第8話 鶺鴒 産まされ増やされ鳥人間工場

 凄まじい夢を見た日の朝は、どうしても上機嫌にはなれない。漫然と過ごしてしまったが、とはいえ夜までこのままではいけない。運動がてら昼は外食にした。

 平日の昼は人間が起こす物音に埋め尽くされているかと思いきや、規模が小さくても木の多い公園からはちゃんと鳥の鳴き声もするのだ。声だけでなく、枝の間を跳ねる音もあるし、姿を見せて地面を走ってる鳥もいる。一昨日のギロチンボーイを思い出した。彼は大好きな鳥の絵を描けるようになっただろうか。

 アウトドア派ではないのだが森に近づくと安心する、この感傷は何なんだろう。ついでに言うと、大都会のビル群の隅に植えられている何本かの木も好きだ。我々都会人類の罪滅ぼしみたいで。


 そうした感じで思いの外、長いこと屋外にいた。お陰で帰宅した頃には少し頭がすっきりしていた。この調子で、やるか。

「えー、皆さんこんばんは。吾首あくびです。今日も『未知体験のプレイゾーン』をやっていきます。今日で八日目ですね。ゲームタイトルは『迦陵頻伽』、ジャンルはシューティングだそうです」

 STGか。自分でプレイはするが、普段全く配信していないジャンルだ。さて、どうしたもんかな。流石に体験版の序盤一ステージ分、クリアできないってことはないだろうが……一昨日のこともある。俺は少し考えて結論を出した。

「えーっと、シューティングはそんなに上手くないんで、とりあえず最長一時間でやります。一時間でクリアできなかったらすみません」

 そう言って、もしかしたら現実世界の音で戻って来られるかもしれないという期待を込めてスマホのタイマーをセットした。

 ゲームのあらすじは、刑罰として首から下を剥奪され強制労働として労働監督マシンの操縦を課せられた罪人の少女「夜鶯ナイチンゲール」が、反政府組織と手を組み失った体を取り戻すため政府の位置する天空の都市「須呵摩提スカーヴァティー」を目指すというものだ。ハードな設定だな……

 今日は一体何が起こるだろうか。視聴者さんからのコメントを見た。 

「『ヴィオちゃん先生』さん、『スタート画面を放置してると出てくるムービーはちゃんと見ておく方が良い』お、そういうのあるんだ。『マー』さん、『二周目まで進めると真相が明らかになるが、一周目で既に嫌な予感がする』。あらすじからしてハードですからね。首から下の剥奪って要するに斬首刑だと思うんですが、その上まだ生きて働かされるんですか?」

 俺はスタート画面をまじまじと見つめた。画面上部、黄金の雲の中を、美しい五色の羽根を持つ鳥が何匹か飛んでいる。画面下部、赤黒い汚れの付いた機械のアームのようなものが上に向かって伸びている。手にも見える。画面真ん中、細く真っ白い線が上下を貫いている。迦陵頻伽とは仏教の極楽浄土に飛んでいる鳥だというから、下側は地獄の暗喩だったりするのだろうか。

 やがて「ヴィオちゃん先生」から情報提供のあったオープニングムービーが始まった。おっと、今日のソフトも警告付きだ。残酷な描写、暴力的な描写があるらしい。

「えーっと、暴力関係の警告文が出ました。小型の一般敵キャラが死ぬとき血が飛ぶぐらいならそのままで行きますが、ちょっと本格的にヤバいなと感じたらいつもどおりダミー画像を挿しこんでいきます。タイミングが遅れたらすみません」

 俺はそう言いながら画面を眺めた。登場人物達は鳥を鳥要素を強く残して擬人化したような、より伝わりやすく言うならば逆に人間の体格・生活習慣のまま擬鳥化したようなと言った方が良いかもしれない見た目をしている。まず警察らしき服装の鳥人が家に押し入り、中にいた二人を連行した。そして片方は鉄条網の張り巡らされた施設に送られ、中で手術台に乗せられた。そして……

