第13話 流行 今年流行ったような、割と毎年あるような
朝九時きっかりに、妻夫木から電話が来た。
——おはようございます。妻夫木です。医師なり脳科学者なりはまだ見つかるまでに時間がかかりそうですが、動画は見ました。いたって普通の実況ですね。正直、もうちょっとインパクトがあった方が……
そうだよな、俺もそう思うし努力はしてる筈なんだ。上手い人の実況は、例えば意図的に作った無駄な動きとそこに添える一言にキレがあって……いや、違う違う。妻夫木にはそういう話をしてもらうために俺の配信を見てもらったんじゃない。
「そっちは努力するけど困ってはいない、大丈夫。例えば音声とか、どうだった。おかしなところというか、表示されてない台詞が聴こえたりはしなかったか? あと、唐突に変なシーンが入ったり」
初めの数日で、俺が口を開いて喋れば収音されると認識してからは、視聴者さんが騒然としないよう余計な事を喋らない努力はしていた。しかし、登場キャラクター達は好き勝手に喋っていた。そちらは現実に反映されているのだろうか。
——ええ、画面に表示されたとおりの文字が読み上げられるほか、BGMと効果音以外のものは聞こえませんでした。話の流れも異様ではないと思います。
妻夫木がそう言うなら、多分他の視聴者さんにも認識はされていない。考えてみれば、既にプレイ済みの人も視聴している以上、見たことの無いシーンが登場すれば誰かがとっくに困惑を表明しているはずだ。
では、俺が「ゲームの世界」と呼んでいる、他の誰にも見えていないものは、一体何なのだろう。例えば物語があるタイプのゲームは、小説、マンガ、アニメ、ドラマ、劇その他のコンテンツと同じように「主人公」が実際に見聞きしている範囲の外の世界も、製作者がシーンを作り出し表示するように定めてさえいれば「プレイヤー」には当たり前に経験できる。現実のように不可逆の時の流れに従う必要もなく、「回想シーン」という概念で過去の出来事を挟み込むのもごく普通の事だ。
にもかかわらず、俺が見聞きしているものは他の視聴者さんには知り得ないものであるらしい。これが一本のゲームなら、実際は後になって展開されるシーンかもしれないが、特定の部分、多くの場合は序盤だけを収録する体験版に、わざわざ辿り着かないシーン、入れる必要のないデータを入れるだろうか。俺は、いわば存在しないデータの中に入っている。
——これがもし「一番好きなゲームの中に転生、現実には戻ってこない」なら、近年流行のライトノベルですね。しかし、君の認識では「戻って来ている」。
「まあ、ちょっと色々あって死ぬわけにはいかないからな。それと、配信以外のタイミングで一本だけ試してみたけど、そっちは『入ってみたい』と思いながら起動しても入れなかった。実際に入り込んだ時は、入りたいなとも思ってなかったんだけど」
——益々よくわからない話ですね。まだ思い入れどころか記憶もないゲームの中に「勝手に連れて行かれる」。
「そうだな、自分でも色々と変な気はしてる」
——転生ものの小説なら、行く先がゲームの中である必然性がないとして批判されるところです。ホラーとしてなら、今後流行るかもしれませんが。
妻夫木の発言は、体験版『海から来るもの』の実況をした日に俺の身に起きた事を思い起こさせた。あれからお守りはずっと枕元に置いている。塩も皿に盛って玄関に置いた。あの日の俺はずっと現実にいたので、体験版部分で語られた「アコヤ」なるものの祟りであるという情報以外に、彼らの事情や正体を知らない。
祟りというともう一つ、俺がこのシリーズを始める前日の、あの夢を思い出す。まさか、これは俺が受けている祟りなのか? しかし、如何に心が引き込まれる豊かな物語や脳が夢中になる面白い仕掛けがあろうと、テレビゲーム自体は極端に言えば機械の中を走る信号でできている。亡霊がその信号の流れを改変できるとは思えない。
——と、いうのは余談です。素人考えですが、例えば君が、眠っている間に今までにプレイしたゲームにそっくりな夢を見て、現実と混同しているという可能性はあります。ただ、それが短期間に何日も続くのはやはり奇妙です。解消したいと思っているなら、次は寝言の録音も検討した方が良いかもしれません。
「わかった、ありがとう。仕事前なのに時間取らせてごめんな。俺も引き続き色々試してみる」
理解は進んだかどうかわからないが、俺はそう言って通話を切った。夢、か。確かに人の夢に対してなら霊も干渉できるだろう。そうなると、俺は寝ながら機材をセットし一連の挨拶をして配信の開始と停止を行う大変器用な夢遊病の状態にあることになり、これもまた信じ難いが……。
依然として謎だらけとはいえ、これがもし工藤の祟りと関係あるなら、猶更これからも真面目に付き合っていくしかない。
