第7話 まわる こどもとかおとなとか

 今日は昨日配信できなかった『イラナイ☆ナイトメア』と合わせて二本を配信する必要があるため、それ以外の用事はさっさと片付けておいた。といっても、朝に電話で友達に相談したほかは、二社目の履歴書を書き、ポストに投函し、買い物を済ませただけで、要するに仕事が無いだけのいつもどおりの日を送った。


「えー、みなさん、昨日は失礼しました。中止連絡を早めに出さなかった所為で、ずっと待たせてしまった方には、特にすみません」

 今日の配信は、昨日の謝罪から始まった。本当はゲームに入ってしまった俺は中止連絡を出せる状況にはなかったのだが、こういう事については謝っておいて損はない。

「今日は無事配信できるとは思います。それでは、『未知体験のプレイゾーン』六日目の『イラナイ☆ナイトメア』を改めて配信します。ゲーム概要部分は昨日配信落ちる前に話したので省略します」

 早速コメントが届いている。

「コメントありがとうございます。『芋洗女子』さん、『最近の投稿主は深刻な話が多くて心配になってたところだった』。これはですね、俺が会社で働いてて、どうなんだろうなーって思った事が色々ある所為かな。なんか、理想とか、真実とか、未来とか全然考えないで、仕事上の利益と自分の生存のためだけに暮らしてることをを自覚して無性に嫌になったんですよ。子供の頃の俺に見せるのが恥ずかしいというか……就職するまでの人生って何だったんだろうなというか。世間の色んな事、放り出してていいのかなって、偶に思うんです。偶にですけど」

 正直に「江戸時代の坊さんの霊が夢に出て~」という話を始めるわけにもいかないので(視聴者さんが俺の頭を心配してしまう)、第二第三くらいの理由を出して説明する。

 こういう時、キャラをガチガチに固めているアバター利用型配信者は大変だろうな。吾首おれの設定は有って無いようなものなので、が素のまま喋っても視聴者さんから不満は出ない。

 一週間前に住職と話した時には、影響力こそ期待できないものの動画配信中に話すならなんてことはないと考えていた節があった。しかし、ゲーム・アニメ・マンガファンの社会というのは中々気難しいもので、「党派性」のある言動は忌避される傾向がある。三十日間話し続けるというのは案外覚悟がいるかもしれない。自由な言論を貫く(というほど大袈裟な話題でもないのだが)以上は人に嫌われる覚悟も必要だと聞いたことはあるが、定期的にコメントを貰い顔もアイコンも覚えた人から去られるというのは寂しいものがある。しかし、嫌われる覚悟ぐらいしないと人の耳に残るは話はできないのだ。

「難しい話の答えってそう簡単には教えてもらえないんですよね。俺の知らない所で、今まさに専門家がああでもないこうでもないって何年もかけながら調べてて、それでやっと一応の結論が出る。それはさておき、ゲームをやっていきましょう」

 昨日と同じオープニングの後、本編が始まった。主人公は夢の中に作られた学校でナイトメアと呼ばれる敵を倒していく。学校だけあり、一般敵キャラ(蟻や犬の怪物になっているが、元は生徒や先生)の攻撃手段は箒で殴りかかったり教科書や黒板消しなどを投げつけたりといったものだ。

 魔法の力で校舎内の敵を倒しながら進み、外に出て校庭に進んだ。聞き覚えのある刃物のような効果音が聞こえてきた。そろそろギロチンボーイのお出ましだろう。

『めあちゃん! あそこに黒いオーラのナイトメアがいるよ! あれをやっつけたら、皆の心を取り戻せるかもしれない!』

『うわ、首がサッカーボールみたい、キモッ! さっさといなくなっちゃえ!』

 昨日はが中々クリアできなかった所為で何回も聞く羽目になった台詞だ。

「昨日コメントもらったとおり、中々ヒドい台詞ですね。モーピーくんは確か『ナイトメアに変わっちゃった人間を助けてあげてほしいんだ!』って言ってたんですけどね」

 俺は苦笑しながら言った。視聴者さんからのコメントも後に続いた。

「『小学校中学年はこんなもの』、『中盤まではこういう感じの台詞が続く』、『幼いがそれもまた可愛いので最後まで見届けてあげてほしい』。皆さんありがとうございます。まあ子供らしいといえば子供らしいですね」

