第3話 「だんまり」この状態の俺に出来ることある!?
今は流石にそんな気持ちではない。結婚式と同棲開始には相当な金がかかる。新婚旅行に行くなら更に出費は増える。
それどころか、もし、もしもこのまま無職の状態が何年も続いたら? よーちゃんは俺の収入を当てにするタイプではないが、よーちゃんの勤め先の給料だけでは正直、二人分の生活はそこそこシビアなのではないか。これでは当の俺達が構わなくても、ご両親は嫌がるだろう。
……弊社追放の次は婚約破棄か? これはもうライトノベル二本分の主人公になれるぞ。そもそも俺の人生の主人公は俺だが。
そんな冗談はさておき、俺は朝6時に起きたので、夕方18時までは12時間しかない。落ち着いて話す為にも腹を括る必要がある。
ともかく、どんな日も動画の配信は生き甲斐みたいなものだ。いつもどおりモーションキャプチャとカメラの支度をした。やるか。
「えー、
画面には複数の学章らしきマークが並んでおり、その下に各大学(見たことが無い名前ばっかりだ。流石に全部架空の大学だろうな)の概要が書かれている。
「『帝都大学』、『洛東大学』、『関北大学』、『鎮西大学』。この辺は多分超有名校がモデルですかね。あと、『播磨職工技術大学』は女子って付いてないけど女子大なんだ。ほか、『町田大学』、『
いつもの流れで、しばらく視聴者さんのコメントを待った。今日も無事、幾つか付いている。
「コメントありがとうございます。『マー』さん、『持ってる学部と教員の気質が違うから、割と最初にどれを選ぶかでやれることが全然変わってくる』。あー、大学受験前に高校の先生から志望校選びの話をされたのを思い出しますね。それと『芋洗女子』さん。今回のゲームの所為か、めっちゃ学校みたいに見えるHNですね。『隠しコマンドを入れると変な学校が増える』」
こんな感じで視聴者さんと一緒になって喋れることがあると、今日のように気が重い日はとりわけ助かる。それはさておき、隠しコマンド。久しぶりに聞いた響きだ。画面にはさらに視聴者さんからのコメントが増えていく。みんなこの変わったゲームをやり込んでるのか……。
「うわっ、皆さん凄いコメント沢山ありがとうございます。『戦略大学校とか
いや待ってくれ、戦略大学校の元ネタは想像できるけど、あとは全然わからん!
「どういうことだろう。まあ、隠し要素の方は後で製品版をプレイすることになったら探してみます。とりあえずこの王道っぽそうな『関北大学』でやっていきましょう。このゲームではプレイヤーは学長になって四年の任期の間に大学の名声向上を図るんですね。字幕が出てきました。『大学は日本の最高学府であり……』これは高校の政経の授業で聞いたフレーズですね。俺はあんまり意識が高くなかったので、恥ずかしながら大学入ってからは思い出した事なかったな」
ボタンを押してゲームを進めると、詳しい説明が流れた。大学を発展させるために革新的な案を出し、また強化したい学部に予算や推奨ポイントを振ったりするのがプレイヤーの仕事だが、学生や教員から反発を買い過ぎるのは良くないらしい。また、入学式・卒業式・学祭ほか色々なイベントがあり、その度にプレイヤーの選択した方針次第で大学の名声値が上下する可能性があるらしい。
「メニュー画面の背景は大学の敷地のようです。首だけの銅像がありますね。初代学長かな? こんちわー」
ということは、そろそろか。俺は身構えたが……画面は暗転しない。俺の指先の感覚も消えない。銅像も何も言わない。だんまりだ。視聴者さんから「銅像は返事しないだろ」「投稿主じゃないんだから」「七不思議か?」「
結局この後もゲームはつつがなく進み、一年目の前半最終日と共に体験版終了を迎えた。こんな日もあるのか。(そういえば、俺はたった二日の経験でゲームの中に入り込むことに何の疑問も抱かなくなっているのだ。)
「うーん、『名声値』はちょっと上がりましたが、教員からの支持率が落ちましたね。『ヴィオちゃん先生』さん、コメントありがとうございます。『学生のデモに対して大学長が書面で苦言を呈したのがまずかった』なんでだ?」
俺と
「『学問の自由』、『言論の自由』は確かに大事ですね。昨日ちらっとメデューサとポセイドンの話もしましたが、昔は犯罪に対して性別や身分次第で公正に裁かれないこともよくあったわけで、だけど今仮に同じ事件が起きたら、判決も変わると思うんですよ。それは少なくともある程度は、人類が思想、学問、言論なんかを自由に戦わせる場があったから進歩した結果でもあるわけで、まあ……なんというか、大学の社会への貢献の形って、そういう滅茶苦茶長いスパンの話もあるんですよね」
偉そうに言ってしまったが、話の後半は殆ど大学の時に履修した授業の受け売りだ。あの先生は確か、「過去の政策の犠牲者は既に死んでしまっていることもあるが、過ちを繰り返さないという今生きている者への約束の為にもせめてもの謝罪と名誉回復が必要だ」という話もしていたな。
