Trial of NAMA ~どのゲームにも生首が出る~
ミド
第0話 会社を追放になった俺は隠しスキル「実況」だけでは食っていけないので無双…ではなく無職からの脱却を目指す
今日、会社を辞めざるを得なくなった。きっかけは些細な事と言うべきか積もりに積もったものが爆発したと言うべきか、今の俺はまだ冷静に判断できる状況にはない。
家に帰って、まずは買って来た缶ビールを開け冷凍食品を温めて夕食にする。
——わたし、コンビニは冷食派なんですよ。あっ、コンビニ弁当の添加物が気になるとかじゃなくて、単に弁当丸ごとチンすると、漬物まであったまるのがなんか嫌で。
不意に隣の席だった石山さんの何でもないような発言が頭を過る。同僚は皆、これといって嫌な人ではなかった。
温めの終わりを意味する電子レンジの音を聞き、ミートソーススパゲッティを取り出し中袋を切って皿に開ける。
ビールとミートソースは、合わないわけではないが名コンビではない。そう思いながら黙々と皿の上のものを咀嚼し胃に送り込み、二本目の缶も空ける。ヤケ酒のつもりはない。折角出勤する必要が無くなったからにはちょっとだけ多く飲んでおこうというくらいのものだ。
三本目の缶のプルタブに指をかけながら、今から動画配信をするかどうか考える。俺は昨日まで凡庸な会社員兼凡庸な動画配信者だった。配信内容は全てテレビゲームの実況で、得意分野はRPG。配信中は自分の姿をそのまま映すのではなくモーションキャプチャで俺と同じ動きをしてくれる3DCGのキャラクターを被って配信する。
明日から次の就職先が決まるまでは専業動画配信者だ。ただ、俺の今までのチャンネル登録者数を鑑みるに、動画だけで食っていけるはずがない。明日まず見るべきはハローワークだ。
三本目の缶ビールが空になったところで、シャワーを浴びて寝る方が良いという結論に達した。一昨日はつい会社で思い切ったことを言ってしまったが、俺はこれでも喋る内容には気を使っている方だ。「今日から失業したので投げ銭大目にお願いします」なんて言いたくない。視聴者さんには色々あって職に就きたくても就けない人もいるだろう、他、なんとなく避けるべき理由が無数にあるように感じる。
そうしたわけで、いつもより頭をしっかり洗い、体も洗ってから風呂を出た。求人案内はネットで見えても、最後は多分手書きの履歴書と証明写真が必要になる。明日の昼食を買いに行くついでにでも、顔に焦りがない内に写真を撮影しておくとしよう。……別に要らなかったらどうしよう。えー、ぼくは何しろ失業が初めてなもので、まだ右も左もわかりません。よろしくお願いいたします!
さて、楽しく夜更かしでもして過ごしてやるかと会社をでたはずだが、結局普段より早く寝ることになってしまった。なんだかんだ言って大目に飲んだ酒のお陰だ。目を閉じているうち、俺の意識は遠く……
気が付くと俺はお寺の本堂らしき場所に座っていた。部屋の奥には御本尊らしき仏像があり、その手前、俺の1メートル先には九つの台がある。その内七つまでは物が乗っているのだが、妙な組み合わせだ。刀が二本、縄が一本、木材が三つ、変わった形の刃物が一本。特に規則性もなく並んでいる。これは何を意味しているんだろうか。
「お前さんが青木一族の後継ぎだろう。よくぞ参られた」
「わ!」
急に背後から声を掛けられ、俺は思わず声を上げた。背中もびくりと跳ねた。振り向くと、このお寺の住職らしき高齢のお坊さんが立っている。
「青木辰乃介から数えて、お前さんで遂に九代目、長かったの」
「ええと……まず、勝手に入ってすみません、その、拝観料とか要ります?」
ここに来るまでの記憶はないのだが、本堂にいるということは、知らない寺に勝手に立ち入ったということだ。拝観料を取って観光客を受け入れるタイプのお寺なら今からでもお金を払うが、完全に地域の人のためのお寺であれば今の俺はあまりにも不法侵入者だ。
「そんなもんは要らん。その代わり、わしの話を聞いてくれ。お前さんにも関わりのあることだからな。お前さんにとっては昔話だが、わしにとっては生きていた頃の話だ。阜江藩を知っておるか? そこの藩士に工藤忠穐と青木辰乃介という二人の男がおった」
阜江藩は名前くらいなら聞いたことがある。今のS県K市の辺りだ。父方の祖父の家があり、子供の頃聞いた昔話によく出てきた。そして、俺と同じ「青木」という名字……もしかすると、その辰乃介という人物は俺の先祖なのか?