 返答の後、俺はボタンを押した。同じく何度も聞いた台詞が表示される。

『なんだとー! お前もボールにしてゴールにシュートしてやる! ちょーエキサイティングになっちまえ!』

 今、ギロチンボーイは完全にゲームの中の登場人物の一人だ。画面の外の俺に話しかけてくることはない。

(あの後、お父さんと話はできた?)

 頭でそう念じてみたが、返事は返ってこない。ますますどうなっているのかわからない。

 勝負自体はそう難しくはなかった。程々に距離を取り、通常攻撃を当てながら彼がギロチンで蹴った頭が落ちてくるタイミングで主人公を動かして避ける。第二形態ではギロチンが突っ込んでくるので、距離を取って直前で避ける。三回目の突撃を避けて攻撃したところで、ギロチンボーイの体力はゼロになった。

『チクショーーー! おれのゆめを返してよー!』

 台詞と共に白い煙になって消えていった後、黒い水晶のようなものが残った。

『何これ? けっこーキレイかも!』

『めあちゃん、それは”黒の星”だよ。”黒の星”が憑りついた人間はさっきの子みたいに黒いオーラのナイトメアになってしまって、そのまま放っておくと人間の世界では永遠に目覚めなくなってしまうんだ。人間のめあちゃんには危険だから、ボクが預かっておくよ』

 ゲームに入っていた時は主人公にギロチンボーイが倒されると同時に俺も現実に戻されたので、ここから先は初めて見る部分だ。

「なるほど、それがボスをやっつける理屈なんですね。で、モーピーくんが持っておいてくれる、と。コメントありがとうございます。『チヌクロダイン』さん、『あずかってくれるんだーたすかるー(棒読み)』。確かになんか伏線っぽい台詞ですね。ここで真相が知りたくなったら製品版を購入しないといけないわけです」

 ステージの後半では再び校舎に戻り、理科室や保健室を調べていくことになった。そして巨大なト音記号の頭を持つボスとの戦い。元は学校の音楽の先生だったようだ。

『音楽の先生、カワイイ子ばっかりじゅぎょうでほめるからムカつくのよね。ちょうどいいや、ボコボコにしちゃおーっと!』

『ええっ!? ナイトメアは退治するけど、人間は殴っちゃダメだよぉ!』

「これはモーピーくん、苦労しそうですね。まあ、これは主人公の気持ちもわかる。そういう先生はどんな子供にとってもよくない。駄目な大人、それもこの先生みたいに、しょうもないのに地位や権力だけはある大人を見て育つと、他人への態度を好き嫌いで決めるのが当たり前だと思い込んじゃうからな。……しょうもなくない大人に育つのってどうすればいいんでしょうね」

 視聴者さんから『OSをアップデートしろ』とのコメントが届いた。

「OSかぁ、OSもだけど、ちょっと基板の方が古くなってきちゃったかも。俺は自分で自分を改造できないからなー。博士が帰ってきたら考えます」

 冗談めかして返答しつつ、このボスとの戦いも一回で終える。流石に最初のステージはそれほど反射神経が鋭くなくてもクリアできた。


 よし、この調子でやるか。俺はコップの水を飲み干して話を続けた。

「今日はお知らせどおり七日目分も続けてプレイします。『まわるまりを』ジャンルはスポーツゲームだそうです」

 開始ボタンを押すと、最初に注意文が表示された。

「えーと、警告:過度な付き纏いは……

『過度な付き纏いは被害者の精神に多大な苦痛を与える犯罪行為です。絶対に模倣しないでください。 こどものかたへ:このゲームのしゅじんこうのように「のぞき」「あとをつける」ことをしても、だれかとおともだちにはなれません。おこなわれていることがよいことかどうか、おうちのひととよくはなしあいましょう』

