第1話 「むかしばなし」あっ、これ高校の授業でやったやつだ!

 失業一日目。まずは雇用保険の手続きについて調べる。あとは求人サイトをひたすら眺め、また資格講座のカタログと睨み合っているうちに日没を迎えた。まったく意識していなかったが、前職の定時の時間までは律儀に「仕事を探す」という仕事をしていたことになる。

 求人情報が多い職種には偏りがあり、体力的に辛くもなく報酬も悪くなく、かつ今の俺の技能で応募できるような職は見当たらなかった。明日も別のサイトを当たりはするが、やはりなんらかの資格の取得も必要だろうか。SNSでもきついと評判のあるタイプの職はまだ避けていたい。土日だけでも配信を続けていたい以上、疲れ切って休日は寝るしかない生活は御免だ。前職も業務面では猛烈なブラックというわけではなかった。


 さて、求職活動ははかばかしくなかったが、気持ちを切り替えて動画を配信するとしよう。準備を整えた俺はカメラの前に立った。頭の中に浮かぶのはあの住職(そういえば彼の名前を聞いていなかった)の顔だ。俺にできる限りのことはやらなければならない。幸運なことに、今日から三十日間実況するのにちょうどいいソフトも見つかった。

「えー、皆さんこんばんは。吾首あくびです。前回の配信での予告は一旦置いておいて、今日から一ヶ月間、『未知体験のプレイゾーン』をできるところまでやっていこうと思います。このゲームの存在は俺も最近知ったんですが、色々なインディーズゲームの序盤を集めたお得な体験版パックらしいですね。序盤ってことは、RPGなら最初のダンジョンのボスを倒すくらいまでかな」

 俺はどうやら結構図太いらしい。仕事を辞めさせられても、夢の中で衝撃的な事を告げられても、少なくとも口先はいつも通り調子良く動いている。

 画面の中の俺も元気そうだ。因みに俺は普段、吾首あくびと名付けられた、「製作者の天才博士が途中でパーツ作りに飽きたため首だけの未完成アンドロイド。生きがいはゲームで、手が無いためサイバー念力でコントローラーを動かしている」という設定のキャラクターを動かしている。名前の由来は青木久弥斗あおきくみとの「あ」と「くみ」を取ったものだ。何の因果か、打ち首に見えなくもないな……

 ここで視聴者のコメントに目をやった。

「早速コメントありがとうございます。『ヴィオちゃん先生』さん、『全部オープニングから始まるわけじゃなくて、シューティングゲームの2面だけとか、本編にはない体験版専用ステージとかも入ってる』だそうで…ふーん、確かにゲームのジャンルによってはそういうことできるよな。STGなんかは寧ろ、程よく攻撃がきつい3面あたりを見せた方がインパクトあるだろうし」

……って、STGもあるのか!?どうしよう、もし某少女妖怪だらけの独自世界観でファンのめちゃくちゃ多いSTGみたいなノリだったら、そこで俺は冤罪の苦しみについてどう喋れば良いんだ。まあ蘇我入鹿の話に繋げるとかすればいいか……

「さて、早速この体験版セットの一本目から、やっていきましょうね。ソフト名は『武俠革命傳』、108人の仲間を集めて悪を討つRPGだそうです。多分中国の有名な古典小説が元ネタなんでしょうね」

 俺は首を斜め上に傾ける。画面の中の吾首あくびのアバターも上を見る仕草を取った。こんな調子で、時々はカメラに背中を向けて斜め下を向く。そうすると画面を覗き込む動きになったりするのだ。


 ゲームのオープニングは簡単な背景の説明から始まった。国を治める皇帝はかつて名君として民からの敬意を集めていたが、ある時を境に人が変わったかのように圧政を敷くようになった。その悪政に耐えられず反乱を起こし、他の107人の英雄を率いる立場になるのがこのゲームの主人公「タイガ」だ。物語は彼が悪い役人を殺し逃亡するシーンから始まる。

 フルボイスではないが、各キャラクターの台詞に、「おお!」「なんだと!」「いいぞ!」などの簡単なボイスが付いている。これを邪魔しないように気をつけながら、台詞の方は俺が読み上げていく。場面の切り替えごとに感想もいう。視聴者さんが相槌を打ってくれたら、相手のハンドルネームを読み上げてそれにも答える。これが普段の俺の実況だ。

「不当に税金を吊り上げ私腹を肥やす役人に、立ち向かう正義感の強い主人公と、ストーリーは王道ですね。『アンコウ釣師ガイア』さん、コメントありがとうございます。『昔からあるやつ』そう、懐かしい感じですね。ただ、本当かどうか知りませんが、『十代の若者はなろう系が好きじゃない説』もあるらしいですし、こういう真面目で重そうなゲームの方が人気が出るのかも。引き続き見ていきましょう」

 ゲームを進めていくうちに、剣を持った少年「赤鳥」が現れた。彼の父親は高名な鍛冶で、この州の領主の為に名剣「莫邪」を打ったが、強欲な領主は鍛冶師が自分以外の者の依頼を受けられないよう、殺人犯に仕立て上げ処刑してしまったらしい。そこで、この少年は父の仇討ちの為、形見の剣「干将」を持って領主を討ちに行くところなのだが、領主側も反逆者に気づき刺客を放っており、自分一人では到底成し遂げられないため主人公に助けを求めている。

「おお、この話は聞いたことあるぞ。中国の古典ですよね。魯迅って知ってます? 俺の通ってた高校では国語の教科書に載ってたんですが……」

 中国の文豪魯迅の本の後ろの方に載っていた小説が、まさにこの若者そっくりの展開だったのである。俺は視聴者さんに向けて簡単に話のあらすじを説明した。さて、そうなると、主人公がここで助太刀の為にこの少年の首を刎ねることになるのか?

