第11話 坂道 我がママボディに首無し

 恐る恐る窓の外を見る所から、今日という一日は始まった。窓に汚れなどはない。同じくらい慎重に玄関のドアも開けたが、特に変わったところはない。昨晩の怪異は去ったらしい。

 今日はスーパーが開く時間を待って入店し、真っ先に塩と塩を盛る為の皿を買った。そしてそのまま最寄りのお寺と神社に行き、それぞれでお賽銭を捧げた。流石にお坊さんや神職さんに事情を話してお祓いをしてもらうのはまだ気が引けるので、お賽銭だけだ。これで効果があるのかどうかはわからないが……。

 ところで、神社の方の裏手には山があり地域の人の散歩道になっている。少し散歩するか。歩きながら考えた方が思考もスッキリするだろう。

 俺があの住職の霊に出会って十日が過ぎた。これから残り二十日間を喋り続けるのは良いが、肝心の工藤忠穐は具体的に何を求めているのだろう? もう一度それを考えた方が良さそうだ。

 数日前に見た夢が真実なら、事の発端は青木辰之介から、自分より親の地位が低いが優秀な幼馴染の工藤への嫉妬だ。正直、小学校・中学校と引っ越しを繰り返し「幼馴染」の概念のない俺には十分な共感はできない話だ。ただ、他人の話を聞いていると、世の中にはそういった関係があるらしい。聞いた話では、子供本人の気持ちを差し置いて親が焚き付けることもあるという。あの二人がそうだったのかはわからないが……。

 考えながら歩いている内、坂道を走って登る二人の児童に追い越された。

「おまえ、おっせ~!」

 二人は競争中だったらしく、先に上まで登った方が後からついた方に向かって煽るように言った。

「じゃあなんでおまえは走るの早いのに毎週ちこくするんだよ!」

 毎週のように遅刻しているというのは何らかの事情があるかもしれないが、それはさておき、ただ近くで聞いていただけなのに、よく言い返したと思わず笑ってしまった。赤の他人とはいえ、一方的にやられっぱなしの有様を見るのはあまりいい気分はしない。

 再び例の二人について考えよう。俺が見たのは二人が木刀で勝負する風景や弓矢の腕を競う風景だ。どれも勝負の結果は工藤の勝ちだった。それを見せられたところで、俺は何をしても自分より上の奴がいればそれなりに下の奴もいるだろうと思うのだが、辰之介にとってはそうではなかった。

 それは、彼が俺のまだ知らない事情で工藤しか見ていなかったから、言い換えれば二人だけの閉じた世界に生きていたからだろう。俺はゲームの中には入れても過去の時代に行くことはできないので、辰之介に対して今更何かを言えはしないのだが。

 ところで、嫉妬される側の工藤は何を考えて生きて来たのだろう? いずれそれも知らなければいけないが、昨日の出来事で自覚しているとおり、俺は怨念や怪異と正面から向き合うには気が弱すぎる……。


 そうして買い物を終え、食事を済ませたところで今日も配信予定時間が来た。やるか。俺はいつもどおりセットを整え、開始ボタンを押した。

「このシリーズももう十一回目になりました。意外と早いですね。今日のゲームのタイトルは『誤読の久留米』三日続けてのアドベンチャーゲームです。あらすじを確認しましょう。えー、『新米ジャーナリストの主人公代々木は、初めて東京の本社を離れ地方に出張する。まだ経験の浅い彼をサポートするという名目で、上司の久留米が同伴するのだが、実は久留米の取材は誤解や誇張に基づく内容が多すぎるとして悪評が高かった』」

 これは疑う余地もそれほどなく嫌な上司だな。

「ということは、主人公はタイトルにもなっているこの困った上司の尻拭いをする羽目になったりするんでしょうか。……っと、コメントありがとうございます。『アンコウ釣師ガイアさん』、『パロディ元と同じく食事シーンは凄い幸せそう』。ということは出張先の名物が出てくるのか。それはちょっと豆知識が身につきそう」

 コメント欄には各地方の名物が並んだ。「ちゃんぽん」、「牛タン」、ということは、製品版では九州や東北にも行くんだな。

 オープニングは主人公と上司が新幹線で岡山に向かうシーンから始まる。早速座席を派手に倒し行儀の悪い格好でビールを飲みながら偉そうに喋る五十代の男と、その隣で努めて到着先でのランチの事だけを考えるようにしている二十代半ばの部下の姿が表示された。

