第4話 災厄《フェラケト》は襲来する
響くのは、チャクルのひび割れ掠れた呟きだけだ。
「……みんな……?」
チャクルの目の前に広がる煌めきの、なんて絢爛なことだろう。
イルディスの青、クルムズの赤、イェシュルの翠──それ以外の子たちも、みんな。
ただし、誰もが無残に砕け散って。
綺麗な顔やすらりとした手足は無傷でも、心臓に抱いた石を砕かれれば
(なんて、ひどい)
チャクルの目から涙がこぼれて、みんなの驚きと恐怖の表情が歪んだ。その視界も極彩色の輝きに彩られているのは、なんて皮肉で残酷なことだろう。
圧倒的な
生きた証を残せないのは、
みんな、これ以上ない絶望を味わわせられて殺された。
チャクルだけが、助かった。いつも通り仲間外れで庭に出ていたから。
(そうだ、これをやったのは……!?)
嫌な予感が、当たってしまったのを悟って、チャクルはよろめいた。
《
「カランルクラル様! 大変です! みんなが──」
チャクルの弱々しい足音が、震える声が、回廊の高い天井に虚しく響く。広く壮麗な宮殿が、やけに静かなのが不吉だった。
闇の御方のお傍には、常に美しくも恐ろしい
(誰か、どこか──)
息を切らせて、首を巡らせた時──チャクルの腕が、後ろから強く引かれた。
「きゃ──」
喘ぎながら振り向けば、力強い
そこには、太陽を直視するような光を宿した目が、チャクルを見下ろして輝いていた。
「まだいたのか。広間にはいなかったが──お前も
腕を捕らえた相手の顔をはっきりと捉えるまでに、何度も瞬きしないといけなかった。それほどに、その存在は美しく眩しかったから。
髪も目も、何色、とは言い表せない色をしている。とにかく眩しくきらきらしている、としか。
襟の高い
気配を感じさせずに忍び寄ったことからも分かる、
(なんて、綺麗……)
でも、こいつに対してそんなことを思ってしまうのは、一生の不覚。あってはならない屈辱、みんなとカランルクラル様に対する裏切りだ。
「《
気圧され、ひれ伏したくなる衝動を堪えて、チャクルはどうにか叫んだ。怒りと、憎しみを込めて。
「あ? 俺の呼び名か? たいそうな言われようだな」
その男が苦笑したのは、惚けているとしか思えなかった。この容姿に、この力。何より、宮殿の惨状──みんなの、欠片。こんなことをするのは《
「わ、我が君様を傷つけたんだから《
涙がぽろぽろと頬を伝うのが。自由なほうの手で《
「やってないことで責められてもな」
「嘘っ、だって──」
「あー、あの根暗野郎の綺麗なお顔を殴ってやったのは確かだけどな。仲間を手にかけたりするもんか」
「ねく──」
この上なく尊く美しい御方に対する、何という非礼、何という
怒りのあまりに絶句したチャクルの耳に──遠くから、高い悲鳴が聞こえる。とてもよく知る、
「アイセル──」
「……あっちか」
チャクルがその子の名を呟くのと、《
(……こいつはここにいるのに、なんで?)
頭に過ぎった疑問を、ふわりとした浮遊感が吹き飛ばしていった。《
「何するの! 放して!」
「俺も連れ歩きたくはないんだよ! だが、目を離して壊されたら後味悪いだろうが!」
抗議の声も、応じる声も、壁や床や天井の華麗な装飾と一緒くたに溶けて後ろに飛んで行った。
そうして辿り着いたのは、宮殿の中心、精緻な装飾の
(カランルクラル様……逃げて……)
愛する主がひとりきりでいる時に、《
「──来たか。同族の悲鳴にはやはり敏感だな」
いつも通り、
(同族……悲鳴……?)
訳が分からず瞬いて──チャクルは、見てしまう。カランルクラル様のおみ足が踏みつける、細い身体、捩じれた手足。さっき悲鳴を上げた、アイセルだ。育てる石は、月長石。神秘的な色のその貴石は、アイセルの胸で無残に
「お前の姿を見たと、
熱っぽく囁くと、カランルクラル様は一歩、チャクルたちのほうへ踏み出した。アイセルの月長石を、無造作に踏み砕きながら。
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