 そう思いながらボタンを押していくと、注意画面が出た。体験版のストーリーではこの少年を放って先に進むことになるらしい。

「えっ、これ放置して先に進んでいいんですか? この子死んじゃうのでは?」

 俺がそう言うと、視聴者からのコメントが勢いよく投稿される。「製品版では助けられる」「製品版で確かめて」「仲間になりそうな外見だし流石に投獄程度だろと思うじゃん?」「パッケージでは生き生きしてたのにな」「あっネタバレはやめろ」……盛り上がってくれて何よりだ。

「皆さんコメントありがとうございます。そうか、製品版だと放置しない選択肢あるんだ。すげー、購入意欲沸かせるの上手いな。まあ、ゲームの都合上、助けられないのはしょうがない、先に進んでいきましょう」

 主人公は指名手配犯であり追手が迫っている。一緒に行けば、却って少年の命の危険が増す。そんな話になり、二人は別々の道を進むことになる。ここで画面が暗転した。場面が切り替わるのだろう。

……暫く待ったが、どうもおかしい。やがて俺は気づいた。真っ暗なのは画面ではなくこの部屋だ。停電か? 俺は手探りで部屋の照明のスイッチを探すべく、モーションキャプチャを外そうとした。が……体が動かない!


 そうしているうち、次第に暗闇に目が慣れてきた。しかし、俺は困惑せざるを得なかった。辺りは俺の部屋ではなく、ゲームの画面の中そのもののような真夜中の竹林だ。

「なんだこれ、どうなってるんだ?」

——アクビさん。

「わ!」

——助けてください、ぼく、結局あの後、刺客にやられちゃいました。

 どうなってるんだ? 頭の中に直接赤鳥少年の声が響いてくる!

「えええええ!?」

【驚き過ぎだろ】

【まあ、死ぬわな】

 この時、俺の頭は丸ごと固まった。丁度パソコンのフリーズとそっくりだ。そこから状況を理解するために三分ほどかかった……と思う。

 信じられない事だが、俺は今、このゲームの中の赤鳥少年の体の内、刺客に落とされた首に入り込んでいる状態なのだ。首だけなので、手も足も動かせない。ただ、目を閉じると暗闇の代わりにさっきまで開いていたパソコンの画面が浮かび、声を出せば録音されて視聴者さんにも聞こえる。

 事態が簡単に把握できたところで、俺はひとまず赤鳥に謝ることにした。

——ごめんな、でもこれそういう……なんというか、運命なんだよ。

——はい。死ぬ覚悟はできてました。だけど、ぼくにはまだ意識があるんです。だから、今からでもできることがあるなら、戦いたい。力を貸してほしいんです。

——わかった。君を助ければ俺も現実に戻れるかもしれない。なんとか一緒にやってみよう。

 そう、ゲームの中に入っている場合ではない。一生このままでいたのでは、現実世界にいる家族のためにもよくない。と言っても、なにしろ生首である。飛び跳ねることはできるようだが、これからどうしたものか。

——アクビさん。蘇城の方向から誰か来ます。

 なるほど、耳があるので音は聞こえるし、目があるので物も見える。完全に何もできないわけではなさそうだ。赤鳥の言うとおり、全身真っ黒な衣服に身を包んだ男が近づいているのがちゃんと分かる。

 男は俺の(というより、おそらく赤鳥の)首を見つめ、深い溜息を吐いた。

「遅かったか……いや、まだ望みはある!」

 彼はそう言ってさらに道を進んだ。背後(背中も無いが)で聞こえる音から察するに、何かを拾い上げたようだ。

「この『干将剣』は信義忠勇の徳の陽の姿を司る霊剣。その主であるお前が正義を果たすならば、首だけになろうと一念で意のままに振るうこともできるだろう」

 男はそう言うと、赤鳥の首の前に刀を置いた。

「えーっと、動かすったって、どうやって……念力か何かで?」

【ファンタジーRPGだからね】

【投稿主とお揃いじゃん】

【さっき直立二足歩行で歩いてる犬と戦ったし今更なんだよな】

【お得意のサイバー念力の見せどころだぞ】

 うーん、どうやら俺の精神がゲームの中に入り込んでいることは視聴者さんには伝わっていないらしい。まあ、普通信じられないよな。

 正直言って俺のサイバー念力は雑な設定であって、ゲームに没頭するとしょっちゅう忘れるんだが、ともかくやるか。首だけになってはいるが腕がある自分をイメージすればいいのか?