「今日のゲームは『狩猟伯爵』です。ホラーアクションゲームとのことなので、音声はいつもどおりちょっとだけ下げます。この前の『魔女アルマイネと星の夢のアントワーヌ』の実況で、吸血鬼は別に貴族でなくても死後になる場合があると教えてもらいましたが、逆にこっちの『伯爵』は吸血鬼なんでしょうか。ではあらすじです。領民に対する残虐な刑罰で恐れられた領主マグヌス伯爵が世を去って百年が経った。……」
猟師の若者ハンスとアンデルスは、ある夜、仲間との酒盛りをきっかけに、かつてマグヌス伯爵が狩猟のため足繁く通った『縊樹の森』に肝試しを兼ねて狩りに行った。しかし、明け方近くに帰ってきたのは蒼褪めた表情で譫言を呟き続けるハンス一人だけだった。では、アンデルスの身に一体何が起きたのか? そして森の奥で彼らが見たものとは……。
というのが、このゲームのあらすじだそうだ。多分百年以上前の話なんだろうけど、いつの時代も本当にヤバい所に軽いノリで行ってしまう奴っているんだな。
「えーっと、不猟続きで生活が苦しいとかそういう事情でもない限り、そういう所には入っちゃいけないんじゃないですかね。昔の入ってはいけないと言われてる場所って、実は大元に科学的、合理的な理由があって、それを昔の人なりの理解で『祟りがある』と呼んでる場合もあるらしいですし。俺は友達がそういう事しようとしたら止められる限り止める派です。もっとも、俺の周りにそういう無茶をやらかそうとする友達は今までいなかったんですが」
俺は苦笑いと共に言った。コメント欄にはやや長文が書き込まれている。
「『
視聴者さんは凄いな、と感心してるばかりではいけない。一回目、二回目の配信では辛うじて知ってる話だったものの、やっぱり俺も、プレイしたゲームに登場する実在人物や、実際にある伝説上の神とか生き物についてある程度喋れた方が良いな。幸か不幸か当分の間は時間が大量にある。この機会に、もう少し本も読むようにしよう。
そうしたわけで、俺はゲームを開始した。オープニングでは、銃を持った二人の若者が深い森の奥へと歩いている。台詞から察するに、彼らはその場の勢いで酒場を出て森に入ったものの、中々獲物が見つからず焦っているようだ。
二人が進んでいくうちに、急に広場が現れた。そこは高い木々が生えた周囲とは違い、まるで綺麗に伐採されたかのようだ。その広場の中心に、石でできた祭壇のようなものがある。遮る枝が無い為、そこだけうっすらと光が差している。
「これ、絶対に近づいちゃいけないやつだろ……やめろよ……」
ホラーにはそれほど詳しくはないが、Webでも読める怖い話集などのお約束として、近づいたところで伯爵の祟りが始まるとか、なんなら地の底から本人ご登場とかそういう展開になるに違いない。
にもかかわらず、ハンスは平気で近づいて行く。アンデルスは最初は躊躇ったが、相方に「一緒に祭壇まで行かなければ臆病者だったと言いふらす」と言われ、渋々前へ進んでしまった。そして……
『マグヌス伯爵、貴方様は生きておられた時は俺らの曾爺さんたちを随分こき使ってくれたそうですがね。元が大層なお貴族様だろうと、死んじまったらそれきりで、今や誰も貴方様の掟なんか気にしてませんぜ。口が無けりゃ農民も兵隊も動かせやしねえ。今どんな気分ですかい、ここに来て教えてくだせえよ』
うーん。煽るようなこの言い草。まあ、死ぬだろうな。といっても、あらすじを見る限りこの発言をしたハンスの方は一旦生きて帰れるみたいだけど。
「うわっ、本人が聞いたらマジギレしそうなことを……これはまずいだろ」
案の定、地面が激しく揺れ動き、土の中から植物の根とも動物の指ともつかないものがにょきりと突き出した。続いて襤褸切れに包まれた頭が登場した。
「ほら出た! おまけに怪物っぽい!」
2Dグラフィックで描かれたこのゲームのタイトル画面には、フードを深く被って顔が良く見えず、袖から恐ろしく伸びた爪にも頭足類の足にも見えるものをのぞかせた人物の姿があった。多分それがこの怪物っぽい存在なのだろう。
『若者よ、我を呼びなば即ち現れん……』
『う、うわぁぁぁぁ!』
先程までのオラついた態度は何処へやら。ハンスは祭壇に背を向けて一目散に駆け出した。うん、やらかす奴の「お約束」通りだ。隣にいたアンデルスは腰を抜かし、哀れにも逃げ遅れてしまったようだが、きっと大丈夫じゃないな。
ここで画面が暗転した。同時に凄まじい絶叫と、血の底から響くような不気味な笑い声がした。備えよう。
おっ、今日は中には入らないようだ。それなら普通に実況を……
「おぉぉ!?」
俺は思わず叫んだ。急に、首筋に鋭い痛みが走ったのだ。一体なんだ?
