第6話 眠り ギロチン☆ボーイとボール達の夢
起きたら午前八時だった。流石に失業六日目ともなると、寝ぼけた頭で「会社に遅れる!」と慌てて飛び上がることもない。今日も資格の勉強をして求人サイトを見る日中が始まる。このやる気がある内に、そろそろ何処か会社の面接を申し込んだ方が良いな。俺は暫く就職サイトの会社案内を見比べた末に、一社を選んで履歴書を送ることにした。
夕方になったところで、今日はここ暫くの疑問を解消するために、『未知体験のプレイゾーン』をプレイしている他のゲーム実況配信者の動画のうち、今まで自分がプレイした五本の分を何人か見ることにした。
労働のない生活に慣れてきたところで、思考が落ち着いてきた。その結果だろうか、今更ながらに俺は、このゲームの世界に入ったり出たりしているのは自分だけかどうか気になったのだ。(もっとも、プレイヤーが誰も彼もゲームの中に入るならSNSあたりでとっくに大騒動になっているはずだが。)
そもそも何故ゲームに入るという現象が起きるのかも定かではない。実際入ってしまうからには現実を受け入れ、クリアなり頼み事の解決なりを目指すほかないが、可能であればその理由や法則性も把握しておきたい。
本来の目的とは別に、他人の実況は、見比べると色々な面で参考になる。喋り方、間の置き方、登場キャラクターへの接し方、視聴者さんとのコミュニケーションの取り方。カンが冴えていて先の展開を見事に当てる人、逆にことごとく失敗の選択肢を選んでしまう人、わざとバカを装って笑いを誘う人、滅茶苦茶博識な人、自作だったりフリー素材だったりするイラストで前回までのあらすじを解説してくれる人。
面白くても真似できないものもある。俺は登場キャラの容姿や性能を馬鹿にして笑いを取るタイプのウケの狙い方は苦手だ。画面の向こうで誰が見ているかわからない。それは端的に言えばどんな端役キャラであろうと愛着を持っている人が見ている可能性があるということで、不用意な発言は俺への悪印象に直結する。
そんなこんなで、ある程度見た結果、どうやら『未知体験のプレイゾーン』に入り込んでいるのはおそらく俺だけだ。他の配信者には何も起きていないし、何か起きていることを隠している素振りもない。SNSも見たが、やはりそんな話はない。
事情を掴めないまま夕食を終え、午後八時になった。住職との約束は守らなければ。そろそろやるか。
「皆さんこんばんは。
今日も視聴者さんはコメントをくれる。俺はトーク力もゲームの腕も人並みで、反射神経を駆使したスーパープレイで驚かせるようなことはできないため、合いの手を挟んでくれる人達の存在は本当にありがたい。お陰で間が持っているようなものだ。
「『アンコウ釣師ガイア』さん、ありがとうございます。『主人公が”ロリ”じゃなく”小学生”で、最初若干イラっと来る』。ひょっとして結構やんちゃなタイプなんですかね。でもまあ、そういう主人公は流石に途中で反省・覚醒するだろうという期待も持ちながら付き合っていきましょう。体験版なんで反省シーンまで辿り着かないかもしれませんが……」
オープニングでは、主人公の小学生「
「可愛めのマスコットキャラクターも付いてくるんですね」
天気予報図の雲或いは綿飴のようなもくもくとした薄いピンクの体に星や月を乗せ、点のような目をした可愛いモーピーくん。俺が彼又は彼女に言及した途端に、何故か視聴者さん達が勢いよくこのキャラクターを弁護し始めた。
「モーピーは良い奴だぞ」「大きいお友達からの偏見がモーピーくんを襲う」「聖獣モーピーを信じろ」……あまりの勢いのよさに、俺は半笑いになった。
別に俺はモーピーくんへの疑いの目を持ってはいないんだが、暫く前にマスコットに騙し討ちされる魔法少女アニメが大ヒットした影響で、そういう弄り方をするプレイヤーも多いのだろう。