「第一章の舞台は香川県坂出市。ということは、岡山から乗り換えて瀬戸大橋経由で向かうんだろうな。すげーどうでもいいんですが、小学生の時、席替えで児島君、大橋さん、香川君が縦一列に並んだことがあって、これは瀬戸大橋の構図だ!って嬉しくなって友達に話したんですが、当時通ってた学校は静岡にあったのでいまいち話が通じませんでした。それはさておき……」

 到着した二人は早速昼食を探し始めた。久留米は東京が本店のチェーンカツ丼屋を探そうとした。ここはチュートリアルになっているらしく、選択肢が出た。

「まあ、『うどんにしましょう!』が良いでしょうね。折角の香川なんで。『たまゆげ』さんコメントありがとうございます。『厄介なことに、反論しすぎると上司がキレてくる』……う、うーん。リアルだ。が、ゲームの中でまでそんな思いをしたいかというと……まあ、プレイヤーを選ぶゲームですね」

 代々木が駅前の大通りに見える看板を指差し、上司を引っ張っていく。無事入店した店は天ぷらの種類が豊富で、代々木は幸せそうな表情を浮かべている。ここで画面が暗転し、俺の意識も薄れていった。


 意識を取り戻した俺は、自分が金網に入っていることに気づいた。一体何故金網に? 

——ああ、ほんまに来てくれたんやね。ありがとう。私一人では頭を動かせんから、困っとったんよ。私な、綾野華枝って名前で、元々普通の主婦やったと思うんやけど、いつの間にかこんなことになってしまったん。

 俺の頭の中に、何処となく中年っぽそうな女性の声がした。こんな事というのは、やっぱり生首になったことだろうか。俺は振り向いて驚いた。今日は付きだ。それも、自転車に乗っている。

——えーっと、これは一体?

——半年くらい前かなぁ、家を出るのが遅なって、こらイカンと思って、私は焦って自転車漕いどったんや。そんな有様やったから、あんまり周りも見てなくて、そしたらここの急な下り坂で、スピード出し過ぎてな。

 女性の胴体が身を捻り、右手の人差し指で坂道を指差した。確かに長くて急な坂だ。

——同じく前をよぉ見とらんかったトラックにぶつかって、もうそれで人生のお終い……やおもったけど、気がついたら自転車ごと幽霊になっとった。で、今でも生きとった時普段走っとった道を行ったり来たりしとるん。首については、トラックに当たって死んだときにもげたんやろなぁ。世間で私の事、「首無しライダー」って呼んどるらしいわ。

「首無し……ライダー」

 おっと、つい声に出てしまった。俺は慌てて画面を確認した。ありがたいことに、ゲーム画面でも、まさに代々木が久留米から取材対象の「妖怪首無しチャリライダー」についての話を聞いているところだった。彼らは雑誌の夏休み特集号に載せる各地域最新の怪談を取材しに来たらしい。

【上司の性格を考えるに重大事件の取材じゃなくてなにより】

「『国土三千倍のチバカン』さん、コメントありがとうございます。今のところ上司の言動はイマイチわかってない奴といった程度ですが、これから駄目さが露になっていくんでしょうかね」

——首無しチャリライダーと言われたって、首は籠の中にちゃんとあるんやけどね。ま、誤解を解こうにも、自分では首を持ち上げられんから、『ホラ、ここにあるやんか』って見せることはできんのや。幽霊になってからというもの自転車から降りられんことになってしまって、ハンドルから両手を一度に離せんのよ。足も片足しか着かんし。

 自転車ごと幽霊になってしまった綾野さんは、右手だけで「やれやれ」のポーズをした。成程確かにその通りのようだ。

——で、お兄さんは同じ首でも、宙に浮いたりできるんやろ? 

 まあ、確かにそうだ。実況者としての俺に個性を付ける為の「設定」だったサイバー念力はこのゲームの世界で実際に発現し、吾首おれは首だけでも宙に浮いて意のままに移動できる。

——私の家に連れて行ってほしいんよ。一人でも家の前まではいけるけど、石段はどうにも自転車では上がれんからね。お兄さんに家の様子見せてもろて、それで成仏するって約束や。

 この体験版セットの中に入る度、必ず誰かが何故か俺の事を知っている。どういう理屈なのだろうか。俺は不思議に思って尋ねた。

——約束って、誰とですか?