そういえば、江戸時代に処刑された工藤は何があろうと生き返らないが、彼かその兄弟の子孫は今でもいるのだろうか。
そしてよーちゃんとの夕食の時が来た。首だけアンドロイドの
よーちゃんは進学先の北海道でそのまま就職したので、遠距離恋愛だ。連休があればどちらかが会いに行く約束をしており、今回は俺が来てもらう側だった。
料理を食べながら、お互いの近況なんかを話すのがいつもの流れだ。よーちゃんの会社は近年の原料高の悪影響をもろに受けているらしい。まだ社員の給料を下げる事態には陥っていないようだが、コストカットに苦慮しているそうだ。
次は俺の番だが……
「……えーっと、その……、あ! ところで、お兄ちゃんが骨折したのって、もう完治したんだっけ?」
切り出せなかった。朝はまだ冗談めかして考えていたが、そもそもよーちゃんに余計な心配をかけたくない。
「え、瑞樹兄? うん、ちょっとひびが入ったくらいだし、流石に半年あれば元通りだよ。今はスキーしたいから年末年始はアパートに泊めろってうるさいの。
「そ、そっかー。まあ、いざとなったら俺の方がホテル取れば良いんじゃないかな、うん……えっと……寧ろ俺達もどっか旅行行っちゃうとか……」
この日は結局、会社をクビになったことは、言えずじまいだった。
よーちゃんとは明日、午前中に植物園に行く約束もしている。明日はどうやって切り抜けようか。そもそも黙ってていいんだろうか。どうにも気になるので、家に帰ってから缶ビールを二缶空けて無理矢理眠気を誘った。
そして気が付くと、俺はまたしてもゲームの世界に入り込んでいた。今度はなんのキャラクターだろうか。誰かが「俺」を持っている感触と、俺の左右に誰かいる気配はあるが、不安な事に、身体が動かせている感じがしない。
「おう、お前のそのカードは何じゃ」
「お、『
聞こえてくるのは子供らしき二人のやりとりだ。片方は声変わりが始まったばかりの声で、もう片方は完全に子供の声だ。声の調子からいって、年下の方が完全にビビっているらしい。
そして、「打ち首になって尚も世界を呪い続ける古の魔王の首であり、世界を支配するのに用いた武器と防具を揃えた時かつての力を取り戻し蘇る」という設定のカード、「
嘘だろ。待って。カードゲームもゲームだが、物質としてのカードは完全に紙だ。当然、操作されていない人間が采配を自分で決める。カードに意思は無く、喋らない。
「えっ、この状態の俺が自分で出来ることってあるんですか!?」
思わず叫んだが、やはり二人の耳には聞こえない。
「どうすればいいんだ、えっと……『木に呪われし巫女』さん、何か知らない?」
少年がトランプの手札状に持った五枚のカードの内、俺の右隣のカードに話しかけた。返事はない。
「じゃあ、『
誰もが完全にだんまりだ。みんな紙なのだ。俺以外命がないの。当たり前だけどね。
そんなわけで、俺が一切干渉できないまま、二人の少年の勝負が始まった。何もできないので、相手には聞こえない声だがせめて応援するしかない。がんばれ! がんばれ!
俺入りのデッキの少年の方はどうにも気が弱いらしい。相手が年上であるのに加えて、周りにあれこれ言いながら見物している取り巻きがいるせいだろう。漫画やゲームなら勝つのは大体彼のポジションの方の登場人物だが、現実はそんな補正をしてはくれない。がんばれ、諦めるな。
勝負が進むにつれ、山札からはどんどんカードが引かれていく。『
『
俺の出番まで、あと三枚もある。がんばれ、がんばれ。諦めないでくれ。今の俺はカードなんだから、黙っていても喋っていても聴こえやしないのだが、それでも彼を無性に応援したい。
あと二枚、あと一枚。そして……彼の手が俺を掴み、手元に引き寄せて裏返した!
「そ、そ、揃いました。『
少年は震える声でそう言うと、五枚の手札を居合わせた全員に見せた。
「五枚全部揃えよった!」
「都会から来たもんはすげえのう!」
「お前の勝ちじゃ!」
年下の少年を見直したといった様子で、年上の少年とその取り巻きが驚きの声を上げた。勝った方の少年は嬉しそうに笑った。
そこで目が覚めた。思い出したのは、俺も小学生の頃、短い間だったがあのカードゲームをやっていた時期があったことだ。父親が転勤族だったため、首都圏でカードの入ったパックを買った当時は勝負する相手がいたが、次の引っ越し先、その次の引っ越し先と相手が見つからず、カードを集めても仕方が無い為にあっさり止めてしまったのだ。
あの夢の中の年下の方の少年も、引っ越しで他所に行ってすぐに地元の子と勝負することになり緊張していたのではないか。カードになった俺は彼とは会話は成り立たなかったが、なんとなくそう思うのだ。
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