「待って、俺はまだ彼、もしくは彼女を疑ってないから! まあ、皆さんのコメントもわかります。可愛いお助けキャラが実は悪い奴だったら話が面白くなる。けどまあ、見た目の属性で決めつけるのはあんまり好きじゃないんですよ。この子がそういうキャラかどうか匂わせる要素は今のところないんで、ゲームを自分でプレイしながら見極めていきます」
オープニングが終わった。俺はボタンを押し、そして……
いきなり後頭部に固いものをぶつけられる衝撃を受け、俺の頭は前方に吹っ飛ばされた。
「痛てて……」
何が起きた? 頭を擦ろうとすると、手が存在する感触がない。つまり、またゲームの中の誰かに入り込んだということだろう。状況を確認しようと振り向いた俺は、唖然とした。
地面に立てられたギロチンが、今まさに男の子の首を落とそうとしているところだった。俺は急いで駆け寄ろう……にも、足が無い。挙句に、今日は浮遊しないタイプの首のようだ。ずりずりと地面を擦りながら進むしかない。
ザクリ、音がして男の子の首が落ちた。切り口からは一滴の血も流れることなく、悲鳴も無い。まるで人形のように。しかし、見ていて気分の良いものではない。
とんでもないことは次々に起きる。刃を落としたギロチンが急に上部を軸にして斜めに傾き、そのままスイングして首を吹き飛ばした。まるでボールをける足のように。
「ギャハハハハハ!」
上の方から大笑いする子供の声が聞こえた。見上げると、ギロチンの上にもう一人、男の子の首が乗っている。
俺は困惑していた。状況を確認しようと目を閉じたが、なんと画面が映らない。そんな馬鹿な。画面と視聴者さんのコメントがないと、事態がまるで把握できない。
そうしている間にも次の犠牲者の体が処刑台に乗せられた。俺は思わず叫んだ。
「やめろ!」
「へ?」
ギロチンの上の首はきょとんとした表情を浮かべ、まじまじと俺を見つめた。これだけ見れば小学校中学年の子らしい仕草だ。
「あ、ジッキョーの人、来たんだ。ごめん、サッカークラブのやつらと間ちがえてけ飛ばしちゃった」
「どういうこと?」
俺はこの「ギロチンボーイ」に事情を聞いた。話を要約すると、敵キャラ「ナイトメア」の一人である彼はこのステージにおける中ボスで、ボーイの首がその下にあるギロチンを操ってプレイヤーに攻撃を仕掛ける力を持っているそうだ。
「内とうさんの首をはさんでザクッ! ってやったり、他のやつの首をシュートしてぶつけたりするんだ。まあ、最初のステージだから、すぐにやられちゃうんだけど」
「他のやつ」か。ギロチンボーイの処刑台には、俺達が喋っている間も定期的に何処からともなく少年が乗せられ、そして首を刎ねられていく。鋭く大きな刃が振り下ろされる音と首が落ちる音が耳の奥に刻まれていくようだ。この子たちは逃げようとするどころか嫌がる素振りもない。繰り返して言うが人形のようだ。
『めあちゃん! あそこに黒いオーラのナイトメアがいるよ! あれをやっつけたら、皆の心を取り戻せるかもしれない!』
不意に聞こえた声に、俺は振り向いた。このゲームの主人公と相棒の姿がそこにあった。
「あーあ、もう来ちゃったんだ。ジッキョーの人としゃべるの楽しかったのに、終わりかぁ」
なるほど、中ボスであるギロチンボーイは主人公と戦い、倒される立場にある。「終わり」と称するからには、倒されたら存在が消えてしまうのだろう。
『うわ、首がサッカーボールみたい、キモッ! さっさといなくなっちゃえ!』
……う、うーん。開始前に視聴者さんからも言われていたが、このヒロインは主に口がお転婆だな。
『なんだとー! お前もボールにしてゴールにシュートしてやる! ちょーエキサイティングになっちまえ!』
ギロチンボーイは台詞と共に他人の首をどんどん落としては主人公にぶつけていく。主人公はそれを右に左に避けつつ、切り返しざまに魔法の力で反撃する!