 すると風を切る音と共に、確かに剣は俺の意思どおりに動いた。これならやれるかもしれない。男もそう感じたのか頷いて赤鳥の首を抱え上げた。

「行くぞ」

 そこからしばらく俺と赤鳥はこの男(今更だが、味方だったのか……)に持ち運ばれ、野盗やモンスターとエンカウントしてはこれを倒し(目を閉じて画面を確認したところ、ゲームは俺が入り込む前と全く同じように動いていた。)、領主の「岳滑坡」が住む「蘇城」に辿り着いた。

 岳滑坡は享楽的かつ短絡的な性格で、赤鳥のお父さんのように彼から珍しい宝を取り上げられた領民は多いらしい。また、見世物も大好きで芸が上手い者であれば身分を問わず城に呼び寄せているようだ。

「成程、そこで赤鳥少年の首を見世物として持って行って、芸をするふりをして首を刎ねるわけだ」

【この辺りは魯迅版と同じだな】

 おっと、頭に余裕が出てきたことだし視聴者さんからのコメントにも返事をしないとな。

「俺は魯迅版しか読んだ事は無いんですが、色々と版があるんですよね」

【版によっては仇討ち自体がなかったり、謎の男が刺客だったりする】

「『断末音ミミック』さん、コメントありがとうございます。へー。この人、このゲームだと何者なんでしょうね」

「お前が知る必要はない。私は岳滑坡の手から宝を取り戻す為に手を組んだに過ぎない」

 いけない、俺が声を出して喋ると登場人物にも聞こえるんだった。これはあんまり視聴者さんのハンドルネームとか読み上げられないな。残念だ。

 とにかく愛想のない黒衣の男だが、城の門番は旅の芸人だという彼の自己紹介をあっさり信じてくれた。そして俺達は、岳滑坡の前に立った。

——やるぞ、赤鳥くん。

——はい!

 台座の上に乗せられた俺達は、剣と共に天井近くまで思い切り飛び跳ねた。そして錐揉み回転と共に、剣を岳滑坡の首に向かって振り下ろした!

 流石は名剣だ。岳滑坡の首は一瞬のうちに胴から離れ、床に転がった。

——これで父さんの仇は討てました。もうぼくに未練はありません。アクビさん、本当にありがとうございます。

 赤鳥少年がそう言うと、急に俺の体(首だけだが……)からは力が抜け、視界も狭まっていった。


 そして気が付くと、俺の目の前にはテレビ画面があった。モーションキャプチャの感触があり、コントローラーを握っているという感覚もある。現実に戻って来れたらしい。

 テレビ画面の中では、『武俠革命傳』の主人公タイガと数人の仲間が蘇城に乗り込んでいた。どうやら赤鳥には協力しなかったものの、結局は別の理由で彼らも領主を倒すことになり、赤鳥と謎の男が領主の前にいた間は城の守備隊と闘っていたらしい。

「えーと……で、首だけになってしまった赤鳥くんはこの後どうなるんでしょうかね」

 俺がそう言いながらボタンを押し、ストーリーを進めていくと、あの黒衣の男が話を始めた。彼は天意の使者であり、主人公と、いずれ合流する107人の仲間には悪逆の皇帝を討つ天命が定められていることを告げる為に赤鳥少年に手を貸したらしい。

「そうか、じゃあ天命を課せられた赤鳥くんも皇帝を倒すまでは成仏できないんだな。で、体験版はここまでです、と……結構面白かったですね。製品版どうしようかな」

 そんなわけで、そろそろ俺にとっての本題に入らなければならない。

「赤鳥くんは無事敵討ちができたわけですが、昔の平民や下級層の武士・騎士って権力者に悪意があればどうしようもない濡れ衣で処刑されて、家族も抗議できなかったんですよね。勿論、彼らもやられっぱなしだったわけじゃなく、権力者の失政があればこのゲームの主人公みたいに乱を起こすこともあったとは思いますが、大多数は涙を呑んで従うしかなかった」

 こんな感じのトークでいいのだろうか。普段はゲームの内容に軽い感想を入れるくらいで、気合いを入れて持論を語ったことはほとんどない。正直、不安で仕方がない。視界に視聴者さんのコメントが映り、戻ってきた心臓が飛び跳ねるかのように心拍数が上がった。

「『アンコウ釣師ガイア』さん、またまたコメントありがとうございます。『日本だと明治以前までは武士の息子が親の仇討ちをする話が名作だったりするのも、体制への反動かもな』確かに歌舞伎に有名な仇討ちものの作品何作もありますよね。あと、少なくとも日本が平和な時代に生まれてひとまずはよかったけど、今でも他所の国に行ったらそういうことは幾らでもあるんでしょうね」

 俺はここで時計を見た。22時か、いい感じの時間だな。

「さて、今日は良い時間になってきたのでここまでにします。次回もよろしく~」

 住職との約束について、結局少し喋るだけでも恥ずかしいほど緊張してしまった。残りは二十九日、先が思いやられるな。

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