「ワォ……いきなりかぁ……」

 拘束されぶるぶると震える鳥人の首に、鋭く長い刃物が当てられる。これがあらすじにあった「夜鶯ナイチンゲール」が刑罰を受けるシーンなのだろう。画面はすぐに赤くフラッシュして暗転し始めた為、首が切れるシーンが直接表示されるわけではないのが幸いか。

 ん……暗転ということは! 狭まりゆく視界の中、俺は慌ててスマホのタイマーを押した。


 やがて画面、即ち世界が明るくなり、ガラスのフレーム越しに工場内らしき景色が見えた。俺は首の下に冷たい機械が当たっていることに気づいた。接触部分少し上にもさもさとした感触もある。念の為目を閉じるとローディング画面が表示されているのが見える。ゲームの中の世界に来たのだ。

——あの、工場を抜けるまでよろしくお願いします。

 頭の中に響いたのは女の子の声だ。鳴き声が綺麗な鳥の名前が付いているだけあって、結構可愛い声だな。

——君が夜鶯ナイチンゲールだよな。どうしていきなりあんな酷い目に?

 しかし、四日目や五日目といい、この体験版パックは碌でもない政府に出くわす確率が高いな。考えてみれば、一日目もそうだった。偶には国民を大切にする政府や、国家ではなく市民を困らせる方の犯罪者を逮捕する警察の姿も見たいもんだ。

——「涜血罪」です。私の母は、父と結婚できない身分でした。駆け落ちして戸籍を偽造して暮らす内に私が生まれましたが、とうとう警察に捕まったんです。母は既に死んでいましたから、代わりに私が母の受けるべき罰を受けました。

——親族からの私刑ならまだしも、それって、警察が逮捕するようなことなのか?

 俺は困惑しながら尋ねた。

——アクビさんの世界では、大罪ではないんですか?

——少なくとも俺の住んでる国には、そんな罪はないよ。ただ、別の国で、例えば親が決めた相手と結婚させるために無理矢理式を挙げる国とか、結婚してない女の人が男の人と体の関係を持つと死刑になる国とか、そういう場所はある。

 そういう国は現実にもあると言いはしたが、他の国の状況なんて、学生の頃はまだしも、今ではテレビで見た情報しか知らない。本当はもっと知っておくべきなんだろうな。

——そう……そんな世界があるのなら、私……

『工作部隊が電力プラントの破壊に成功した。夜鶯ナイチンゲール、作戦開始だ』

『……! 了解です』

 俺は目を閉じて状況を確認した。先程の作戦開始を告げる声は夜鶯ナイチンゲールに味方してくれている反政府組織のオペレーター「雲雀」のものだ。プレイヤーはこれから指示に従い、この工場の製造ラインを破壊することになる。

——この労働監督用マシン「護法鬼機」は私の脳と直接繋がっていて、考えたとおりに動きます。アクビさん、一緒に戦ってください。

——わかった。

「えーと、それでは操作開始、さっそく小型機がやってきました。落としていきましょう。喋りながら避けるのが苦手なんで、途中無言になったらすみません」

 何はさておき俺は動画実況者なので、実況もする。目の前に飛んできた機械は今俺がしている護法鬼機よりも小さい。

——流石に、あれの中にまで君みたいな人が乗ってたりはしないよな?

——大丈夫、あれは無人機です。

 それなら安心だ。ゲームの中に入り、主人公を「生きている」と認識した今、全ての敵機の中に似たような加工をされた人がいるとなれば動揺もしてしまう。

【大丈夫、このゲームは無言にならざるを得ないか動揺して喋りまくるかのどっちかになる】

「コメントありがとうございます。ただ、一応あらすじでは体を取り戻すってあるんで、最後は元の体に戻れるのかなという希望はあります」

——体も戻してほしいけど、私は本当は「常寂光土」に行きたい。常寂光土は、罪も罰も無く宿業も身分もない場所で、須呵摩提スカーヴァティーの何処かにその入口が隠されていると言われているんです。そこに辿り着いて、誰からも責められずに一人で静かに生きたいって、父が死んだときから思うようになりました。