……のが、多分クリアのコツなんだろうな。しかし、この主人公は避けるのが上手くなかった。最初のステージということもあり、割とゆっくりした攻撃だと思うのだが、それでも面白いくらい当たる。六、七発当たったが、その間に避けられたのはたった一回だけだ。そうしてとうとう、彼女はピンクの煙と共に消えてしまった。
ギロチンボーイは嬉しそうに首の下のギロチンをガチガチと鳴らした。俺は正直、主人公にこのステージをクリアしてもらわないと困るんだが、また戻って来てくれるだろうか。
「やったぜ。ウルサイのがいなくなったから、もうちょっとお話できるね」
お話、なあ。
「君以外の子は、みんな喋らないのか?」
俺はふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「みんな『黒の星』を持ってないから、ゆめの世界だとマネキンみたいにうごかないし考えることもできないんだ」
「『黒の星』?」
おそらく、このゲームの中のキーワードだろう。今日は視聴者さんのコメントが聞こえない以上、登場キャラクターに尋ねるしかない。
その時、再びモーピーくんの声がした。
『めあちゃん! あそこに黒いオーラのナイトメアが——
「はい、おれの勝ち~」
「……この段階で、そんなに苦戦する?」
またしても勝負はギロチンボーイの勝利に終わった。やれやれ、長い夜になりそうだ。
「それで、さっきの話のつづきだけどさ」
ギロチンボーイの説明では、彼は元々小学生だったが、夢の中で「黒の星」を追いかけて捕まえたことで今の姿と力を得たらしい。
「さい近、ねるのが楽しみでしかたないんだ。ゆめの中だと、サッカークラブのやつらの首をボールにしてあそべるから。みんなキライだったから、すげーうれしい! キャプテンはいつもおれのことよびすてにするし、エースのやつはわざとおれにボールぶつけてくるし」
これはよろしくない。そういう暗い愉しみを覚えるのはもっと大人になってからで良いんじゃあないか。なんとか彼の心に前向きな選択肢を持たせることはできないか。
「わかるよ。俺が小学生の時も、サッカーやってる奴って、なんか偉そうだった。それで、君はサッカーが上手くなりたくてクラブに入ったの?」
「ううん、ママがぜったいサッカークラブにしなさいって言ったから」
ウッ、ママか……。幸いにも俺の母親は息子の趣味について口を挟まない主義だったが、中学時代の友達が一人、過干渉な母親に悩まされていた。彼の話を思い返すに、中々一筋縄ではいかないだろう。
「そうか、ママに言われたら、嫌だって言いにくいよな。入った後、みんな嫌な奴だって話はした?」
「したけど……」
『めあちゃん! あそこに黒いオーラのナイトメアが——
またしても主人公の襲来だ。はてさて、今度は勝てるかな。
「いぇーい!」
「あーあ、また負けちゃってる」
おかしい、
俺はギロチンの正面に立ち、白く輝く刃を見た。そこに反射されているのは、動画配信者
初日から四日目まで疑問に思わなかったのは、今までのプレイヤーは大して失敗しなかったからだ。ゲームの中では主人公にも自我があって、勝手に動いているのだとばかり思い込んでいた。実際、五日目のマトリョーシカには明らかに自我があり、亡命先を探していた。
このゲームは一体……
「それでさ、ママは『ひろくんががんばらないからじゃないの』ばっかり言うんだ」
ギロチンボーイの言葉で、俺は我に返った。
「分からず屋のお母さんだな、どうしたもんかな。君は他に好きな事はあるの?」
とりあえずは、嫌なクラブに入れられたせいですっかり拗ねてしまっているギロチンボーイの話を聞き続ける。
「鳥の絵をかくのが好きなんだけど、ママは『絵をかくならアニメの女の子にしなさい、上手くなって売ればお金になるじゃない』って……」