——それはほら、あの人や。肝心の名前がな、あかん、名前をど忘れして……絶対有名やった気がするし、聞けばすぐ納得いくはずなんやけど……。

 綾野さんは考える仕草を取ろうとしたらしい。そこにない頭に右手をやろうとして、するっと空振りをした。

——ごめんな、思い出せたら言うわ。ともかく私は今から家に帰るし、お兄さん、着いたらよろしくな。一回試しに浮き上がって三回転してみてくれる?

 俺は頼まれたとおり、自分の首が動く様を強くイメージした。籠から二メートルほど上に浮き、そのままぐるぐると回る。

——えらいよう回る首やなぁ。私もお父ちゃんが仕事頑張ってくれてるで、生きてた頃は首が回らんことは一度もなかったんやけど……

 その時、遠方で男の叫び声がした。俺は浮き上がったまま声のした方を見た。スーツ姿の男二人がこちらを見ている。代々木と久留米だ。綾野さんの家につく前に、二人の取材が終わってしまうのはまずい。

——すみません、暫く勝手に喋ってますので、運転はよろしくお願いします。

——これバイクやのうて自転車やけどね。

 二人の声は背後からも直接聴こえる。探していた首無しチャリライダーを予想外に早く発見して驚く代々木に対し、久留米は「首が見えたので別の妖怪なのではないか」と若干とぼけた答えを返している。

「いやいや、自転車に乗ってて首が胴についてない人がそう何人もいるはずはないと思うんだけど」

【久留米の言うとおりにしていくと、とんでもないデマ記事が出来上がる】

「『たまゆげ』さん、ありがとうございます。事実と違う話を纏めても取材失敗にはならずに、間違った内容を掲載しちゃうのか。それはとんでもないな。妖怪の噂ぐらいならまだしも、真面目な新聞のニュース記事なら大変な事ですよ。大半の読者はまさか新聞にガセやデマが載ってるなんて思わないんで」

 代々木は上司を無視して、これが探している妖怪に違いないと写真を撮った。そして久留米を促し、二人で走って追いかけることにしたようだ。坂が急なため、降りて押せない自転車は却って遅くなる。俺は反射板に額を押し当て、念力を入れた。

——凄い早なったわ、お兄さん賢いねぇ。

 綾野さんは嬉しそうに笑った。

——ちょっとデコが痛いですけどね。

 俺達は坂を上り切り、そのまま下り坂に入ったところで俺は籠の中に戻った。これで一旦は振り切れたはずだ。自転車はそのまま住宅街へ走って行く。途中ですれ違った巡回中の警官が驚きのあまり腰を抜かした。これぞ打倒香川県驚だ。

——あかん、二人乗り見られてしもた。これで警察のお世話になったら恥ずかしくてご近所を歩けんわ。

——俺は二人乗りって次元じゃないですよ。

 寧ろ首が無いのだから、ゼロ人乗りになるのだろうか? どっちでもいいや、を見られてはいないはずだし。


 そんなこんなで、綾野家に着いた。綾野さんの言葉どおり、一軒家で門の先に石段があるが、浮いて行けば問題ない。俺は頭でインターホンを押した。暫く待ったが、人は出ない。

——留守でしょうか。

——息子の自転車があるから、家におる筈よ。たぶん、庭の裏の縁側が開いとるわ。それにしても、ああ懐かし。たった半年ぶりに帰ってきただけで、こんなに感激するんやね。

 俺は言われたとおり、庭を通り過ぎ縁側に向かった。すると、網戸の先から聴き覚えのあるBGMが聴こえた。息子さんがいるらしい。流石に網戸までは念力で開けられないので、ちょっと行儀は悪いが顎で引いて開いた。

 俺達が部屋に入ると、息子を見て直ぐに綾野さんが口を開いた。

「こらっ、浩一! あんたはまたゲームばっかりしよって! 一日一時間ってお母さんと約束したろが!」

……うーん、なんというか、そこまで感動的な再会シーンではないな。生前の親子のやりとり(どういうご家庭だったか詳しくは知らないが)そのまますぎやしないか?