「辰乃介はある腰元に懸想をし、家の者がおらん闇夜に押し掛け手籠めにした。その挙句、顔を見られなかったのを良いことに、歳も近い友人であった工藤に罪を擦り付けたのだ」
うわっ、なんて野郎だ。流石にこれは子孫として恥ずかしい。
「濡れ衣を着せられ打ち首となった工藤は、死ぬ前にこう言い残した。『おれに抜目ありが故とはいえ、家の名までも地に落とすは無念に余りある。かくなる上はこの身果てるとも真の奸物の家に憑りつき、「工」「藤」に通ずる「九」の「頭」を討ち取ってくれようぞ』……それ以来、代々青木の家の嫡男は、「頭」或いは「首」の傷が元で死んでいった。それがお前さんの祖父までの七代だ」
住職に言われるまま、俺はとりあえずわかる範囲の事を思い出した。祖父ちゃんは俺が子供の頃、勤務中の事故で死んだ。確か、不注意で落ちて来た角材が頭に当たり、即死だった。曾祖父さんは陸軍の兵隊に取られて、ジャングルで死んだって話だ。この台の上の変わった刃物、もしかして現地のゲリラが使っていたものだろうか。
そして、住職の話が本当なら、工藤の祟りはあと二代分、つまり父さんと俺の分が残っている。それに気づいた俺はゾッとした。
「じゃあ、俺と父さんもその内、頭か首の怪我が元で……」
「そのとおり。しかし辰乃介は悪逆の徒に違いないが、その息子甲子郎はある時親の罪を知って恥じ、償いの為に自ら腹を切った。孫の虎丞も工藤の菩提を弔うためにあるだけの財を寺に寄進し慎ましく暮らした。その頃にはもう、工藤忠穐が濡れ衣により非業の死を遂げたと多くの者が知っておった。わしはこの目でそれを確かに見届けた。この二代の行いを以って、最後の二代だけでも祟りを解いてやれんか考えていた。そこで、お前さんには最後の償いをしてほしい」
父さんは今年で六十一、無事定年を迎えのんびり老後を過ごし始めたばかりだ。それがある日突然、凄惨な事故で死ぬというのは想像しただけで足元から少し力が抜ける。
「償い、ですか。俺は一体何をすればいいんでしょう」
親子ともども無事に天寿を全うできるなら、今ここで生活費を除く預金全額を寺に寄付するくらいなんてこともない……この手に職さえあれば。再就職するまであとひと月ほど待ってもらえないだろうか。とはいえなにせ先行き不安なこの時代、ひと月だけでは足りなかったらどうしよう。
「お前さん、夜な夜な奇怪なからくりを動かしては人を笑わせる、ゆーちゅーばーというのをやっておるんだろう。それは即ち、人がお前さんの話を聞きに集まってくるというわけだの。そこで一つ、今からひと月の間、工藤忠穐の無念が晴れるような話をしてやってほしい」
ええっ……。これは困惑しないわけがない。運がよければ少額のスパチャが三ヶ月に一度くらい貰えて、あと広告料もあるとはいえ、いつも収益など考えずほぼ趣味でやっている実況だ。視聴者数が飛び抜けて多くはない。多少のウケを狙ったプレイでなら一時的に視聴者が増えるが、重大な責任のある話と並立させられるほど俺は話がうまくない。……というか、まず、江戸時代のお坊さんがYoutubeとかゲーム実況とか、すんなり理解できるものなのか? だが、ここで「難しそうなのでやめときます」と言える状況ではない。父さんの命がかかっているかもしれないのだ。
ところで、お寺に入ってから今までの話には真実を裏付けるほど確実な情報はない。目の前の風景、住職の昔話、そしてそれを聞きながら呼び起こされた俺の「そういえばそうかも」という不確実な記憶が全てだ。それにもかかわらず。不思議な事に、俺はこのお坊さんの言葉を信じるしかないように感じている。
「わかりました。やります」
あと一か月。俺にできるのは求職と実況だけだ。
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