第6.5話 鏡を求めて
時計が朝の八時をまわったことを確認し、俺は大学時代の友人で、今は大学でそのまま助教をやっている
「もしもし、青木です」
——あー、どうも。妻夫木です。時間はありますが、電話じゃなきゃ駄目なんですか?
電話のスピーカーからは若干神経質そうな声が流れた。妻夫木と出会ってからそうと気づくまで暫くかかったが、彼は別に怒ってはいない時もこの喋り方なのだ。
「多分だけど、スマホメッセージにすると文量が多くなるかなって。妻夫木さ、脳の認識の専門家の知り合いがいたら紹介してくれないか。ちょっと変な話するんだけど、最近ゲームの世界に入ったと感じるようになったんだ」
——は?
「は?」としか言いようがないのはわかる。どうにか伝わりやすい言葉を探したつもりだが、それでも内容が内容だけに奇怪な発言ではあるだろう。
「そのままの意味だよ。ゲームで遊んでる最中に、俺の意識がゲームの中に入って、登場人物と喋っていると認識し始めるんだ。できれば原因とか、突き止めたいんだけど……」
と、言いつつ、昨夜の出来事で俺じゃない誰かが俺の入ったゲームをプレイしていることを知った以上、俺は自分の身に起きている現象について、脳機能のエラーが原因だとは考えていない。ただし、プレイヤーである他人の存在それすらも俺の頭が見ている幻覚かどうか、これは多分、俺の外にいる誰かでないと判別ができないだろう。それで、知識をもって見解をくれる人を探すことにしたのだ。
——えーと、自分がゲームの登場人物と対話しているように感じるんですか。それは……解消したいなら医療の手も借りた方が良いのでは? うちは大学病院がないので、他大に紹介状を書いてくれそうな人を探しますが、具体的な情報があった方が良いでしょうね。青木君はゲームに「入った」時、何をしているんですか?
「なにって……登場人物と話してる。一緒に敵を倒したり、自分が敵側の時は主人公に倒されたり……」
——体の感覚は? 敵を倒すって、例えば剣でモンスターを倒すなら、持った剣の重さとか、攻撃された時の体の痛みとかあります? ゲームから「出た」時、体に痛みが残ったり、部屋の中の物が壊れていたりは?
妻夫木の、割とすぐに細かいところを詰め始める癖は相変わらずだ。
「前に同窓会で話したとおり、俺は『首だけアンドロイド』のアバターを乗せて動画を配信してる。これも変な話だけど、ゲームの配信中に、アバターどおりに『首』だけ入り込んでるんだ。だから手とか足とか動かせない、と思ってる」
——配信中に、ですか? ちょっと、待って……。考えます。
妻夫木は暫くの間黙っていた。
——僕が青木君の配信を見てみるのはどうでしょう。ああ、今日は見ませんよ。この話をしたことで君の脳のエラーを起こしている部分に何らかの作用があるかもしれませんし、飲み会の約束があるので。予告なしに見て、見終わったら連絡しますので。
「そうだな、妻夫木に見てもらえるだけでも、何かわかるかもしれない」
——ところで、そろそろ今年の市社概ゼミ同窓会忘年会の時期ですが、今年の幹事の
「寿から? 無いけど、去年は十二月の予定が合わなくて結局一月後半になったし、いっそ十一月中にやった方がいいんじゃないかな。次の祝日の辺りとか」
俺と妻夫木、そして電話中に名前の挙がった寿ともう一人、穴吹の四人は、大学一年前期に同じゼミを履修し、我ら出身校所属学部は違えど欲しい単位を同じくする者ということで仲良くなった。大学卒業後も年に一度は同窓会を開いており、今年もそんな時期が来ていた。
——そうですねぇ。一度メッセージを送ってみます。それじゃ。
さて、これで俺の疑問の解決に繋がると良いんだけど。
調べた結果、俺の脳に異常はなく、ただ事実として俺がゲームの中に入っていると判明したら? それなら今までの考えと同じだ。事実は受け止めながら、別の原因を探すしかない。
ところで、人によってはゲームの中に入れるのは願ったり叶ったりで、何も疑問を持つ必要などないと感じることだろう。だが、俺にとってこの『未知体験のプレイゾーン』はまだ出会ったばかりで思い出がないソフトなのだ。それに、あの住職との約束もある。父さんの老後の為に、俺は少なくともあと一か月間は現実に留まらなければならない。それから……よーちゃんも置いていけない。そんなわけで、今日も頑張って配信を、やるか。
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