 未だもって理屈は不明だが、俺と視聴者さんのやり取りの内、俺が声に出して言った言葉はゲーム内の登場人物達にも聞こえる。夜鶯ナイチンゲールもそれについて疑問は持たないらしい。

——お父さん、あの時逮捕されてた人だね。亡くなってたのか。……

「おっと!」

 まだ一面と油断して撃ち漏らした敵が、背後から一発だけこちらに向けて撃って後方に抜けていった。(おそらくへの消えざまの挙動だ)咄嗟に避けはしたものの、これは駄目なプレイだ。

 【あぶない】【偶にある】など、視聴者さんのコメントが聞こえる。

——父は「這種」、つまり平民だったので、公開処刑でした。身体を切り落されながら死ぬ様子を、私も収容施設のカメラで見せられました。私への刑はその後でした。

——そうか……君の生きてる世界の事、聞けば聞くほど俺は好きになれなさそうだな。身分が低い者や社会秩序に反した者なら人倫に悖る扱いをしてもいいって考え方を政府そのものが持つことは、人々の思考を滅茶苦茶に破壊してしまう。

「そもそもこの子、強制労働させるなら首だけにする必要あったのかな……」

 俺は誰に話しかけるともなく呟いた。理不尽な世界だが、この滅茶苦茶な刑罰の背後に多少なりとも理屈はあるのだろうか。

【後々分かるが、このゲームの世界の宗教観では生身の肉体が美しく素晴らしいとされていて、なおかつその貴重な肉体を破壊する疫病が百年近く蔓延し続け、一方で生命科学技術が物凄く発達していたから、とうとう健康な平民や奴隷の体の一部をもぎ取って病気に感染した支配階級に移植する制度ができて今に至る】

【強固な差別が温存されたまま科学技術が超発展して狂ってしまった世界なんだよな】

【機械部分が多ければ多いほど汚らわしい畜生扱い】

「へ、へー……首から下の体を奪って生かしておくのって、そういう社会からの差別による苦痛を与える意図もあるんだ。ドン引きです。なんでだよ……」

 このゲームのシナリオ担当者は、一体何を考えてこんな被支配層を理不尽な目に遭わせる世界にしたんだろうか。俺は量産型の無人敵機を撃ち落としながら考えた。

——この工場は「天人」、この世界の支配層の為の肉体工場なんです。天人でも下層の方の人達は、移植する為に重罪を犯した者の肉体を使います。もっと上の層は、罪や穢れの薄い肉体を欲しがって、「天人」を父として「這種」に身体移植用の子供を産ませるんです。

 何から何まで、家畜扱いだ。これはなんとしても反政府組織に勝って欲しい……と思いかけたが、彼らが勝った後に、果たして無事旧社会を憎んで人民を憎まずの思考を持ち、搾取体制を廃止し平等な社会を作ろうと考えられるだろうか。それを考えると不安にもなる。

 やがて敵の波が途絶えた。ということは、そろそろボスだ。

『破壊対象の”鶺鴒”を確認。完全に破壊せよ』

『了解』

——そこにいる、”鶺鴒”と呼ばれている二人が標的です。なるべく苦しめずに、早く救ってあげないと。

——「二人」か……。

 俺はガラスフレーム越しにこれから戦う相手を見つめた。沢山のチューブやケーブルがつながったほぼ球体の機械だ。この中に鳥型の人が二人いるらしい。表面を覆う銀色のカバーに二羽の小型の鳥がいて、片方がもう片方に圧し掛かっている。工場で「生産」されているものから推測するに、鶺鴒の交尾の図なんだろうな。

 しかしまあ、首だけになった人間を生かして機械を操縦させられるほど科学技術が発展してても、肉体を得る方法が男女の性交からの自然分娩なのか……。それとも、この世界の宗教がいわゆる試験管ベイビーを忌避しているのか。

『ごめんなさい。私が貴方達を救うには、これしかない……』

「お、おあ、ぎ、がが、おがあざぁぁぁん! だずげでよぉ! おがあざぁぁぁん!」

「ウーーーー? オウッ……ウーッ……コ、コロシ、テ……」

 同じ工場の労働機械のため、夜鶯ナイチンゲールと鶺鴒二人の間では通信が可能らしい。もっとも聞こえてくる男女二人の悲痛な声の様子では、対話できているかどうか怪しいが……。肉体移植用の出産という異様な強制労働の所為で精神に異常をきたした、そんな感じに見える。