「……このゲーム、一体なんなんだ?」

 俺が言い終わるより早く、視聴者さんから大量のコメントが投稿された。

「主人公が結構な変態クンなんだよな」「本編でやりたい放題してるが、ローディング画面の度に『絶対真似するな』も連呼してるから許してやって」「警告出してても子供がプレイするのはどうかと思う」……そ、そうか。なんとなく予測はついたぞ。

 日本画風のイラストでストーリーが展開される。ゲームの舞台は昭和初期らしい。ある華族の令嬢「飛鳥子あすこお嬢さん」は八歳と幼いながらに鞠の名手であった。偶然彼女の姿を垣間見た青年「万里男まりを」はその美しく小さな手を動かしくるくると回りながら見事に鞠をつく様に魅了され、彼女の手の事を想い過ぎるあまりに病を患い(ここでオープニングの警告に該当するような行為の描写がある。)、遂には精神だけが胴を抜け出し、飛鳥子あすこお嬢さんの鞠に宿ってしまう。鞠男まりをの誕生である。

「うぐぐっ……えーと……強烈なゲームだな。さっきから滅茶苦茶笑ってますけど、警告のとおり現実には絶対やっちゃあいけない事です。嫌われへの一直線であって、誰かから喜ばれる道では決して無いですからね。じゃあどうするんだろう。博士は俺に平均的な女の人の心の情報をインプットしてないし、逆に俺は何をしてもらったら相手を好きになるのか、真面目に考え出すとそれすらも説明できないな……」

 俺は同窓会からよーちゃんが気になり始め、付き合いたいと思ってあれこれ頑張ったわけだが、彼女の方が俺を好きになってくれるまでの過程は正直わからない。

 それはさておき、このゲーム、言葉にしづらいものがあまりにも多い。鞠に魂が宿るシーンでは、万里男の体からろくろ首のように頭が抜けていき鞠に入るのだが、その様子が妙に受精を想像させる。その他、お嬢さんの手が自分に触れる喜びのあまり、万里男本体が寝たままクネクネするシーンがあるのだが、この動きが妙に男性器を揺らす動きを想像させる。多分、わざとやってる。俺は大爆笑したが、このゲームのスクリーンショットは世の為ファンの為そしてお子様とお母様の為に絶対SNSに掲載しない方が良い。ちゃんとこういうのが好きな奴だけでコッソリ楽しむんだぞ!

 ところで、この強烈なゲームに入るのは中々勇気がいるが、俺は幸いにも今のところ現実に留まっている。まだ油断はできないが……。

「コメントありがとうございます。『つねつねマグネット』さん、『登場人物が変な奴しかいない』。『チヌクロダイン』さん、『ここで笑い尽くすのはまだ早い』って……この後に一体何が続くっていうんだ」

 ゲームは本編の第二章から始まる。飛鳥子あすこお嬢さんのお父様には従弟がいるが、彼の縁談を巡って(何故か)お嬢さんが他の華族のお嬢さんと鞠で勝負をすることになった。

 ライバルお嬢さんの鬼土津路可児子きどつじかにこさんは鞠をつくよりも相手にぶつけて泣かせることを好む鬼のようなお嬢さんだ。試合開始のカットでもそれまでのにこやかな笑顔をかなぐり捨て鬼の形相を見せている。鞠男まりをは身を挺してこの可児子お嬢さんの投げる鞠を跳ね返し続け、逆に泣かせなければならない。

「これ、本当に鞠つきか?」

 俺がそう呟くと、視聴者さんが「鬼ドッジさんだからな」「この後サッカー対鞠つきもある」などとコメントをくれた。

「ああ! きどつじってそういう語源なんだ。確かにドッジボールで負け側に残ると、相手側は鬼かよ! って気分になりますよね。あと一人♪とか言われて。すげー嫌だったな。笑い者にされるのは悔しいし、スポーツ嫌いの子が増える要因なんじゃないかとも思うんですが、これもなんらかの成長に役立つんですかねえ?」