なんてママだ! 小学生の趣味の段階から金狙いで指図されてちゃ、どんな楽しい事も嫌になるぞ。だんだん気の毒になってきたが、すまないギロチンボーイ、ここで主人公の襲来だ。
『めあちゃん! あそこに黒いオーラの——
「いぇーーーーーーい! 勝ったー! ざーーーーーーーこ!」
「やめてやれよ……」
またしても主人公は煙になって消えた。頼むよ、君がクリアしてくれないと俺はこのゲームから出られないんだぞ。
「話の続きだけど、君みたいに小学生の時から自分が見つけた好きな事があるっていうのは、羨ましいことだと思うよ。これは俺の体験なんだけど、中学生になってからどうしても自分らしさが欲しくなって、人とは違う事をやろうとして結構色んな事を試したんだ。スケボー買ってみたり、プロ野球チームの応援に行ったり、電車のダイヤ全部覚えようとしてみたけど、どれも全然好きじゃなかったのに、無理矢理好きになろうとしたからあっという間に飽きちゃった」
ギロチンボーイは不思議そうな目で俺を見ている。半分実話だ。個性が欲しい——何故だか知らないが人類の進化の過程で、俺を含む多くの人々がこんなわけのわからない衝動を帯びなければならなくなってしまっている。(十代が終わってみれば、正直その思考そのものが没個性的だったと気づいたりもする。)
「そういう、金で測れないしカッコよさやモテにもならないけど、心の中に持ってないと気づいた途端に喉から手が出るほど欲しくなるもの、それを今、君は確実に一つ持ってるんだ。いわば、自分の魂の家の材料がそこにあるわけだ」
「たましいの家?」
「うん、家だから木材みたいなものとか、ガラスやレンガみたいなものとか色々必要なはずなんだ。あっさり建てる人もいるし、建てたいと思うことが一生なかった人もいるようだけど。君のママは家を建てたいと思わなかったのかどうか、俺は直接会ったこともないから断言はできない。……ところで、パパの方は? パパも『絶対サッカーやれ』って言うかな?」
喋っているうちに、それなりの考えがまとまった。
「パパは……鳥が好きって言ったら、昔つかってたソーガンキョーくれた。高学年になったらキャンプ行くって約束もした」
「そうか、じゃあ明日起きたら、一度パパとも話してみなよ。そんな風に約束してくれるってことは、沢山話せば君の気持がわかるはずだよ」
「そうかも……」
ギロチンボーイが実行できそうな選択肢を考えつけたところで、また主人公がやってきた。
『めあちゃん! あそこ——
今度の主人公は、人が変わったかのように上手かった。ギロチンボーイの第一段階の攻撃は完全に回避、割と接近しての反撃の上に第二段階(ここに到達したのも今回が初めてだ)も一発受けただけであっさり勝ってしまった。
『チクショーーー! おれのゆめを返してよー!』
ギロチンボーイはそう言うと、白い煙になって消えていった。取り巻きのサッカー少年の首達も一緒に崩れていく。そしてどうやら俺の役目もここまでらしい。
目に見えているのが自分の部屋の中だと認識して直ぐに、俺はいつも以上に自分の首に手で触れて、胴体と繋がっていることを確かめた。そして、パソコンの画面を見た。どうやらゲーム開始直後に回線の不具合が起きたかなにかで、配信は止まってしまっていたらしい。
時計を見ると十一時だった。時間を認識すると同時に、どっと疲れが押し寄せて来た。今から再配信は無理だろう。
『今日は機材の不調で上手く配信できませんでした。見に来てくれた皆さんには本当にすみません。明日は今日プレイできなかった分も含めて配信します』
SNS上の自分のアカウントにこれだけ入力し、俺はそのままベッドに横たわった。
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