「だってこれ、絶対一時間じゃ次のセーブポイントまで着かんで。ええじゃろ、明日の分の前借りってことで……」

 浩一君は死んだ母親が首だけになって帰ってきたのを見て、随分とたまげた様子かと思いきや、手元の画面をちらちら見ながら言い返した。中々肝が据わってる子だ。

「んもぉー……お母さんいつも言うとるやろ、そうやって子供の内から『前借りや』とか言い訳したり、『ここまでしかやらん』て約束守らんかったりすると、大きゅうなったらあんたのおじいちゃんみたいに、稼いだ金を二、三日の内に殆ど全部博打に注ぎ込んで嫁さんを泣かす大人になるって……」

 綾野さんは言いながらボロボロ泣き出した。成程、ゲームに夢中になる息子の姿を見て、遊び惚ける父親の所為で苦労する母親を思い起こしてしまうのか。それは叱りたくもなる。息子が自制心のない大人に育ってしまわないか本気で心配なのだろう。

 とはいえ、俺は浩一くんのやっているゲームを知っている。これは敵が理不尽な技を連発する上に落とし穴という罠が至る所にあり、絶対に一時間程度では抜けられない凶悪なダンジョンだ。彼がお母さんとの約束を守った結果、いつまでもクリアできないというのは可哀想である。

——まあ、待ってくださいよ。こいつは誰がどう頑張っても終わらせるのに何時間もかかるんです。約束の方を柔軟に、ゲームを沢山やりたかったら家事の手伝い一種類ごとに三十分延長とか決め直すのはどうでしょう。

——そうやね、浩一も楽しくてやっとるのはわかる。できん約束を決めては破りを繰り返すよりも、工夫してどうにかなるもんならそうしたいわ。けどまあ、一日中家から出んとゲームしたりアニメ見たりしとる大人が増えよるってテレビで言うとるやろ。ただでさえ浩一はまだ小学生やのに母親の私が突然死んで、傍に付いておられんのに、遊んでばかりではちゃんと大人になるか、本当に心配で仕方ないのや。お兄さんも子供の頃はゲームとかしとったん? それで成績が悪くなったりはせんかった? 

 綾野さんは顔で涙を流したまま心で返事をした。

——成績は、下がったことはないですね。俺の友達を見てると、ゲームやアニメで変わるかどうかは人それぞれなんです。アニメが大好きなまま高校まで空手部の部長やって銀行に就職したやつもいます。そりゃ、成績がクラスで一位だったのに突然ゲームにのめり込んで学校に持ち込んだのがバレて、先生に一時間くらい説教されたやつも中にはいますけど。

——そうなん? 浩一はどうなってしまうんやろ。まだ怖いわ、私が叱っても聞かんから。……お兄さんの親御さんは、どう言っとったん?

——俺ですか? ええと、確か……母親が忘れっぽい人で、「やることリスト」を冷蔵庫の前に貼る習慣があったんです。俺が小学校に入学した時から、俺用のリストも隣に貼るようになって、「しゅくだい」「タオルたたみ」「おはしならべ」「おふろ」で、全部片づけたら好きなだけ「ゲーム」みたいな感じで。

——そっか、やっぱり親が工夫せないかんよね。私はもう、手を動かすことも満足にはできんけど。

 綾野さんの声があまりに寂しそうだったもので、俺は慌てて付け加えた。

——いや、最後に決めるのは本人です。それに、親がどれだけ頑張っても、学校で悪い奴にいじめられて辛さのあまり家にいるしかなくなって、結果的に数少ないできる事がゲームだったりする場合もあります。

——確かに、学校の中にまで親が一緒について行ってやることはできんね。あれもこれも心配しだしたらきりがないもんなぁ。

 綾野さんは音に出して溜息を吐いた。そして、残る涙を振り落とすように首を横に振った。

「浩一、さっきそこで知り合ったお兄さんに聞いたんやけど、賢い子は家の手伝いやら宿題やらを全部片付けて、やらんといけん事を全部無くしてから悠々とゲームをするらしいわ。『順番を守る』って約束ならあんたもできるやろ」

「うん」

 俺は二人のやり取りを眺めた。綾野さんは泣き止んだものの、声は所々まだ涙声だ。それだけ息子さんのことが心の大半を占めていたのだろう。幸い俺の両親は健在だが、工藤忠穐の呪いがもっと早く発現していたら、俺ももしかすると小学生くらいで父さんと死別する羽目になっていたかもしれない。

「よし。何しろあんたは元々賢いんや。私はこれで信じるからな。それで、私が死んでしまってから、ご飯はどうしとるん? お父ちゃんは仕事で帰りが遅いやろ」

「ぼくな、自分でうどん茹でてネギも入れとるで。親子丼も学校で習ったし」

 浩一くんは得意げに言った。家庭科の授業か。小学生の頃の俺はどうせ食事は母さんが作ってくれると決め込んであまり真面目に聞いていなかったな。今思うと、少しは習った料理を一緒に作るとかした方がよかったかもしれない。