——君がアクビ? 僕はアンデルスだ、よろしく。知ってのとおり、ハンスの奴は恐ろしい悪魔を起こしてしまったんだ。僕はこれから、あいつをマグヌス伯爵の元へ連れて行かなきゃいけない。あいつを連れてきてくれ。そうしなきゃ、あいつにだって伯爵の
もうそれほど驚かないが、頭の中にキャラクターの声が聞こえた。ということは、アンデルスの方はあの怪物に摑まってしまったのか。化け物は嫌々付いて来ただけの人を判別できないだろうしな。お気の毒に。
で、元凶のハンスはというと。画面の中では、翌朝へと物語が進んでいた。まず、ハンスの隣の家のヤギが何者かの手で全て惨殺されていた。酒場でのやり取りや肝試しについて知った隣家の人々や他の村人達は、ハンスに責任を取らせるべく、金貨の入った袋を持たせ、『縊樹の森』の先にある納骨堂に行き伯爵の棺の前に罰金として納めるまで戻ってこないよう言い渡した。(オープニングの祭壇はどうやら伯爵の墓ではなかったらしい。)
これで本編が始まるようだ。スタート地点は村の出口の為、森の途中までハンスが到着するには暫くかかりそうだ。
——わかった。じゃあ、進めながらコメントを読ませてもらうよ。
「伯爵の怒りを買ったことで村を実質追放されてしまったようなハンスくん、後悔してももう遅いが謝罪するには急いだ方が良い。早速進んでいきましょう。遅くなりましたが、コメントありがとうございます。『石田』さん、『祭壇でのハンスの発言は原作小説の台詞の改変』。へー、これ、原作は小説なんだ」
そんなに長くなくてすぐ買えるなら買ってみようかな。何事も思い立ったが吉日だ。余裕がある時に始めておく方が良いだろう。
画面の中の時間帯は昼間だが、森に入るとすぐに差す光の量は減り、昨日の夜と大差がないほど暗くなった。(というか、真夏の北欧が舞台ということなので、寧ろ白夜で夜が明るかったのかもしれない。)
そのまま進めていると、主人公が一人で喋り始めた。
「『これだけ金貨があれば当分遊んで暮らせるぞ、このままこっそり遠くの町に行っちまおうか』とは、ハンスくん反省してないな? 友達の心配とかした方が良いんじゃないか。こんな彼がその内改心するか、俺は若干気がかりです」
——今更改心するって期待は持てないな。彼は子供の頃からああいう奴だったよ。
——へー。じゃあ、二人は付き合いが長いのか。割といつでも、昨日みたいな感じでハンスの付き添いを?