 流石に十五年以上も前の出来事なので半ば笑いながら話せるが、俺も当時は本当に泣きそうだった記憶がある。可児徳先生、責任取ってよ。

 勝負はそれなりに歯ごたえがあった。前半はボタンを押すタイミングにガイドが付くが、後半からは自分の目だけで判断しなければならない。それと、画面の中で起きていることの珍妙さ(鞠同士がぶつかると鞠男まりをは痛がったり変な声を出したりする)に、どうしても笑ってしまって指が震える。結局二回コンティニューし、三回目でどうにか勝てた。

「はーっ、もう一生ドッジボールやらねー。……って、小学生の時よく言ってました。皆さんねぎらいのコメントありがとうございます。流石に疲れました。首だけのはずなのに腹筋が痛いです。それではまた明日」

 俺は配信を切って、もう一杯水を飲んだ。


 気が付くと俺は、再びあの寺に立っていた。今度は本堂ではなく境内だ。住職はどこにいるのだろう? 詳しく聞きたいことは幾らでもある。とりあえず、目の前にある本堂に入ってみることにした。

 靴を脱いで揃え、本堂に上がると、あの九つの台の前に、丁髷ちょんまげをした男の首があった。

「恨めしや……魂魄この世に留まりて……恨み晴らさでおくべきか……」

 目の前にいるのは、工藤忠穐の首に違いなかった。しかし、地の底から響くような低い声に、俺は恐怖のあまり固まった。耳に入った声そのものが、恨みの塊から絞り出されたどろりとした赤黒い血を思い起こさせた。

「あと、ふたつぅぅぅぅぅ……」

 工藤の首は九つの台の方を見ている。だから、俺が彼の顔を見ることはない。しかし、それでもなお、耳まで裂けた口が大きく開いて嗤うのが見えたように感じる。

 やがて首は浮き上がり、俺と反対側の出口から出て行った。身動きもできないまま、俺はそれを呆然と見つめていた。

 首が視界から消えたことで、俺は緊張から解放された。しかし、考えてみれば子孫として俺は彼に直に詫びなければならないのではないだろうか。それに気づき、俺は慌てて追いかけ始めた。

「ま、待って、工藤さんですよね、待ってください!」

 境内の土を踏んで、自分が靴を脱いでいたことを思い出して急ぎ履き直す。首が石段を下りていくのが見えた。俺は走って追いかける。しかし、石段の二段目で急に足が滑る。慌てるあまり靴をしっかり履いていなかったことが災いしたか。

 そこから先は何度も石段にぶつかりながら転げ落ちて行った。

 石に頭が当たる度、見覚えのない景色が浮かぶ。二人の子供が竹刀でチャンバラをしている。二人は少しずつ大きくなっていく。しょっちゅう一緒に遊ぶ仲良しだったのが、片方がもう片方に劣等感を抱き、表面上は仲良く付き合いながらも相手の些細な粗を探すようになる。二人は侍の子で、自分が劣っていると思い込んでいる方が、地位の高い家の生まれらしい。まるで闇夜に回る走馬燈のように、二人の人生が浮かんでは消えていく。

 やがて二人とも元服し、藩から仕事を与えられる。ここでも地位の高い家の男は、周囲が自分を幼馴染と比較して笑い者にしていると思い込んでしまう。雪の降る中、自分の館への帰路で男は一人呟く。

「忠穐……あいつさえいなければ……」


 俺は汗だくになって目覚めた。時計を見ると午前二時を回っていた。

 目が覚めた後も、工藤の首の恐ろしい声を思い出すと身の毛がよだつようだ。本当にあと二十三日間話すだけで、祟りが解けるのか? 本当に……

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