 ところで、さっきの夜鶯ナイチンゲールの話によれば男の方は支配階級のはずだが、同じく発狂している。がメイン要素のゲームにはあまり触れたことはないが、強制妊娠させる側の支配階級の男というやつ、凌辱大好き下衆野郎のイメージがある。そんな素振りがまるでないということは、彼もなんらかの刑罰としてここで無理矢理働かされているのか。

——両サイドのケーブルを破壊すれば、プロテクターが外れて本体に攻撃できます。やりましょう。

——死以外の救い、なさそうだもんな。多分生きて脱走しても、また捕まるんだよな。

——そうです。

 俺は左のケーブルにレーザーが飛んで行く様をイメージする。レーザーは念じたとおりに標的を攻撃する。実際には思考と動作にはほとんど間はない。敵も大型の玉を吐き出してくる。俺は僅かに右に逸れて躱す。首だけの俺の意思は繋がっているコードを介して機械に伝わるため、ドラマやアニメでよく見る操縦桿を動かすという動作は挟まない。

 夜鶯ナイチンゲールの言うとおり、両側のケーブルが火花を吹き出して千切れると同時に保護装置となっていた丸いカバーも外れ、更に攻撃を続ける内にパーツが次々と黒煙を上げて吹き飛び、遂にバラバラになった残骸だけが残った。

『任務完了です』

『ご苦労、脱出し基地に向かえ』

 オペレーターの雲雀という人物、愛想が無い。必要以上の事を喋らないため反政府組織がどういう思想で動いているのかわからないが、知りたかったら製品版を買ってこの地獄みたいな世界を一通り見るしかないな。

「ステージクリアですね。皆さんからのコメント解説見てるとどれも強烈で、結構そっちの理由で汗が出ました」

 俺はそう言いながら片目を閉じた。

——アクビさん、ありがとう。私、突然人生が滅茶苦茶になって、父も死んでしまって、凄く不安で、付いて来てくれる人が欲しかったんです。

——だろうね。これからも大変なんだろうけど、君の探してる常寂光土は素晴らしいところだといいね。

 画面が暗転していく。俺の出番はここまでだ。


 現実に戻ってきた。思わず深い溜息が出る。

「と、とんでもなく嫌な世界だった……登場人物全員の外見が鳥の擬人化だったからまだ耐えられたけど……」

 俺は視聴者さんからのコメント欄を見た。そこには「二周目でわかるけど、ボスの鶺鴒の中身は男女二人で、男の方は支配階級出身だけど同性愛者だったので逮捕されて脳手術の実験台にされてる」とあった。

「うわっ……そういう無理矢理『矯正』させようとする実験って本当にあったらしいですね。怖えーよ。ゾッとしますが……何が嫌って、世界全体で言うとこういう話は過去の物じゃないことですね」

 俺はそう言いながら、ふと、最初の夜鶯ナイチンゲールとのやりとりを思い返した。俺達の生きてる国ではこんなことはない。……そう、少なくとも今は。

「ある日突然、例えば学校で一緒に授業受けてた『普通』に見えるクラスメートが、他人と違う何らかの性質や、その他の不条理な理由で拘束されて矯正施設に送られたり処刑されたりする社会になったりしたらやだなぁ……って、やだなーで済ませてちゃ駄目なんですけどね。どうするんだろうな、少なくともそんな体制、権力に絶対賛成はしない、で良いのか? まだ足りない気がするけど、俺に何ができるんだろうな……さて、明日はもうちょっと明るく実況できると良いんですけどね。それでは今日はこの辺で、ご視聴ありがとうございました!」

 通信を切った俺は水を飲んでシャワーを浴びに行った。部屋に戻ったところでスマホのタイマーが鳴った。確かにノーミスクリアしてれば1時間も必要ない。が、もう数時間は経っているような気分だ。

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