、目を輝かせていた。
『カランルクラル様──これで御目が、揃います……』
闇の御方の両の目は、エルマシュが
(私の石にもそんな価値が、あるの……!?)
水晶は水晶なのに、と思うべきか。
でも、水晶の
地上にほかにも存在しない、といえば確かに唯一無二の宝玉──なのだろうか。カランルクラル様に知られたら、狙われてしまうくらいの?
エルマシュの言葉に、不安と恐怖はある。でも、それよりも強く、込み上げる思いがあった。
「エルマシュと
「呑気だな!?
エルマシュが目を見開いた表情がおかしくて、チャクルはつい、笑ってしまう。
「それは、嫌だけど。この石は──私の、だもん」
はっきりと首を振って。そうしてエルマシュを安心させてあげてから、チャクルは
(この石も、この思いも……!)
誰に与えられたのでも、植えつけられたのでもない、彼女自身のもの。だから決して渡したくない。大切に抱きしめていくと、決めたのだ。
チャクルは、今こそ自分の足で自分の生を歩き始めた。できることなら、これから進む道がエルマシュと一緒であると良い。それが、彼女の心からの願いだった。
* * *
「世界を変える運命の恋」コンテスト応募作として、ここまでで一区切り・いったん完結とさせていただきます。
本編未登場の
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【連載版】 屑石は金剛石を抱く 悠井すみれ @Veilchen
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