俺はキャラクターを前へ前へと進ませながら何とはなしに尋ねた。
——そうだね。僕はハンスを嫌いじゃなかったけど、周りが僕達を一心同体のように見做すのには長らくうんざりしていた。兄弟ですら似た者同士として扱われれば反発するのに、何故皆は僕が好き好んでハンスの我儘に付き合わされていると思えるんだろう。
——えっ、そうだったんだ。誤解してごめんな。
と、ここでハンスは自動的に画面の中を真っ直ぐ歩き始めた。その先には、首だけになったアンデルスの姿があった。
『やぁハンス! 遅かったじゃないか!』
『わぁぁっ! ア、アンデルス、首が……』
軽薄なハンスも流石に仰天している。血がこびり付いており土気色をしたアンデルスの首だが、話す調子は苦しそうではなく、生者と変わりない。
『ご覧のとおり、僕は伯爵の怒りを受けて首だけになっちゃったよ。元に戻るには、呪いを解かなきゃならない。君も伯爵に罰金を納めに行くんだろ? それなら一緒に連れて行ってくれよ』
「なるほど、逃げ遅れたアンデルスは伯爵の呪いで首と胴を分けられてしまったんですね。とはいえ呪いさえ解けば元に戻るらしいので、まだマシかな……」
視聴者さんから、「原作ではアンデルスは顔の肉が抉り取られた状態で死んでいる」とのコメントがあった。うわっ、化物の仕業とはいえひどい殺し方だ。
ここで選択肢が出た。プレイヤーは「わかった、絶対助けてやるからな」か、「逃げ遅れたお前が悪い」を選ぶことになる。
「えー、無理矢理肝試しに連れて来た挙句に二つ目の選択肢はどうかと思うんで、一つ目を選ぶことにします」
そう言って俺は「わかった、絶対助けてやるからな」を選んだ。するとハンスは予備の皮袋に覗き穴を開け、アンデルスを入れて持ち歩くことになった。
『この森の奥は伯爵の
「成程、ここから先はアンデルスがナビゲーターの役目をしてくれるようです。自分の呪いも解くためとはいえ、先に逃げた友達をサポートしてくれるのか、ありがたい人だな」
——いいや、僕は腹の底から良い奴ってわけでもないけど。いつでもそうなんだ。ハンスから離れようとしても、周囲の人間は「今日は一緒じゃないんだ?」だの「お前が面倒見ろよ」だの言ってくる。だから、もう僕は殆ど諦めたんだ。
——そうか、そういう人間関係もあるんだな。世間知らずで、本当にごめん。
アンデルスは小さく溜息を吐いた、ような気がする。ううっ、気まずい。
気まずい、が、とりあえずコメントに返事を返そう。
「『ニッソリーム』さん、コメントありがとうございます。『製品版を買うなら、マルチエンディングなので色々試してみると良いよ』。そうか、確かにホラーだし呪いを解くのに失敗するエンディングもありそうだな」
次のマップに進んだ瞬間に、獣の唸り声のような効果音がした。と同時に真正面から矢が飛んできた。俺は思わず驚きの声を上げながら、慌ててハンスを右に動かした。しかし間に合わず、画面左上の四つのハートの内四分の一が減った。成程、こういう罠が仕掛けられているのか。
『いてて……一体何なんだ? 昨日来たときにはこんな罠は無かったぜ』
『大丈夫かい。だけどハンス、さっきの唸り声は聞いただろう? マグヌス伯爵の
「伯爵の
効果音と共に飛んでくる矢を避けながら、先に進む。何処かでライフを回復するアイテムも手に入るんだろうか。もしかすると出発時にハンスのお母さんが持たせてくれたリンゴがそれかもしれない。もう少しライフが減ったら試してみよう。
更に次のマップ。
と、いきなり真正面に、鎖の付いた鉄球を持つ筋骨隆々の半裸の怪物が現れた。人間の体をしているが、その顔は雄牛だ。要するに、他のゲームにもしばしば現れる、典型的なミノタウロス(そういえばこれもメデューサと同じく元は個人名だったらしいな。)だ。ハンスは自動的に木の陰に身を潜めた。
『げぇぇ、バケモンじゃねーか! あんなのに襲われちゃ死んじまう。もう帰ろうぜ』
『そうだね、相手は化け物だ。同じ化け物か、
画面は左にスクロールしていった。そこには居眠りをしている大きな猪がいた。そうだな、ちょっとバケモノは生身の人間の手には負えないからな。ケダモノでもないと勝負はできないだろう。……で、どうやって?