 息子の言葉を聞いた綾野さんは、再び大粒の涙を流し始めた。それと同時に、俺には急激な脱力感が生じた。

「そうか、自分でご飯できるようになったんか。今日あんたを最初に見た時な、なんも変わってないと私は思い込んでしまったけど、あんたはちゃんと成長しとったんやな。物凄い嬉しいわ、これで未練がのうなって、成仏ってほんまに天に昇るような気分がするんやね」

 成程、俺がここに来たのは幽霊の綾野さんを成仏させるためだ。彼女の未練が消えゆく今、俺の精神もこのまま現実世界に戻されるのだろう。

「え、これ夢じゃなかったんか。ほんまにお母ちゃんの幽霊? 早よ言うてや、いっぱい話があるんじゃ。お母ちゃん、ぼくこの前絵のコンテストで賞状取ったで。お盆にはお墓に持って行こうってお父ちゃんと話しとったんじゃ。それでな、先月おばあちゃんが入院してしまったんじゃけど、ちゃんとお見舞いはお父ちゃんと相談して消化のええものにしといたで。あ、もう退院しとるから心配いらんで、それから、それから……」

 浩一くんの声は次第に小さくなり、やがて完全に聞こえなくなった。


 時を同じくして、東京から来た二人の男は首無しチャリライダーを追って綾野家付近に辿り着いていた。探していた妖怪が家の前でブレーキを踏んでいるのを隣の家の塀の影から見つめつつ、彼らは小声で話をした。

「あの家と一体どういう関係があるんでしょうか」

「自分を跳ねたトラックの運転手の家に押しかけてるとかじゃないか?」

「その場合、どうやって家を見つけ出したかが謎ですよ」

「妖怪なんだし、不思議なパワーでえいやっとできるんじゃないか」

 その時、隣家の扉が開き、偶々買い物に出る心算で外に出たこの家の主婦が不審な二人の男の姿を目の当たりにした。

「なんやの、あんたたちは! 隣の家は見世物と違うで、出て行ってや!」

 隣家の夫人の怒鳴り声の剣幕に押され、代々木は久留米の腕を引いて大急ぎでその場を後にした。家の立ち並ぶ通りの角に来た時、彼はちらりと振り向いたが、首無しチャリライダーの姿は既にこの世の何処にもなかった。


 現実に戻ってきた俺は、画面に表示された雑誌の紙面を眺めた。

「妖怪の世界にも男女共同参画社会の波か!? 四国の新妖怪『首無しチャリライダー』は女性だった!」……時代を感じる見出しだ。浩一君の持っていたゲーム機もかなり前の世代の物だったし、話の舞台は大体二十五年程前だろうか。

 肝心の本文はといえば、妖怪の目的が自分の命を奪ったトラックの運転手に復讐する事だと思われていたり、生前から霊能力のある女性だったことにされていたりと、俺が見て来た実態との齟齬が幾つもある。

「所々久留米の言うとおりにしたら、やっぱり捏造が入ってますね。俺が子供の頃の報道って、こういう嫌な面もありました。報道される『凶悪犯』のパターンが、『変態男の児童殺害』や『身勝手な母親の育児放棄』に偏ってたりとか。流石に今はだいぶ減ったんだろうな。ただ、マスコミもある程度は民衆にウケるものを探して報道してる筈なんです。俺達が自分の嫌いなタイプの人間の悪事を欲しがる限り、中々偏向報道の根絶は難しいかもしれません。それでは今日はこのへんで。御視聴ありがとうございました」

 俺は通信を切断して、一息ついた。さっきは綾野さん母子のやり取りを聞きながら所々画面を見ていたが、このゲームを普通にプレイしても、どうやら生前の綾野華枝さんと息子浩一くんのことはそれほどわからないようなのだ。ゲームの中に入るという、普通ではあり得ない過程を経た俺にしか知れなかった。それは少し寂しいな。あれが二人のいわゆる裏設定だとしたら、なんらかの方法で表に出してもらえないだろうか。特に綾野さんは、「新しい妖怪」として面白おかしく報道されるだけでいいのか? あんなに生き生きとして、成仏の間際まで本人なりに息子を想っていた人が。

 そういえば、綾野さんは「成仏」について誰かから聞いたと言っていた。一体どういうことだろう。誰かが俺を、ゲームの世界に送り込んでいる……?

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