『草食や雑食の
『そうか! バケモンとケダモンを闘わせる、バケモンバトルだな!』
「おいおいおいおい、自分で育ててもいないし絆もない野生の動物を一方的に利用しておいて調子良いこと言ってんじゃないよ」
俺は笑いながらもつい若干乱雑な言葉遣いになってしまった。しかし、流石にその言い回しはどうかと思うぞ。この台詞は間違いなく今年流行った(もっとも、シリーズ最新作が出る度に流行っているが)あのゲームのパロディだが、元のゲームでは犯罪組織の構成員でさえ出世してる奴には使役相手との信頼関係があるのが普通だ。
視聴者さん達からも、大爆笑しているらしきコメントが続く。
「ちなみに、同じ雑食の獣でいうと、ヨーロッパの何処かの国では、軍の部隊が子熊の頃に拾って育てた熊が成長して一緒に戦場に行ったことがあったらしいですね。子供の頃から可愛がって育てたら、そういう事も起きるんだなって感心したんですが、流石に野生で育って来た大人の動物は普通人間との意思疎通はできないでしょうね」
それはさておき、俺は画面に表示された操作説明どおりにハンスを動かし、猪の背後に回り込んだ。そして弾を込めた猟銃を空に向かって撃ち、猪を起こした。驚いた猪は、そのまま化け物に向かって走り出した。やがて、右から化け物の叫びと激しくぶつかり合う音が聞こえた。
『ざまあみろだぜ! この調子でどんどん行くぞ』
『伯爵はこの先も君の命を狙って、罠を仕掛け眷属を差し向けてくるはずだ。気をつけて行ってくれ』
「うーん。二人の掛け合いは面白いですが、ハンスはもうちょっとアンデルスに感謝した方が良いんじゃないか? それにしてもアンデルスは何でも知ってるんだな……」
俺にはアンデルスの声が聞こえているだけに、とりわけそう思う。自分にかけられた呪いを解くため、やむを得ずハンスに協力しているとはいえ、元はといえば彼がこんな目に遭ったのもハンスと、ハンスの相方役を彼に押し付けた周囲の村人の所為なのだ。
その次のマップは見たことがあった。オープニングの祭壇の手前だ。ここは道が二手に分かれており、最初に主人公たちは左手に進んでいた。が、左からは再び化け物の声がする。じゃあ右に……と進むと、比較的広い道の真ん中に、明らかに色の違う個所がある。
「成程、これは、誘い込んで穴に落とすんだな」
俺は主人公を化け物の近くまで進ませ、銃を撃って引き返した。そして落とし穴の手前で端に寄ると、案の定真っ直ぐ追ってきた化け物は穴に落ちた。
「この罠を利用するシステム、結構面白いですね。っと、『マー』さん。コメントありがとうございます。『銃弾には限りがあるので、使い過ぎると後で苦労する。足が速くない怪物に対しては普通に近づいて引き寄せたり、口笛を吹いて注意を引いたりできる』。あ、銃弾の残り数については全然考えてませんでした。そうなんだ……ま、まあ体験版だし大丈夫だろ」
祭壇に辿り着いたところで、二人のやり取りが始まった。またしても帰りたがるハンスに対し、このまま永遠に呪いが解けず生首として過ごすのかと悲観的になるアンデルス。ここで二度目の選択肢が出た。俺は「そうだな、先に行くしかない」を選んだ。ちなみにもう一つは「それでも帰る」だったが、これを選ぶとそこでゲーム終了になるんだろうか。
と、体験版はここまでのようだ。
「面白かったけど、ハンスくん色々と身勝手でダメな奴じゃないか? 彼がストーリーを通じてその内改心するのか、寧ろダメな奴のまま進んでざまぁエンドを迎えるのか。そして今のところアンデルスには一方的に助けてもらっていますが、いずれ少しは感謝するのか。知りたかったら製品版を買うしかないですね」
もしかすると、工藤と青木辰之介もこういった関係だったのだろうか。一昨日も気になった事だが、もしもそうなら、工藤が一層気の毒だ。離れたい相手と結び付けられてしまった上に、当の相手は一方的に自分に負の感情を抱いているのだから。
これは何も身分が固定された時代だけでもなく、現代でも小中学校時代には時折起きてしまうことだが、江戸時代という、現代よりも一層人々が互いに要求する当時なりの規範が厳しかった時代に、侍という特権階級に生まれたことが、二人の関係を一層悲劇を招くものにしてしまったのだろう。
「ところで、俺が人生で一番仲が良くなったのは大学時代の友達三人なんですが、最初はお互い妙な拘りがあって、そこそこの口論になったこともあります。でも、一人と争うと誰かが仲裁に入ったりしてくれたり、途中でふと、『でもこいつには講義を代理出席してもらった恩があるしな……』って思い返して冷静になったり色々あって今に至ったりしてます。そこにもう一人いたら、彼もこうはならなかったのかもな……と、いうわけで、今日もご視聴ありがとうございました」
妻夫木、穴吹、寿。誰かが行こうと言い出したキャンプで、妻夫木が包丁を握った経験すらないことが発覚し、俺も穴吹もカレーの具材はわかるが野菜を入れる順番を知らず、急遽寿によるお料理教室が始まったことを思い出す。
例えばそんな風に、彼らが旅にでも出て、妬んでいた相手に予想外の憎めない一面があることを知ったり、お互い助け合わざるを得ない状況になったりしていたら。二人の未来は違っていたかもしれない。
ただ、実際には辰之介は間違いなく越えてはいけない線を踏み越えてしまった。謀略で工藤を嵌めるだけでなく、他人を利用し不幸にした。と、いうのが俺の聞いた二人の結末だ。世間は事件後の二人をどう見たのだろうか。
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